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第十四話 夕凪

 ラグナの身体がゆっくりと倒れていく。


 その一瞬からユウナギは目を逸した。

 絶望がユウナギの心が満たす。これではいつもと変わらない、ラグナでさえ己が運命ではなかったのか、と。


 ユウナギにとって戦いとはひどく容易いものだった。


 鯉口を切って、刀を振るう。ただそれだけの動作であらゆるものが倒れる。

 けた外れの防御を誇るタンクも、膨大なHPを待つ巨大な魔物も一撃で切り伏せてきた。

 戦いらしい戦いになったことなど片手で数えられる程度。どんなレベルの猛者もユウナギの前ではただの案山子かかしと何も変わらない。


 ユウナギは極東のヒノワ皇国、大胡の国の生まれだ。姓は神奈かみな、本来の名は夕凪と言った。


 神奈夕凪は生まれた時から異常な攻撃力を持っていた。数値にして1000。これはレベル50の戦士の攻撃力の約2倍の数値だ。

 これほどまでの数値があればレベルを上げる必要さえない。文字通り刀を振るうだけでありとあらゆるものを彼女は殺せた。


 有事の際、夕凪は兵器として運用された。

 人間相手の戦争でも、魔物相手も戦いでも彼女はいの一番に投入され、期待通りの戦果を挙げた。

 そうして戦い続けるうちに、夕凪のレベルは100を越えていた。


 だが、どれだけ戦っても、どれだけ殺しても彼女をたたえるものは一人としていなかった。

 嵐の猛威を賛美するものがいないように、あるいは魔物が荒れ狂う様に安堵するものがいないように。あまりに隔絶した夕凪の力は恐怖の対象でしかなかった。実の両親でさえ夕凪を人とは思っていなかった。


 その恐怖ゆえに、夕凪は政変において真っ先に切り捨てられた。

 当然の結末だ。大胡の姫は人ではない、であるならば人よりものを優先する道理はない。夕凪自身でさえその理屈に納得していたのだから。


 神奈家と帝は夕凪を追放した。彼女に手にかけることさえも彼らは恐れたのだ。


 それから大陸に渡っても、夕凪の人生は何も変わらなかった。

 名を変えて、冒険者となり、数多の依頼をこなしてもただ虚しいだけ。成果を上げれば上げるほど人は彼女を遠巻きにして、恐れた。


 『星』の位階に任じられたとしても、人々の見る目は何も変わらない。瞳の奥にある『恐れ』は永遠に消えはしない。


 変わらぬ現実は、夕凪に諦観を促した。


 夕凪に比肩する強者は彼女を恐れなかったが、彼女にしてみれば彼らも所詮案山子にすぎない。刀を振れば倒れる、ただそれだけの存在だ。


 案山子にどう思われようが何も感じない。夕凪はそう自分に言い聞かせ、やがてその言葉は彼女の生きる指針になった。


 他者に何物も求めず、ただ望むがままに刃を振るう。切って、殺して、屍を山を積み重ねた先に何もないとしてもかまわない。そうやって、どこかで無残に死ぬことをユウナギは受け入れた。

