風説ファイル3 『おもかる石』
どこまで歩いても終わることのない石を積み上げて出来た歪な鳥居の迷宮に私は閉じ込められていた
いや、迷いこんだというべきか
補食されたというべきか
補食されている最中なのか
専門家ではない私にはわからない
出来るだけ考えないようにして足を進める
※ ※ ※
時給の良さに目の眩んだ私は助手として事務所に足を運んでいた
仕事はあまりなくただただダラダラしているだけでいいので楽な仕事だ
仕事してなくない?本当に給料が貰えるのか怪しくなってきた
今日、事務所で私を迎えたのは太刀洗さんではなく、知らない女性だった
上司のようなものだと思ってくれて構わないといっていた
風説探偵の先輩なのだろうか
その女性は太刀洗さんではなく、私に用があるという
「こ、古賀命日子さん、あなたは『おもかる石』をご存知ですか?」
「名前くらいならなんとなく……」
なんか神社かなにかにある石だったような
名前だけならテレビとかで聞いたことがある気がする
「け、結構です。願いを念じながら石を持ち上げて、想像していたより軽いと感じた人の願いは成就するという石占いの一種です。こ、これは有名なあの大社にあるものですが、その人気にあやかろうとする人もいまして真似る神社もなくはないのです」
「おもかる石はなんとなく知っていても詳しくは知りませんし、石は石ですもんね。知らない人からしたら大差ないかも」
本物とかパクりとか普通の人からしたら関係ないのだ
それっぽければいい
所詮は石ころ
本気で願いが叶うとは思ってもいまい
「え、ええ、あくまでも占い。願掛けでしかありません。通常ならば」
「『風説』ですか?」
「は、話が早くて助かります。このおもかる石、軽いと感じた人の願いを叶えると思われています。では、重いと感じた人は?」
「順当にいけば願いが叶わなくなるとかですか」
「そ、それなら私達、風説探偵が動く必要はないんですが」
石を重いと感じた人の願いが叶わなくなるのは風説探偵的に見逃せる範疇なのか
直接、目に見える被害もないし、放っておくか
私もそうするかも
「い、依頼のおもかる石は、重いと感じた人を軽いと感じた人の願いを叶えた代償として、連れていくんです」
「連れていく?」
「は、はい。軽いと感じた人の願いを無償で叶える石は都合が良すぎると感じたのでしょう。この風説は、願いの対価に人を食います」
「それは、恐ろしいですね」
実感が沸かず、こんな感想しか出てこない
画面の向こうの殺人事件が異世界の出来事に感じるように、風説は荒唐無稽でお伽噺のように現実を伴わない絵空事だ
当事者になって初めて風説の恐ろしさが分かる
先日の風説も目の前にしてようやく恐ろしいと実感を得たほどだ
「ま、まぁ、こういう風説はよくあるので、流渦ちゃんに調査及び風説の破壊に向かって貰った訳なんですが」
「まる二日戻ってきていないと」
「え、ええ、おもかる石は叶えた願いの大きさによって対価の数を増やします。つまり、叶えた願いが強ければ強いほど風説としての驚異が増す。願いを叶え続けて成長する前に叩いておきたかったんですが、遅すぎたようです」
「じゃあ、太刀洗さんは……」
「あの子は簡単にやられる訳はないんですが、斬れないもの、搦め手に弱いところがありますから風説の中で迷子になっているんだと思います」
太刀洗さんが風説に食われたと欠片も思っていないような、口調は代わりなかったが、強い断定のように思えた
この人は太刀洗さんが生きていると確信を持っている
まぁ、あの人簡単にやられそうにないし普通そう思うか
「わ、私の専門は占いで現場に赴くのは滅多にないんです。何せか弱いので」
普通の人は大抵、怪物よりか弱いと思う
「な、なので助手のあなたに流渦ちゃんを迎えにいってほしいんです。大丈夫、迷い混むのは死ぬほど簡単です。こ、これ貸しますね?」
結局、最後までこの人の名前と、星空のような奇妙な目について知ることはなかった
残ったのは些細な疑問と小学生のとき見た以来の方位磁針だけだ
※
助手初お仕事は異界へのお迎えだった
字面見ると頭がおかしくなりそうだ
そして、私はおもかる石があるという廃れた神社に向かい、祠にポツンと置かれていた石を持つ上げた
持ち上げたのも束の間、ずしっと石は重さを増し、持ち上げた腕は下がり
一瞬で風景は変わり果てていた
石
石石
石石
石石石石石石石石石石石石石
人の頭の大きさほど石だけがあった
石が世界を占めていた
木々は全て石が積み上げられたものへと変貌し、地面は土すらなく、一面に石が敷き詰められていた
景色の変化に気を取られている間に、目の前にあった祠は消え失せ、石を積み上げて出来た歪な鳥居がずらっと並んでいた
石で出来た鳥居
それは重力を無視していた
どうみても崩れる形をしているのにその様子がない
石と石の間に磁力でも働いているというのか
理解できない出来事に私は
考えることをやめた
星空のような目をしていたあの人が言っていた
「ふ、普通の風説なら気にすることはないんですが、深いものは見るだけでこちらに悪影響を与え、『向こう』に引き摺りこんできます。特に今回のような異界が関わってくるものがその傾向にあります。だ、だから理解するのは避け、異界に呑まれる前に早期決着が望まれます」
そんな危険な場所に学生を有無を言わさず送り込むとかなんて酷い大人なんだ
無言の圧に負け、むざむざ乗り込んだ私が悪いような気もするけど
あの人、おどおどしていて押しが強いというか
自分の決めたことは意地でも押し通すタイプの人間とみた
そして、出来るだけ関わらない方がいい人間だ
ああいう手合いの大人にはなりたくないものだ
ぶっちゃけ、風説とかもう関わりたくもないのが本音
なんで助手なったんだろう
石しか見えない風景で発狂しそうだ
太刀洗さんを探して鳥居の間を歩き続けるが景色に変化はなく、太刀洗さんの姿は見えない
どれくらい歩いただろう
20分?
