6-3 「媚び」より「恩」のが高くツく
「まさかこれが……」
「伝説の……」
「風別ツ劔……?」
クレアが握る剣。
轟々と音を立てながら"風"を纏うその長剣を前に、三人のチンピラたちは愕然と呟いた。
それを尻目に、エリスはクレアに向かって、
「あ、ちなみにあたしも初めての試みで、威力とかどんな動きするのかとか、まったく予測できないから。やりながらその辺テキトーに見極めて」
「わかりました」
「ちょ、大丈夫なんですかそんなカンジで!?」
二人の呑気なやりとりに、すかさずツッコむシルフィー。
そうしている間にも、チンピラたちに動く気配はない。探し求めていた武器の出現に、出方を迷っているようだ。
クレアは、相変わらず爽やかな笑みを浮かべたまま、
「では、こちらからいきましょうか」
言うが早いが、チンピラその一との間合いを一気に詰め、剣を振るった。
すると。
──ぶわぁぁああっ!!
唸るような音と共に、剣から突風が放たれた!
「ぐぁぁああぁああっ!!」
真正面からモロに受けたチンピラの内の一人が、その風圧に服を裂かれながら吹き飛んでゆき……
路地の突き当たりの壁に叩きつけられ、動かなくなった。
そのあまりの威力に、残るチンピラ二人だけでなくシルフィーまでもが口をあんぐりと開ける。
「あらら。これは本当に加減しないと、殺しちゃいますねぇ」
クレアは剣身を見つめ、頬をポリポリと掻く。
仲間がやられ火がついたのか、チンピラ二人は剣をぎゅっと握りしめ、
「てっ、テメェ……ヘラヘラしてんじゃねぇえ!!」
焦りと苛立ちを叫び声に込めながら、二人同時に襲いかかってきた。
その剣撃を受け止め、躱しながら、クレアは考える。
ここで、エリスが『偽・風別ツ劔』を見せつけたことの意味を……
一つは、敵の標的をブルーノからクレアへと切り替えるためだろう。
クレアが『風別ツ劔』らしきものを持っていると知れば、今後はこちらから探さずとも敵さんの方からやってきてくれるはずだ。このチンピラたちに聞き出すまでもなく、親玉を引きずり出せるかもしれない。
そうしてチンピラ集団を一掃できれば、イシャナの情報を奪われなくて済む上、海産物の宝庫であるイリオンの治安も護れる。
そしてもう一つは……ブルーノに対して。
『風別ツ劔』を飲み込んだイシャナを知るというブルーノ。今は頑なに口を閉ざしているが、もし本当に劔について何かしらの情報を持っているとしたら……
ここでニセモノの『風別ツ劔』を見せつけることで、多少なりとも我々に興味を持ってくれるはずである。現にブルーノは、エリスが生み出したこの劔に視線が釘付けだ。
恐らくエリスは、後者をメインに考えこのニセモノ作戦を実行したのだろう。
ブルーノに近付き、イシャナの情報を引き出すため。"イシャナを食べる"ことが目的の彼女にとって、それが一番手っ取り早いから。
しかしそれは、"水瓶男"の尻尾を掴むことが目的であるクレアにとっても好都合だった。
恩を売るだけでなく……敵とブルーノを結ぶキーワードである『風別ツ劔』をダシにするは、状況に深く介入するためのイイ作戦と言える。
だから、このチンピラたちには適度にこのニセモノの威力を見せつけ、且つ殺さないよう気をつけなければならない。
こちらが『風別ツ劔』を持っているという情報を持ち帰り、きちんと親玉に報告させるために──
──そんなことを考えながら。
クレアはチンピラ二人からの剣撃を、右・左と交互に弾いた。
すると、その風圧によりチンピラたちの手が跳ね上がり、胴体がガラ空きになる
そこにすかさず、クレアは回し蹴りを叩き込む。
右のチンピラの腹にクレアの足がめり込み、そのまま左にいたもう一人の方へと吹っ飛び……
『うわぁああっ!』
衝突したチンピラ二人は、あっけなく地面に組み伏せた。
それを見下ろしながら、クレアは爽やかに微笑み、
「すみません。あなた方に負けず劣らず、足癖が悪いもので」
チンピラたちに向かって『偽・風別ツ劔』を横薙ぎに振るった。
ブォオン! という音を上げながら、先ほど同様、刃のように鋭利な風がチンピラたちへと放たれる……!
「くっ……!」
咄嗟にチンピラの片方が、もう一人の身体を突き飛ばしてその場から退避した。
哀れ、残されたチンピラは風圧の餌食となり……
「えっ、ちょ……ぎゃぁあああ!!」
やはりビリビリと服を裂きながら地面を転がって、動かなくなった。これであと一人。
「おおっ、さすがクレア。使いこなしているわね」
「ありがとうございます。頑張りますので、あとで何かご褒美くださいね」
「へっ?!」
エリスの返事を聞かぬまま、クレアは残り一体となった敵へと近づいて行く。
チンピラは、万事休すといった表情を浮かべる……が、
「くっ……こうなりゃ、ヤケクソだぁーっ!!」
セリフ通りのめちゃくちゃな動きで剣を振り上げ、全力で突っ込んできた。
それをクレアが、冷静に対処しようと剣を構えた──その時。
──ぶわ……ッ!!
