10-4 焦燥の雨音
「──はぁ。あんたらも懲りないわね。また服をビリビリに破かれたいの?」
現れたチンピラ三人衆を前に、エリスは面倒くさそうに顔をしかめた。
正直、拍子抜けだった。あの時散々実力差を見せつけてやったというのに、性懲りも無くまた同じメンバーでやってきたのだから。
しかし、チンピラたちはニヤリと笑って、
「余裕でいられるのも今の内だぜ。あの時の俺たちと同じと思ったら、大間違いだ」
「うわっ、いかにも三流が吐きそうなセリフ。悪党ってなんでみんな同じようなこと言うのかしら。マニュアルでもあんの?」
「ちょ、ちょっとエリスさん! あまり挑発するようなこと言わないでくださいよ!」
と、エリスの発言に焦るシルフィーだが……チンピラたちはその煽り文句に怒るどころか、ニヤニヤと笑っている。
すると今度は、ブルーノがずいっと前に出て、
「しつこい連中じゃな。いい加減『劔』のことは諦めんか!」
「俺たちにそう言われてもなぁ。『劔』を欲しがっているのはボスなんだから」
「そうそう。ちょうどボスに、じいさんとそのお嬢さんを連れて来いと言われている。文句なら、ボスに直接会って言いな」
チンピラたちがエリスに目を向けながら言う。どうやら、ブルーノとエリスを連行することが目的らしい。
エリスはそれに「はぁ?」と声を上げ、
「あんたらのところになんか行くワケないでしょ。あたしは今からやることがあるの。いいから大人しくお山に帰りなさい」
「そういうわけにもいかねぇ。お嬢さんこないだ、魔法で『風別ツ劔』を作っていたよな? 途中で消えちまったが……その話をしたら、ボスがえらく興味を持ってな。そういや今日は、あの剣士の兄ちゃんはいないのか? かなりの手練れだったが……へへ、こりゃ好都合だぜ」
「好都合? あんたたちの相手なんか、あたし一人で充分よ」
「ほう……果たして、そうかな……?」
そう言って。
チンピラの一人が、腰に差した鞘から剣を抜く。
すると。
──バチバチバチッ!
何かが弾けるような音と共に、剣が激しく明滅し出す。
「……エリスさん……あれって……!」
シルフィーが、後退りしながら息を飲む。
それまで緊張感のなかったエリスも、その光景に思わず目を見開いた。
チンピラが抜いた剣身に……
肉眼で見えるほどの電気が、蛇のように纏わり付いているのだ。
これは、間違いなく魔法だ。
先日自分がやってみせたような仕組みで、剣に雷の精霊・エドラを纏わり付かせているのだろう。
理屈はわかる。だからこそ、焦りと困惑が生まれた。
ここまで上手く精霊を制御できるのは、魔導士の中でもごく限られた人間のみ……それこそ、魔法学院の教授や特別な訓練を受けた軍部の人間……それを除けば、自分くらいなものである。
少なくとも、こんなチンピラ風情に出来る芸当ではない。
「へへ。すげぇだろ? "フードの旦那"も気まぐれに現れるもんだから、これをこさえてもらうのに丸一日待っちまったぜ」
と、チンピラが剣を構えながら口の端を吊り上げる。
"フードの旦那"……その人物が、この剣を作ったということだろうか。
一体……
「……そいつ………何者なの……?」
ごくっと喉を鳴らし、エリスは額に汗を浮かべる。
その『雷の剣』を構えたチンピラは、ニヤリと笑って、
「そんなに気になるなら……大人しく、俺たちと来てもらおうか!」
叫ぶと同時に、残る二人のチンピラも一斉に剣を抜いた。どうやらこちらは、魔法が施されていない普通の剣のようだ。
エリスはブルーノにモノイワズの箱を押しつけながら「退がってて!」と言うと、素早く手を振るい、
「──オドゥドア! アグノラ! 交われ!!」
先手必勝。二種類の精霊を呼び出し、瞬時に混ぜ合わせた。
刹那、彼女の周囲に、鏃のように尖ったつぶてがいくつも生まれ浮遊する。
土と鉄、それぞれの性質を持つ精霊を融合させ、鉄鉱石を作り出したのだ。もっとも、強度と威力を考えれば鉄の精霊だけで構成したいところであったが……どうにも環境が悪すぎる。
ここは、海を臨む港。且つ、もう間もなく雨が降りそうな気候。否が応でも、水の精霊・ヘラが多くなる。
ヘラを用いてもいいが……殺傷能力としては、雷の魔法と相対した時に部が悪い。
まずはチンピラたちへの確実な物理攻撃を考えると、鉄の精霊が望ましいのだが……数としてあまりにも心許なかったので、カサ増しで土の精霊を用いたのだ。それでようやく、三十余りのつぶてを生み出すことができた。
エリスへと向かって来ていたチンピラたちは、彼女の周りに突如として現れた鋭利なつぶてを警戒し、一度足を止める。
しかしエリスは遠慮することなく、「えいっ!」とそちらに手を振るい……
黒く艶めくつぶてたちが、それに従うように一斉にチンピラ目がけて飛んでいった!
