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魔法学院の魔王勇者  作者: 橘トヲル
1/2

前世勇者、今世魔王?

不定期更新予定。

こっちは書き溜めゼロです。


独立した掌編が続く予定です。


 俺の名前はユーシア・グラン。だった。

 今の名は天ヶ崎悠斗。

 この東京都立魔境院魔法学校の生徒会副会長をしている。

 そして俺の前世は、勇者。だった。


   ◇


「天ヶ崎君、今度の生徒総会の資料仮案ができたから先生に提出に行ってもらえる?」


 声に振り向けば、折り畳みテーブルの上でさっきまでパソコンに向き合っていた生徒会長の土御門真央が紙束を差し出してきている。

 どうやら先ほどまで作っていた資料をプリントアウトしたものらしい。

 それを悠斗は視線を大きく下まで下げて視認し、ようやく理解した。

 低い。

 この生徒会長は身長がとても低い。

 140あるもん、とは本人の言だが、実際は130センチ台なのは間違いない。加えて悠斗の身長が190センチを超えていることもあって、二人が並ぶと大学生と小学生、へたをすれば父親と幼稚園の娘に見られる。

 長い黒髪が夕日をつややかに反射し、大きな黒い瞳がこちらをじっと見ている。

 何となく居心地が悪くなって、生まれつき色素の薄い短髪を掻き上げる。


「チッ、なんで俺がそんなこと……」

「天ヶ崎君」


 悪態をつく悠斗の言葉を遮って、真央がにっこりと微笑む。

 邪気の一切感じられない、無垢なる笑み。実力もさることながら、入学二か月後に行われた生徒会総選挙ではこの笑顔によって男女教員を問わずありとあらゆる人間から票をもぎ取り、今彼女はこの地位にいる。

 そしてダメ押し。


「お願いね?」

「……」


 悠斗は無言で、差し出された紙束を受け取った。


   ◇


 がらり、と背後で生徒会室の扉を閉める。

 放課後、それも下校時刻近くの廊下には誰もいない。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁ」


 大きなため息とともにひざを折ってしゃがみこむ。

 会長めっちゃかわえええええええええええええ。

 その叫びを抑えるためには両手で口元を抑え、必死に耐えなければならなかった。

 悠斗自身もまた生徒会総選挙にて土御門に票を投じた一人である。

 かつ、自身がその隣にあるために生徒会総選挙では前世から引き継いだ勇者の技術を無制限に開放したのは、かなりの暴挙であったと今では反省している。

 だがそれに見合ったものは得られた。

 資料と古いパソコン、それと折り畳みテーブルとパイプ椅子しかない生徒会室で毎日会う土御門はまさしく掃き溜めに鶴と言って差し支えない状況だった。

 叶うならばもっと素直に話せれば、そう思う悠斗だった。


「……はぁ、行くか」


 役目を果たすべく、職員室へ向かって歩き出す。

 生徒会室がある棟とは別になっているため、渡り廊下を通り階段を上る。魔境院魔法学校は東京都内のど真ん中と言って差し支えない場所にあるにもかかわらず、とても大きな学校だ。歴史は古く、校舎も増築に増築を重ねており学校から出られずにさまよい続けている生徒がいるというウワサが出るほどだ。

 とは言え入学から3ヵ月の経った今、悠斗にとってはもはやすでに慣れた道だ。

 職員室の扉をカラリと開ける。

 広いスペースにいくつものデスクが並んでいる。

 生徒も多いが教師も多いのだこの学校は。

 何しろ一般科目のほかに魔法学系戦術学系の授業まである。教える側の人員も相当な数をそろえる必要がある。この職員室は、とりわけ個別の研究室を必要としない一般科目の教師が多く使用している。