突然、クレアの剣を取り巻いていた風が、解けるように消滅した。
その風圧により、剣はクレアの手を離れ……遠くの地面へ、鈍い音を立てながら転がった。
「あちゃー、時間切れかぁ。思ったより持続力ないのね」
自身の頭をコツンと叩き、無責任に呟くエリス。
どうやら時間経過により魔法が解けてしまったらしい。
「おや。これは困りましたね」
得物を失った手のひらを、クレアも呑気に眺める。
突然戦況が変わり、チンピラはこれさいわいと剣を振り上げ、
「なんか知らねぇけどラッキー! 死ねぇぇえ!!」
勢い良く突っ込んできた!
クレアが、とりあえず躱そうと身構えた………その時!
「させませんっ!」
そんな声と共に、クレアの目の前で剣が閃く。
シルフィーだ。彼女が向かい来るチンピラとの間に入り、剣を振るったのだ。
思いがけない攻撃に、チンピラは受け身を取ることもできず……
「……ぎゃぁああああっ!!」
何故か全身の服をビリィィッ! と裂きながら、膝から崩れ落ちた。
「全員律儀に服裂かなくてもいいのに」
「一人だけ仲間外れは可哀想かと思いましてっ!」
エリスのツッコミに、眼鏡を光らせ答えるシルフィー。
助けられる形となったクレアは、ふっと笑って、
「ありがとうございます、シルフィーさん。助かりました」
そう、礼を述べた。
シルフィーは思わず顔を赤らめ、
「い、いいえ。これくらいできないと、本当にただの役立たずですから……そうだ、ブルーノさん!」
と、剣を鞘に納めてから、今だ地面に座ったままの老いた漁師の元へと駆け寄る。
「ブルーノさん、大丈夫でしたか?お怪我は……」
伺うように尋ねるが、老人はぷいっと顔を背け、
「大したことないわい。あいつらに絡まれるのなんか慣れておる。それを、身を投げ出して助けるような真似しおって……これで恩を売ったつもりか?」
などと、噂通りの気難しい態度でそう返す。
シルフィーは慌てて手を振り、「私はそんなつもりじゃ……」と否定するが、
「そうよ、『恩』を売ったの。『媚び』売るより高くツくと思って」
それを遮るように、エリスがずいっと前に出る。
「あなたがブルーノさんね。はじめまして。あたしはエリシア・エヴァンシスカ。エリスでいいわ。と、いうことで。助けたお礼に、今日の晩ご飯と寝床の提供、それからイシャナについての情報をくださいな♪」
「ちょ、エリスさん! それじゃあチンピラと変わらないって何度言ったら……!」
こちらの要求を盛り込みまくった脅迫まがいのセリフを、シルフィーが咎める。
ブルーノは怪訝そうな顔でエリスを見上げ、
「……なんじゃ、この小娘は。妙な魔法を使うと思ったら、随分と図々しい物言いをするな」
「うん、そうなの。あなたと一緒で、ずけずけモノを言うタイプなの。ね、あたしたち気が合うと思わない?」
そう言って、エリスはニカッと笑う。
ブルーノは一瞬呆気に取られてから、首を横に振って、
「だいたい、儂と話をしたくば祭りの景品を持って来いと言っただろう! カナール製の、高級投網だ! それはどうした!?」
と、シルフィーに食ってかかる。
懸念していた所を突かれ、シルフィーが「それは…」と口ごもると、
「ああ、それなら……ハイ」
エリスが懐から取り出したものを、ブルーノに差し出す。
それは……例の一位の賞品である、瓶入りプリンだった。
エリスは後ろ頭を掻きながら、困ったように笑って、
「ごめん。うっかり優勝しちゃって……投網の代わりに、プリンが手に入っちゃった。でもコレ、すっごく美味しいのよ! 食べてみて!!」
と、半ば押し付けるような形でブルーノに渡す。
ブルーノが「ぷ、ぷりん……?」と困惑していると、
「こちらは、ブルーノさんの網ですよね?」
後ろから、クレアが呼びかける。その手には、チンピラに襲われる前までブルーノが手入れをしていた漁網があった。
「破けて使えなくなっています。これの代わりに、高級投網が必要だったのですね。この程度の綻びなら私でも直せますが……いかがでしょう。護衛の為にもお宅にお邪魔させていただき、そこで網を直すというのは。このままここにいれば、奴らの仲間が現れる可能性があります。いずれにせよ、何処かへ退避すべきかと」
倒れたチンピラたちを眺めながら、そんなことを言ってくるので、ブルーノは更にぽかんとする。
プリンを押し付け、情報を寄越せと言うエリス。
投網を直すから家に上げろと言うクレア
そして、終始オロオロした様子のシルフィー。
三人を見回し、ブルーノは……
「……まったく、なんなんだお前ら。おかしな連中だな。わかった、儂の負けだよ。うちへ来い。一晩くらいなら泊めてやる」
降参したように笑いながら、そう言ったのだった。