13-1 目には目を、歯には歯を
このメンツが一堂に会すると、どうしてもこうなっちゃうんだよな。
ということで。今回はラスボス戦の前の、ちょっとした息抜きのつもりでお楽しみください。
クレアは、妖しく微笑むその男を見つめる。
歳は、三十代半ば程か。
長身痩躯に、腰まで伸びた紺青の長髪。
周りにいる山賊たちとは明らかに異なる服装。
そして……今の口ぶりから察するに。
この男こそが……
「……ジーファ」
「あれ? クレア、知ってるの?」
「ええ、名前だけは。シルフィーさん、彼がそうですか?」
エリスの問いかけに、クレアはシルフィーに答えを委ねる。
彼女はごくっと喉を鳴らすと、
「……はい。間違いありません」
そう、気まずそうに答えた。
クレアは今一度、正面に立ちはだかる敵を、ぐるりと見回す。
残る山賊たちは、ざっと二十人あまり。
その中に、"フード"を被った人物はいないようだった。
つまり、今ここにはいない……ジーファが口にした"あの男"というのが、"水瓶男"なのか……?
と、クレアが思考を巡らせていると、
「……"あの男"が現れるまで、こいつらを抑え込め。一番貢献した者にボーナスをやろう」
言って、ジーファは奥の方へと退がった。
山賊たちが再び武器を構え、臨戦態勢に入る中、エリスはクレアに耳打ちする。
「腕の傷、大丈夫? ほんとに無理しないでよ?」
「ありがとうございます。けど、平気です。痛みを意識から消すことには慣れていますから」
「って、またそうやって闇の深いことを言う……」
「エリスこそ、服がそれでは動き辛いでしょう。これを羽織ってください」
「いや、あんたソレ脱いだらほとんど裸じゃない。いいわよ別に、これくらい……」
「ハイそこ! イチャイチャしない!!」
コソコソ話し合う二人の間に、チェロが割って入る。
そして徐ろに自分が身に纏っていた白衣を脱ぐと……その裾を、ビリビリと破いた。
彼女は、破いた切れ端の方をクレアに、本体の方をエリスにそれぞれ差し出し、
「はい、アンタはこれで止血する。エリスはこれを羽織る。精霊封じの瓶は、全部ポーチに移したから」
「あ、ありがと」
エリスは少し驚きながらもそれを受け取り、言われた通り白衣に腕を通す。
クレアも右手と口を使って、もらった切れ端を器用に腕に巻き付けながら、エリスの方をじっと見つめ……
「……チェロさん。(白衣姿のエリスを拝ませてくれて)ありがとうございます」
「いや心の声が全部顔に出てるから。アンタほんと、これ終わったら即殺すからね」
……というやり取りを、側で見ていたブルーノとシルフィーは、
「……助けてもらっておいて何だが……大丈夫じゃろうか、こいつら」
「ええ。私も不安になってきました」
と、心配そうに目を細めた。
「……な、何をゴチャゴチャ言ってやがる! 来ないならこっちから行くぞ!!」
そうこうしている間に、痺れを切らした山賊たちが一斉に向かってきた。
クレアは再び剣を構えながら前に立ち、
「エリスとシルフィーさんは、ブルーノさんをお願いします。チェロさんは…」
「わかってる。アンタと一緒に、山賊の相手すりゃいいんでしょ? 不本意だけど、エリスのためよ!」
