13-2 目には目を、歯には歯を
「なっ……一体、何処から現れて……?!」
突如として出現したその人物に、シルフィーは困惑する。
チェロは額に汗を滲ませながら、一歩後退し、
「気をつけて。その『雷の剣』を作り出したヤツよ。呪文も魔法陣もなく、術を発動できる」
「えぇっ?!」
まさにその剣を握っていたシルフィーが、驚愕の声を上げる。
呪文の詠唱も魔法陣もナシに精霊を操るなど聞いたことがない。
『雷の剣』の威力を見るに、相当な使い手だとは思っていたが……
……想像以上に、底の知れない相手のようだ。
と、警戒を強めるクレアの隣で。
「……う……っ……!」
突然、エリスが口元を押さえて、その場にうずくまった。
「エリス! 大丈夫ですか?!」
すぐにクレアが駆け寄り、その肩を支える。
エリスは苦悶の表情を浮かべ、"水瓶男"を見つめながら、
「………すごい、におい……あいつが現れた途端に……」
「……におい?」
言われて、クレアは辺りを嗅いでみるが、特に異常なにおいは感じられない。
エリスにだけ感じ取れるにおい……ということは、つまり……
「……精霊を、ぐちゃぐちゃに混ぜたみたいなにおいがするの……あいつから……」
やはり彼女が感じているのは、精霊の……
つまり"水瓶男"が、精霊を大量に所有しているということか……?
確かに、チェロの開発した"精霊封じの小瓶"を使えばそれも可能だが……においが漏れるほど大量に瓶を所有しているようには見えない。
エリスの肩を支えたまま、クレアが"水瓶男"を見つめていると……彼はゆっくりとジーファの方を向き、
「……『カゼワカツツルギ』……ミツかったカ……?」
と、チェロが聞いた時と同じ、奇妙な声でそう尋ねた。
それに、ジーファは何度も頷きながら、
「あぁ。そこのジジイが知っていると白状した。早く、力尽くで聞き出してくれ!!」
「………そレハ、でキナい」
「何故だ?! お前の魔力を見せつければ、すぐに在り処を吐くはずだ!!」
と、ジーファが食い下がるが……"水瓶男"は、黙り込む。
理由は不明だが、どうやら奴は直接手出しするつもりはないらしい。あくまで、ジーファの後ろ盾でいるということなのか。
クレアが"水瓶男"の言動の意図を考えていると、ジーファが声を上擦らせながら、
「なら、俺がやる! 俺がやってやるから、まずはそのための力を……!!」
そう言って、両手を大きく広げた。
それに、"水瓶男"は少し間を置いてから、
「……わカッタ。ツルギをテニし、ちカラのかイホうヲ……」
……と、たどたどしい言葉を発し………
右手を前に、掲げた。
刹那。
──ぶわぁああっ!!
その手から、猛烈な風が放たれた!
