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第一話 勇者の死

 その日は雨が降っていた。


 王都、聖ケラウノス大聖堂の中では、聖歌隊による鎮魂歌が響き渡っている。

 参列者の列は聖堂の外まで続いてる。王族、貴族、冒険者、平民にいたるまで皆一様に下を向いていた。

 勇者ロンド・アウラ・ライデイオンの死は誰にとっても悲しむべきことだった。


 本来、勇者はその使命を果たすまで本当の意味で死を迎えることはない。肉体が損傷しても、その魂はこの大聖堂へと還り、神々の手で新たな体を与えられるからだ。

 使命とは、魔の頂点にしてすべての人類の敵である魔王を討つこと。魔王を打ち倒すまでは勇者には死さえ許されないのだ。


 しかし、14代目勇者ロンド・ライデイオンはその使命を果たすことなく死を迎えた。

 旅の仲間たちによって運び込まれた彼の遺体は常人のように腐り始め、司祭長によりロンドの魂が天へと昇り、もはやここにないことが確認された。


 突然の、あまりにも突然の出来事だった。

 明らかになっているのは、未確認の魔物の襲撃により勇者ロンドが死んだということだけ。旅の仲間たちは黙して詳細を語ろうとはしなかった。


 かくして、前代未聞の勇者の葬儀が執り行われた。

 歴代の勇者の活躍を記すステンドグラスの下にロンドの亡骸は安置され、数百人の高僧ハイプリーステスたちが彼のために祈りをささげる。

 収束した魔力は一つの魔法を編み上げ、大聖堂の天井に巨大な魔法陣を描いた。


 ロンドの婚約者でもあった王女アリティアが弔いの花束を供えると同時に、勇者の棺がまばゆい光を放つ。

 光が晴れると、棺は消え、悲しみだけが残された。高僧たちの祈りが届き、勇者ロンドの遺体は神々のもとへと還ったのだ。


 葬儀が終わっても、誰もすぐには動けなかった。誰もかれもが勇者の死に打ちのめされ、迫る未来におびえていた。

 涙を流すものがいた。祈りをささげるものがいた。目を背けるものがいた。


 そして、ただ一人、聖堂を去るものがいた。

 彼の名は、ラグナ。勇者ロンドの旅の仲間であり、騎士として勇者を守るタンクであった男だ。

 ラグナの背には、勇者の死に際し教会に返還されるはずの「始まりの聖剣」があった。



 ◇


 三大国の王、冒険者ギルドのギルド長、聖剣教団にとって勇者の死は最悪の出来事だった。


 数百年に一度起こる魔王の誕生とそれに伴う魔界からの侵攻、それに対する唯一にして最大の切り札が勇者だ。

 その勇者が失われた。魔王という最悪の敵が誰かが解決してくれる遠い出来事ではなく、権力者たちにとって自分たちの問題となった瞬間だった。


 まず動いたのが勇者の後援を担い、各国につながりを持つ聖剣教会だ。

 彼らが発起人となり、対策を講じるための会議がすぐさま開催された。

 勇者ロンドの葬式から三日後のことだった。


 会場となったのは、葬儀が行われた西の大国、アルカイオス王国王都ガレアン。

 今歴史あるガレアン城の大会議場に、ヴィジオン大陸を総べるすべての王と権力者が集っている。彼らは主催者であるアルカイオス王ガイウス六世の登場を今か今かと待ちかねていた。


 しかして、そのガイウス六世は己が私室にて秘密の会談に臨んでいた。


「まずは取り急ぎ、次の勇者を選ばねばならん」


 片手でワイングラスをもてあそびながら、ガイウスが言った。質実剛健を旨とするアルケイデンの王らしい単刀直入な物言いだった。


「勇者を選ぶのは、我々ではなく始まりの剣です。そこはお間違いなきよう」


 側に立っていた若い女が答える。聖剣教会の大司教であるアリアナだ。彼女こそが今回の会議の真の発起人であり、ガイウスがほかの王たちを待たせてまで会談を望んだ相手だった。


「そうはいっても勇者がおらねば魔王を討てぬ。魔物どもは虎視眈々と我らを狙っておるのだぞ。実際にもう南部辺境領では『門』が開いたというぞ」


「こちらとしても憂慮しています。ですが、聖剣の意志は何人にもはかりがたきもの。待つしかありませぬ」


 淡々と語るアリアナに、ガイウスは眉をひそめた。


 聖剣教団は歴代の勇者とこの世界を創造した神々を信仰の対象としている。つまり、勇者は教団にとっては現人神といってもいい。

 その勇者が予定外の死を迎えたというのにあまりにも淡白な反応だった。


「お前たち教団もわかっているはずだ。アイデリアもクザンも隙あればわが領土を侵さんとしておる。西方では忌々しい叛徒どもがいまだに抵抗を続け、辺境伯あのバカが援軍をよこせとせっついてきた。このうえ、魔物どもの対処などできるものか」


