12-2 温厚そうな奴ほどキレると恐い
* * * *
場所は再び、カライヤ山に戻る。
松明に照らされた通路の先……廃坑内の、一際大きな空間。
三十人ほどの山賊たちが囲む中心に、ブルーノはいた。地面に突き立てた杭に、ロープで縛り付けられている。手荒な尋問を受けたのか、全身が水に濡れており、頬が赤く腫れていた。
山賊の一人が、ブルーノの髪をガッ、と掴んで顔を寄せる。
「なぁ、じいさんよ……いい加減吐いちまった方がラクじゃねぇか?」
「そうそう。ボスが来たらきっと、もっとキツーイ拷問されちまうぜ。素直になるなら今の内だ」
後ろから別の山賊が、ニヤニヤと笑いながら言う。
しかしブルーノは、「フンッ」と鼻を鳴らし、
「無いものをどう吐けと言うんじゃ。劔の話は儂の法螺。それ以上でも以下でもない」
「いやいや、こないだ俺たちに実物を見せつけてくれたじゃねぇか。それともやっぱり、あの女魔導士が持っているのか?」
「あ、あの娘は本当に関係ない! あれは儂を護るために魔法で作り出したニセモノじゃ!!」
「ハッ。風を操る魔法なんざ聞いたことがねぇ。お前ら二人で、劔をコソコソ隠しているんだろ?」
「隠してなどおらん! 家の中でも船の上でも探してみるがいい! 何も出てきやしない!!」
「なら……やはり、海の中か?」
……と。
最後に投げかけられた声は、別の方向から聞こえた。
山賊たちは、一斉にそちらを振り返る。薄暗い通路の向こうから、ゆっくりと現れたのは……彼らの雇い主、ジーファだった。
「あぁ、ボス。来ましたか」
「約束通り、ブルーノのじいさんと例の女魔導士を連れてきましたよ」
という山賊たちの言葉には答えず、ジーファは真っ直ぐにブルーノの方へ歩み寄る。
明らかに山賊とは違う出で立ちの彼を、ブルーノは睨みつけ、
「お前さんが黒幕か……やっと姿を現したな。こんなゴロツキ共を使って、自分は安全な場所に隠れおって。男として恥ずかしくないのか?」
と、挑発的なセリフを吐くが。
ジーファは、不敵に微笑んで、
「……そうか。貴様が、ブルーノ……"あの事件"の、唯一の生き残り」
そう、ブルーノの目を覗き込んだ。
すると……"あの事件"というフレーズに、ブルーノが僅かに反応する。
それを確認したジーファは、口の端を吊り上げて、
「俺が何の根拠もなしに老いた漁師を標的にするわけがなかろう。『風別ツ劔』は、間違いなく存在する。何故なら……我がサジタリウス家に代々伝わる、家宝だったのだからな」
耳元で、囁くように告げられたその言葉に。
ブルーノは、目を見開いた。
それから、ギリッと奥歯を噛み締めて、
「お前……領主の一族の者か」
「いかにも。俺の名は、ジーファ・オズワルト・サジタリウス。二十五年前、貴様が殺した男……セオドア・ブラウ・サジタリウスの甥だ」
『殺した』という言葉に、山賊たちが俄かに騒めく。
ブルーノは慌てて口を開き、
「なっ……違う、殺したのではない! 元はと言えば、あの男が密漁を……!!」
「フッ、やはり知っているのだな。そう。叔父は、イシャナ狩りを趣味としていた。それに用いていたのが……『風別ツ劔』だ」
自身がボロを出してしまったことに気が付き、ブルーノは口を噤む。
ジーファは、再び口を開き語り始める。
「二十五年前のあの日……叔父は、密漁を取り締まるイリオンの漁師たちと衝突を起こし、それが原因で命を落とした。領主の一族が密漁をしていたなどと知られれば沽券に関わると、事件は海賊が起こしたものとして処理されたが……同時に、その日以来『風別ツ劔』の所在も不明となった。父は『災いを呼ぶ劔』として探すことすらしなかったが、俺は……死ぬ直前、叔父から聞かされていたんだ。『劔は、イシャナに喰われた』と。ブルーノ。貴様の"法螺話"と、よく似ていると思わないか?」
そう投げかけられ、ブルーノは額から汗を垂らす。
ジーファは満足げに笑い、
「叔父が何故、密漁などに興じていたのか、当時の俺には分からなかったが……今ならよく解る。生まれたのが、先か後か。それだけのことで、領主になれるか否かが決まる。この虚しさを、何処かにぶつけたかったのだろう。だが、俺は違う。俺は、八つ当たりで満足するような器ではない。自らの力で、望む地位を掴み取るのだ。そのために……『風別ツ劔』を取り戻す。さぁ、ブルーノ。もう言い逃れはできまい。劔の在り処を教えるのだ」
正面から突き付けられたその言葉に。
ブルーノは……何も言えずに、黙り込んだ。
すると、
「ボス。こっちの女も連れてきましたぜ」
そんな声と共に、エリスを肩に担いだ山賊が現れた。
ブルーノは「お嬢ちゃん!」と叫ぶが……エリスは無反応である。
そのまま抵抗することもなく、ブルーノと同じように杭に括り付けられてしまった。
彼女のその様子を不審に思いながらブルーノが見つめていると、ジーファが彼女に近付き、
「……お前が、『風別ツ劔』を出現させたという魔導士か。思っていたよりも若いな。ブルーノは劔の存在を認めたぞ。手荒な真似をされたくなければ、お前も知っていることを素直に吐け」
顔を覗き込み、そう詰め寄るが……
「……………………」
エリスは相変わらず、虚ろな瞳をして、小さく何かを呟くのみだった。
それを見た山賊の一人……先ほど『雷の剣』を所有していた男が顔をしかめる。
「あぁ? なんだコイツ。あの威勢の良さはどこ行っちまったんだ?」
「さっきからこうなんだ。電撃で頭イカレちまったのかも」
と、今しがたエリスを運んできた男がそう答えると…………突然。
──ビリィィイッ!!
