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風説探偵のお仕事  作者: 天の邪鬼
6/6

風説ファイル6 『廃病院と青い男と』


その日、私は太刀洗さんと依頼の場所へ太刀洗さんの所有する車に乗って向かっていた

なんでも他の風説探偵からヘルプが入ったんだとか

中古車だというけれど、新車だろうと中古車だろうと動けば同じじゃないのか

こんなこと言えば車に詳しい人や車好きに怒られるのだろうか

目的地は山奥のもう随分使われていない廃病院だという

なんで山奥に病院があるのか知らないが、如何にもという場所で雰囲気はありそう

というか風説探偵に依頼が来ているので本当にそういうものが出るのだろう

肝試しなんてしようものならどんな目に会わされるのかわかったものではない



小さな村を抜け、車の通れない道から徒歩で10分と少し歩いたところに目的地の廃病院はあった

廃病院より目につくものがあった

廃病院に酷くそぐわないゴスロリの童女が倒木に腰かけていたのだ

まるで精工に作られた人形のようだった

ぬいぐるみを抱かせれば完璧だ

童女の首がぐるりと回りこちらを見た

軽くホラー

童女は私達に気付くとトテテと軽快に近付いてきて私の前で足を止めた

童女は探るように私を見上げる

こんな知り合いはいないので初対面のはずだけど

童女は一人納得し、口を開く


「ほほぉ、お主が女狐に目を付けられた女子(おなご)か」


「女狐?」


童女らしからぬ口調だった

ギャップがあってそれはそれでいいと思う


「唐之杜さんだよ。方位磁針貰ったでしょ?」


「ああ、あの」


人の名前を覚えるのは得意ではない私はまた誰か忘れたのかと記憶をサルベージしようとしていると太刀洗さんが助け船を出してくれた

名前、今知ったけど唐乃杜っていうんだ

知らない名前は思い出しようも忘れようもない


「それで」


太刀洗さんは童女に話し掛ける


「なんでしくじったのじいさん?」


「じいさん?」


じいさん、とは

このお人形のようなサイズの童女のことだろうか

名前がじいさんというオチ?


