11-1 好きなコのために単身ダンジョンへ乗り込んでみた
× ダンジョン
○ 山賊のアジト
お待たせいたしました。
当作品が誇るもう一人の変態ストーカー、
チェロ先生のご帰還です。
ウェーブがかった金色の長髪。
エメラルドグリーンの瞳。
"美人"と形容するに相応しい顔立ち。
そう。目を覚ましたエリスの目の前に現れたのは……
国立グリムワーズ魔法学院の特別栄誉教授、チェルロッタ・ストゥルルソンだった。
睨みつけるエリスの視線を受け、チェロは何故か嬉しそうに目を潤ませると、
「エリス……会いたかったぁぁああっ!」
ぎゅううっ、とその身体を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! 離しなさいよ!!」
「あああ、エリスの声、エリスの匂い……! ここ数日の疲れが一気に吹き飛んでいく……!!」
「だぁああもう! 触るな! 嗅ぐな!!」
「縛られちゃって可哀想に……大丈夫? あの山賊どもに、ヘンなことされなかった?」
「ヘンなことなら現在進行形でされてますけど!? ホント、あんたなんでここにいんのよ?! つーか……」
チェロに抱きしめられたまま。
エリスは、ぐるっと周囲を見回し、
「………ここ、何処……?」
そう、尋ねた。
その問いに、チェロはエリスの身体をゆっくりと離し……
「……カライヤ山の廃坑。あの山賊たちの、アジトよ」
と、落ち着いた声音で返した。
この状況について何か知っている様子のチェロを、エリスは真っ直ぐに見据えて、
「……あらためて聞くけど、なんで、あんたがここにいるの?」
問いかける。
チェロは一度目を閉じ、記憶を辿るように沈黙してから……
一つずつ、語り出した。
* * * *
遡ること、一週間前──
あの、"媚薬騒動"の後。
一晩氷漬けにされた洞窟を出、ツカベック山を下りたチェロは、真っ直ぐにイリオンの街を目指した。
そこで待ち受けているであろう脅威からエリスを護り……罪滅ぼしをするため。
悔しいことに、媚薬に侵されたクレアの行動から、気付かされてしまったのだ。
自分の"愛"が、どれだけ一方的なものだったか。
自分がどうしたいかばかりで……エリスの気持ちや幸せを、全く考えていなかったことに。
だからちゃんと、エリスのためを考えた行動を起こしたかった。
恐らくだが……エリスが国から指定された目的地・イリオンには、エリスでないと解決できないような問題が待ち受けている。
そうでなければ、エリスほどの魔導士をただの治安調査員として国が派遣するわけがない。
きっと、危険が伴う"何か"が、イリオンにはある。
それを先回りして潰せば、エリスは安心してグルメ巡りを続けることができるはずだ。
あのクレアというヘラヘラ男と二人っきりにさせておくのは非常に不本意だが……
ヤツもすぐにはエリスに手出ししないだろう。少なくとも、エリスが本気で嫌がることは……しない、と思う。
そうしてチェロは休まず歩き、カナールの街を抜け、翌日にはイリオンに辿り着いた。
一見、漁業で賑わう平和な街に見えたが……聞き込みを重ねるに連れ、ある問題が浮き彫りになった。
それは、カライヤ山の山賊たちが街に下りてきて、悪さをしているということ。
俄かに信じ難いが、封魔伝説に登場する武器『風別ツ劔』を探しているらしい。
そして、そうした悪行を取り締まるはずの役人が、それを放置しているという事実……
チェロは、「これだ」と確信した。
街の『保安兵団』が機能していないのには、きっと何か理由がある。
山賊たちに手出しができないような、特別な理由が……
あのクレアという男がそれを知っているのかはわからないが、少なくとも国はその問題解決のためにエリスを利用しようとしているのだろう。
……そんな危険なこと、させてたまるか。
あの娘は絶対に、私が護る。
