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9-1 星屑でいと




 エリスが二人の姿を肉眼で認識できるまでに近付いた頃。


 ブルーノの漁船に気付いたクレアとシルフィーが、手を振ってきた。

 それに、エリスも手を振り返す。もやもやとした感情が未だ鳩尾(みぞおち)のあたりに留まっている気がするが、それには見て見ぬフリをした。


 ブルーノは慣れた動作で船を停めると、船着場のビットにロープを括り付け、船を固定した。

 軽やかに港へと降り立ったエリスの元にクレアが駆け寄り、



「おかえりなさい、エリス。ご無事でなによりです」

「無事に決まってるでしょ、大袈裟な」

「大袈裟ではありませんよ。こんなに長時間離れることなどありませんでしたから、もう心配で心配で。本当に大丈夫ですか? 海水に濡れたり、魚に噛まれたりしませんでしたか? 朝ご飯は食べました? もうすぐ昼食の時間ですが、お腹は空いていませんか?」

「ああもう、うるさい近いっ! 全然大丈夫だから!!」



 至近距離で身体を見回してくるクレアから、エリスは逃げるようにして叫ぶ。

 それを(はた)で眺めながら、シルフィーは「過保護……」と呟いた。


 クレアからしっかり距離を取り、エリスは二人を見据えて、



「あ、あんたたちこそ……どっかでご飯食べてきたりしたの?」



 と尋ねるが、クレアは首を振り、



「いいえ。報告書を送る手続きなどをしていましたから、すっかり食べ損ねてしまいました」

「そ、そう。なら……おじいさん!」

「おう」



 エリスの呼びかけに、ブルーノは返事をして、



「昼メシの分くらいならこさえられそうじゃ。食うか?」



 そう言って、獲ったばかりの魚で銀色に輝く箱の中身を、二人に見せつけた。






 その後、一行は港を後にし、ブルーノの家へと戻った。

 大きめの魚はエリスが刺身で食べてしまっていたので、ブルーノは残った小魚をフライにして三人に振る舞った。



「うぅんっ、骨まで食べられて美味しいっ♡」

「エリスが獲った魚を、まるごと食べられるだなんて……贅の極みですね」



 ……と、満足げなエリスとクレアの横で。



「…………………」



 シルフィーは、箸も持たずに、暗い顔をして俯いていた。

 それに気付いたエリスは、クレアにこそっと耳打ちするように、



「あんた……シルフィーになんかした?」



 先ほど目撃した二人の様子を思い出し、冷ややかな目を向ける。

 それにクレアは「いえ、特に何も」と即答するが……



「ほんとにィ? あんたのことだから、またセクハラみたいなことして困らせたんじゃないの?」

「まさか。私がそんなことするわけがないじゃないですか。(いわ)れなき冤罪です」

「はぁ? アンタあたしにしてきたことの数々忘れたっていうの?」

「いいえ、それは覚えていますよ。恥ずかしがるエリスの声も、表情も……毎晩脳内再生しては、大変お世話になっております」

「お、お世話……? よくわかんないけど、思い出さなくていいから! っていうか、そういう発言こそがセクハラだっつってんの!!」



 こそこそと話していたはずが、いつの間にやら声を荒らげているエリス。

 その賑やかなやり取りを、ブルーノが「仲いいのう」などと呟きながら眺めていると……



「あ……あの……」



 シルフィーが、弱々しい声を出しながら手をぷるぷると上げるので。

 全員ピタッと止まり、伺うようにそちらへ目を向ける。

 シルフィーは、その顔に影を作りながら…



「……大丈夫です、セクハラはされていません……単純に、具合が悪くて……作っていただいておいて大変申し訳ないのですが……ちょっと今、何も食べられそうにありま…せん……」



 と、二日酔い全開の青白い顔をして。

 がくっと、テーブルに突っ伏した……




 * * * *




 外を歩き、多少気が紛れていたシルフィーだったが、どうやら揚げ物を調理するにおいで再び二日酔いが呼び覚まされたらしい。

 その言葉通り何も口にすることなく、彼女はハンモックに倒れ込んだ。完全に復活するには、今日一日かかりそうだ。


 午後。

 ダウンしたシルフィーを起こさないように、エリスとクレアはブルーノの家仕事の手伝いをした。

 屋根の修繕や草刈り、薪割りや釣り道具の手入れ、などなど……

 食事と寝床のお礼として(あとは単純に暇つぶしとして)、きっちり働いた。


 昨日のチンピラたちが仕掛けてこないか、クレアは最大限警戒をしていたのだが……

 結局、その日は襲撃されることなく、日没を迎えた。






「──さぁっ、晩ご飯を食べに街へ繰り出すわよーっ☆」




 青い海が、鮮やかな橙色に染まる夕暮れ時。


 家仕事の手伝いを終え、すっかりお腹を空かせたエリスは意気揚々と手を掲げた。

 ブルーノは台所で手を洗いながら、エリスたちの方を振り返り、



「おつかれさん。夜は二人で何か好きなモン食って来な」

「って、おじいさんは行かないの?」

「このままこの眼鏡のお嬢ちゃんを置いていくわけにいかんじゃろ。それに、儂一人分の食材ならある。気にせんで、二人で楽しんでこい」



 と、未だハンモックの上で「うぅ……」と唸っているシルフィーを横目に、ブルーノが言う。

 エリスは、確かにそうだけど、と思う一方で……


 ……ちらっ。


 と、テーブルで手入れを終えた釣り道具を整理しているクレアを盗み見る。


 クレアと……

 久しぶりに、二人きりの食事……


 ……なんて、変に意識してしまい、なんとなく頬を赤らめていると、



「今夜は、何を召し上がるご予定ですか? エリス」

「へっ?!」



 クレアにそう尋ねられ、思わず裏返った声を上げる。

 動揺を悟られぬよう、エリスは咳払いをしてから。

 ぐっと腰に手を当てて。



「……ねぇ、クレア。これまで、あたしたちが食べてきたものの中には、肝心な()()がなかったと思わない?」

「アレ、ですか? ふむ……私たちが食べてきたものといえば、スパゲッティ、ポテトサラダ、オムライス、シュークリーム、川魚(かわな)、サンドイッチ、プリン、モノイワズ…………あぁ、もしかして」



