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4-2 続いて、恩師の娘の一日に密着します

 



 その後、エリシアが訪れたのはとある精肉店だった。


 こちらでは特製ソースを売るのに場所を借りているらしく、パン屋の時と同じように「手数料はいいから」と言われ、エリシアは売り上げ金の二割を遠慮なく自身の財布に忍ばせた。



 いや、本当に。

 ここまで来ると嫌悪感を通り越して好感すら湧いてくる。


 何故なら、彼女に関わる人間は、誰もが幸せそうなのだ。

 みんな彼女に感謝をしていて、誰も不幸になっていない。


 八百屋の女将さんに黙って売り上げ金の一部を懐に入れていることは、道徳的には許されないことかもしれない。

 それでも、彼女はそれを受け取るに値する働きをしているのだろうと……


 再び路地裏で、金貨を数え嬉しそうにそろばんを弾くエリシアを眺めながら、クレアは思ってしまうのだった。






 ──昼過ぎ。


 赤い財布をパンパンに膨らませたエリシアは、路地裏を出てさらに歩き出した。

 商店街のメインストリートからどんどん離れて行くが……八百屋の女将に告げた通り、母親の墓へ向かっているのだろうか。


 ……と言うより、本当に今日が彼女の誕生日で間違いないんだろうな?

 十四歳になった少女の誕生日にしては、あまりにも商売っ気が強すぎる。ちょっと不安になってきた。


 なんて、クレアが疑いの眼差しをエリシアの背中に向けていると。



「……ん?」



 彼女は、とある店の前で足を止めた。

 レンガ造りの、二階建ての建物だった。赤土色の壁面に緑の蔦が這い、かなり年季の入った店であることが伺える。

 入り口付近の立て看板にチョークで何やら書いてあるが、クレアのいる位置からはその内容までは見えない。食事処、のようではあるが……


 賑やかな商店街から離れた、人の通りもまばらな街はずれ。たまたま足を止めた、というよりは最初からここを目指し歩いていた、というような様子だ。

 彼女は建物を見上げ、期待に胸を膨らませるような表情で店のドアを開ける。カランカランと、ドアベルが鳴った。



「いらっしゃいま……あぁ、エリシアちゃん。本当に来たんだね」

「こんにちは! お小遣いが貯まったから来ちゃった。今日は一番高いヒレステーキちょうだい!!」



 そんな声が聞こえたのち、再びベルを鳴らしながらドアが閉まる。


 ……ヒレステーキ?


 クレアは内心首を傾げながら、慎重にその店へ近付く。

 立て看板を見ると、ステーキにハンバーグ、ビーフシチューといった文字が踊っていた。


 なるほど、肉料理の店のようだ。

 良い肉を使っているのか、書かれている値段もまぁまぁお高い。中でもヒレステーキは、特に高額な価格設定になっている。


 ……要するにエリシアは、この店で一番高いステーキを食べるために、先ほどああして金勘定をしていた、ということらしい。

 確かに八百屋の女将も、『食べることが大好き』だと言っていたような……



 エリシアが窓際の席に案内されたことに気付き、クレアは店から離れる。

 どこか身を潜めるところはないか見回すと、ちょうど向かいにオープンテラスのカフェがあった。そこで客を装いながら、彼女が出て来るまで待つことにする。


 クレアはコーヒーを一杯購入し、エリシアのいる店が見えるテラス席へと座る。

 日の光を反射したガラス窓の向こうに、うっすらと彼女の姿が確認できた。


 しばらくして、エリシアの元に料理が運ばれてくる。

 鉄板に乗った、大きなステーキだ。

 彼女は両頬に手を当て、心底嬉しそうにそれを眺める。

 それから、胸の前で手を合わせ、祈るようにして目を閉じ……

 バッと顔を上げると、声が聞こえてきそうなほどに意気揚々と「いただきまーす!」と口を動かした。

 そして、



 ぱくっ。



 ナイフとフォークで丁寧にカットした肉を、口の中に運んだ。

 ──直後。



 彼女はその手からナイフとフォークをぽろっと落とし……

 口を押さえ、悶えるように俯いた。



 その反応に、クレアは思わずガタッと立ち上がる。


 まさか、毒でも盛られたのでは……?


 と、反射的に思ってしまうのは完全に職業病なのだが、それを差し引いてもあの反応は異常だ。

 一体彼女の身に、何が起きたというのか……



 食器を落とし大きな音が出たのだろう、ウェイターが慌てて彼女に駆け寄り、心配そうに様子を伺っている。

 彼女は尚も肩を震わせ、机にしばらくうずくまってから……



 …………ぐっ!!



 と、立てた親指を、勢い良くウェイターの眼前に突き出した。

 その表情は……感動に打ち震えたような、晴れやかな笑顔で。



 ……ああ、なんだ。

 悶えるほど美味い、ってことか。



 気が抜けたクレアは、椅子へどかっと腰を落とす。

 なんというオーバーリアクション。たった一口頬張っただけであれほどまでに感情を爆発させる人間を、彼は未だかつて見たことがなかった。

 ウェイターから新しいナイフとフォークを受け取り、心底嬉しそうに、一口一口を味わうように食べ進めるエリシアを眺めて。



「……ふふ」



 クレアは、思わず溢れてしまった笑みを隠すように、頬杖をついた。



 ジェフリーさん。

 あなたの娘は、母親を失った悲しさなんかおくびにも出さずに……

 とても逞しく、生きていますよ。




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