クレアたちは咄嗟にそれを避ける。
「うそっ!? ほんとに、予備動作なしで魔法を……?!」
「だから言ったでしょ?! こういうことなのよ!!」
距離を取っても感じる風圧に片目を瞑りながら、シルフィーとチェロが言う。
その中で、しかしジーファは、手を広げたまま……
その風を、正面から受けとめた。
ジーファに直撃した豪風は、そのまま彼の身体に纏わり付くように留まると……
まるで鎧のように、ジーファの全身を包み込んだ。
「……おぉ……この力は……!」
風を纏った自身の両手を、ジーファはじっと眺める。
そして徐ろに、その手を振るった。すると。
ブォン! と音を立てながら、風が、まるで鋭利な刃のように放たれる。
"風の刃"は、もの凄い速さで飛んでゆき……衝突した壁面の岩を、鋭く抉った。
その威力に、クレアたちは目を見張る。
「は……はは。これはいい! 伝承にある『風別ツ劔』の力にそっくりだ!!」
"風の力"を手に入れたジーファが、満足げに笑う。
仕組みとしては、エリスの作り出した『偽・風別ツ劔』や、シルフィーの持つ『雷の剣』と同じだろう。
しかし、決定的に異なるのは……
精霊による強化を施す対象が。
モノではなく、ヒトであるということ。
これは……
「魔法による……人体強化……」
エリスが、震える声で呟く。
それは、禁忌とされる呪法だった。
魔法を用いて、人間の身体そのものを強化する。
精霊の持つ力と、ヒトの身体を一体化させることで、戦闘能力が飛躍的に向上するのだが……
その代償として、使用者の身体に大きな負荷がかかるという、危険なもの。
かつて、近隣諸国との争いが激化していた時代に使用されいたそうだが、現代では禁止されている。
それが……今、目の前で、使われている。
しかしジーファは、その危険性がわかっていないのか、笑みを浮かべながら腰の剣を抜き放つ。
すると、その剣までもが風を纏った。
「本物を手に入れる前の、予行演習といこう。ブルーノよ、劔を明け渡すなら早い方がいい。でなければ……仲間の死体を、見ることになるぞ!!」
それが、開戦の合図となった。
ジーファは勢い良く剣を振るい、"風の刃"を飛ばしてくる。
チェロとシルフィーはブルーノを、クレアはエリスを庇いながらそれぞれ後退し、回避する。
「先ほどと同じ形でいきましょう。シルフィーさん、エリスとブルーノさんを頼みます」
「わかりました!」
言って、クレアは今だ顔色の悪いエリスをシルフィーに預ける。
エリスが精霊を感知できないのはかなりの痛手だが……残る戦力で、やれることをやるしかない。
チェロも同じことを考えたのか、既に魔法を発動させるべく動いていた。
「──大地の精霊・オドゥドア!」
小瓶を開け、素早く魔法陣を描き……その手で、地面に触れる。
するとジーファの足元が、ボコッ! と抉れた。
ジーファはその穴に足を取られ、少し体勢を崩す。そこにクレアが、素早く剣を叩き込むが……
「………フッ」
ジーファは風を纏った剣で、それを受け止めた。
刹那、衝突した剣と剣の狭間から、ぶわぁっ!と風が溢れ、クレアの身体が押し返される。
「──アグノラ!!」
そのタイミングで、チェロが間髪入れずに次の魔法──鉄の精霊で作り出した複数のナイフを飛ばした。
しかし……それも全て、ジーファが剣を一振りしただけで、風に弾かれてしまう。
チェロは思わず「なっ……?!」と声を上げ、驚愕する。
「……なるほど。攻守共に、強化されているのですね」
後ろに跳んで距離を取りながら、クレアが呟く。
が、次の一手を練る間もなく、ジーファが風の勢いを利用し、もの凄い速さでクレアに向かってきた。
そして一気にクレアの正面にまで距離を縮めると、連続で剣を打ち込んでくる。
やはり実戦経験に乏しいのか、太刀筋自体は甘い。
しかし、想像を超える速さだった。それに、風を纏っているせいか、一撃が異様に重い。
クレアは神経を研ぎ澄ませ、繰り返される剣撃をなんとか受け止める……
と、そこで。
「──もう一度! アグノラ!!」
チェロが叫ぶ。すると、クレアたちの横から人の頭程の大きさ鉄球がいくつも飛んできた。
確かに、風に弾かれないことを考えると、自ずと重さで勝負することになる。
クレアは大きく後退し、飛来した鉄球の雨を避ける。
その場に残されたジーファは、少し反応が遅れたものの……同じように風の力を借りて大きく跳躍し、チェロの攻撃を躱した。
「ちっ……すばしっこいわね!」
チェロが舌打ちする。
打撃もダメ。飛び道具もダメ。
ならばと重さのある攻撃に切り替えれば、今度はスピードで負ける。
となると、残す方法は……
……と、クレアが思考を巡らせた、その時。
「たぁぁああっ!!」
シルフィーが『雷の剣』を手に、ジーファへと駆け出した。
そしてその剣を思いっきり振るい、電撃を飛ばす!
