第二十五話 ドワーフ
「こんなにでかい声出してたらおめえ!! 鈍い死体でも気付くぞ!! いったい何を考えて――」
ドワーフは誰よりも大きな声を発しながら、山猫族たちを押しのけてくる。そうして、ラグナに気付くと突然言葉を失った。
「おめえ、そりゃ――」
ラグナの頭を指さしたまま、ドワーフは声を震わせる。驚きのあまり、固まっているようだった。
そんなドワーフの様子に、ラグナの右手が背中の聖剣にかかる。気づかれたか、反射的に体が動いていた。
「なんでその兜がここにある!! なんでてめえみたいのがそいつをつけてやがる!!」
予想外の質問に、今度はラグナが固まる。自分自身のことではなく兜について尋ねられるとは思ってもみなかった。
「これは……あー、知り合いに譲り受けたものだ」
「知り合いだァ!? あんの婆さんに生きてる知り合いなんてオレ以外にいるもんかよ! 盗んだんじゃねえだろうな、おい!!」
「誰がそんなことするか! これはちゃんともらったものだ!」
謂れもない罪を疑われてラグナも、反射的に怒鳴り返す。育ての母からの贈り物を盗品といわれてはさすがに黙ってはいられなかった。
ドワーフの方もラグナに応戦するようにさらにだみ声を張り上げた。
「じゃあ、おめえ元の持ち主の特徴を言ってみろ!! 間違ってたら鼻をへし折ってやる!!」
「……上等だ」
ドワーフの啖呵に、ラグナの血が騒ぐ。ロンドと旅をしているときは何度も些細なきっかけでこうして喧嘩をしていた。
ただし、今回の場合は勝ち目がある。
「シスターじゃないのにシスターを名乗ってる。得意料理は大雑把で、趣味は弓で詩曲を弾くこと。ただし下手」
「ぬ、ぬう。確かにそいつは……!」
ラグナの述べたシスターの特徴に、ドワーフが後ずさる。髭をさすって考え込み始めた。
「……おめえ、まさか、例の孤児院の出か?」
「あ、ああ」
頷いてようやくラグナは己の失態に気付いた。情報をさらしすぎた。シスターの孤児院の出身者で、顔を隠しているなど自分がラグナ・ガーデンだと告白しているようなものだった。
「そうかそうか!! だったら、それを先に言え!! あの婆さんも耄碌したかと心配したじゃねえか!!」
ラグナの心配を他所に、ドワーフはラグナの背中をバンバン叩きながら呵々大笑する。何が愉快なのか、ラグナにはさっぱりわからなかった。
「あんた、いったい……」
ラグナの質問が聞こえていないのか、バルカンは大笑いをしたまま答えない。
「こ、この方はドワーフのバルカン殿。普段から我々と交易のある方なのですが、マオとは入れ違いでこの村に逃げ込んでこられて……」
本人に代わって、マオの父親がドワーフを紹介した。
「……それで、この坑道を掘っていたと」
「え、ええ、普通に皆で逃げていては屍どもに追いつかれてしまうからと……」
改めて説明を受けて、ラグナは感嘆の息を漏らす。
ドワーフはみな生まれついての穴掘り名人というのは有名だが、わずか二日足らずでここまでの坑道を掘ることができるというのは改めて驚きだった。
「お、おお! 村だ! オレたちの村だぞ!」
「やった! 本当だ、本当に戻れたぞ!」
地上に出ると、村人たちは歓喜の声を上げた。彼らにしてみれば久方ぶりの故郷、それも最悪二度と戻れぬと覚悟を決めてさえいたのだ。喜びは一入だった。
だが、その声もすぐに困惑のそれへと変わる。大穴の開いた給水塔を目にした瞬間、村人の一人が悲鳴を上げた。
「な、なんだありゃ……どうしてこんな……」
「これじゃ水が使えない……私たち、明日からどうやって暮らしていけば……」
次々と上がる悲嘆の声に、ラグナとマオが名乗りを上げようとする。給水塔を壊したのは自分だ、と。ただ苦難に耐えるのでも責める相手がいるのといないのでは大違いだ。
だが、真っ先に声を上げたのは、ラグナでもマオでもない。この一件とはかかわりのないはずのバルカンだった。
「安心せい! この程度の穴、ワシがすぐに直してやる! それより、葬儀と飯の準備だ! 腹が減ってはなにごともうまくいかんぞ!」
