11-2 好きなコのために単身ダンジョンへ乗り込んでみた
それは、不協和音のような声だった。
聞く者に不快感と……不安感を与えるような、奇妙な声。
子どものようで老人のような、男のようで女のような……とにかく、様々な声をぐちゃぐちゃに混ぜた音が、ヒトの言葉を紡いでいる、そんな声だった。
不気味さを感じさせるのは声だけではない。フードの人物が突然この場に現れたその方法も、チェロにはわからなかった。
ある場所から別の場所へ転移する魔法などは存在しない。少なくとも、彼女が知る限りでは。
ならば、自分と同じように魔法で姿を隠していたのを、解除したということか……?
いや、それもありえない。何せチェロが使う"透明な隠れ蓑"は、まだ発見されたばかりの精霊を使ったマイナーな(というか超個人的に開発した)技法なのだ。
「(声といい登場の仕方といい……ちょっとヤバそうなヤツが来たわね)」
ごくっ、と喉を鳴らし、チェロはフードの人物の言動を注意深く見守る。
『風別ツ劔』は見つかったのかと尋ねられたジーファは小さく頷き、
「ああ。それらしきものを見つけたとの報告があった。なんでも『風別ツ劔』を生み出せる者がいるらしい」
「……ナラ、はやク、持っテコい」
「わかっている。だが、そいつに対抗するための力が欲しい。こいつらに向かわせるから、何か武器を授けてくれないか?」
「…………」
ジーファが山賊たちを目で指しながら言うと、フードの人物は暫し黙り込み……
無言のまま、スッと、白い包帯が巻かれた右手を前にかざした。
直後。誰かが手入れ途中だったのか、地面に転がっていた一本の長剣が光を放ち……
パッ! とその光が弾けたかと思うと、肉眼で見えるほどに強力な電気が、剣の周囲をぐるぐると取り巻いていた。
「(なっ……?!)」
チェロは驚愕する。
今のは、恐らく魔法……雷の精霊を、剣に纏わり付かせたのだろう。
だが、そうだとしたら、あり得ない光景だった。
本来魔法とは、精霊に呼びかけるため長い長い呪文を唱えなければならない。それを省略するための技術として、この国では特殊な指輪と魔法陣が開発されているわけだが…
今、フードの人物は呪文も魔法陣もなく、ただ手をかざしただけで、魔法を発動させたのだ。
そして、その魔力の強大さにも驚かされる。激しく明滅する様子を見る限り、相当な数の精霊を用いていることが伺える。しかもその大量の精霊を、剣身に留まるよう完璧にコントロールしているのだ。
こんなこと、国に仕える上級魔導士ですら不可能だ。
できる者がいるとすれば……
神か、悪魔か。
ジーファはその剣を拾い上げると、満足げにそれを眺める。
そして、
「……ふむ。試してみよう」
と、本当に何気なく、近くにいた山賊の一人に向けて剣を振るった。
すると、剣身から電流が伸び………山賊に、無慈悲に直撃した。瞬間、
「あががががががっ!?」
身体をガクガクと痙攣させながら、山賊は白目を剥き……
ばた、とその場に倒れ込んでしまった。
その威力にチェロは絶句する。しかしジーファと他の山賊たちは驚嘆し、笑いながら大いに盛り上がる。
「はは、こりゃあイイ! ジーファ様、ぜひ俺に持たせてくれ!」
「ああ。次失敗したら、こいつと同じ目に遭うと思え。必ずブルーノと、例の魔導士を連れて来い」
そう言って、ジーファは剣を鞘に納めながら、名乗りを上げた山賊にそれを託した。
なんて恐ろしい力……これは確かに、エリス程の使い手を派遣しなければ太刀打ちできないかもしれない。
と、チェロが汗を浮かべながら、電撃により気絶した山賊の姿を眺めていると……
「……………………」
ふと。
フードの人物が、ゆっくりとした動作で……
チェロの方に、顔を向けた。
と言っても、目深に被ったフードのせいでその視線まではわからないのだが……
「(まさか……気付かれた……?!)」
ドクンドクン、と暴れ出す心臓。
彼女の中の本能が、「こいつはヤバい」と全力で訴えてくる。
山賊だけならまだしも、この得体の知れない術師との攻防になったら……
……勝てないかもしれない。
下手に動くこともできず、完全に蛇に睨まれた蛙状態になってしまったチェロだったが……
フードの人物は、特に何かを仕掛けてくる様子もなく、再びジーファの方を向いた。