ジーファは余裕の表情を浮かべ、風でそれを防ごうとするが……
電撃は、留まることなく風を通り抜けて、ジーファを目掛けて伸びていった。
「く……っ」
ジーファは咄嗟に横へ転がり、それを回避する。
が、足先を僅かに電撃が捉え、「ぐぁっ」と声を上げた。
「やった!」
「そうか、電気なら風を貫通できる……!!」
攻撃が当たり喜ぶシルフィーを見て、チェロが言う。
雷の精霊・エドラを封じた瓶の数は僅かだが……『雷の剣』と合わせて上手く使えば、勝機が見えるかもしれない。
チェロはポーチに手をかけ、エドラの瓶を取り出そうとする……が、その時。
それまで、彼らの攻防を静観していた"水瓶男"が、動いた。
彼は、白い包帯が巻かれた右手をゆっくりと掲げると……
それをぎゅっと、握った。
瞬間、
──パンッ!
と弾けるような音と共に、シルフィーが手にする『雷の剣』から……電流が、消えた。
「う、うそーっ?!」
ただの古びた剣と成り果てたそれを見つめ、シルフィーが愕然とする。
……そうだ。これは、ヤツが作り出したもの。魔法の解除も、自在にできるということか。
と、チェロが一瞬立ちすくむ間に、ジーファが動く。
「やってくれたな……小娘がぁっ!!」
そう叫ぶと、シルフィーに左手を向け、大砲のような風の塊を放ってきた!
その豪速に、シルフィーは反応することができず…
「きゃぁあっ!!」
正面からモロに喰らい、身体ごと吹っ飛ばされた!
「シルフィーさん!!」
まずい。この勢いのまま壁に激突したら……ただの怪我では済まない。
クレアが阻止しようと全速力で駆け寄るが、間に合いそうにない。
チェロとブルーノが息を呑む中、シルフィーの身体があと少しで壁に叩きつけられる………その直前。
「……ヘラ! お願い!!」
叫んだのは、エリスだった。
彼女は青白い顔のまま魔法陣を描き、水の精霊に呼びかける。
すると、シルフィーと壁の間に巨大な水の塊が出現し……飛んで来たシルフィーの身体を、とぷんっと飲み込んだ。
間一髪、壁への衝突は免れた。が、エリスもいつものようには精霊をコントロール出来ないのか、水のクッションはすぐに消え、中から現れたシルフィーが地面に倒れた。
「お嬢ちゃん! 大丈夫か?!」
ブルーノが真っ先に駆け寄り、シルフィーの身体を支える。
意識はあるが、身体に受けた風の衝撃のせいで動けないようだ。
一命を取り留めたことに、クレアはひとまず安堵する。
すると……次の瞬間。
突如として、"水瓶男"の姿が消えた。
そして、
「うっ……!!」
いつの間にか、奴は……エリスの目の前に、現れていた。
エリスは間近で感じる強烈なにおいに、鼻を押さえる。
「エリス!!」
「やめて! その娘に何する気?!」
クレアとチェロがすぐに駆け寄ろうとするが、その後ろから、
「仲間の心配をしている暇はないぞ!!」
と、ジーファが"風の刃"を放ち、行く手を阻む。
目眩がするほどの臭気にエリスは後退りをするが、"水瓶男"はお構いなしにさらに近付いてくる。
「な、なによ……あたしと、やる気……?!」
弱々しい声で強がりを言うエリスに、彼は無言のままにじり寄り……
そして。
ぱっ、と顔を上げて、こう言った。
「おまエ……フしギナちかラ、モッていル……ナにモノダ……?」
その、フードに隠れていた素顔を目の当たりにして。
「……………ッ?!」
エリスは、声にならない叫びを上げた。