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第十三話 ラグナ

 ラグナ・ガーデンの人生は常に諦めとの戦いだった。


 幼くして両親を亡くし、幼年期を東部辺境領の孤児院で過ごした。

 そこでの生活は決して悪いものではなかったが、辺境において貧しさとは日常そのものだ。ましてや、内乱の頻発する東部辺境領においては生きていくだけも並大抵のことではない。


 そんな中で、ラグナはいつも自分になにができるかを考え続けた。


 まず薪を拾う友を守るために鍋の蓋で盾を作った。高値で売れる魔物の毛皮を刈るために包丁と木の棒で槍をこさえたこともあったし、冬を乗り越えるために大鼠ラットを手なずけて家畜にしようとしたこともあった。

 結局役に立たなかったことの方が多かったが、誰にも評価されないこともあったが、それでもラグナは考え続けた。


 十五歳になったころ、ラグナはほかの者たちがするように教会で聖別を受けた。


 聖別とは聖剣教団による成人の儀式であり、その儀式を迎えたものは神官より己の適性と成長限界を告げられることになる。


 教会で告げられたラグナは成長限界は60。決して低い数値ではないが、多くのものが冒険者としての道を断念する、そんな凡庸さだった。

 与えられた二つ名は「凡骨」。なんの価値もないどこにでもいる誰かというのがラグナに与えられた評価だ。


 だが、ラグナは諦めなかった。自分にできることがあるというだけでラグナには十分だったのだ。


 盗賊、戦士、騎士の三つの適性からラグナは迷わずに騎士を選んだ。

 仲間を守り、道を開く。そんなタンクの役割はラグナの性に合っていたのだ。


 実際、ラグナはその成長限界の低さにしては優秀なタンクとして知られていた。

 彼の後ろにいれば安心できる、そう言ってラグナを慕うものも少なくはなかった。

 そんな者たちの中に勇者ロンドもいた。


 ロンドとラグナは同じ孤児院の出で、何をするにしても馬が合う親友だった。

 互いにとって互いこそが最大の理解者であり、常に背中合わせで生きてきた。楽しさも、悔しさも、悲しみも二人で分け合っていた。


 ロンドが勇者として聖剣に選ばれてからもそれは変わらなかった。


 その証拠に、ロンドが最初に仲間として指名したのはラグナだ。聖剣教会や王国からの反対を振り切ってまでの任命だった。


 親友に同情したわけでもなく、憐れんだわけもでもない。ロンドは自分が使命を果たすためにはラグナという人物が必要不可欠だと判断したからこそ、彼を選んだ。


 ラグナはそのことを何よりも誇りにしてきた。

 勇者の盾という役割を全うするためにあらゆる努力を惜しまず、できることはすべてやった。己の限界を知りつつも、あらゆる手を使って戦い続けてきたのだ。


 誓いを立て、ロンドの遺志を継いだ今でもそれは変わらない。

 例え相応しくなくとも決してあきらめない、それがラグナ・ガーデンにできる唯一の生き方だった。


 ◇


 朝日のまぶしさにラグナは目を覚ました。


 重い瞼を開いて、自分が生きていることを実感する。呼吸するだけで全身が痛んだ。

 どうにか上半身を持ち上げて、ラグナは周囲を確認する。

 殺風景な景色にはどこか見覚えがある。ダンジョンの入り口だ。

 ラグナは焚火の側に寝かされていた。誰かが火の番をしていらしく、まだ火がくすぶっていた。


 大事に抱えていたおかげか、星光の籠手はすぐそばに転がっていた。どういう経緯でダンジョンに置かれていたかはわからないが、せめてロンドの形見を一つ取り戻せたことは喜ばしいことだった。