 何かを閃いた様子のクレアに、エリスは大きく頷く。

 そして、



「肉よ!!」

「肉ですね」



 高らかに言い放ったエリスの声に、クレアの声が重なった。

 答えを言い当てたクレアは、にこりと笑って、



「漁業の街で、あえての肉ですか。面白いですね」

「でしょ? 魚料理屋が軒を連ねるこのイリオンで、わざわざ肉料理屋をやっているなんて、相当味に自信があるってことよ! これを見過ごすわけにはいかないわっ!! ということで、おじいさん!」



 ビシィッ!!

 と、エリスはブルーノに人差し指を突き付け、



「美味しいステーキが食べられるお店、どこか知らない? ハンバーグでも可♡」



 ニッ、と笑いながら尋ねた。

 すると、ブルーノも同じように不敵な笑みを浮かべ、



「……本当なら、他所(よそ)モンには絶対に教えないんじゃが……特別に、儂の行きつけの店を教えてやろう。古馴染みのステーキ屋だ。味は保証する」

「きゃーっ♡ ありがとう、おじいさん!」



 エリスは興奮のあまりブルーノの手を握り、上下にぶんぶんっと勢いよく振った。






 ──ブルーノに店までの地図を描いてもらい、エリスとクレアは出かける仕度を整える。


 留守中にあのチンピラたちが襲って来ないとも限らないので、エリスはブルーノの家の窓や裏口に魔法でトラップを仕掛けた。



「ほう、魔法の罠か。どんなのを張ったんじゃ?」

「落とし穴よ。大地の精霊を使って掘ったの。あと鉄の精霊で底にトゲトゲも生やしておいたから、落ちたが最後、串刺しよ」

「……それってつまり、儂もヘタに外へ出ようとしたら、串刺しになる可能性があるということか……?」

「そうよ。だから大人しく待っててちょうだい」



 敵味方関係なく発動するトラップの存在に震えるブルーノだったが、エリスは気に留める様子もなく振り返り、



「シルフィー、あたしたちご飯食べに行ってくるけど、なんか欲しいモンとかある?」



 未だハンモックに横たわったままの彼女にそう尋ねるが、「おかまいなく……」というか細い声が上がるのみであった。




 ブルーノから受け取った地図を手に、仕度を終えたクレアが家の戸を開ける。



「では、行きましょうか」

「うん。あ、待って」



 外へ足を踏み出しかけた彼を、エリスが止める。

 クレアが振り向くと、エリスは少し目を泳がせて、



「あー、えぇと……ちょっと忘れ物。クレア、外出て待ってて」



 などと言うので。

 クレアは不思議に思いながらも「わかりました」と返し、大人しく外に出た。



 ──二分後。

 太陽が海の向こうへと去り、空に夜の帳が下りゆくのを眺めながら、クレアが静かに待っていると。

 そろ……っと家の戸が開くのに気が付き、そちらに目を向けた。

 すると、戸の端からひょこっと、エリスの赤い目だけが伺うように覗く。



「お、お待たせ」

「いえいえ。忘れ物の方は大丈夫で……」



 そこまで口にして。

 クレアは、言葉を詰まらせた。

 何故なら。

 扉の向こうから姿を現したエリスが……



 髪を、ポニーテールに結っていたから。




 口を開けたまま放心してしまったクレアに、エリスは慌てて、



「ほ、ほら! やっぱお肉食べる時は気合い入れなきゃでしょ?! ガッツリ食べるのに髪の毛邪魔だなぁ〜って思って!」



 と、何故か必死に言い訳をする。

 クレアは、それをまじまじと見つめてから……


 ガシッ!とエリスの両肩を掴み、



「やっぱりステーキ屋はやめて、あそこの茂みに行きましょう。出来立てアツアツの内に、今すぐ食べなければ」

「は?! 食べるって、何を?!」

「ポニーテールのエリスちゃんに決まっているじゃないですか」

「いや意味わかんないから!! ってかなんで茂み?! 嫌よ、あたしは絶対絶対ステーキ屋さんに行くんだからぁっ!!」



 肩に置かれた手を振り払い、犬歯を剥き出しにするエリス。

 その、赤く上気した顔に、クレアは思わず笑みをこぼして、



「ふふ、冗談ですよ。またその髪型が見られて、嬉しいです。やはり、よく似合っていますね」



 なんて、優しい声音で言うので。

 エリスは、ぷいっと顔を逸らして、



「ちょ、調子良いことばっか言ってないで、さっさと行くわよっ」



 高鳴る鼓動を隠すように。

 ツンとした態度で、そう返すのだった。




ということで。

次回、ポニテなエリスちゃんと、お肉デートです。

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