「ぐぁあああっ!!」
「くっ……!!」
無数の矢を浴びせられたような攻撃に、チンピラたちは服や皮膚を裂かれ、後退りする。
しかし……
チンピラの内、『雷の剣』を持つ男が動く。
「……このっ、ちまちまと鬱陶しい!!」
飛来するつぶてを振り払うように、剣をブンッ!と一振りした。
瞬間、剣から白い光が放たれ、空中を這うようにしてつぶてを捕らえ……
電撃を喰らったそれらはコロンコロンと音を立てて地面に落ち、見えない存在へと還ってしまった。
「そっ、そんな……」
エリスの頬を、一筋の汗が伝う。
精霊同士がぶつかれば、相殺されて互いに消耗するはずである。
しかしエリスの攻撃を蹴散らしてもなお、チンピラが手にする剣には未だ衰える様子のない雷の帯が、生き物のように纏わり付いているのだ。
このことが意味するのは……
「一体……どれだけの精霊を使っているの……?」
魔法の威力は、使用した精霊の数が多ければ多いほど強大なものになる。
しかし、あちこちに点在する精霊たちを一箇所に・大量に集めることなど不可能に近い。何せ、五感で認識できない存在なのだから。
特異体質のエリスを以ってしても、特定の精霊だけを大量に集めることは難しい。
それを、この剣を作った人物は……可能にしているということか。
エリスと同等……いや、もしかするとそれ以上の術師……
得体の知れない敵の影を感じ、エリスが恐怖していると……
「──大地の精霊・オドゥドア!!」
背後から、声が響く。
直後、チンピラの一人に大量の土砂が降り注いだ。エリスの攻撃に怯んでいたこともあり、しばらくもがいた後……山盛りの土の中で、動きを止めた。
「シルフィー! ナイス!!」
エリスは振り返り、魔法を放った人物の名を呼ぶ。彼女は少し緊張した面持ちで、エリスに微笑み返した。
先ほどのエリスの攻撃を見て、この場に大地の精霊が多くいることを察したのだろう。鉄の精霊の方を選ばなかった辺り、そっちの数が少ないことをちゃんと汲み取ったようだ。
これで、残る敵は二人。内一人は、『雷の剣』を持っている。
エリスは一歩下がってシルフィーに近付くと、
「水の精霊、次いで樹木の精霊が多いわ。あたしは厄介な方相手するから、そっちのモブをお願い」
「わかりました」
小さく、そして簡潔にやり取りをする。
シルフィーとて一介の魔導士だ。この場にいる精霊の種類さえわかれば、効果的に魔法を使うことができる…はず。
そう信じ、エリスは正面を見据え……
「チッ……小娘どもが!!」
剣を振り上げ向かってくるチンピラたちに向かって、駆け出した!
エリスは魔法陣を描き、樹木の精霊で"蔓の鞭"を生み出す。それをぐっと掴むと、『雷の剣』を持つ方のチンピラへそれを振り下ろした。
その攻撃に気付き、チンピラは寸前で回避する。空振った鞭が、地面をピシャッ! と叩いた。
チンピラがニヤリと笑うが、エリスもまた不敵な笑みを浮かべる。
直後、振り下ろした鞭がうねうねと動き出し、避けた先のチンピラの足首にぐるっと絡み付いた。
「なっ……!」
驚くチンピラの足を、エリスは力一杯引いてやる。
が、相手は大男。少しバランスを崩しはしたが、転倒するには至らなかった。
それでも、隙を作るには十分だった。エリスはもう一方の手で魔法陣を描き、もう一本蔓を生み出す。
そしてそれを、チンピラの首に巻きつけるように放つ………が。
「……おらぁっ!!」
チンピラが、『雷の剣』を振るう。
すると剣身から放たれた電撃が蔦を這って、エリスの方へと向かってきた!
「くっ……!」
エリスは蔦から手を離し、後退する。彼女が握っていた最端まで電流が到達すると、蔦は光を放ちながら消滅してしまった。
剣を離れてもなお、この威力を保つとは……つくづく恐ろしい。
エリスが樹木の精霊で交戦する中、シルフィーはもう一人のチンピラと剣を交えていた。
一太刀の重みは圧倒的に相手に劣るが、代わりに素早さを活かし、手数で勝負する。
ギィンッ! と鈍い音を立て、両者の剣が交差した。
そのまま暫く、互いに押し合うが……
シルフィーはふと力を抜き、相手に押される力を利用して後方へと飛んだ。
そして十分に距離を取ってから、
「──水の精霊・ヘラ!!」
魔法陣を素早く描いた!