と、チェロも前線に立つ。そして、腰のポーチから精霊の入った小瓶をいくつか取り出すと……
「──ヘラ! キューレ! 交われ!!」
きゅぽんっ、とコルクを開け魔法陣を描き、水と冷気の精霊を混ぜ合わせた。
刹那、彼女の目の前に十本ほどの氷の槍が出現し、山賊目掛けて一斉に飛んでゆく。避けきれずに身体を貫かれた山賊たちが、次々に倒れた。
それに怯んで動きを止めた周りの山賊たちを、クレアが横から斬り捨てていく。
──四人のパワーバランスを考えた時、確かにこの配陣がベストだ。
と、クレアたちの猛攻を後ろで眺めながら、エリスは思う。
エリスが後衛につけば、ブルーノを護りつつ魔法で前衛を援護することも可能。シルフィーは、クレア程の腕はないものの剣が使えるため、接近戦になった時には心強い。
「あの女性、めちゃくちゃ強いですけど……どちら様でしょうか?」
チェロの華麗な戦いっぷりを目の当たりにしたシルフィーが、不思議そうに尋ねる。
それに、エリスは小さく肩をすくめて、
「チェロよ。魔法学院の先生、だったはずなんだけど……」
「チェロ……って、チェルロッタ・ストゥルルソンですか?! あの、百年に一度の天才と呼ばれた?!」
「あれ? 知ってるの?」
「知ってるも何も、魔法学院の先輩ですよ! 飛び級卒業して精霊科大学院に入った時、めちゃくちゃ話題になったんですから!!」
「へー、そうなんだ。だけど今は……」
……と、そこで。
エリスの視線に気付いたチェロが、こちらを向いて、
「きゃーっ♡ エリスが見てるっ♡ 私の白衣着たエリスが、こっち見てるーっ♡ それだけでもう、もう……百人くらい殺せちゃうぅぅっ♡♡」
……なんて、満面の笑みを浮かべながら、攻撃魔法をぶっ放すので。
「……ご覧の通り、ただの変態よ」
「え……えぇ〜……」
呆れるエリスの横で、シルフィーは困惑の声を漏らした。
「ねぇねぇ、そんなことよりさぁ。シルフィー、アレ拾ってきてくんない?」
と、エリスが指をさしながらそう言う。
シルフィーが「アレ?」と、エリスの指さす方を見遣ると……
そこには、先ほどクレアが山賊の腕ごとぶった斬った剣が、地面に刺さっていた。
「え……えぇぇえっ?! 嫌ですよ! 手くっつきっぱなしじゃないですか! 気持ち悪い!!」
「何言ってんの。アレはあたしたちをビリビリーってした、『雷の剣』よ? あっちの手に渡ったら厄介でしょ? それに……」
──ニタッ♡
と、エリスは微笑んで、
「……あのビリビリ、結構痛かったじゃない? 思い出したらムカついてこない? 山賊らにお返し……してあげたくない?」
なんて、顔に陰を作りながら言うので。
……シルフィーは、暫し考え込むように黙り込んでから、
「…………………拾ってきます」
電撃の痛みを思い出し腹が立ったのか、真顔でスタスタと歩いて行った。
そして躊躇う様子もなく鞘にくっついていた山賊の手を剥がし、柄を握る……と、そのタイミングで。
「その剣は渡さねぇえっ!!」
クレアとチェロの攻撃を潜り抜けてきた山賊が一人、シルフィーに飛びかかってきた!
「き……きゃあああああっ!!」
彼女は咄嗟に剣を抜き、がむしゃらにそれを振るう。すると!
