風説ファイル5 『視線を感じる』
私はふと気になって背後にふりかえる
「どうしたの古賀たん?」
ことあるごとに後方確認をしている私に明坂は疑問符を頭に浮かべている
私は当たり前のように昼食を共にしているお前に疑問を感じるよ
なんで他クラスまで付いてくるの
まぁ、いいか
「最近、誰かにずっと見られてる気がする」
「自意識過剰じゃない?思春期?思春期だね」
「眼帯娘に言われたくないが?」
「最近、物騒っすからね。熱心な古賀さんのファンかもしれませんよ」
「それを人はストーカーと呼ぶ」
明坂と違い、彼女は昼食を共にする資格のある人間、菱潟穂乃果
昼食なき民の救世主である
無駄に弁当を作り過ぎるとかそんな奴いるわけない
きっと恵まれない私とか購買でパンを買えなかった誰かのことを思って分け与えるために作っているのだ
違うのは知ってる
たかりな私は救世主の弁当をつついていた
明坂は自前の弁当があるのになんでついてきたの
ここは救われなかった者達が流れ着く場所だぞ
今日も人の弁当はうまい
家庭の味がする
家庭の味とか知らないけど
「古賀たんのファン?ありえないよね。ありえない」
「それな。そんな物好きいたら面拝みたいわ」
「それでいいんすか本人……」
私にファンとか出来たらそれこそ『風説』沙汰だよ
私なんてどこにでもいる冴えない一般人に過ぎない
「じゃあ、恨みを買うようなことは?心当たりないっすか?」
「ないけどあるかな」
「哲学?哲学の問題?」
明坂がついに菱潟の弁当に手を伸ばす
菱潟はなにも言わずそれを見逃した
なんて寛大な
「ほら、私って人に嫌われやすい方じゃん?」
「いや、知りませんけど……」
なんで嫌われたのかわからないけど、嫌われていることはよくある
おそらく癇に障るようなことを私がやらかしたのだろうけど、指摘してくれないと直しようがない
指摘されても直す気はないけど
他人に嫌われて気にする質ではないのだ私
今も当然の顔して人の弁当つついてるからね
そりゃ嫌われるよねって
他にもあるんだろうけどいちいち覚えていないし
「心当たりはないけど、嫌われてるって自覚はそこそこにある」
「それは……ご愁傷様っす?」
「大丈夫だよ古賀たん。なんとかなるなんとかなる」
「なるようになるよねー」
適当に駄弁って時間を浪費する
まるで女子高生のようではないか
女子高生だったわ
けらけららしくもなく笑い誤魔化しているが
今も誰かの視線を感じている
振り返っても私を見ている者はいない
壁しかないのだから
実は壁に盗撮用のカメラとか埋まってたりしない?
※ ※ ※
その日、私は少し遠出してゲームセンターで時間を潰していた
今日は会合かなにかで太刀洗さんの事務所は休みだ
バイト代で無限に遊べると錯覚してしまう
前の呪詛の件で大金が入ったからか羽振りがよく感じる
視線は相変わらず私を捉えている、気がする
振り向くと別に誰かが私に注目しているということもなく、ゲームを覗き込んでいる人もいない
しかしこれだけの人がいるところで何かされるとは思えない
ゲームに深く入り込み、視線を感覚から遮断する
ゲームはそこそこに楽しい
結局、日付が変わる時間までやりこんでしまった
町はすっかり寝静まり
誰もいない暗い道を自分の歩く音だけが聞こえる
いつもより不自然なくらいに人気がない気がするのは気にしすぎだといいんだけど、自分以外の足音は聞こえないのに、視線は私についてきていた
後ろを確認しても誰も
いや、一人
男がいた
足音なんてしていなかったのに
前に振り返ったときはいなかったのに
いつからそこにいたのか
男がまっすぐ私を見ていた
「君を奴から解放してやろう」
意味のわからないことを言う男
夜道に不審者ってだけでも恐怖なのに、手には銀色に光る凶器が握られているのだ
前のメリーさん擬きと違って凶器に血が付着してなくてキラリと綺麗なんて現実逃避してみるが残念これが現実
二回目の死の危機にちょっと達観してる
これは不味い
またランニングするのか
相手は男で大人
不利じゃないか
大声で助けを呼ぶ?