「目覚められたようで」


 声をかけられて、ラグナはようやくその人物の存在に気づいた。

 ユウナギだ。彼女は少し離れた場所で朝日を眺めていた。


 微かな薬草のにおいに、ラグナはまたユウナギに助けられたのだと理解した。


 遅れてダンジョンに入って、すさまじい速度で階層を下れば不可能ではない。ユウナギのレベルなら道中の障害物を文字通り両断できる。それほどまでに彼女は強い。


 そこまでしてくれるなら代わりにダンジョンに潜ってくれればよかったものを、そんな考えが過ってラグナは苦笑する。人間らしい未練がましさに安心を覚えた。


「……ありがとう」


「……いえ」


 ラグナは聖剣を杖に、どうにか立ち上がり、声をかける。

 ユウナギは振り返らない。彼女の右手は刀の柄にかかっていた。


「…………来てくれるとは思わなかった」


 ラグナはいぶかしみながらもユウナギに近づく。

 身体は痛むが我慢できないほどではない。もし仮にもう一戦ということになっても十全に動ける。


「私も来るつもりはありませんでした」


 ユウナギの指が柄の上で踊る。必死に押さえつけていたものが漏れ出ているかのようだった。


「じゃあ、どうして来たんだ?」


 ラグナはユウナギの変化に気付いている。気づいたうえでなお間合いを詰めた。


 ユウナギの考えや思いはラグナには読めない。彼は読心のスキルを持っていないし、特別人間の心に詳しいわけでもない。それでも、ユウナギにとってなにかのっぴきならないことなのだということは察することができた。それこそ、命を懸けても構わないほどに。


「確かめねばならないといけないことがありまして。それと――」


 ユウナギが鯉口を切る。目に留まらぬ速さで刃が抜き放たれ、ラグナの眼前に突き付けられた。


 切っ先には明確な悪意と敵意が込められている。実際、あと一歩踏み込んでいれば、ラグナの首は落ちていた。


「――あなたと立ち合わねばなりません」


「……金に興味はないんじゃなかったのか?」


「ええ。ですから、ただ切られろとは言いません」


「怪我人なんだがな……」


「だから、起きるのを待ちました。もう戦えるのでしょう?」


 ラグナは頷く代わりに、ため息を吐いた。

 覚悟を決めて盾を握る。勝ち目はないが、命の恩人の頼みとなれば騎士として退くわけにはいかない。


 誓いだけを優先するのならば一目散に逃げるべきなのだろうが、それを許すほどユウナギは甘くない。こうして戦いを宣言したのは彼女のなりの礼儀だ。ラグナが背中を見せればユウナギは迷わず切りかかる。


「……理由くらいは聞かせてくれないか」


「必要ですか?」


 取り付く島もないユウナギに、ラグナは笑みを浮かべた。


 なぜ戦いを挑まれているのかはまるで分らないが、今のユウナギの態度は良くも悪くもはっきりしている。これまでのどこかつかみどころのない態度よりはラグナにとっては好ましかった。


 覚悟は決まった。問題は、どうやって戦うかだが、ユウナギのような強者に対してラグナにできる戦い方は一つしかない。


「……なら、仕方が――」


 喋りながら、不意を突くようにしてラグナは動く。


「――ないな!」



 足元の土を蹴ってユウギリの視界を奪うと、ラグナは焚火の方へと転がる。


 ラグナの頭上を刃が掠める。空気が裂けて、低い音が響いた。

 ユウナギにしてみればただの横なぎだが、ただそれだけの攻撃が凡人の戦技を遥かに凌駕している。

 その威力たるや、数値にして五万以上。正面から受けていればラグナは十度死んでもまだ足りないほどのダメージを受けていた。


「そこ!」


 転がったままのラグナを無数の剣閃が襲う。


 視界がふさがっているとは思えないほどに正確な追撃だ。

 ユウナギは気配だけを頼りにラグナの位置を把握している。それこそ、ラグナが感じているのと似たような感覚をユウナギは身に着けていた。


 ラグナは攻撃をかわしながらも、大きく跳躍してユウナギから距離をとる。


 ユウナギの攻撃は強力無比だが、それは刀を使っての攻撃に限定した話だ。

 侍は魔法の適性を持たない。つまり、遠距離攻撃の手段がない。刀の間合いから抜け出してしまえばまだ打つ手はある。


 ゆえに、まずは距離をとる。その上で隙を伺い、少しずつ勝利へと近づく。それがラグナの戦い方だ。

 これまではそうして勝利してきた。あのドルナウも打倒した。ならば、ユウナギが相手でも必ず勝機は作れるはずだ。


 着地したラグナの目に、奇妙な光景が飛び込んだ。


 ユウナギが刀を鞘に納めている。全身の力を抜き、まるで敵などいないかのように穏やかな立ち姿をしていた。


 ユウナギが腰を切る。その刹那、ラグナの背筋を死の予感が駆け抜けた。


「――『山薙ぎ』」


 極大の剣閃が奔る。

 放たれた斬撃は距離を超越し、地平線までを空間ごと切り裂く。

 まさしく『山薙ぎ』。断絶の名に恥じぬ超絶無比の戦技だった。


 山をも切り落とす戦技は大地の大盾を両断し、ラグナへも届く。

 HPが0になり、ラグナの目から光が消える。

 決定的な一撃に、誰よりもラグナ自身が己の死を確信した。



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