剣身に宿る電流が、バチバチと飛んでゆき……
「あばばばばばばっ!?」
無慈悲に、山賊に直撃した。
「おおっ。シルフィーやるじゃない」
エリスが後ろで手を叩くが……
シルフィーは、倒れた山賊をぱちくりと眺めた後、
「………あは、あはははははっ♡ さーあ山賊ども! どっからでもかかってきなさーいっ!!」
……と叫びながら、嬉々として剣を振り回し始めた。
「……やっべ。なんか変なスイッチ入っちゃったかな」
「酔うと豹変するタイプじゃしな、あの娘」
持たせてはいけない人間の手に渡ってしまったのではと、エリスとブルーノは、少し心配になるのだった。
一方、前線では……
「──ちょっとアンタ! 無駄な動き挟まないで、さっさと殺りなさいよ!!」
チェロの怒号が飛び交っていた。
チェロの魔法で動きを乱したところを、クレアが斬る。という戦法で、山賊たちを捌いているのだが……
どういうわけか、クレアは致命打を与える前に余計な一太刀を挟んでいるのだ。
一人倒したところで、クレアはゆっくりとチェロの方を向き……
「……だってチェロさん。考えてもみてくださいよ。こいつら全員、エリスの胸の谷間を見たんですよ? 下着姿の、エリスの、胸の谷間を。その光景を焼き付けた薄汚ぇ網膜がこんなにたくさんあると考えただけで……もう、気が狂いそうで。だからこうして……」
と、飛びかかってきた山賊をひらりと躱してから、その両目を横薙ぎに斬りつけて。
「……目を潰してから、殺すことにしたんです。ね? 無駄ではないでしょう?」
ざくっ。と、とどめを刺しながら、にこやかに言うので。
チェロは、一度動きを止め、
「……私、アンタのこと嫌いだけど……」
新たに小瓶を一つ開けると。
炎の精霊・フロルを放ち……正面にいた山賊たちの目を、焼き払った。
そして、
「……その意見には、完全に同意だわ。ていうかそれなら、脳みそを狙った方が良くないかしら? 視覚から得た記憶は側頭葉に蓄積されるんだから、そっちを叩くべきよ」
「なるほど、確かにそうですね。では、脳を積極的に潰していきましょう。あ、あとエリスと同じ空気吸ってるのもムカつくので、今みたいに火炙りにしていただけませんか? 肺が焼けるように」
「お安い御用よ」
「じゃ、なぁぁあいっ!! ぅおい変態二人!! キモいことばっか言ってないでさっさと戦え!!!」
と、クレアとチェロのやり取りを遮るように。
エリスが後ろからツッコミと、水の魔法を放った。
それにより、山賊たちに雨のような水が降り注ぎ、彼らの身体を濡らす。
ただ水を浴びただけの攻撃に、山賊たちが困惑していると、
「とりゃぁぁあああっっ!!」
シルフィーが、『雷の剣』をブゥンッ! と勢い良く振るった。
刹那、そこから放たれた電撃が、山賊たちの濡れた身体を捉え……
『ぎゃぁあああああっ!!』
見事、感電させた。
バタバタと倒れる男たちを眺め、シルフィーは「快っ感……♡」とうっとり頬を染める。どうやら完全に、何かに目覚めてしまったようだ。
それを見たチェロが一言。
「あの娘……なかなか筋がいいわね」
「いや、なんのですか?」
と、クレアがいちおうツッコんでおいた。
そんなこんなで、山賊たちはばっさばっさと倒されてゆき……
遂に、その場に立っているのは、ジーファのみとなった。
「…………くっ……」
さすがに焦りの色を滲ませ、ジーファは後ずさりする。
彼自身も腰に剣を差してはいるが、実戦経験がないのか、このメンツを前に戦うのを諦めたのか、それを抜く気配はなかった。
クレアは一度剣で空を斬り、刃に付いた血を飛ばす。
そしてジーファの前に立ち、剣の切っ先を向けると、
「さぁ、あなたを護っていた肉の盾は一人残らず倒してしまいましたよ。本当なら今すぐその首を刎ねて差し上げたいところですが……あなたにはいろいろと、伺わなければならないことがあります。本件の動機。余罪。それから……」
クレアは一度、呼吸を置いて。
「……あなたが、"あの男"と呼ぶ人物について。一体、何者ですか? 何故、あなたに協力をし……何を目的として動いているのですか?」
と。
核心に迫る問いを投げかけた。
すると。
ジーファは……ニヤリと笑って。
「……そんなに知りたければ……直接聞いてみるがいい」
そう言って、クレアの背後に目を向けた。
クレアが振り返ると、そこには……
──風が、集まり始めていた。
つむじ風のような空気の渦が、砂を巻き上げながらどんどん大きくなり……
やがて、それが解けるように消えたかと思うと。
その中心に、忽然と、ヒトの形をしたものが現れていた。
大人と子どもの中間のような背格好。
足先までを覆う、色褪せた草色のローブ。
そして……顔を隠すように被った"フード"。
あれが……あいつが。
二年以上追い続けた、ジェフリーの仇……
「…………"水瓶男"」
クレアはそっと、自分だけに聞こえるような声で。
その宿敵の名を、呼んだ。