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9-2 星屑でいと

いつもより会話多め、糖度高めにしておきました。

どうぞ、お召し上がりください。




 最後に、玄関の前に落とし穴トラップを仕掛けて。

 クレアとエリスは、ブルーノの地図に描かれた店を目指し、歩き出した。



 ……その、玄関の扉の向こうで。

 足音が去り行くのを確認してから。



「……んふ。無事に出発しましたね」



 扉に耳を当てたシルフィーが、にまにまとほくそ笑んだ。その顔は、すっかり健康的な血色を取り戻している。

 それに、ブルーノも口の端を吊り上げて、



「まさか二日酔いの芝居打ってたとはな」

「いえいえ、ほんとに具合悪かったですよ? 今はもう平気ですけど。私抜きで二人っきりになってもらいたかったので、ブルーノさんが『外食してこい』って言ってくださったのに便乗しちゃいました」

「若い娘の考えることはわからんな。何故そんなに、あの二人をくっつけたいんじゃ?」

「八割シュミ、二割腹いせ、ですかね。お二人にはお世話になりましたが、それ以上にめちゃくちゃ振り回されたので。くっつくか否かの瀬戸際を、間近で楽しませてもらっているんです」



 それに、上手くいかなきゃ大量殺戮大魔王が爆誕してしまうしね。

 と、さすがにそれは口にしなかったが。

 真顔で答えたシルフィーに、ブルーノは苦笑いをする。



「気の弱いお嬢ちゃんかと思っていたが……なかなかイイ性格してるじゃねぇか。そんなに鬱憤溜まっているなら、今日も飲むか?」

「いえ、遠慮しておきます」



 酒瓶を取り出したブルーノの誘いを、シルフィーはぴっ! と手のひらを向け、きっぱりと断わるのだった。






「──ここをまっすぐ行って、大通りにぶつかったら右に曲がるみたい。そんなに遠くないわね」



 地図を片手に、ステーキ屋を目指してずんずん進むエリス。

 その後ろで、ポニーテールが機嫌良さげにゆらゆら揺れている。

 それを横目で眺め、クレアは。


 ……これは、自惚れていいのだろうか?


 と、自問自答していた。



 いやだって、よりによって二人きりになれるこのタイミングで、このポニテだよ?

 まさか、先日『可愛い』と言ったことを意識して、わざわざ結ってくれたのか…?