……バレたわけではなかったのか。
チェロがほっと胸をなで下ろすと、ジーファがフードの人物に向かって、
「……『劔』を手に入れたあかつきには、俺が好きなように使わせてもらうという約束だが……本当にそれでいいんだな?」
そう尋ねた。
すると、フードの人物は小さく頷き、
「……われガのぞムノは、チカラのかいホウのみ」
やはり不気味な声でそう答えると。
現れた時と同じように、風を巻き起こしながら……忽然と、その姿を消した。
それを見届けてから、山賊の一人がジーファに語りかける。
「……ったく、相変わらず読めないヤツですね。何が目的なんでしょうか?」
「さぁな。奴の要求は、『風別ツ劔』の発見と『力の解放』だそうだ。俺が劔を探しにこの地を訪れた時、突然目の前に現れて……以来、見返りなしに力を貸すというので遠慮なく利用しているが、素性は俺も知らない」
「へへ。あの見た目と魔力……もしかすると、人の悪意に寄ってくる"悪魔"かもしれませんよ?」
「……悪意? 何を言っている」
山賊の言葉に、ジーファは眉をひそめてから、悠然と両手を広げて、
「俺がしようとしているのは、"救済"だ。出生による格差に苦しむ者たちを救うため……この世界の権力者たちを亡き者にし、俺が新たな指導者となる。そのために、『風別ツ劔』を用いて……大規模な天災を起こすのだ」
「(……天災?!)」
チェロは思わず目を見開いた。
ジーファが続ける。
「まずはこのオーエンズ領からだ。現領主とその子息には、"予期せぬ天災"によって退場してもらう。領主を失い途方に暮れる領民を、この俺が導くのだ。くくく……俺は、叔父貴のような惨めな男にはならん……」
……と、肩を震わせ、不敵に笑う。
それを聞き、チェロはようやくジーファの目的を理解した。
身なりからも察しが付く通り、この男もそれなりの身分の者なのだろう。
しかし、領主などになれる程の立場にはいないため……伝説の武器を利用して、その地位を剥奪しようと企んでいるのだ。
で。下手に身分があるせいで直接的な行動は起こせないから、金で山賊を使っている、と……そんなところだろう。
『伝説の劔? そんなもの実在するはずがない』
数分前までのチェロなら、そう笑い飛ばせていたのだが……今しがたフードの人物の超常的な動きを見てしまったため、「案外本当にあったりして……」などと思い始めてしまっていた。
そして、本当に伝説の『風別ツ劔』あるのだとしたら……天災を人為的に引き起こすことも、確かに可能かもしれない。
山賊たちとの会話によると、『風別つ劔』を巡っては"ブルーノ"という人物が専らの標的になっているらしい。
その一般市民のことも心配だが……何よりもエリスが本件に関わる前に、私がなんとかしなければ。
チェロは一人頷くと、魔法で姿を隠しながら元来た道を戻り。
人気のない下の層を進んで、廃坑の外へと出た。実に丸一日ぶりの外界である。
そしてそのまま、休む間も無く歩き始めた。
ジーファの目論見を潰すため、まずはしっかりと備えなければ。
とりわけ重要になるのが、"精霊封じの瓶"の準備だ。あらゆる魔法を使えるようにするため、可能な限り精霊をストックしておこう。
ジーファと山賊たちだけが相手なら、魔法で十分に戦えるはずだ。問題は……あの、フードの人物。
しかし先ほどの会話によれば、フードの人物は神出鬼没で、二、三日に一回しか姿を現さないらしい。
先ほど一回現れたということは、つまり……またしばらくは鉢合わせないということ。ジーファを止めに乗り込むなら、早い方がいい。
チェロは明日、ジーファたちを襲撃することを目標に、カライヤ山を歩き回り。
できるだけ色々な種類を確保できるよう、その場にいる精霊を呼び出しては瓶の中へ封じてゆき……
日没と共に最後の空き瓶を精霊で満たし、そのまま山の中で野宿をした。
──翌日。
「………よし」
チェロは持っている瓶を全て地面に並べ、手持ちの精霊の種類と数を最終チェックする。
その数、約三十個。
山中ということもあり、どうしても大地の精霊・オドゥドアが多くなってしまった。次いで、樹木の精霊・ユグノと、水の精霊・ヘラ。