助けが来る前にミンチになる予感しかしない
「お困りだね。お困りのようだね古賀たん」
そんなピンチの私に救いの手を差し伸べるのは日本刀を持った美女ではなく、制服ではなく私服姿で眼帯の不審者だった
不審者が二人に増えた
「何者だ?」
男は不審者その2、明坂真言を見て問い掛ける
こっちのセリフだが?
「最近、古賀たんをつけてる人がいるのは知ってたよ?気付いてたよ?」
質問が聞こえていなかったように喋り出す
彼女からいつものおちゃらけな雰囲気が感じられない
「でも、目的がわからなかったから泳がせてたのに。親切に忠告もしたのに。こんなことしちゃうんだ。しちゃうんだ」
「私は彼女のことを思って行動したまでだ。私の行動に卑しきことなど欠片もない」
こいつ正気か……?
こういうタイプの人間は自分の世界に浸っているので会話するだけ無駄だ
関わりを持たないように避けるのがベスト
目をつけられたなら排除するしかない
「……」
明坂も同じ結論に達したのか
夏だというのにぶかぶかな袖からカッターナイフがするりと手に収まる
なんで袖から出すんだろう
ポケットじゃ駄目なのか
しかしこれは
「流血沙汰……!」
「今は時期尚早か」
男は手に持った刃物で応戦する様子なく、引こうとしている
「逃がすと思う?思うの?」
「私には使命がある。こんなところでは終われんよ」
これ以上の言葉は無用
明坂はカッターナイフを顔面に向けて投擲した
リアルで刃物投げる人始めてみた
的外れな感想を浮かべている間にも事態は進む
男は身を屈め、カッターナイフをやり過ごすと身を翻し、逃走する
背中を見せた男に明坂は追加のカッターナイフを投げていた
こいつ眼帯どころの騒ぎではなくやばい
人に向けてなんの躊躇もなくカッターナイフ投げてる
そもそもカッターナイフを何本も持ち歩いてるってどんな精神異常者なの
男は振り替えることなく走っている
その背中にカッターナイフが刺さろうとしたそのとき
男は文字通り闇夜に消えた
「は?」
カッターナイフが遠くで虚しく転がる音だけが聞こえていた
「逃げられた……」
口惜しそうに地面に落ちたカッターナイフを回収する明坂
一応、この不審者は私を助けてくれたのだろうか
知人でなければ回れ右してダッシュしてる
礼はしておこう
「ありがと、う?」
「どういたしまして。どういたしまして」
「なんで夏に長袖なの」
「ん?ふふふ、私は暑いのは得意中の得意なの。夜は寧ろ肌寒いくらい。ちょい寒だね」
「あ、そう」
「古賀たん興味ないのになんで聞いたの。傷付く。傷付いちゃうな」
その割りに嬉しそうだ
不審者から助けてくれた恩人とはいえ、明坂も大概危険人物みたいだ
今後の付き合い方を考えないといけない
向こうが勝手に絡んできてるだけだけど
「いつから見守っててくれたの?」
「視線を感じるって言ってた後から。ずっとずっと?」
「…………」
視線の正体って大体こいつじゃ……
人間怖いなあ
「弁当の恩義はこれで返したよ」
「報いる相手間違えてんだよなぁ……」
ありがとう菱潟さん
ありがとう菱潟さんの弁当
その夜、一つの『風説』が誰にも知られることなくひっそりと姿を消した
古賀命日子を見ていた視線の元は四つ
一つは不審者の男
一つは明坂真言
残り二つはなあに?