そうして、聞き込みを終えた次の日。
チェロは、カライヤ山へと向かった。
元鉱山ということもあってか登山道は整備されており、それほど苦労することなく坑道の入り口へと辿り着いた。
さて。と、チェロは懐から二つの小瓶を取り出す。彼女の専売特許・精霊封じの瓶だ。
一つは暖気の精霊・ウォルフ、もう一つには冷気の精霊・キューレが入っている。
こんなこともあろうかと、多めにストックを作っておいたのだ。
彼女はコルクをきゅぽんっ、と抜くと、二つの精霊を絶妙な加減で混ぜ合わせてゆく。
そしてそれを身体に纏わり付かせ……
蜃気楼の原理を応用した"透明な隠れ蓑"を作り出し、自身の姿を周囲から見えないようにした。
以前、リリーベルグの街でエリスの宿泊部屋に侵入するために使ったのと同じ方法である。
山賊たちなど敵ではないが……何が待ち受けているかわからない以上、用心するに越したことはない。
彼女は覚悟を決めると。
姿を消したまま、山賊たちの寝ぐらへと、足を踏み入れた。
──廃坑の内部は、まるで蟻の巣のように入り組んでいた。
レールの敷かれた狭い坑道と、採掘のための広い空間が交互に現れ、まるで迷路のようである。
魔法の灯りを小さく照らしながら慎重に進んでいくが……彼女が歩いている道は、最近使われた形跡が全くなかった。
もしかすると他にも入り口があって、山賊たちはそちらを利用しているのかもしれない。
そのため、山賊と鉢合わせることはなかったが、同時に拠点らしい場所もなかなか見つけられずにいた。
「……本当にいるんでしょうね? 山賊たち……」
そうしてしばらく捜索したが、山賊たちは見つけられず……
そうこうしている内に、彼女を隠していた精霊たちが無へと還り、魔法が解けてしまった。
瓶のストックはまだあるが……明日以降の捜索のために取っておきたい。
チェロは坑道の最奥、途切れたレールの端にトロッコが放置された採掘場に辿り着くと。
最近使われた形跡がないことを確認してから、トロッコの中に身を潜め。
丸まるように座り込み、そのまま一夜を明かした。
──翌朝。
……と言っても、鉱山の中は真っ暗で、日が昇ったかどうかもわからないのだが。
チェロは目を覚ますと、すぐに辺りの確認し、人の気配がないことを確かめてから、トロッコを降りる。
そして昨日同様、魔法を使って姿を隠しながら、再び捜索を開始した。
昨日とは違う道を進んで行くと……少し開けた場所に、ロープと滑車を組み合わせて作った昇降機があるのを見つけた。
なるほど、階層が分かれていたのか。天井に、上層へと続く穴がぽっかりと空いている。
……もしかすると山賊たちはこのフロアではなく、上の層にいるのか……?
チェロは昇降機には手を触れず、代わりに新たな小瓶を取り出す。樹木の精霊・ユグノが封じられた瓶だ。
それを開けると、植物の蔓で簡易的な梯子を作り出した。錆びついた昇降機を使うよりは、物音が出ないはずである。
上層へと伸ばした梯子を、ゆっくり上ってゆき……誰もいないことを確認してから、上り切る。
と、先ほどまでいた下層とは、明らかに空気の流れが違った。足元を見ると……比較的新しい足跡が複数。
思った通り。山賊たちは、このフロアを寝ぐらとしているらしい。
チェロは緊張感を高めながら、灯りの光量を最小限に落とし、足跡を辿るように奥へと進んだ。
やがて、狭い坑道の先に赤く光るものが見え、チェロは魔法の灯りを消す。
あれは……火だ。地面に木を突き立てた松明が、坑道の先に等間隔に続いている。
つまり……山賊たちの気配が、近いということ。
チェロは一層注意を払いながら、松明に灯された道を進んで行き……
突き当たった奥の、一際大きな空間に。
……ついに、見つけた。
山賊たちの寝ぐらだ。
いかにもな強面の大男たちが、ざっと三十人ほど。談笑したり、武器の手入れをするなどしながら、思い思いに行動していた。