 だとしたら……えぇぇなにそれ、しんど……可愛い好き……



 ……と、愛しさのあまりため息をつきながら、クレアは両手で顔を覆う。

 それに気付いたエリスは、怪訝そうに彼を見上げ、



「なに、ひょっとしてあんたも昨日の(アレ)、まだ引きずってんの?」

「……そうですね、確かに昨夜の抱擁(アレ)もけっこうやばかったので……その影響もあるかもしれません」

「やっぱりねー。いくら強いからって、あれはやり過ぎだもん。ていうかあんた、そんな調子でステーキ食べられるの?」

「えぇ、大丈夫です。肉体(フィジカル)ではなく精神(メンタル)的なアレなので」

「……二日酔いってメンタルにもくるんだ、怖……将来気をつけよ……」



 ……などと、微妙に噛み合わない会話にエリスが勘違いを拗らせまくったところで。

 クレアは、にこりと笑い、



「……すみません、二日酔いではないのです。エリスと久しぶりに二人きりで食事ができるかと思うと……胸が高鳴ってしまって。本当に楽しみですね、ステーキ」



 なんて言ってくるので。

 エリスは目を見開き、言葉を詰まらせる。

 そして、顔を背けながらどこか悔しげに、



「……またすぐそうやって……なんなのよもう」

「え? 何かおっしゃいましたか?」

「……うるさいっ。ほら、さっさと行くわよ!」



 そう吐き捨てると、また前を向いて歩き出した。







 ──目的の店には、十分足らずで到着した。

 賑やかな酒場が建ち並ぶ飲み屋通り……を、一本裏手に進んだ先にある、木造の小ぢんまりとした店だ。


 その名も、『イリオンの海賊』。


 周りの店と比べてもかなり年季の入っていそうな佇まいに、エリスとクレアは一度足を止め、店の外観を呆然と眺め……



『…………………』



 互いに、目配せをし合ってから。

 クレアを先頭に、意を決したように店の扉を開けた。

 瞬間。



 ──ぶわぁ……ッ。



 と、一瞬で食欲を掻き立てられるような暴力的なにおいが、ふたりの鼻を抜けた。

 これは……



「……炭火……?」



 というエリスの呟きをかき消すように、



「いらっしゃァい! 好きな席に座んな!!」



 頭にバンダナを巻いた男性店員が、カウンターの向こうからそう言った。

 その太く逞しい腕の先で、分厚い牛肉が今まさに、炭から上がる真っ赤な炎に炙られていた。

 隣でエリスが「ごくっ」と喉を鳴らすのが聞こえ、クレアは笑みを浮かべながら、



「これは……やばいですね」

「うん……間違いなくアタリだわ」

「……とりあえず、座りましょうか」



 期待に胸を膨らませながら、近くのテーブル席に向かい合って座った。


 程なくしてウェイターの女性がメニューと水を持ってきた。

 「ご注文は?」と聞かれ、エリスとクレアは(ひたい)を寄せ合いメニュー表を覗き込む。

 『メニュー』と言っても、載っているのは肉の部位の名称のみである。どうやら、ステーキ一筋の専門店のようだ。


 やがて、二人は相談することもないまま、ほぼ同時に顔を上げ、



『リブロースで』



 と、声を揃えてオーダーした。

 ウェイターの女性がメモを取りながら「グラムは?」と続けるので、エリスは顎に手を当て悩む。



「うーん、二〇〇……いや、せっかくだし三〇〇いっちゃお! クレアは?」

「四〇〇で」

「おぉっ、おっとこまえ!」

「ありがとうございます」



 さらに、セットでライスかパンかワインが選べると言われ、エリスは迷わず米を選択した。

 クレアも「ライスで」と告げると、ウェイターはメモに書き留め、カウンターの向こうへと去って行った。

 エリスは、興奮を隠しきれない様子で身体を揺らし、



「ひゃーっ、楽しみぃっ♡ 想像以上にガッツリ系っぽいけど、あたしそういう肉大好きっ♡」

「えぇ。せっかく食べるのなら、肉らしい肉が食べたいですよね」

「そーそーっ! めちゃくちゃ高級な希少部位をちょこ〜っと食べるのも、それはそれでもちろん美味しいんだけど……分厚いのにかぶりつくのも、『肉食ってる!』ってかんじで最高よね! 特に、このにおいを嗅がされちゃったらさぁ!」



 エリスは、今だジュージューと音を立てながら白い煙を上げているカウンター奥を一瞥する。

 それから、斜め前の席で男性客が美味しそうにステーキを頬張るのを見て、よだれをじゅるりと垂らした。

 そして再び、正面のクレアの方を向き、



「そういえば、前から思ってたけどクレアって結構食べる方だよね。あ、でも若い男はみんなこれくらいが普通なのかな?」

「さぁ、どうでしょう。正直、貴女に出会うまであまり食を意識したことがなかったので。周りの同世代といえば仕事仲間くらいでしたし、完全に任務優先の生活でしたから……三日間飲まず食わず、なんてことはザラでした。だから、普通の男がどれくらい食べるのかがわからないのです」