 生まれてから力以外を求められなかった彼女にはそれ以外の生き方は思いつかなかった。


 それを疑ったことも、ほかの道を考えたこともない。ラグナ・ガーデンという異常に出会うまでは確かにそうだった。


 何かを踏みしめるような音が、ユウナギを叩いた。


「――ッ」


 目の前の光景に、ユウナギは息を呑む。驚きと喜びに思考が真っ白になった。


 彼女の目の前には、ラグナが立っている。HPが0になり、死んだはずのラグナがそこに立っていた。


「…………どうして」


「……オレにもわからん」


 ふらつきながらもラグナは倒れない。足を踏ん張り、身体を支えている。 

 胸元が大きく裂けて、足元には血だまりができている。致命傷ではないが、重傷だ。

 残りHPはわずか1。どんな些細な攻撃でも死に至る、そんな状態だった。


 だが、ラグナは生きている。アンデットになったわけでも、蘇生魔術で仮死状態から回復したわけでもない。人間のままラグナは山薙ぎ()を越えていた。


 それを理解した瞬間、ユウナギは刃を振るっていた。

 殺意も悪意も超越した本能からの行動だ。彼女はどうしてもラグナを斬らなければならない、そうしなければ自分が自分でいられなかった。


 ラグナはそんなユウナギを正面から受け止めた。

 半分になった大地の大盾で攻撃をいなし、弾き、逸らす。斬撃が掠めるたびに盾は壊れているが、ラグナの動きはより鋭く正確になっていった。


 対して、ユウナギの剣撃は精彩を欠いている。激情に任せた連撃は威力こそすさまじいが、単調で読みやすくなっていた。


「貰った!」


 大上段を回避し、ラグナはユウナギの懐に入る。左の拳がうなりを上げた。

 体勢が崩れた瞬間を狙っての絶好の一撃。ユウナギには回避も防御もできない。


 その不可能をユウナギはなした。

 ラグナの拳が空を切る。先ほどまでそこにあったユウナギの姿が霞のように消えていた。


 戦技『陽炎』。回避できない攻撃を確定で受け流し、敵の背後に転移するという攻防一体の技だ。


 背後を取ったユウナギは袈裟懸けに刀を振りぬく。

 背中の聖剣に刃が止まるが、ダメージは発生し、ラグナのHPは再び0になった。


 それでも、やはり、ラグナは倒れない。今度はふらつくことさえなく、ラグナは転がるようにしてその場を離脱した。


 ユウナギは追わなかった。

 否、追えなかった。再びラグナを仕留め損なったことで、刀を握る手が動かなかったのだ。


 怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ユウナギ自身自覚していなかったが、衝動的な殺意はすでに消えている。

 今、ユウナギの全身を満たしているのは喜びだ。


「……やめにするか?」


 茫然と立ち尽くすユウナギに、ラグナが言った。

 満身創痍ではあるが、ラグナにはどこか余裕がある。


 それがユウナギには許せなかった。自分はここまで必死なのにどうしてすげなくするのかとそう思った。

 そして、それ以上に、この戦いを終わらせたくないと彼女の心が叫んでいた。


 ユウナギは言葉を発することなく、腰の鞘を投げ捨てる。決死の覚悟、ここから生きて帰るつもりはないという宣言だった。


 それほどまでに、ユウナギにとってこの瞬間は価値あるものだ。それこそこの一瞬を失うくらいならば死んでもいい、そう思えるほどに。


「……そうか。水を刺したな」


 その行動が意味するところはラグナにはわからなかったが、ユウナギの覚悟はラグナにも伝わった。


 であれば、それに応えねばならない。

 ラグナは心の中で友に詫びた。誓いを果たさずに死ぬことになるかもしれない。


「ーーはっ!」


 一息に、間合いを詰め、ユウナギが攻め掛かる。

 戦技『穿天』。強烈な突きの連続攻撃が鉄砲水のようにラグナに迫る。


 ラグナはそれを既に小盾ほどの大きさになった大地の大盾と剣で器用に凌ぐ。

 『穿天』は防御貫通の戦技だ。本来なら防御の上からでもHPを削り取るが、ラグナにはもはやその(システム)は適用されなかった。


 そんな理不尽を前にして、ユウナギはいつの間にか心からの笑みを浮かべていた。

 幾多の強敵を屠った攻撃を受けてなお、ラグナは倒れない。ユウナギにはそれが嬉しくてたまらなかった。


 さらに追撃。次々と戦技を放ち、ラグナに反撃の隙を与えない。


 戦いの中、ユウナギは涙を流している自分に気づく。刀を振るたび、心が解けていくようなそんな感覚があった。


 ずっと、心の底でユウナギは願っていた。どうかこの世界に自分の他に案山子ではない誰かがいて欲しい、と。

 諦めたと自分に言い聞かせ、そう信じようとしてきたが、奥底ではその願いを諦めきれなかった。


 ラグナと青鱗兵団との戦いを見てから、その思いは強くなった。

 もしかしたら、この人ならば。そう考えた瞬間、もう確かめずにはいられなかったのだ。


 ゆえに、ラグナと話し、彼のことを知ろうとした。


 そうして出した結論は、自分とラグナはま反対の人間だというものだ。

 友との誓いなどとという形も実利もないものに全てをかけるラグナのことがユウナギには騎士というより侍のよう思え、そのことに嫉妬した。

 自分のような明らかな異常な肉体を持ちながら、そんな道を選んだラグナが妬ましく、眩しい。もし自分がもっと人に近ければこんな生き方を選べたかもしれない。そう思うと気が狂いそうだった。


 だからこそ、ユウナギはラグナに戦いを挑んだ。

 ラグナに敗れ、命を落とすか。あるいは、ラグナに勝ち、そこで腹を切るか。どちらにしろ、ラグナこそが自分の最期にふさわしいとユウナギは決めていた。誰よりも侍らしい自分(だれか)に討たれるなら、それで本望だと。


「ーーっ!!」


 数百合にも及ぶ剣戟の末、大地の大盾が砕け散る。同時に、ラグナの体勢が大きく崩れた。

 ユウナギの胸中に、様々な思いが交錯する。惜しみ、悲しみ、喜び、怒り、嘆き、彼女はトドメを放った。


 戦技『一ノ太刀』。大上段から振り下ろすこの戦技は奥義ともいえるユウナギにとって最強の一だ。

 その効果は相手の即死。HPではなく、肉体を破壊するこの戦技ならばラグナとて死にいたらしむ。


 まさしく、必殺の一撃。それをラグナは()()()()()()()()()()()



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