30分?
それとも1時間?
足元がそこそこ歩きにくくて体力を奪われる
落ちてくるかもしれない頭上の石への注意が散漫になってきたのを自覚する
意識が遠くなってきた
そのとき景色に変化が訪れ、意識が引き戻された
石で作られた鳥居が無惨に破壊し尽くされていた
切断図から割られた砕かれたではなく、切れ味のいい刃物で斬られたのがわかる
「近くに太刀洗さんがいる?」
石以外のものにようやく会えると思うと気が逸る
さらに歩きにくくなった石の上をを早足で歩く
足が痛むのなんて気にならない
遠くから音が聞こえてきた
石と石がぶつかるような音だ
見えてきた
よく目を凝らす
太刀洗さんは刀を抜いていて、人に見えるナニカを斬っていった
斬り続けていた
それは人の体を上に石を乗せた人外だった
人外の群れが太刀洗さんを取り囲んで次から次へと襲いかかっていた
それらは俊敏な動きで四方から太刀洗さんに掴みかかろうと飛びかかっては避けられ、別の個体と衝突を起こし、或いはカウンターで頭の石を斬られ、脱落していった
頭の石を斬られた人外は力を失い、倒れ、石を残して霧散した
コツ
音がした
反射的に音の方に目を向けると
石の人外が隣に立っていた
「ッ!」
悲鳴をあげそうになった私に目もくれず石はただ太刀洗さんを目指す
また一つ
また一つと石人間は現れて太刀洗さんへ向かっていく
終わりが見えない
この場にあるすべての石が太刀洗さんを押し潰そうと向かっているように思えてきた
目眩がする
早く普通の場所に戻りたい
涙が出そうだ
正直、メリーさんより怖い
「古賀ちゃん!?」
太刀洗さんが私の存在に気付く
いつの間にか歩いていたようで存外に近くまで来ていたようだ
それでも石人間は私が視界に入っていないかのように太刀洗さんに殺到している
石に視界があるかは知らないが
「あの女!古賀ちゃんをこんな危険な場所に寄越したの!?自分で来来いよ!」
驚きながらも一切、動きに淀みはなく石を避けて斬って避けて斬って話す
風説探偵って凄いんだなあ
「古賀ちゃん!あいつからなにか預かってない!?」
「方位磁針なら……」
「それ!それで脱出できる!」
「そうなんですか」
ただの方位磁針にしか見えない
いや、取り出した方位磁針はいつの間にか狂ったように針が回っていた
こっちに来てからずっと回っていたのかもしれない
この方位磁針、太刀洗さんの刀と同じで不思議アイテムなのかな
「悪いけど呆けてないで、それ投げてもらえる!いい加減、こいつら斬るの飽きてるの!」
最初は楽しんで斬っていたのだろうか
「適当に!出来れば高めだと嬉しいな!」
「あ、はい」
肩の力に自信はないけれど、軽いし10mくらいは飛ぶかな
方位磁針ってボールみたいに飛ぶの?
分からなかったので言われたとおりに投げた
以外と飛んだ
太刀洗さんは石人間の頭に足をかけ、踏み台にして飛んだ
自分と同じくらいの背丈の石人間の頭を踏み台にするってどんな脚力だ
太刀洗さんは迷うことなく落下を始めた方位磁針を上から叩き斬った
それそういう使い方だっけ?
※ ※ ※
一瞬、気が飛んだ
意識をしっかり持つと景色はまた一変していた
元に戻ったというのが正しいか
『おもかる石』があった祠の前にいた
「これで一件落着!」
『おもかる石』はさっきの異界にあった石の残骸達同様、真っ二つに斬られていた
……祠ごと豪快に
「随分と手こずらせてくれたな」
二日も石人間の相手をさせられてよほど鬱憤が貯まっていたのだろう
私なら正気を失っている自信がある
それ以前に簡単にやられてしまっていたはずだ
というか、その石、持つ必要なかったの
壊すだけでよかったの
なんで太刀洗さんは苦戦していたのだろうか
「こいつ近付いただけで『場』に引き摺りこむとか質が悪いわ」
「え?」
「ん?」
「私、それ持って入りましたよ?」
引き摺り込まれるということはなかった
「…………本体を守るために自己防衛機能があったってことかもね?」
この後、苦い顔としている太刀洗さんとラーメンを食べに行きました
とても美味しかったです
二日飲まず食わずだったからかラーメン二杯とか見ている方もお腹が膨れる
二日もあんな場所に閉じ込められていた人に、先に風呂入れなんて口が裂けても言えなかった
『おもかる石』に連れ去られた人はどこに消えたのだろう
石で出来た木に見えているソレは本当に『木』だったのだろうか
なんにせよ入り口は壊された
変貌したソレ等が外に出ることはない
これで良かったのだ
見たらきっと取り込まれてしまうから
世界は見る人によってその姿が異なる
その人の見ている世界とあの人の見ている世界は同じ貌をしているだろうか
命日子と太刀洗は異界がそれぞれ別のモノに見えていました