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10-1 焦燥の雨音




 それから。


 クレアが落とし穴に嵌まったと聞かされたブルーノとシルフィーは、大慌てで家を飛び出し。

 ロープを垂らし引き上げてみると、傷一つない状態のクレアが穴から這い出てきたので、エリスは密かに安堵した。


 そんな、どこかよそよそしい二人の空気感を敏感に感じ取ったシルフィーが、



「えぇ〜? なにかあったんれすか〜?」



 と、へべれけ状態で尋ねてくるが、エリスは犬歯を剥き出しにして、



「うるさい酔っ払い! つーかあんだけ二日酔いで辛そうにしてたのに、結局飲んでんの?!」

「あーん、エリスしゃんこわ〜い♡ そんなに怒らないで〜っ♡」



 ……などと、いつものように賑やかに騒ぐ様を眺め。

 クレアは、静かに微笑んだ。





 そうして夜は更け。

 昨夜同様、シルフィーとブルーノは酔っ払ったままテーブルで、エリスはハンモックで、クレアは床で、それぞれ眠りに就いた。



 意識が完全に眠りに落ちる直前。

 エリスはうっすらと目を開け、床で眠るクレアの背中を眺める。

 そして……


 握られた手の感触や。

 抱きしめられた腕の温もり。

 囁かれた優しい声を思い出し。



「………………」



 少し、胸が温かくなるのを感じてから。

 そっと、瞳を閉じた。






 ──その、数時間後。



 エリスは、物音で目を覚ました。

 薄暗い部屋を見回すと、案の定ブルーノが今日も漁に出かける準備をしているところであった。



「おじいさん」

「……なんじゃ、また起こしてしまったか。今日は無理について来んでも……」

「いや、行く」



 小声でブルーノのセリフを遮り、エリスはハンモックをおりる。

 そして、テーブルに伏せたまますぅすぅ眠っているシルフィーの背後に回り込むと……

 わしっ! と、両胸を鷲掴みにした。

 瞬間、シルフィーはがばっと起き上がり、



「んにゃぁああっ!」

「ほら、シルフィーも行くわよ」

「えっ? な…………え?え??」



 いきなり乳を揉まれ起こされた上、エリスに手を引かれたものだから、シルフィーは目を白黒させ困惑する。

 その様子を、ブルーノは呆れ気味に眺め、



「眼鏡のお嬢ちゃんも連れて行くのか?」

「うん」

「あっちのあんちゃんは?」

「いい。寝かせたままで」



 きっぱりと言い切るエリスに、ブルーノはそれ以上言っても無駄だと悟り、「行くぞ」と扉を開けた。

 エリスにぐいぐい手を引かれ、「な、なんで私がぁ〜」と涙を浮かべるシルフィーの情けない声を残し……

 扉は、パタンと閉じられた。






 ………五秒後。



「………………」



 一人残されたクレアが、床からむくりと起き上がる。

 そして扉に耳を当て、三人の足音が遠ざかったことを確認してから……自身も外へと出た。



 エリスがブルーノたちと漁に行くのは構わない。海の上にいる方が敵に襲われ(にく)いということがわかっているから。

 それに……

 クレアは今日、イリオンの『保安兵団』の屯所に一人で潜入したいと考えていた。

 だから、エリスがシルフィーを連れて漁に行ってくれたのは、むしろ好都合だった。

 しかし、港に向かう途中で襲われる可能性もあるので、無事を確認するためこっそり尾行することにしたのだ。



 このままブルーノの元にいても、今以上の情報は得られそうにない。

 ちゃっちゃと行動して、この任務にとっととケリをつけなければ。




 ………正直、もう限界なのだ。

 今すぐにでも、エリスに、



 好きだぁぁああああああああああっ!!



 ……と、叫びたい。

 これ以上、この気持ちを内側に留めておけそうになかった。


 クレアは昨夜過ごした、彼女との時間を思い出す。

 決していやらしいことを仕掛けたわけではない。なのに……


 ただ一緒にいるだけで。

 目が合うだけで。

 手を繋ぐだけで。

 ……馬鹿みたいに、胸が高鳴ってしまった。


 ちょっともう、本当に……駄目だ。好き。

 一方的にストーカーをしていた時よりも、どんどん好きになっている。


 なのに、言えない。何故なら。

 "任務を終えるまで、気持ちは伝えない。"

 ……というルールを、自分に課してしまったから。


 ああもう、言っちゃいたい。そこから先どうなるかはとりあえず置いておいて、とにかく言って楽になりたい。ただ()()に「推してます」って面と向かって言いたい、そういう気持ち。


 だから……『保安兵団』にガサ入れをし、敵の親玉についての情報が掴めたら、今夜にでも拠点に殴り込んで"水瓶男(ヴァッサーマン)"を引きずり出してやろうと考えたのだ。