よく通るだみ声と自信に満ちた態度に、村人たちは安心したようだった。
今更どうすることもできずラグナとマオの二人は流れに任せるしかなかった。
それからの山猫族たちの動きは迅速だった。日が昇るころには広場の旗は撤去され、簡易的ではあるが亡くなった村人の人数分の棺が用意されていた。
そうして、炊き出し。心身の傷を補うように村人たちは倉庫をあけ放ち、冬越えの食糧まで鍋に突っ込んでいた。
不幸中の幸いというべきか。もはや、村の人口は半分以下だ。それだけの無茶をしても冬を越えるのは容易い。
ラグナは彼らの炊き出しを受け取らなかった。食事よりも解決すべき疑問がいくつもある。問うべき相手はバルカンだ。
バルカンは騒ぎから離れたところで、一人給水塔を眺めていた。
「こいつはよぉ、ワシの爺さんの爺さんが作ったんだ。オレたちの氏族が飢え死にしそうなときに麦を譲ってくれた礼にってな……」
ラグナが側に来たのを察してか、バルカンが言った。
「まさかワシまでこの村で世話になるたぁ、運命ってのはわからねえもんだ。なあ、おい、坊主」
バルカンの問いに、ラグナは無言で頷く。運命の数奇さについてはロンドの死以来何度も頭を悩ませていた。
「おめえさんにしてもそうだ。まさかワシらを助けに来たのが、あのシスターの育てた子供とはなぁ……」
「あんた、シスターとは……」
「あん? まあ、あれだ。元仲間ってやつよ。おまえさん、あの婆さんが元冒険者だと知らなかったのか?」
「……初耳だ。それに、ドワーフの冒険者なんてのも聞いたことがない」
「百年前に聖剣教が国教になるまでは亜人種も冒険者になれたんだよ。お前らの国の歴史から消されとるだろうがな」
ラグナはバルカンの言葉を疑わなかった。
ドワーフは人間に比べて三倍以上の寿命を持つ。今まで感じたバルカンの態度も嘘偽りとは縁遠いものだった。
それに己を育てた母についてもそういうものだということは理解していた。ただそれ口にするのはあまりにも無粋に思えて憚れていただけだ。
「これからは子供を育てる、と言い出した時には驚いたが、ちゃんとやってるようで、その、なんだ、安心したぜ。あ、これはシスターには言うなよ、いいな?」
「……わかった」
ラグナは頷いて、給水塔を眺める。穴は大きく簡単に修繕できるようには思えなかった。
「直せるのか?」
「おめえ自分でぶっ壊しといて直るか心配するなんて変な奴だな」
見抜かれていたことに驚きながらも、ラグナは答えを待った。シスターの知り合いとなればどんなことでもありうる。
「任せろ。機関部は壊れてねえし、このぐらいなら素材あればすぐに直る。まあ、てめえが壊したってのは他には言わねえほうがいいな」
「それは……」
「おめえのためじゃねえよ。みんなのためだ。こういう戦い方ができるってのはみんなのために隠しとけ。いいな?」
「……わかった。オレは――」
「いい、いい。名乗るな、その兜をかぶってるってことはおめえさんは顔を出せない事情があるってことだ。詮索しねえよ」
バルカンの言葉に、ラグナは彼の評価を改めた。
見た目や大声ばかりが印象付けられるが、実際のところこのドワーフは酷く察しがよく、また気づかいのできる器量人だ。がさつで遠慮のないと言われるドワーフ像とはかけ離れていた。
「それで、ほかに何が聞きたいんだ? ねえなら、ワシは飯を食うぞ」
「……山の国、あんたたちの故郷はどうなった?」
バルカンの小さな瞳に憂いが浮かんだのを、ラグナは見逃さなかった。
マオの父親はバルカンが逃げてきたと言っていた。
つまり、山の国は窮地にあるということ。それもバルカンほどの人物が命からがら逃げださなければならないほどの窮地だ。
屈強なドワーフたちをそれほどまでに追い詰めることができる存在など一つしかありえない。魔軍だ。
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