前回は水鉄砲程度の威力しか出せなかったが、今回は違う。チンピラに向けられた彼女の手からは、大量の水が大砲のように勢い良く放たれた。
が、距離を取ったことが裏目に出たのか、チンピラはそれを難なく避ける。
シルフィーは間髪入れずに次の水の塊を撃つ。それをまた避けられ、めげずに魔法を放ち……ということを何度か繰り返し、徐々に距離を詰められてゆく。
ぐるぐると時計回りにステップを踏みながら、なんとか距離を保とうとするが……
「(うぅ……やっぱり水の魔法は制御がむずかしいっ)」
と、シルフィーは心の中で弱音を吐く。
だが、エリスが『雷の剣』を持つ相手と戦う姿が横目に見え、自分を奮い立たせる。
そして、チンピラが剣を振り上げ飛びかかってきたところに……
「(……今だっ!)」
再度、水の魔法を叩き込んだ!
これほど速く対応できるとは思っていなかったのか、チンピラは攻撃体勢のまま避けることができず……
「ぐはぁっ!!」
鳩尾に思いっきり水の塊を喰らい、くぐもった声を上げ、膝から崩れ落ちた。
シルフィーは剣を構えたまま、「や、やった……!」と小さく喜ぶ。
………が。
「チッ……調子に乗るなっ!」
その後ろ……エリスと交戦している方のチンピラが、離れた位置からシルフィーに向かって『雷の剣』を振った。
刹那、そこから放たれた電撃が、シルフィーの足元……自身の水の魔法で濡れた地面へと伸びて行き……
「……! シルフィー、避けて!!」
エリスが叫ぶが、遅かった。
水に触れた電撃は、濡れたシルフィーの足を伝い……
「きゃぁぁあああっ!!」
彼女の身体に、強力な電気を流した。
「シルフィー!!」
水溜りの中に倒れこむ彼女の元へエリスが駆け寄ろうとするが、今度はエリスに向かって『雷の剣』が放たれ、それを阻止される。
「いてて……ったく、このアマ……」
そうしている内に、先ほどシルフィーにやられた方のチンピラが立ち上がり……
倒れたシルフィーへと、手を伸ばし……
というタイミングで。
「うぉぉおおおおっ!」
そんな雄叫びと共に、ブルーノがチンピラ目掛けて船の上から飛び降りてきた。
その手には、漁に使われる銛が握られており……
そのまま、その鋭利な先端が、伸ばしかけたチンピラの手を貫いた!
「……ッ?! ぎゃああぁあああっ!!」
手のひらを貫かれ、痛みに悶絶するチンピラ。
ブルーノはシルフィーの身体を起こし、「おい、しっかりしろ!」と呼びかける。と、彼女は呻き声を上げながら薄っすらと目を開けた。どうやら意識はあるようだ。
その光景に、エリスがほっとしたのも束の間。残るチンピラ……『雷の剣』を持つ男が、「フンッ」と鼻で笑い、
「ちょうどいい。二人仲良く水溜りに飛び込んでくれたな。もう一度、こいつをお見舞いしてやる…!!」
そう言って、剣を高く振り上げた。
まずい。また、あの電撃を喰らったら……
シルフィーと、ブルーノが……!!
その時。
エリスは、咄嗟に駆け出していた。
魔法陣を描くには時間がなさすぎる。
体当たりしようにも、力では到底勝てない。
なら……
バッ! と両手を広げ。
エリスは、ブルーノとシルフィーを庇うようにして立ちはだかった。
直後、バチバチと音を立てながら、『雷の剣』から電撃が放たれ……
「……か………は……っ」
無抵抗なエリスの身体を、直撃した。
その衝撃で、彼女が身に付けていた『魔導大全』の紐がブツっと切れ……
倒れ込むのと同時に、トサッと地面に落ちた。
「お……お嬢ちゃん!!!」
ブルーノが叫ぶが、エリスはぴくりとも動かない。
チンピラは声を出して笑い、
「まったく、手こずらせやがって。さぁ、じいさん。俺たちと来てもらうぞ。……と、その前に」
ブルーノの方へ近寄ると……
未だ脱力したままのシルフィーの身体を、軽々と持ち上げた。
「なっ、何をする……その娘は関係ないだろう?! 離せ!!」
「いいや。ここまで荒っぽい真似をしちまった以上、口止めをしないわけにはいかねぇ」
「くっ、口止めって、まさか……!!」
ブルーノは顔を青くし、掴みかかろうとする。
しかし、先ほど銛で貫いた方の男が、ブルーノを後ろから取り押さえ、身動きを封じる。
シルフィーを肩に担ぎ、チンピラはいやらしい笑みを浮かべて、
「ふっ、そこで見てな。お前のせいで……この女が、海に飲まれるのをな」
そう言うと、船着場のふちに立ち。
嵐の前触れのように荒れ始めた海へと。
シルフィーの身体を、放り投げた。
──その、一瞬だけ速く。
「………キュー……レ……ッ」
倒れたままのエリスが、震える唇と指を、小さく動かした。
そこから生まれた複数の青白い光が、チンピラたちにも気付かれないくらいの速さで、海の方へと飛んで行った。
「……くっ……あああぁぁあああっ!!」
ブルーノの悲痛な叫び声を最後に聞き。
意識を失ったエリスの頬に、降り出した雨が、ぽつりと落ちた──