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魔法学院の魔王勇者  作者: 橘トヲル
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前世魔王、今世勇者?


 私の名前はマーナティア・スカイハイ。だった。

 今の名前は土御門真央。

 この東京都立魔境院魔法学校の生徒会会長をしている。

 そして私の前世は、魔王。だった。


   ◇


 目の前で生徒会室の扉が閉まる。

 悠斗の姿が見えなくなったところで大きく息を吐く。


「はああああぁぁ……つっかれたー」


 折り畳みの机に頬と薄い胸を押し付けるようにして突っ伏す。

 机のひんやりとした感触が疲れた頭に心地よい。

 学校の中で誰にも見られていない時間は貴重だ。先月の生徒会総選挙で生徒会長に選ばれてからは特にそうだ。どこに行っても好奇、期待、羨望、嫉妬、いくつもの視線にさらされる。

 中でも多いのは好意の視線だが、それもこの生徒会室なら多少はマシだ。

 副会長の悠斗は真央をライバル視しているようだったが、基本的には優しいと感じる。


「あれでもうちょっと愛想があればなぁ」


 190センチ越えの長身から見下ろされると、あの三白眼は少し怖い。

 それでもこの学校の生徒の中では一番頼りにできる存在だ。

 実力が自分に近い存在がこんなにも安心感を覚えるとは今世で初めて知った。

 目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 前世の記憶。

 魔王だった父の背中を見て育った私は、引きこもりの研究者だった。

 父は暴力と武力によって世界を支配しようとしていた。あまりにも苛烈なその姿勢にマーナティアは恐怖し、魔王城で魔法の研究に没頭するようになった。

 結果的に父の戦争の協力はできたため、文句は言われなかったが外に出ることが極端に減り人嫌いに拍車がかかった。

 だから父親が死に、突然に魔王を引き継ぐことになったときも表舞台に出ることを拒んだ。

 魔族の先頭に立って戦ったのは研究の成果たるホムンクルス。何度死んでも蘇ることから『無限の魔王』の名を冠せられることになったのは不本意だったが、おかげでマーナティアは相変わらず引きこもり生活を続けていられた。

 あの日、勇者が魔王城へと突撃してくるまでは。

 魔王城、謁見の間で勇者とホムンクルスが戦っていた時マーナティアはすぐ傍にいた。近ければ近いほど同調率が上がり、扱える魔法が強力になるからだ。

 そうでもしなければ勇者によって一瞬で魔王城は制圧されていただろう。

 修羅。

 そう表現するべき印象だった。

 だから勇者が最後の瞬間、ホムンクルスと刺し違え自爆魔法を使ったことも想像通りではあった。

 ただ一つ、マーナティアも巻き込まれて死んだことを除いては。

 そして気が付けばこの世界で土御門真央として生を受けていたのだ。


「……平和だ」


 新しく転生したこの世界は平和だ。

 あの血と戦争にまみれた世界に比べればとてつもなく。

 目を開けば狭い生徒会室が映る。だが信頼のおける生徒会メンバーと一緒にいる分には十分なスペースだ。

 だからこそ今世では平穏な生活をしたかった。

 だというのに、マーナティア―――真央は今この学院で生徒会長となっていた。


「まさか勝手に推薦されて投票率が9割を超えるとは思わないじゃない……」


 それもこれも入学直後に行われた試験で目立ち過ぎたのがいけなかったのだ。

 強化魔法を使ったら思ったよりも効果があり過ぎて戦術実技でトップになってしまって『勇者』候補なんて呼ばれてしまうし、悠斗からはライバル視されてしまうし。


「それにしたってあの戦闘センスは異常よね。あそこまで強化魔法で底上げしてようやく勝てるなんて」


 悠斗に戦術実技で勝てたのは単純に強化魔法でフィジカルを底上げしたからだ。彼の戦闘技術やセンスは真央を遥かに上回っていた。次回戦術実技で戦うときにはおそらく勝つためにはかなりの無理を強いられるだろう。そして真央にそんな無理をするつもりはなかった。


