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第二十七話 山の王の鍛冶場

「お、オレ、いい場所知ってるんだ」


 緊張に震えながらマオが続けた。しかし、その先の言葉が見つからないらしくもどかしそうに耳を掻く。

 

「いい場所? 避難するのにいい場所ってことか?」


 見かねたラグナが尋ねた。


「う、うん。前からオレたちが遊び場にしている場所があるんだ。そこなら、みんなで隠れられるんじゃないかなって……」


「どういう場所なんだ?」


「もう少し山を登ったところにある、その、なんていえばいんだろ。古い建物とかが、たくさんある場所?」


「もしかして、遺跡か?」


「あ、それそれ。遺跡」


 マオの答えにラグナは眉をひそめた。このアトラス山脈にも古代の遺跡があるというのは初耳だ。

 無論、東部辺境領にも遺跡はあるが、ここまで人里に近い位置にあるというのは危険だ。アレグノーの遺跡がそうだったように、遺跡と魔物とは切っても切り離せない関係にある。


「こら、マオ! あの場所には近づくなといつもいうておるだろうが!」


「ひっ! ごめんよ、村長! でも、ここいらで遊べるところなんてほかにないしさ……」


「おい、村長。遺跡っていやまさか、あの鍛冶場のことか?」


 今度はバルカンが割って入った。彼にしては珍しくどこか狼狽したような口ぶりだった。

 

「は、はい。かつての山の王の御座所、エリオンの鍛冶場の一つです。あそこはわが村でも神聖な場所で……」


 村長の説明に、バルカンの顔色がみるみる変わっていくのをラグナは見た。最初は大聖堂に礼拝するかのような厳かな顔をしていたが、見る見るうちに紅潮していき、ついには爆発した。


「それを先に言わんか!! 鍛冶場があるならわざわざあんなせまくるっしい小屋に立てこもる必要などなかったのだ!!」


「は、はい。で、ですが、あそこには誰も立ち入るべからずという掟が……」


「じゃあかしいわ!! 有事に掟もへったくれもあるものか!!」


「ま、まあまあ」


 唾を飛ばして怒鳴るバルカンをラグナが制する。このままでは埒が明かない。

 

「鍛冶場っていうのはどういう場所なんだ? ただの遺跡じゃないのか?」


「あん? だから、鍛冶場だよ。鉄を打って、武器を鍛える場所だ。っても、わしらが普段使っているようなただの鍛冶場とはわけが違うぞ。なんせ、山の王の御座所だからな」


「その山の王というのがよくわからん」


 ラグナの問いに、バルカンはまなじりを上げた。『これだから最近の人間は』とうめくと渋々こう続けた。


「山の王は山の王だ。オレたちドワーフの王にして、神域の鍛冶師。お前さんの背中にある『それ』もそのお方の鍛えたもんだ」


 二つの驚きがラグナを襲った。

 一つは聖剣の存在に気付かれていたこと。二つ目は勇者の象徴たる聖剣が亜人種ドワーフの手によるものというバルカンの言葉だ。


 聖剣教会では、人種ひとしゅこそがこの世界の救い主にとしている。それは勇者もその武器たる聖剣も人の手になるものだからだ。


 人間こそが唯一魔王に対抗できる種族である、と定義することで彼らは亜人種を下に置いてきた。

 もし、バルカンの語る伝説が真実ならば聖剣教会が土台からひっくり返りかねない。それこそ、各辺境領地で反旗が翻りかねないだろうし、獣人の国であるクザンなどは喜び勇んで王国に攻め入るだろう。


 そうでなくとも熱心な聖剣教の教徒ならば、この伝説を聞いただけで相手を異端として認定しかねない。バルカンの語ったことはそれほどまでに衝撃的だった。


「それに、山の王の鍛冶場は鍛冶場ってだけじゃねえ! あそこは玉座としても作られている!」


 そんなラグナの心配を他所にバルカンは気勢を上げていく。彼のようなドワーフにしてみれば山の王の鍛冶場は憧れそのものといってもよかった。

 

 無論、彼が興奮しているのはそれだけが理由ではない。


「玉座があるってことは城も同然だ。城ってことはつまり――」

 

「――守りの備えがあるってことか」


 得心してラグナが頷く。

 伝説の真贋は置いておいても、近くに有用な防衛施設があるならば活用しない手はない。この状況では砂漠でオアシスを見つけるようなものだ。


 問題があるとすれば、山猫族の心理的抵抗だが……、

 