……これが、役人も手をこまねく厄介な山賊たち?ただの雑魚の集まりにしか見えないけど……
と、チェロはようやく見つけた敵の姿に拍子抜けする。こんな連中なら、エリスの手を煩わせずとも秒でやっつけられそうだが。
今チェロが覗き込んでいる道以外にもこの場所に繋がるルートがあるのか、円形の空間からは複数の道が伸びていた。
彼女が呆れ気味に山賊たちを眺めていると……その内の一つの道から、誰かがゆっくりと歩いて来た。
それに気付くなり、山賊たちは少しあらたまった様子で立ち上がり、
「おっ、ジーファ様!」
「ボス! お疲れさまです!!」
と、口々に挨拶をした。
現れたその人物は……
背の高い男だった。歳は三十から四十代と言ったところか。神経質そうに皺を寄せた眉と、腰の位置まで長く伸ばした紺青の髪が特徴的だ。彼を囲む山賊たちとは異なり、遠目に見ても上等だと分かる服に身を包んでいる。
……あの男が、こいつらのボス? それにしては山賊っぽくないけど……
チェロが見つめる中、ジーファと呼ばれたその人物は山賊たちの中心に立ち、
「……"あの人"は来たのか?」
と、低い声音で周囲に尋ねた。
すると山賊の一人がずいっと前に出て、
「いいや、まだでさぁ。こないだ現れたのは三日前だったから、そろそろかと思うのですが」
「……ふん。相変わらず掴み所のない奴だ。せっかく『風別ツ劔』らしきものを見つけたというのに……」
皺の寄った眉をさらにしかめ、男……ジーファは不機嫌そうに言う。
……『風別ツ劔』らしきものを、見つけた…?
でもそれは、あくまで伝説上の武器でしょ…?
チェロが疑問を抱く中、山賊の一人が口を開く。
「ジーファ様が言った通り、『劔』は本当にこの街にありやしたね」
「なんだ貴様、嘘だと思っていたのか?」
「いいえ、滅相もない! ただ……海に落ちた可能性が高いと聞いていたので、よもや陸で見つかるとは思わなくて」
「……確かにな。俺が叔父貴から聞いた話では、『劔』は間違いなく一度は海に沈んだ。しかしそのことを知る漁師の生き残りが……ブルーノのジジイが、『劔』について勝手に吐いてくれたからな。奴の近辺にあることは、確実だった」
……まるで『風別ツ劔』の存在が当たり前であるかのようなその会話に、チェロはますます首をひねる。
すると、ジーファがニタリと妖しげな笑みを浮かべて、
「もうすぐだ……『風別ツ劔』さえ手に入れば、俺はこの領の……いや、国の支配者にだってなれる」
……なんてことを呟くので。
チェロは、いよいよ半眼になった。
こいつ、いい歳して伝説の武器で世界征服しようと企んでいるってこと?
はぁ……ダッサ。これだから男は。
こんな奴らの為に、エリスはわざわざここに派遣されてきたワケ? はっ、馬鹿馬鹿しい。
小さくため息をつき、あきれ返るチェロ。
もういいや。こいつらに攻撃魔法ぶちかまして、それで終わりにしよう。
そう心に決め、チェロが精霊入りの瓶を取り出そうとした………
その時。
突然、山賊たちのいる空間に……
風が、巻き起こった。
『うわぁぁああっ!』
砂が巻き上げられ、山賊たちは足を踏ん張り手をかざす。
こんな場所に風なんて……一体何処から……?!
チェロも後退しながら、その不思議な現象を見つめていると……
シュルルッ、と収束した風の中心に。
忽然と、それまでいなかった人物が一人、現れていた。
男とも女ともつかない背格好。
全身を覆う、色褪せた草色のローブ。
そして……目深に被ったフード。
突如として現れたその人物を見るなり、山賊たちは「フードの旦那!」と嬉しそうな声を上げた。
ジーファも口の端を吊り上げ、その人物に近付く。
すると、その人物は……
「………『カゼワカツツルギ』、ミツかったノカ……?」
と。
ヒトのものとは思えない、不気味で不快な声で。
そう、尋ねた。