"透明な隠れ蓑"を作るのに必要な暖気・冷気それぞれの精霊もそこそこ集まった。が、雷・炎・鉄などは数える程しかキープできなかった。
この手持ちから、どう戦うかをシミュレーションしてみるか……
……と、チェロが腕を組み、瓶とにらめっこを始めたところで。
「……あら」
ぽつぽつと、雨が降り出した。
チェロは並べていた小瓶を慌ててしまい、近くの木の下へと逃げ込む。
「……参ったわね。しばらくすれば止むかしら」
薄日が差す空を見上げ、呟く。
足元が泥濘むと、山の中を進み辛くなる。すぐに止んでくれるとありがたいのだが……
ひとまず雨の様子を見るため、チェロは木の下に腰を下ろす。そして再び、手持ちの精霊をどう使うか、戦略を考え始めた。
──しばらくして。
なかなか止まない雨を眺め、「そろそろ向かうべきか」と、チェロが小瓶を整理し始めた……その時だった。
「──その娘を離せ! 儂だけ連れて行けば十分じゃろうが!」
「だぁから、そういうワケにもいかねぇんだってば」
……などという声が、遠くの方から聞こえてきた。
咄嗟に、チェロは木の陰に身を潜め、耳を澄ませる、
「この女は『風別ツ劔』を自在に生み出す力を持っているんだ。どう考えても普通じゃねぇ。徹底的に調べさせてもらう」
そんな声がする方を、そうっと覗いてみると……
「(……えっ、エリス?!)」
木々の間から見えたのは、例の山賊たちと、それに抱えられた老人、そして……エリスの姿だった。意識がないのか、ぐったりと脱力したまま山賊の肩に担がれている。
どういうこと? 何故、エリスがあいつらに……
……まさか、ジーファが言っていた『風別ツ劔』を生み出す"例の魔導士"って……エリスのことだったの?
ていうか、こんな時に限ってあのヘラヘラ男は何やってんのよ! まったく!!
チェロは困惑しつつも、魔法で姿を隠しながら山賊たちの後を追う。
すると、連中は昨日チェロが侵入したのとは別の入り口からアジトへと入り込んだ。どうやらこちらが、彼らにとってのメインエントランスらしい。
しばらく進むと、昨日フードの人物が現れた大広間へと出た。山賊たちはジーファの不在を確認してから、エリスと老人をさらに奥へと運び……
途中、枝分かれした道でエリスと老人を別々の方向に連れて行った。チェロは迷わず、エリスの方について行く。
そうして辿り着いたのは……薄暗い採掘現場の跡地だった。
意識のないエリスは地面に転がされ、そのまま身体をロープで縛られ、さらには魔法の使用に必要な指輪を奪われた。
「……まずはブルーノのじいさんからだ。ジーファ様が戻る前に、劔について知っていることを吐かせてやる」
山賊はエリスの指輪を自分の懐にしまうと、元来た道を戻って行った。
チェロは足音が遠ざかったことを確認してから"隠れ蓑"の魔法を解除し、エリスに駆け寄る。
「エリス! エリス、大丈夫? しっかりして!!」
肩を揺すりながら小さく呼びかけるが、反応がない。
きっとあの『雷の剣』にやられたのだ。電撃を受けたのだとしたら、呼吸は……心拍は大丈夫だろうか?
チェロはエリスの口元に耳を近付ける。……うん、呼吸はしっかりしている。
次に、心拍は……と、エリスの首筋にそっと手を触れる。
……脈も、安定しているようだ。見たところ、目立った外傷もない。恐らく一時的に気を失っているだけだろう。
ならば、やはり彼女を起こして、早くここから出なければ。
と、チェロは再びエリスを揺り起こそうとして……
そのまま、固まる。
何故なら。
……目の前に、"縛られた状態で眠るエリス"という最高のご馳走が転がっている事実に、気付いてしまったから。
「……………………」
無防備に開かれた、赤い唇。
さらりと流れる髪から覗く、白い首筋。
そして……上下を縛られ、形がくっきりと浮かび上がった、立派なバスト。
……危機的状況であることは、重々承知の上だ。
だが。
こんなものが目の前にあって………
…………ムラッと来ない方がおかしい。
「…………………」
嗚呼、久しぶりに相見えた愛しい女。
夢中で呼吸と脈の確認をしていたが……あらためて見ると、その寝顔のなんと魅力的なことか。
……いや、違う違う。彼女を、起こすのよ。ここは、敵のアジトの中なのだから。
そのために……ちょ〜っと触るのは、仕方ないことよね?