 悠斗の目当ての人物もここを使っていた。


「久能先生、生徒総会の資料を持ってきましたよ」

「んおあ?」


 椅子にだらしなく腰掛けた女性に声を掛けると、その人物は背もたれに頭を乗っけるようにして振り向いた。

 生徒会顧問久能千百合先生。

 20代後半ぐらいの女性で、赤毛のウェーブした髪を首の後ろで無造作にくくっている。目元の泣きぼくろと羽織った白衣が印象的な人物。


「おお、そーかそーか。もうできたのか。いやー助かるね。どれどれちょっと確認させてもらうよ」


 そう言って安物の椅子の上で足を組み、真央の作った資料を読み始める。

 横から覗いていて見れば、その目が尋常ではない速さで左から右へと動き横書きの文字を追っているのがわかる。

 その姿には成熟した女性特有の華があり、一部の生徒から熱烈な支持を持つというのも頷けるものだった。

 そして目が一番下まで行くとページがめくられ次を読み始める。紙を持つのとは反対の手が、視線とは別に動き白衣の内ポケットへと突っ込まれる。微かに覗くシャツの隙間が広がったのを見て、思わず目をそらした。

 しかし目当てのものがなかったのか顔をしかめると、突っ込んでいた手を今度は悠斗の方へ向けて、


「なぁ天ヶ崎、タバコ持ってねーか?」

「持ってねーよ! 馬鹿! 俺は学生だぞ!?」


 さも当然のように手のひらを向けて催促してくる目の前の教師をこらえきれず反射的に罵倒した。


「えー? いまどきタバコもやってないのかよ」

「ふざけんな! 大体ここ職員室だろうが。うちの学校は館内全館禁煙だぞ」

「いいのよ、今はうるさいバーコードハゲもいねーんだから」 

「お前それ教頭に聞かれたら怒られるだけじゃぜってー済まねえからな」


 最近とみに頭髪が寂しくなってきた教頭の後ろ姿を思い出して嘆息する。


「ったく使えねー奴だな。それでもうちの魔王候補生かよ」

「うるせえ、前にも言っただろうが。俺は魔王になるつもりはねぇんだよ」


 今まで資料の文字を追いながら、ふざけたような笑みを浮かべていた久能だったが、悠斗が『魔王になるつもりはない』と言った瞬間だけ真剣な光を帯びた。

 この国には『勇者』と『魔王』が存在する。

 とはいっても名目上の象徴のようなものだ。

 2019年4月1日。この日、日本は天皇制を廃止し、代わりに『勇者』と『魔王』という地位を改めて制定した。これ以降優れた人物がこの地位を授かり、国の代表として国際社会で活躍してきた。

 現在はどちらも空位ではあるが、この学校は2231年の現在まで何度も『勇者』と『魔王』を排出してきた名門校なのである。


「何度も言うけど俺は『魔王』になりたいんじゃない、『勇者』になりたいんだよ!」

「……こっちも何度も言うけどな、お前の成績じゃ絶対無理。お前、自分の座学の成績どれくらいか理解して言ってるの?」

「うぐっ……」


 『勇者』と『魔王』ではそれぞれ求められる役割に違いがある。

 『勇者』とは、人々の先頭に立って導く理知的で誠実な希望のような存在。主に他国との外交や交渉などに立つ。実際には専門の国家部門が実務に当たるが、『勇者』がいるのといないのとでは交渉の成功に大きな差が発生するという。

 そうした人物が『天神』と呼ばれる神と契約することで『勇者』となる。

 『魔王』は純粋な武力を求められる。戦争の抑止力として、あるいは暴力の象徴として有事には先頭に立って国を守るために戦う存在だ。歴史の授業で聞いた通りならば以前の『魔王』は第3次世界大戦で核兵器すら一撃で破壊して見せたらしい。その後国防に回される金の半分は『魔王』育成のために回されるようになったのだとか。

 そうした人物が『魔神』と呼ばれる神と契約することで『魔王』となる。

 だがそんな人物なかなか現れるはずもない。

 魔王が契約する魔神は強力な力さえあれば契約に至ることは可能なので、比較的頻繁に出現するが、勇者の席が埋まることはほとんどなくあるいはそんな清廉潔白な人物がなることから在位期間は極端に短い。