「……わかりました。背に腹は代えられませぬ」


 不承不承といった様子だが、それすらも演技なのか、はたまた本心なのか、ラグナにはわからなかった。

 どちらにせよ、重要なのは話がまとまったということだ。少なくとも無防備なままアルゴーに向かうよりは希望がある。


「ですが、鍛冶場に立て籠もるとしても我らには戦士がおりませぬ。そこでお二人には――」


「わかっとるわい! しばらくの間、護衛は引き受ける! どうせ行く当てもないしな!」


 笑いながらバルカンは胸を叩く。熱い胸板と大きな拳が頼もしい音を奏でた。


「坊主はどうすんだ? どうせ報酬なんて出ないぞ。ここいらが引き時じゃねえか?」


「……もともとそれ目当てじゃない。オレも同道する。構わないか、村長」


 ラグナの提案に、村長は顔を輝かせる。ラグナの両手を握ると、「ありがたや」と何度も繰り返した。 

 望み薄だと思っていたところに、自分から護衛を買って出た上に無報酬でいいとは都合が良すぎて逆に勘繰りたくなるほどだった。


 実際、ラグナは金や名誉などに興味はない。ここに来たのも己の役目を果たすためだ。


 私心も私欲も感じる余裕さえ、今のラグナにはない。いや、あるいはこの世に生を受けた時からそうだったのかもしれない。

 ただ、ロンドならばこうするという愚直なまでの確信がラグナを突き動かしていた。


「じゃあ、決まりだ! 最低限の荷物だけ持って全員で逃げるぞ! まずは食いもんだ!!」


 バルカンのだみ声が村中に響く。いつの間にか彼が主導権を握っているが、誰も文句は言わなかった。



 そこからの山猫族の動きは迅速だった。食糧庫の中身を荷馬車に移し終えるまでわずか数時間足らずで、昼間になるころには移動の準備が完了していたほどだ。


 人間やほかの種族の村ではこうはいかない。村とは故郷であり生活の基盤だ。いくら命の危機が迫っているといっても生半な覚悟では決断できないだろう。

 一つことにはこだわらず、常に柔軟に物事に対する。そんな山猫族の心構えがこの策には必要不可欠だった。


 だが、どんな場所、どんな種族にもはぐれものはいる。山猫族の場合はマオだ。


 彼女は一人、丘の上から村を眺めていた。


 がらんどうになった家々はどこか墓場を思わせる。そんな故郷に背を向けるのは何もかもを捨てるようで振り向くことができなかった。

 永遠の別れではない。それはマオにも分かっている。だが、彼女の中の何かがどうしてもと、そう叫んでいた。


 不意に鼻の奥が熱くなる。尻尾が垂れて、涙がこみあげてくる。初めて明確にマオは自分が悲しいのだと理解した。


「マオ」


「……兄ちゃん」


 そんなマオに、ラグナが声をかける。彼女がどんな思いでいるか、ラグナには尻尾を見ずともわかっていた。痛みも悲しみもラグナにとってはすでに人生の一部だ。

 

「……昔、オレの友達が言ってたんだが」


「……うん」


「……この世には絶対に起らないことは二つしかないらしい」


 ラグナはマオの反応を見ながら、記憶を言葉にしていく。

 ロンドや仲間たちとの旅のことは今でも鮮明に覚えている。くだらない無駄話から、焚火を前に語り合った夢も何もかもがラグナには思い出だった。


「一つは、死人が生き返ること。これはわかるよな?」


「うん。でも、勇者様だけは特別なんだろ? オレ知ってるぜ」


 マオの答えに、ラグナはただ頷く。

 なぜ勇者ロンドが生き返らなかったのか、それはラグナにはわからない。今でもそのことを考えない夜はない。


 けれど、後悔も悲しみも今は心の裡に沈めておく。使命を果たすためにはもとより、目の前の少女には希望を示すなにかが必要だった。


「そして、もう一つが可能性がなくなることだ」


「……えっと、どういうこと?」


「どんなに不可能に思えることでももしかしたら起るかもしれないってことだ。どんなに低い可能性でも、可能性は必ずある。可能性がある限りはいつかは必ず起こる、だったか」


 ラグナは親友の言葉をできるだけ正確に再現した。思い返せばロンドの言葉の中でも含蓄のあるものではあるが、彼らしくはない言葉でもあった。


 ロンドは書に親しむよりも山を駆け回るのを好む性格だったが、時折周囲を驚かせるほど理知的なことを口にすることがたまにあった。ラグナはそのことについて尋ねる度にはぐらかされたことを覚えていた。


「……またこの村に戻ってこれる可能性はある。可能性があるってことは――」


「――必ずいつかは戻ってこられるってことか」


 マオの納得に、ラグナは頷き返す。尻尾がぴんと立っているのを見て、ほっと胸をなでおろした。


「じゃあ、オレ、みんなを道案内するよ。早く鍛冶場につけばそれだけ村に戻ってこれるのも早くなると思うし!」


「ああ、そうしよう」


 元気を取り戻していく少女の背中に、ラグナは己の運命を想った。


 先ほど口にした言葉はいったい誰に向けたものだったか。 

 才なき身でありながら聖剣を背負い、魔軍と戦う。実際にそうなるまでこんな可能性は考えたこともなかった。


 起こりうることは必ず起こる。その真理こそがまさに親友が自分に残したものだったのではないか、ラグナの心からはそんな考えが離れなかった。



 

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