「げ……あんたホント、諜報部クビになって正解だわ。ご飯もマトモに食べられないだなんて……それでよくそんなに大きく成長できたわね」

「はい、おかげさまで」

「いや、あたしは何もしていないけど」



 半目でそうツッコミながら……

 エリスは、密かに安堵する。



 ああ、そういえばこんなカンジだったな。こいつとの食事って。

 こうして、料理を待つ間にくだらない話をして、笑ったりツッコんだりして空腹を紛らわせていたっけ。

 久しぶりだから、少し構えてしまったけど……なんてことはない、店に来てしまえば今まで通りだ。変に意識する必要なんてない。



 ……と、少し心にゆとりが生まれたエリスは、テーブルに肘をついて、



「ご飯もよく食べるし、お酒もあんなに飲めるし。今まで好きなように食べられなかったのがもったいないくらいね。ていうか、今回もライスじゃなくてワインにすればよかったのに。ほら、牛肉と赤ワインは合うって、よく言うじゃない?」



 昨夜の彼のザルっぷりを思い出し、そう尋ねてみる。

 しかしクレアは、首を横に振り、



「いいえ、飲みません。貴女が食べるのと同じ味を、同じように楽しみたいですから」

「あ、あたしが飲めないからって遠慮する必要ないのに」

「遠慮じゃないですよ。お酒を飲むよりも、貴女と同じ食事を楽しむ方が、何倍も美味しく感じられるのです」



 なんて。

 相も変わらず、そんなセリフをさらりと吐くので。

 エリスは、不覚にも「ちょっと嬉しい」と思ってしまっている自分に戸惑い、目を逸らしながら……



「……そ、そう。でもあたしは、『お酒に合う』って感覚を味わってみたいから、十八過ぎたら飲むわよ。だから、その…………そうなったら、お酒にも付き合ってよね」



 照れ隠しに口を尖らせながら、そう言った。


 そのセリフと表情に、今度はクレアが……

 内心、「ンンンンンッ!」と悶える。

 不意に放たれた"デレ"に、水の入ったグラスを割る勢いで握りしめ……


 そして、一拍置いてから。



「……それって……二年後も、貴女の側にいて良いということですか?」



 願望混じりに、そんなことを尋ねてみた。

 するとエリスは、きょとんとした顔をして、



「良いもなにも……普通にいるんじゃないの? 一緒に」



 さも当たり前、といった口調で、聞き返してきた。

 直後、クレアは感動のあまり涙がこみ上げそうになるのを堪え、口元をバッ! と押さえる。

 そのままぶるぶると震えだすので、エリスはびくっと驚き、



「な、なに? どしたの?」

「エリス……わかりました。そうおっしゃっていただけるのなら、これからもずっと一緒にいましょう。死が二人を別つまで」

「死?! いや、そこまで重い話じゃないんだけど!」

「ああ、もういっそ不老不死になってしまえば永遠に一緒ですね。エリス、そういう魔法はないのですか?」

「あるワケないでしょ?! 延命や人体強化に魔法を用いるのは禁忌(タブー)なんだから!!」

「むぅ……困りましたね。やはりどうあっても死別からは逃れられないのでしょうか。今、生まれて初めて死ぬのが怖くなりました。自分の命なんか、これっぽっちも惜しくなかったのに」



 なんて、なかなかに闇の深いクレアの発言に。

 エリスはツッコむことをせず………代わりに、考え込むように俯いた。

 そして。



「……じゃ、じゃあさ」



 珍しく、少し緊張した面持ちでクレアの方を見上げ。




「……あたしとあんた、どちらかが先に死んだら……その時は……………」




 震える声で、そう言いかける。


 その潤んだ瞳が、何か大事なことを告げようとしているように見えて。

 クレアも瞬きを止め、続く言葉を待つ…………




 …………が。



「はい、先にライスでーす」



 白米を運んできたウェイターに、あえなく遮られてしまった。

 二人はなんとも言えない表情で目の前に真っ白なご飯が置かれるのを眺めてから。



「……で。エリス、なんですか……?」



 ウェイターが去った後、待ちきれなくなったクレアが続きを促す。

 しかしエリスは、何故か顔を真っ赤に染め上げぷるぷると震え出し、



「…………っ、なんでもない! 忘れて!!」



 と、半ばヤケクソ気味にグラスを手に取ると、水を一気に飲み干した。





お肉デート編、まだまだ続きます。

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