12-3 温厚そうな奴ほどキレると恐い
※グロ&流血注意
……と、いちおう書いておきます。
カライヤ山に辿り着いたクレアとシルフィーは、馬車を降り、登山道を登っていた。
しかし……
ここでも、天候の悪さに足止めを喰らっていた。
雨は、時間を追うごとに激しさを増していた。
雨水が上から下へと小川のように流れ、進行を泥水が阻む。
激しく吹き荒れる風に木々が揺れ、見通しも非常に悪かった。
おまけに、雷までゴロゴロと鳴り出す始末。
二人はなかなか廃坑の入口を見つけることができず、焦りばかりが募っていった。
「もう結構登りましたよね? そろそろ入口が見えてもおかしくないはずなのに……」
と、シルフィーが風に煽られる三つ編みを押さえながら言う。
先を歩くクレアは、返事をすることなく辺りを見回していた。
落ち着け……登山道に沿って行けば、必ず見えてくるはずだ。
廃坑となってからかなりの年月が経っているため、入口が周囲の自然と同化している可能性がある。見逃さないよう、慌てず、慎重に進むのだ。
そう、さっきから自分に言い聞かせてはいるが、どうしても気持ちが急ってしまう。
早く、エリスを助けなければ。早く、早く……
「……もう少し登ってみましょう。入口は一つではないはずです。どこかに……」
……と、シルフィーの方へと振り返り、クレアが言いかけた……その時。
───……ミシミシッ、メキメキメキッ!!
クレアの背後から何かが軋むような、けたたましい音が響いた。
二人がそちらに目を向けると……植物の蔓が何本も絡み合ったようなものが、山の中から飛び出していた。
それは曇天を貫かん勢いで上へ上へと伸び、曲がったり分裂したりを繰り返しながら……
『↓』
……という記号を作り出した。
「あ……あれは……?」
それを見上げ、シルフィーが呟くが……クレアは既に駆け出していた。
これは、魔法で生み出した蔓だ。
こんな真似ができるのは、エリスしかいない。
つまり、彼女は生きている。そして……自分に、自らの居場所を知らせたのだ。
そう確信し、彼は蔓の根元へと走る。
シルフィーも慌ててそれについて行くと……蔓は、山にぽっかりと空いた横穴から伸びていた。
穴の中は真っ暗だが、奥にトロッコのレールらしきものも見える。間違いない、廃坑の入口だ。
クレアは迷うことなくその中へと飛び込む。
この先に、エリスがいる。
どうか……どうか、無事でいてくれ……
蔓を伝うように進んで行くと、少し広くなった通路に松明が焚かれているのが見えた。
人の気配が近い。クレアはさらに加速し、蔓に沿って、通路を曲がった。
すると……
そこは、ドーム状の広い空間だった。
その場の状況を、クレアは素早く瞳に映す。
右手奥に、杭に縛り付けられたブルーノの姿。
さらに奥に、山賊と思しき数十人の男たち。
そして……
「クレア!」
その男たちに囲まれるようにして。
エリスが、いた。
彼女は、ブルーノと同じように、杭に縛り付けられ…………
……ブラウスの胸元を、大きく、引き裂かれていた。
「あぁ? なんだテメーは……」
突然駆け込んできたクレアに、山賊の一人が武器を手に近寄る、が……直後。
──ブシュゥウッ!