 最短で7日という者があるらしい。ただしその当時の諸問題をほとんどすべて解決して、あっという間に退位したのだとか。


「そんな国家公務員の頂点みたいなところに就けるような可能性があるのは、うちの学校には今一人だけよ」

「会長か……」


 悠斗のつぶやくような声に「よくできました」とばかりにうんうん頷く目の前の不良教師。


「とはいえ、生徒の希望を手伝うのが教師の務めなわけだし? せいぜい頑張りなさいな『魔王』候補サマ」

「チッ、うるせえよ」

「ぷっ、それじゃこれ生徒会長に返しといてちょうだい。問題ないって伝えて」


 差し出された資料をひっつかむようにして悠斗は職員室を出た。

 歩いているうちに頭は冷めてきたものの、胸の中にわだかまるイライラは消えてはくれなかった。


 とはいえ、あの不良教師の言うことももっともなんだが。


 入学時の新入生挨拶は入試のトップが執り行うのがこの学校のしきたりだ。入学時、そこに立っていたのは真央だった。

 入学直後に行われた学年全体でのテストでは、順位だけではなく点数も発表された。一位の座に名が記載されたのはやはり真央だったが、問題は点数だった。座学のみだが5教科で真央が叩きだしたのは全教科満点の500点。

 対して悠斗は悪いわけではないがトップグループと言うわけでもない。

 故に本気で臨んだ魔法実技と戦術実技。特に元勇者であった悠斗は戦術実技に並々ならぬ自信を持っていた。

 だが、現実に待っていたのは今世と前世の違いだった。

 前世では勇者として神からの祝福を与えられ、身体能力に常時強力なブーストがなされていたのだが、転生した今その加護は失われてしまっていた。それでも前世で培った戦いの技術はあらゆる生徒、教官をも上回った。

 たった一人、真央を除いて。

 あの小さな体のどこにそんな力があるのか。彼女の筋力や脚力、敏捷性は前世の悠斗に近いレベルだった。反面技術的には悠斗の方が圧倒的に上であり、これにより僅差にまで追い込むことには成功したのだが、結局は負けてしまった。

 ちなみに魔法実技では前世で持っていた魔力がそのまま受け継がれたのか、尋常ではない魔力量で初級魔法を放ったところ上級魔法並みの威力になってしまい、制御し損ねて危うく校舎を吹き飛ばす寸前だった。担当の教官は間違いなく世界最強の魔法力だと太鼓判を押してくれた。

 この事件がきっかけで悠斗は『魔王』候補生と呼ばれるようになったわけである。

 ただ、今校内の生徒たちが呼ぶ『魔王』には別の意味が―――


「あ、見て『夜の魔王様』よ」


 女生徒の声とクスクスとした笑い声に悠斗の足がぴしりと固まる。


「駄目よ、聞こえちゃうわ」

「ああ、そうね。下手をしたら私たちまで夜の魔王様の餌食なっちゃうわ」

「うわっ、こっち見たわよ! 視線で孕まされる!」


 イヤー! というにぎやかな悲鳴と共に女生徒たちが駆けていく。

 悠斗はその後ろ姿を呆然と眺めているしかなかった。


「どうして……」


 生徒会総選挙で副会長に就任した直後からだ。

 学校内に噂が流れ出した。

 曰く、副会長は会長を手籠めにしたロリコン野郎だと―――

 出所はすぐに想像がついた。と言うよりも心当たりがあり過ぎた。

 他の『魔王』候補生。あるいは生徒会副会長を狙っていた者達。そして生徒会長に就任した土御門真央を好きな他のロリコンども(男女問わず)―――!

 優斗は『魔王』になるつもりはない。

 いずれ成績を上げ、今世でも『勇者』と呼ばれるように絶対なるつもりだ。

 そして真央を誰かに渡すつもりもない。

 だが―――


「どうしてこうなった……!」


 夕暮れの人気がない廊下に、悠斗の声にならない魂の絶叫が消え去った。



次回以降は脈絡のない話が続くと思います。

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