「承知しております、陛下。ですが、聖剣の意志は俗世とは関わりなく下されるものです」


 まるでそれしか答えを用意していないかのような、アリアナの言い分にガイウスはますます苦悶を深める。

 怒りは感じていない。彼は聖剣教団の聖職者にいかることの無意味さを知っていた。


「そもそも勇者は魔王を討つまでは死なぬのではなかったのか? なぜ死んだ? なにがあったというのだ?」


 ガイウスでさえロンドの身に何が起きたのか、詳細を聞かされてはいない。その場にいたであろう旅の仲間たちを問いただそうにも彼らは示し合わせたかのように姿をくらましていた。


「……勇者の不死は神々の加護に由来するものです。本来ならば、勇者は肉体が死を迎えた(HPが0になった)後でも、魂を保護され、新たな肉体が与えられる。それがなかったということは――」


「あの勇者めが神々の加護を失った、ということか」


 ガイウスはあごひげに手をやると、ゆっくりと撫でた。


 ロンド・ライデイオンは優秀な勇者だった。戦闘技術やMP(魔力)はもちろんのこと、人格も非の打ちどころがなかった。

 民草からは「慈悲の勇者」として慕われ、ガイウス個人としても六女をくれてやってもよいと考えていたほどだ。


 そんなロンドが神々から見放された、というのはにわかには信じがたいことではある。


 しかし、これ以上の追及は無意味だ。

 重要なのは勇者が死んだという事実のみ。ガイウスはそう思考を転換した。


「……なんにせよ、候補は上げておかねばならん。先のロンド同様、聞き分けの良い候補を、な」


 ガイウスにしてみれば勇者も魔王も同列に政治の問題だ。

 対処は必須だが、それにより国益を損なうようなことはあってはならない。


 勇者というレベル上限を持たない不死身の兵器を有効活用しない手はない。

 単純な戦力としての活用に始まり、他国への抑止力、民への人気取り。使い道はいくらでもある。


「すでに三名のものを選んでおります」


 アリアナは懐から巻物を取り出すと、ガイウスに差し出す。

 ガイウスは書面に目を通すと、「ほう」と息を漏らした。


「皆、レベル100以上か。それに血筋もよい。このものなど我が王家の血が流れておるではないか」


「ほかのものたちも大魔法院の秀才、竜殺しの子孫と粒ぞろいです。さすがにロンドほどの天才は見つかりませんでしたが……」


「よい。あれは逸材であったからな。多少見劣りしても致し方あるまい」


 満足げに巻物を放ると、ガイウスは酒を煽る。飲み干すと深々と息を吐いた。

 やはり、憂いは晴れない。いくら候補を選定しても、肝心要の聖剣を失ったままでは何の意味もない。


 勇者を選ぶのは、神々から遣わされた聖剣である。

 勇者選定の儀式を執り行おうにも聖剣を欠いていては、そもそも不可能だった。


 聖剣は盗まれた。それもほかならぬ勇者の仲間の手によって。


「お前たちの方も彼奴の足取りを掴めておらんのか」


「はい、残念ながら」


 アリアナの声にわずかに怒りが滲んだ。

 無理からぬことではある。聖剣は教団にとって最も価値のある聖遺物。それが奪われたとあっては鉄面皮も崩れようというものだ。


「わが軍も探させておるが、とんと行方がつかめぬ。たかが一介の騎士ごときが手こずらせてくれるわ」


「はい」


 下手人の名は、ラグナ・ガーデン。勇者の盾として選ばれたただの騎士だ。

 聖剣を盗んだ動機も、その後の行方もようとして知れず、彼は煙のように姿をくらましていた。


「どうしても思い出せぬ。一度は顔を合わせておるはずだが、どのような男であったか……」


「一言で申し上げるならば、凡人です。堅実な冒険者として知られてはいましたが、それ以上のことはありません。レベルの上限もせいぜいが60、適正も低くく……ああ、彼の称号に分かりやすいものがありますね。『凡骨の騎士』、冒険者ギルドに所属していた時はそう呼ばれていたようです」


「解せぬな。なぜそのようなものが勇者の仲間になど……」


「ロンドとラグナは同郷です」


「同郷のよしみというわけか。ロンドらしくはあるが、そのような凡人がこのような大それた真似をするとはな。つくづく凡人の考えることはわからぬ」


 そういって、ガイウスは脳裏にラグナの顔を思い描こうと試みた。

 しかし、何度試みてもしっかりとした像が浮かんでは来ない。

 王として生まれ、たぐいまれな才能(レベル上限)を持つガイウスにとってラグナのような凡人は記憶する価値すらない存在だった。


「まあよい。すでに刺客は放った。そやつがどこにおるにせよ、すぐに聖剣はわれらの元へと戻る」


 ガイウスはラグナのことを思考の片隅に追いやると、ゆっくりと右手を握る。記憶を辿り、聖剣の柄の感触を思い返した。

 この身が勇者であったのなら。そんな考えがガイウスの脳裏から離れなかった。



新作です。応援よろしくお願いします。更新頻度はしばらく毎日投稿です。

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