ジーファが、エリスのブラウスの胸元を、乱暴に引き裂いた。
下着に包まれたエリスの胸が、露わになる。
「……尋問から逃れるため、気が狂ったフリをしているのかもしれん。犯せ。その方が、ブルーノにも効くだろう」
淡々と命じるジーファの言葉に、ブルーノの顔から血の気が失せる。
山賊たちは嬉々として盛り上がり、エリスの方へと群がるが……
やはり、彼女は動かない。
「……やめろ……」
薄汚れた男たちの手が、エリスに迫る。
「……やめてくれ……」
ブルーノは、ぎゅっと瞼を閉じると……
ありったけの声を振り絞って。
「………わかった! イシャナの居場所を教える!! 『劔』は、ヤツの腹の中だ!! だから……その娘には、指一本触れるな!!!」
そう、叫んだ。
廃坑内に響き渡る、その声を聞いて。
───ニヤリ。
と笑ったのは……
ジーファでも山賊でもなく。
…………エリスだった。
彼女はパッと顔を上げ、思いっきり息を吸うと。
力のある声で、言葉を発した。
「──樹木の精霊・ユグノ! 我が命に従い、その姿を示せ!!」
刹那、廃坑内の至る所で、淡い緑色の光が浮かび上がり……
それがエリスの目の前に集まったかと思うと……
──シュルシュルシュルッ!!
植物の蔓のようなものが出現し、しなやかに畝りながら四方八方へ伸びていった!
突然のことに、山賊たちは悲鳴を上げながら蔓を避ける。
しかし、エリスはそんなことお構いなしに、
「あはっ、やっぱりイシャナはいるのね! 今度こそ嘘じゃないよね? おじいさん♡」
なんて、嬉しそうにブルーノに投げかける。
それにブルーノが何か言い返そうと口を開くが、
「こいつ、何故魔法を……?!」
「指輪は確かに奪ったはずなのに……!!」
と、山賊たちが騒ぐので、エリスは縛られたまま肩をすくめる。
「指輪もない。魔法陣も描けない。となればもう、古典的な方法に頼るしかないでしょ?」
「……まさか貴様、呪文を……そらで詠唱したというのか……?」
ジーファが低い声音でそう尋ねると……エリスはにっこり笑って、
「ぴんぽーん♪ 中でもユグノは比較的短めだからね。いやー、"錬糧術"編み出そうとして散々呪文を研究していたのがこんな形で役立つとは。やっぱり勉強って無駄にはならないわねー」
と、軽い口調で返すので……ジーファは、信じられないものを見るような目でエリスを見つめた。
精霊へ呼びかけるための呪文は、全て唱えるとなると途方もなく長いものになる。書いてあるものを読み上げたとしても、三十分はかかるはずだ。
しかも、古語により構成されているため、現代人には全く馴染みのない言葉の羅列でしかない。
つまり……呪文を省略するための呪符が込められた指輪と、魔法陣による魔法発現技術が発達したこの時代において、呪文をわざわざ覚えようとする人間などいないに等しいのだ。
それをエリスは……今まさに、やってのけた。
……何たる記憶力と集中力……しかも、生み出された蔓は通路の奥にまで伸びている。
つまり、大量の精霊を上手く制御する技量も持ち合わせているということか……
と、エリスの規格外の能力に、ジーファが戦慄していると。
エリスはその視線を、意地の悪い笑みで受け止め、
「んふ。おじいさんからイシャナの話を引き出すのに一役買ってくれてありがとね♡ これでもう、あなたたちに用はないわ」
「これは一体、何を狙った魔法だ……?」
「"合図"よ。『あたしはここにいる』って、アイツに知らせるための」
「……アイツ?」
「そう」
エリスは頷くと。
穏やかに微笑んで。
「アイツは、必ず来るわ。だって……あたしの、優秀な番犬だもの」
そう、答えたのだった。