「でも、どこかで見たことがあるような気がするのよね」


 しかし思い出しても答えは見つからなかった。

 ちなみに魔法実技では目立ちたくない一心で隠蔽魔法を使って魔力量などを隠したが、悠斗が目立ち過ぎてそんな必要はなかった。


「直に強化魔法を安定して使えるようになれば抜かされちゃうわね」


 本気で魔法を使えば悠斗に魔法実技面では負けない自信が真央にはある。

 だがそれをすれば悠斗に代わって真央が『魔王』候補と呼ばれることを意味していた。


「『魔王』かぁ、『勇者』よりはマシだけど……」


 『魔王』に求められるものは『勇者』に比べれば単純だ。任期中一度もその力を使わないことすらもある。


「『勇者』は忙し過ぎるぅ……」


 できれば狭い部屋に引きこもって魔法の研究をしていたい。

 そんな風にだらけていると、生徒会室の扉を控えめにノックする音が聞こえてくる。


「どうぞ」


 しゃっきりと姿勢を正してから返事をする。

 ドアを開けて入ってきたのは真央にも負けず劣らず身長の低い男子生徒だった。


「あ、会長お疲れ様です」

「藤林君」


 名前を呼ばれた男子生徒―――生徒会書記担当の藤林カケルは、ぱぁっと大きな笑顔で椅子に座った真央の向かいに腰を下ろした。


「今日は遅かったんですね。ああ、今日は試験の追試でしたか」

「さっすが会長! ご明察です。いやー、この前の小テストで赤点取っちゃって」

「笑い事じゃありませんよ。生徒会の座を狙っている生徒はこの学校ならいくらでもいるんですから。隙を見せていてはいつ付け込まれるか……」

「あははー。ご心配ありがとうございます。まぁ何とかなりますよ」


 そう言ってまたもへらへらと笑っている。


「まったくもう、仕方ありませんね。今度時間があるときに勉強を見てあげます」

「わぁ、ほんとですか! 会長に見てもらえるなんて感激だなぁ。さすが『勇者』候補ですね」

「う、藤林君『勇者』候補はやめてもらえませんか。私は『勇者』になるつもりはないんです」


 カケルの言葉に真央は呻くようにして拒絶を示す。

 しかしカケルはと言えば意味が分からないといった風で、


「何を言っているんですか会長。会長ほどこの学院で『勇者』に近い人はいませんって。可愛くて、かっこよくて、頭が良くて、面倒見が良くて、それから―――」

「も、もういいです! そのくらいにしてください」


 カケルが指折り数える真央の評価に、頬が燃えるのではないかと思うほど顔が赤くなる真央だった。


「で、ですが……そ、そう! この学校には天ヶ崎さんだっているじゃないですか! 彼なら『勇者』にだって―――」

「いえ、彼はダメです」


 カケルとは思えない冷たい声が真央の言葉を遮った。

 何とか言い逃れようとした真央が上げた人物。この生徒会の副会長の名前を告げた瞬間、物理的に部屋の温度までもが下がる。視界の端で窓に薄く霜が張っているのがわかった。


「ダメです、あいつはダメなんですよ会長。あのゴミ虫にだけは絶対に『勇者』は渡せません。だってほら僕の目の前にこんなにも『勇者』にふさわしい人物がいるじゃないですか。次の『勇者』は絶対にあなたなんですよ会長僕は何が何でも絶対にあなたを『勇者』にふさわしい生徒会長にして見せますだからだから―――」

「はい、そこまでです」


 急に目から理性が吹き飛んだカケルに動揺することなく、真央はその額に軽くちょっぷを落とした。

 それと同時に魔法を使って部屋の温度を元に戻す。

 目の前の同級生は有能なのだがなぜか悠斗のことを目の敵にしている上、真央のことは絶対上位存在として信仰の域にある。


「う、すみません会長。また魔力を抑えきれなくて」

「構いませんよ。あなたがそうなのは理解したうえで生徒会へ推薦したのはこの私ですから」

「会長……」


 カケルが目をキラキラさせて真央を見ている。

 こんなことをしているから『勇者』なんて言われるのよね……。

 そう思いながらも溜息をつくこともしない真央。

 結局、自分は周りの意志をないがしろにできない性格なのだ、そう真央は理解している。

 それは前世で魔王位を父親から受け継いだ時からそうだった。

 周りの期待をうかがって、その通りにふるまう。王として魔族の国を治め、人間の勢力に対しては厳しい姿勢で臨み、最前線で戦う。

 まぁ、さすがに戦うことはできなかったのでホムンクルスを代理にしたわけだが。

 結果として人々は新魔王を崇め敬い畏れた。

 在位期間は短かったが、それでも人々の望む魔王ではあれたと思う。

 だが、


「どうして」


 そこに真央の意志はなかった。

 魔王になんてなりたくなかった。

 人間と戦いたくはなかった。

 ただ引きこもってゲームでもしてたかった。

 だから生まれ変わったと理解した時、この今世ではやりたいことをやろうと、そう決めた。

 そう決めたはずだったのに。


「どうしてこうなったのかなぁ」

「え? 何か言いました会長?」

「……いえ、何でもありません」


 さっき生徒会室を出ていったばかりの大きな背中を想う。

 どこまでも自由な。

 それでいて真央と同等かそれ以上の力を持つ存在。そんな魔族はは前世でも存在しなかった。

 ただ一人、マーナティアを死に追いやった勇者を除いては。

 もう少し、だけでいい。

 天ヶ崎悠斗と仲良くなってみたい。

 そう思いながら、戻ってくるであろう生徒会室の扉を見ていた。

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