「呵々、儂の器は愛いじゃろ?」


呆気に取られる私を笑う童女はその場でターンしてみせる

確かに可愛い

メイド服でターンするチビッ子とか最高だと思うね

メイド服じゃないけど

しかし、器とは一体全体どういうことなのか


「これは人形で、本体の老人は安全なところからその人形を操ってるの」


人形みたいと思っていたら本当に人形だったとは

そして操っているのがおじいさんと

というか動く人形ってなに

これもうわからんね


久比岐(くびき)卓蔵(たくぞう)、人形を操るくらいのしがない老骨じゃ。仲良くしようではないか若いの」


差し伸べられた手はなるほど人のものではなかった

陶器のようにすべやかで、夏だというのにひんやりしていた

血が通ってないのがなんとなく分かる

触れてみるとドンピシャ

それは人の手の堅さをしていなかった

たぶん木製だ


「古賀命日子です。なにもない一般人ですがよろしくお願いします」


「一般人、のぅ……?」


「?」


「二人とも置いてくよ」


太刀洗さんは先に廃病院へと足を踏み入れていた


「案内なしでどこへ行くつもりじゃ若造が……」


童女の姿をした老人は肩をすくめ、歩を進める

向かう病院の入口の扉は見る影もなく、蔦が病院内部まで伸びていた


「『風説』は地下じゃ。手早く済ませとくれ」


※ ※ ※


廃病院の地下は雰囲気があって流石に怖い

夜ではないが地下では光源もなく、頼りになるのは懐中電灯の光だけだ

太刀洗さんと久比岐さんは夜目が効くのか懐中電灯の光なしにずんずん進んでいる

足場はお世辞にも良いとはいえないが前の『おもかる石』の異界よりはマシに感じた

ありがたいことに万年健康体の私にはかっらきし病院に縁がないのだが、手術室とは地下にあるものなのか

それとも地下にある手術室にスポットが当たるだけなのか

気にしても栓無きことか

目的の手術室は手術中と書かれたライトが点滅しており、扉のガラスが割れて、手術室の中が僅かに覗けていた

太刀洗さんが扉に手をかけると、青白い光が漏れ出してきた


「え?」


割れた窓からは光なんて見えていなかったのにだ

二度目の久比岐さんは兎も角、太刀洗さんは特に気にした様子もなく、光で満たされた手術室へ足を踏み入れる

久比岐さんも続いた

ここで置いて行かれるのは不味いと感じた私は恐怖と一抹の期待を持って中へ入った

男がいた

光っていて見えないのに、それが私には青い光を放つ男に見えていた

男はこちらに気付いたのか顔に見える部分をこちらに向ける


「そうら、来たぞ。気張れよ若いの」


「そっちこそ二度もヘマしないでね」


男と認識できるソレは眩い光を放ち、視界を埋め尽くした


※ ※ ※


「ここは?」


「おぅ、気付いたか?お主随分と寝惚けておったが大丈夫か?」


声がする

久比岐さんだ

老人だというがなんで声は女の子なんだろう

彼は人形の残骸に腰かけていた

気付いたら大変な絵面でびっくりするわ


「大捕物が始まるぞ。か弱い儂等はゆっくり見物といこうではないか若いの」


彼女、否、彼が視線を促した

その先では表す言葉が見つからない百足のような怪物と向き合う太刀洗さんがいた

百足?いや、生き物じゃない

あれは……樹だ

枝が手足のように動いているように見える

枝?いや、人の腕に見える?

なんだか見ていると気持ち悪くなってくる

認識しているものと違う?

なんだあれは

焦点が定まらない

アレは正確な姿を持たない?

太刀洗さんはナニを斬ってるんだ?

あんまりアレを見るといけないかもしれない

太刀洗さんを見ていよう


「ほっ、あやつが一太刀で調伏できぬほどの妖であったか。道理で儂が手も足も出せぬ訳よ」


風説は斬られたというのに意に介さず太刀洗さんに襲い掛かる

その巨体を利用して、……本当に巨体だろうか?正確なサイズなんてわからない

兎も角、太刀洗さんを押し潰そうとする

太刀洗さんは紙一重で避けてまた風説を斬る

腕、のように見えるモノを斬り飛ばした

風説は関節の一本や二本、気にした様子もない

大丈夫だろうか


「呵々、斬った張ったならあの娘の右に並ぶ者はそうおらん。安心せい」


「はぁ」


「それより話をしようではないか。女狐に目を付けられたんじゃ。ただの生娘ではあるまい?」


「ご期待に沿えず申し訳ないですけど、一般人ですよ」


「なにをいっとるか。一般人はあれを見ると恐慌状態に陥るわ」


「だから出来るだけ見ないようにしてます」


「そう平静な態度。只者ではあるまいて」


「順応速度には自信があります」


自分でもわかるけど適当言ってるな

気分が優れないから脊髄反射で言葉を並べている感がある


「ふむ、順応か。そういった方面の才能を見出されたのかもしれんのぅ」


おじいさんは真面目に考察しだした


「『風説探偵』に真っ当な人間は一人としておらん。皆、どこかしら大なり小なり人の理から外れておる。当然と言えば当然よ。『風説』のような超常現象に真っ向から立ち向かえる者がまともな道理がないからのぅ」


太刀洗さんは『風説』を斬るだけの力を

久比岐さんは『人形』に意識を移す術を


「そんな『風説探偵(ひとでなし)』の助手として見出されたお主は一体全体何者なんじゃろうな?」


人形を通して、その先にいる老人が私を覗き込む

ガラス玉の目玉では当人の知らないことまで見抜けるのか

鐘を鳴らしたような少女の声がしわがれた老人の声に聞こえていた

探るように私に踏み込んでこようとするこの老人の視線、少なくとも今私は愉快な気分ではない

唐之杜さんには私の知らない私の特異性が見えていたのか


「そんなの私が知りたいくらいですよ」



可愛らしい人形の顔に吐瀉物を出すより先に百足のような風説は切り刻まれて、消えていった

どういった風説だったのだろうか

気にならなくもないけれど、それより早く帰りたい気持ちでいっぱいだった

太刀洗さんは「いい汗かいた」と満足気だった

久比岐さんはあれ以上私になにか問いかけてくることはなく、さっさとどこかに消えていった



私に特別な力なんてあるはずがないのに久比岐さんの言葉は私の心に棘を残していた



青い男は『異界』への扉に過ぎない

それ以上でもそれ以下でもない

ただの現象なのだから


『異界』の先にいたモノの正体?

そんなものありはしない

アレは確固たる姿を持っていなかったし、名前もなかった

名無しの『風説』だ

はて?どうして根も葉もない『風説』があんなにも強かったんだろうね?

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