決して、決してイヤラシイことではないんだからね?
……などと、脳内で何度も言い訳をしながら。
チェロは…………
………………むにゅ。
恐る恐る、エリスの胸に、手を触れた。
軽く手を動かしただけで分かるそのボリュームと柔らかさに、脳内で「おほぉぉおおっ♡」と悶絶していると………
「………………!!」
がばぁっ!
と、エリスが起き上がり………
「……こんなところで何してんのよ………チェロ」
そう言って、睨み付けられしまったのだった……
* * * *
……という、ここに至るまでの経緯を。
チェロは、簡潔に説明した。
「なるほど。それでここにいる、と」
「そうなの。エリスを護るつもりが……結局こんなことになってしまって、ごめんなさい」
正座しながら、しゅんとするチェロ。
説明を聞き終えたエリスは、そのまま考えを巡らせた。
最後の部分にツッコミどころはあるものの、チェロの話からはいくつかの有益な情報を得ることができた。
まず、やはり山賊たちのバックにはそれなりの権力者がいること。
さらに、それとは別に強力な魔導士もいるということ。
そして……この領地を支配するため、『風別ツ劔』を使って天災を引き起こそうとしていること。
「……許せないわね」
ギリッ、とエリスは奥歯を軋ませる。
自分勝手なジーファの企みに、怒りがこみ上げてきたのだ。
だって、そんなことになったら……このオーエンズ領ならではのご当地グルメが、食べられなくなってしまうではないか!! 何考えてんだそのジーファってヤツ!! 絶対に許せない!!!
しかし、戦おうにも自分の指輪は奪われてしまっているため、現時点での戦力はチェロのみ。
ブルーノのことも見つけなければならない中で、もし例のフードの人物が現れたら……勝ち目はなさそうである。
ならば、まず今すべきなのは………
「……チェロ。あんたはあたしの指輪を探してきて。それから、樹木の精霊の入った瓶をあるだけ開けて」
「へ? って、エリスはどうするの?」
「あたしはまだ捕まったままでいる。その方が都合が良い。あんたの存在が露見していない内に、やれることをやらなきゃ」
「そ、そうだけど……あいつら、エリスに何をするか……」
「大丈夫」
心配そうに見つめるチェロに、エリスは笑みを返し、
「あたしは大丈夫。もう一つ、あてがあるのよ。そのための準備もしなきゃならないから……お願い、チェロ。今は、あなただけが頼りなの」
と、そんな風に言われて。
チェロは、頼られた嬉しさで爆発しそうな胸を押さえながら、何度も頷く。
「わかったわ。指輪を奪った奴の顔は覚えてる。速攻で回収して、すぐに助けに戻るわね!」
「うん、よろしく。あ、ユグノ出すのも忘れないで。出来ればいろんなところにばら撒いておいてほしい」
「お安い御用よっ!」
さっそくチェロは、エリスに言われるがままにその場で樹木の精霊の小瓶を三本ほど開けた。
エリスが何をしようとしているのかはわからない。
今までみたいに、都合よく利用されるだけかもしれないが……チェロは、それでもいいと思った。
だって、やっぱり……エリスのことが、大好きだから。
「……それじゃあ、行ってくるわね」
「うん。あ、チェロ」
ふと。
指輪の回収に向かおうと背を向けるチェロを、エリスが呼び止める。
そして……チェロがこれまで見たこともないような、優しい笑みを浮かべて。
「……ありがとうね。あたしのために、いろいろ頑張ってくれて。指輪のこと、頼んだわよ」
そう、言った。
『ありがとう』。
そう言われたくて頑張っていたわけではなかったが。
……その言葉だけで、今までの全てが、なんだか報われた気がして。
チェロは少しだけ、泣きそうになる。
涙をこぼさぬよう、チェロも笑顔になって。
「………うん、任せて。必ず、あなたを護ってみせるわ。そして、全てが片付いたら……一緒にゆっくりと、お風呂にでも入りましょうね」
「え、それはイヤ」
……と、いい感じだった空気ごと、エリスにバッサリ切り捨てられ。
チェロは「おかしいな、イケると思ったんだけど……」と首を捻りながら、指輪を探しに歩き始めたのだった……