……と。
男は、首から血を噴き出していた。
クレアの手には、いつの間にか抜き放たれた剣が握られており……その先端から、赤い液体がぽたぽたと滴っていた。
自分が斬られたことにも気付かず、「え……?」と声を上げながらその男が倒れたのを皮切りに、山賊たちが一斉に武器を構える。
「なっ、なんだコイツ?!」
「この女の仲間だ! 強ぇから気をつけろ!!」
と、山賊たちが騒めくが、クレアはもう動いていた。
エリスの方へと一直線に駆け、止めようと近付いてくる山賊たちを瞬速で斬り捨ててゆく。
そうしてあっという間に三人抜いたところで、山賊が左右から一人ずつ、同時に剣を振り下ろしてきた。
通常なら冷静に躱し、一度距離を取ってから一人ずつ相手にするところだが……この時クレアは、最も速く処理できる方法を選択した。
右から来た男の胸に剣を突き立て、確実に絶命させる。
そして……左からの剣撃を、自らの腕で受け止めたのだ。レザー製の防具を裂き、刃が骨まで到達し、ゴリッという鈍い音を立てる。
よもや腕を差し出されるとは思っていなかった男がほんの僅かに怯んだ隙に、クレアは身体を捻り、右足で男の側頭部に強烈な蹴りを叩きつける。
その回転の勢いで、右の男の胸から剣を引き抜いた。
噴き出す血飛沫と、蹴り飛ばされた男が地面を滑り気絶する様を眺め……他の山賊たちは後退りをする。
左腕を負傷しながらも全く止まる気配のないクレアに、山賊たちが完全に尻込みしていると、
「チッ……何をビビッていやがる! 相手は一人だぞ?! それに、こっちにはこの剣が……」
と、エリスの目の前にいる男が、鞘から『雷の剣』を抜こうと動く。
……が、しかし。
間合いを一気に詰めたクレアが、目にも留まらぬ速さで剣を振るう。すると。
……次の瞬間。男の両腕の、手首から先が……
宙を、舞っていた。
「え? あ……ぎゃぁあああっ!!?」
絶叫がこだまする中、男の両手が付いたままの『雷の剣』が、地面に突き刺さる。
クレアはエリスの縄を斬り、彼女を左腕で抱えると。
まだ残っている山賊たちに向けて……右手の剣を、構えた。
「……クレア」
やっぱり、助けに来てくれた。
久しぶりに嗅いだ彼の匂いと、抱き留められた腕の温もりに、エリスは安堵する。
が……すぐに、不安の方が大きくなる。
左腕から滴る鮮血。
獲物を狩る獣のように荒い息。そして……
……見たこともないくらいに殺気立った、瞳孔の開き切った眼。
完全に冷静さを失っている。
このままだと……今みたいな無理な戦い方を、死ぬまで続けるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、エリスは……
「…………クレア……っ」
ぎゅっ……。
と、その首に腕を回し。
彼に、抱きついていた。
「……あたしは大丈夫よ。まだ、何もされていない。だから……無茶はやめて」
「………エリス……」
彼女は身体を離し、クレアの瞳を覗き込む。
そして、
「……絶対に来るって、信じてた。ありがとう。あたしの番犬さん」
そう言って、にっこりと笑ってみせた。
その言葉に。笑顔に。
クレアは……自分の心を支配していた黒い獣が、みるみる内に収束してゆくのを感じる。
嗚呼、エリス。エリスだ。
無事だった。ちゃんと、生きて、会えた。
そのことが、ようやく実感でき、クレアは……
「……エリス……っ!」
泣きそうに顔を歪めながら。
力一杯、彼女を抱きしめた。
「本当に……本当に、大丈夫ですか? 怪我は? あいつらに、何もされていませんか?」
「うん。大丈夫だよ。ヘーキヘーキ」
「ああ、でもこんな、胸元を破かれて……やっぱり心配です。早く帰って、身体の隅から隅まで見させていただかないと……」
「って、させるかこのヘンタイ!!」
スパンッ!!
と、彼の後ろ頭を強く叩いたのは……エリス、ではなく。
"透明な隠れ蓑"の魔法を解いた、チェロだった。
「あ、チェロ。おかえり」
「あン、エリスただいまっ♡ ハイ、指輪♡ 取り返してきたわよ♡」
「な、何故こんな所にチェロさんが……」
「あぁン?! どっかの誰かさんが頼りないからだろうがこのヘタレ!! アンタが側にいながら、どーしてエリスがこんな目に遭ってんのよ?!」
と、突然その場に姿を現すなりギャーギャー騒ぎ始めたチェロに、山賊たちが激しく警戒をしていると……
「ふぅっ。ブルーノさん、救出完了ですっ☆」
持ち前の影の薄さを活かし、密かにブルーノの拘束を解いていたシルフィーが、彼を連れて三人の元へと合流した。
するとチェロが、ぱちくりと瞬きをし、
「……エリス。この眼鏡っ娘は誰?」
「おっぱい眼鏡ちゃんよ」
「シルフィーですっ!!!」
……などという緊張感のまったくないやり取りを、山賊たちが困惑しながら見つめていると、
「……フッ。ハッハッハッハッハ!」
ジーファの笑い声が、空間に響き渡った。
「まったく、愉快な連中だ。だか……そうしていられるのも今の内だぞ。こちらには、"あの男"がいる。ブルーノの身柄は返してもらおう。そして……『風別ツ劔』を、我が手に」
そう、妖しく目を光らせながら……
不敵に、微笑んだ。