トマ・ステファン・ウルライヒ
トマ・ステファン・ウルライヒ
ある日突然異世界での生活が始まったらどうするだろうか?
ーー今まさに俺はその状況下に置かれている。
ここで普通なら初期段階からチート級の能力の一つや二つ備わっていていたり、美女からモテモテになってもいいと思うんだがな。
だが、概してこの世界はそんなご都合設定など皆無のようだ。
記憶もない。超人的なパワーなんてのは以ての外。は
ーーただの非力な人間だ。
いや、この世界の俺はそもそも『普通とは違う』存在だ。
元の世界に戻れる方法は全く分からない、当面この世界で暮らしていくほかないだろう。
ならば最初は情報収集だな。
幸いにもこの母親と名乗る人物はとても優しそうだ。少し抜けているところがありそうに見えるのが不安だが。
記憶が混乱して、うまく思い出せない事を利用すれば上手くいきそうだ。
彼になりきって息子としてロールするのが今一番の最善策。
「母さん。高熱の後遺症の所為か何も思い出せない。記憶が曖昧になってるせいか、さっき訳の分からない事を言ったのかもしれない。ごめんね。」
「気にしないでトマちゃん。お母さんは貴方が目覚めてくれただけで嬉しいの。多少記憶に影響があたって、生きている限り大丈夫よ。あっ!そうだわ!!
それならトマちゃんや私、そしてこの世界のことについてお話ししてあげるね。」
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ーーーーーークリューザン帝国
大昔の大戦争を戦勝国として終わらせ、今日大陸の中で最も強大な力を有する帝政国家。
そもそもこの世界には現実の世界にいる俺たち人間以外にも犬や猫などの動物が二足歩行している獣人族、ファンタジーによく登場するエルフ(こっちでは長耳族と呼ばれている。)や ドワーフ(小人族)といった様々な異人種が存在している。
殆どの場合彼らは単一民族でしか国家を形成しないが、このクリューザン帝国は様々な異人種を抱え込む多民族国家という顔も持ち、建国以来より続く厳格な身分階級が確立されている。
頂点に君臨する皇帝を始め、諸貴族、官僚など国の中枢を握る位置には白族と呼ばれる人間とエルフの面々が全てを占めている。
最近では彼ら以外の種族もは出てきていらしいが、現状数える程度しかいないのが事実。
支配階級と被支配階級。この二つが存在するのが現実であり。この国の常識だ。
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「といった感じからしら?本当に基本的なことしか教えることが出来なかったけどね。」
「ありがとう、母さん。この国の事情大体は把握できたかな。それを踏まえて一つ大きな疑問があるんだ。」
「何かしら?トマちゃん?」
「その....母さんは見た目からして種族がその..ヴァイスマンだっけ? 謂わゆる白族だよね? だとしたらなんでその息子の俺は獣人族の見た目が混じってるんだ?」
「それは貴方のお父さんが獣人族のフュント系統の出自だからよ。」
「ん?....つまり俺は獣人族と白族のハーフってこと?でもさっき母さん。白族やエルフと多種族の婚姻はタブーって言わなかったっけ?」
この世界の中枢を担っている彼らはその地位や種族的なアイデンティティも相まって、基本的にプライドが高く、純血に非常にこだわっている。
彼ら以外の種族は自分達よりも格下、劣等種にしか捉えておらず、婚姻などした日には絶縁、最悪の場合殺されてしまうこともある。
「てことは母さんは今、そのウルライヒ家とは絶縁状態ってこと?」
「そういうことになるわね。」
だが、そう言った母さんの顔には一切の後悔の色が見えなかった。
「むしろ絶縁出来て良かったぐらいだわ!あんな息苦しい貴族面した家。トマちゃん想像出来るかしら? 毎日毎日、良いヴァイスマンの妻となるように礼儀作法を叩き込まれ、成人すれば好きでもない人とのお見合いが延々と続く日々。本当に苦痛だったわ!!」
「そりゃ.....大変な毎日だったね; 俺なら秒で飛ぶレベルだよ。。。 でも勘当されたのに苗字はそのままウルライヒなんだね。じゃあステファンって言うのが父さんの苗字?」
「そうよ。お父さんの種族の慣習に合わせてるの。名前・父側の姓・母側の姓って順番なの。後はトマちゃんの名前もお父さんの種族の呼び方にしてるの。私達の呼び方だと『トーマス』になるんだけど、貴方にはお父さんの種族のように伸び伸びと自由に育って欲しい願いから『トマ』にしたのよ。
トマ・ステファン・ウルライヒ 。獣人と白族の血をひく貴方はきっとこの世界を変えることが出来る偉大な人になるような気がするの。」