 いよいよ本気を出す時が来た。

 この任務、速攻で解決してやる。

 "水瓶男(ヴァッサーマン)"……首を洗って待っているがいい。



 ……と、完全に一身上の都合で任務の早期解決を心に決めたクレアは。

 気配を殺し、物陰に隠れながら、エリスたちの後を尾いて行った……





 そんなことはつゆ知らず、エリスたち三人は川に架かった橋を渡り、林道を抜け、港の方へと進んで行く。

 そうして十分ほどで、ブルーノの船を停めている船着場が見えてきた。


 ブルーノはすれ違う漁師と挨拶を交わしつつ、自分の船に乗り込む。

 そこにエリスもぴょんと飛び乗るが、



「あの……私、船酔いしそうなので、本当に遠慮したいのですが…」



 と、シルフィーがげんなりした顔をして挙手する。

 しかしエリスは、その挙げられた手をガッと掴んで、



「だめよ。今日はどうしても捕りたい魚があるの。いいから手伝いなさい」



 そう言って、無慈悲に船の上へとシルフィーを引きずり込んだ。



「捕りたい魚、って……お嬢ちゃん、まさかイシャナのことを言ってんじゃないだろうな?」



 帆を下ろしながら、ブルーノが問いかける。

 しかしエリスは……ほんの少しだけ頬を赤らめて、



「…………今日は、モノイワズが欲しいの。おじいさん、捕ったことある?」



 目を逸らしながら、伺うようにそう言った。







 ……よし、無事に出港したな。


 と、ブルーノの船が海へ出るのを、クレアは遠巻きに見届けた。

 漁から戻ってくるのは、恐らく昨日と同じ昼頃になるだろう。

 それまでに……こちらもやるべきことを終えなければ。



 クレアはブルーノの家に引き返すと、いつもの旅装から黒を基調とした服に着替えた。

 国から支給された、軍部の制服である。以前、ピネーディアで聞き込みをした時にも使ったが、よりあらたまった印象になる装いだ。


 彼はまず、『保安兵団』の屯所へ正面から乗り込もうと考えていた。

 "中央(セントラル)"から派遣された治安調査員として、役人たちに正式に聞き取りを行なうのだ。


 そこで、例のチンピラどもに手出し出来ずにいる理由を役人たちが正直に話してくれれば一番楽なのだが……そう上手くはいかないだろう。

 何かを隠している様子なら、そのまま屯所に忍び込んで盗聴なり資料を漁るなりするまでだ。やましいところを突かれた直後なら、必ず何か動きを見せるに違いない。



 ふと、彼は窓の外に目を遣る。

 空が明るくなってきたが、まだまだ早朝と呼べる時間。屯所を訪れるには早すぎる。


 時間があるなら……

 と、クレアは普段服の下やブーツの中、ベルトの裏などに仕込んでいる様々な暗器や道具を一つ一つ取り出し、床に並べ始めた。


 大・中・小、様々なサイズのナイフ。ワイヤー。針金。フック。聴診器。メジャー。

 そして、最後に鞘に納めた長剣を置くと、それら全ての念入りな手入れを始める。

 ここから先……いつ、戦闘になってもいいようにと、覚悟を決めながら。



 それから。

 彼は先ほどまで着ていた旅装の、内ポケットの中に手を入れる。

 そこに、いつも入れているものがあった。それは……


 薄緑色の包み紙に入った、小さな飴。

 ハッカ飴だ。

 旅に出たばかりの頃、エリスにもらったまま、ずっと食べずに取っておいたもの。



「………………」



 クレアは、手のひらに乗せたそれを暫し見つめてから……

 そっと、今着ている制服のポケットに移した。






 ──数時間後。


 太陽が、だいぶ高い位置にまで昇った。もうそろそろ、街も起き始める時間である。


 クレアは身支度を整えると、ブルーノの家を出、イリオンの中心部にある目的地へと向かった。

 辿り着いたのは、高い壁に囲まれた、ご大層な造りをした建物……『保安兵団』の屯所だ。


 クレアがスタスタと建物内に入って行こうとすると、「何のご用で?」と門にいた守衛に止められた。

 彼はいつものように、人の良さそうな笑みを浮かべ、



「治安調査員の者です。イリオンの状況について、お話を伺いに参りました。通していただいてよろしいでしょうか?」



 手帳を見せつけながら。

 落ち着いた声音で、そう言った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うわぁーいい感じにシリアスしてるぅ というかハッカ飴残ってたんだw お守りみたいなもんかな? 胸に入れてたけど流石にハッカ飴で銃弾受け止めることはできないだろうから果たしてどういうフラグに…
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