6-2 「媚び」より「恩」のが高くツく
「──あなた達! 乱暴はよしなさい!!」
足を止め、シルフィーがチンピラたちに向かって叫ぶ。
するとチンピラたちが『あァ?』と低い声を出しながら振り返るので、シルフィーは思わずビクッと肩を震わせるが、
「そ、その人を離して! さもなくば……国家治安調査員の名の下に、あなた達を粛清します!!」
精一杯の虚勢を張って、睨みつける。
それにチンピラたちは、きょとんとして互いの顔を見合わせてから……
「ぶわはははは! お前みてーなトロそうなおねーちゃんが何をするってェ?」
「チアンチョーサだか何だかんだ知らねーが、よっぽど遊んでほしいみてーだな」
「こいつぁおもしれー。なら、おねーちゃんから相手してやるよ」
舐め切った態度で笑い飛ばしてから、ブルーノの胸ぐらを掴んでいた手をパッと離した。
解放されたブルーノは地面に腰を打ち付け、「ぐぁっ」と声を上げる。
「さぁ……たっぷり可愛がってやるよ。へっへっへ」
いやらしい笑みを浮かべ、腰から剣を抜くチンピラ三人衆。
対峙するシルフィーも、指輪をはめた右手を構える。
「(ここは海辺……水の精霊が多くいるはずだ。私だって、エリスさんみたいに……!!)」
強い眼差しでパッと顔を上げ。
その指で、魔法陣を描き始めた。
チンピラたちも「魔法……?!」と少し身構える。
シルフィーの指先に呼応するかのように、空中に浮かび上がる光の陣形……
……そして!
「水の精霊・ヘラ! 我が命に従い、その力を示せ!!」
力強く叫んだ!
刹那!!
──ちょろちょろちょろっ。
『……………………』
シルフィーの手から、水鉄砲のような威力の水が放たれ。
チンピラの一人の腹を、申し訳程度に濡らした。
「………あ、あり?」
手を構えたまま、額から汗を垂らすシルフィー。
……その様子を、物陰から覗いていたエリスは、
「くんくん……あ、ダメだ。こんなに海が近いのに、今たまたまヘラがめっちゃ少ない。つくづく運がないわね、あのコ」
と、精霊のにおいを嗅ぎ分けながら、他人事のように呟いた。
チンピラたちは、濡れた腹をぽかんと見つめてから、
「……だーっはっはぁ! なんだコレ! 子ども騙しの手品か?!」
「ご大層な魔法陣と呪文で何が出るのかと思いきや……ちょろちょろ、だってよ!」
「バケツで水引っ掛けられた方がまだダメージあるわ! こんな中途半端に濡らしやがって!!」
などと散々馬鹿にした後、水に濡れたチンピラが一歩前に出て、
「しかしまぁ……大事な一張羅に水を引っ掛けられちまったのは事実だ。こりゃしっかり詫びてもらわねぇとな……そのカラダで」
シルフィーの身体をニタニタと眺めながら、剣の腹をベロッと舐めた。
その言葉と視線に、シルフィーは嫌悪感を覚え一歩退がる。
「(くぅぅっ、やっぱり魔法はダメだ! 斯くなる上は……っ)」
シャッ! と、腰の剣を抜き放つ。
三人相手に立ち回れるとは思わないが……
「ブルーノさん! 私が相手している内に逃げてください!!」
彼女はブルーノに向かって叫ぶ。
多少の時間稼ぎくらいにはなるだろう。本当にヤバくなったらエリスたちも助けてくれる……はず。
「お、お嬢ちゃん……」
シルフィーを見上げ、ブルーノが呟く。戸惑いか、はたまた腰が抜けているのか、すぐに立ち上がれない様子だ。
「ほぅ……ソレも手品用じゃああるまいな?」
剣を構えるシルフィーに、躙り寄るチンピラたち。
彼女は身体が震えそうになるのを堪えながら、「ふっ」と笑って、
「ホンモノかどうか……直接思い知らせてあげますっ!」
剣の柄をぐっと握り、チンピラたちの元へと勢いよく駆け出した!
……その様子を、相変わらず離れたところから眺めるエリスとクレアは。
「おお、行った。剣使えるのかしら、あのコ」
「ふむ……動きの基礎は押さえていますね。チンピラたちのデタラメ剣術に比べると、教科書通りの優等生剣術、と言ったところでしょうか」
「へぇー。つまり……教科書にない、不測の事態への応用が利かないタイプってこと?」
「おっしゃる通り。と、言ったそばからチンピラたちが蹴りを繰り出しましたね。シルフィーさん、かなり動揺しています」
「確かにあんな動き、学院じゃ習わないわ。あ、シルフィーの剣が弾き飛ばされた。万事休す」
「では、そろそろ助けに行きますか?」
「そうね。さいわいおじいさんも腰抜かしているし、悪者やっつける様を存分に見せつけてやりましょ」
……という緊張感のない実況を終え、満を持してシルフィーの元へと駆け寄った。
「うぅ……やっぱり剣もダメ……っ」
剣を蹴り飛ばされ、地面に尻餅をつき涙目になるシルフィー。
そのタイミングで、エリスとクレアが駆けつけた。
二人はシルフィーを庇うようにチンピラとの間に立ちはだかり、
「はい、すとーっぷ! ちょっとちょっと。大男が寄ってたかって女の子一人いじめるだなんて。恥ずかしくないの? 最近のチンピラも落ちるところまで落ちたものね」
「逆ですよ、エリス。元々落ちようがないくらいに低俗な人間がチンピラになるのです」
「あ、そっか」
と、登場するや否や流れるようなディスりを炸裂させる。
それに、チンピラたちは……
『……あァん……?』
眉を潜め、あからさまな殺気を向けてきた。
「なんだ、テメーら……」
「そのねーちゃんの知り合いか?」
「ま、そんなとこ」
チンピラたちが凄むのなど意にも介さず、エリスは肩をすくめ答える。
「あたしたちもこのおじいさんに用があんのよ。あんたら邪魔だから、どっか行ってくんない?」
「邪魔、だぁ……?」
エリスのその態度に、一人のチンピラが怒りに身体を震わせ、
「てんめ……ナメた口ききやがって……!!」
剣を掲げ、エリスに向かって振り下ろす!
………が。
──キィインッ!
彼女に刃が到達する前に、横にいたクレアの剣がそれを受け止めた。
その反応の速さに、チンピラは「なっ?!」と声を上げる。
クレアは、剣を受け止めたままにこりと笑って、
「すみません、エリス。小汚いハエがとまるところでした。今、殺しますね」
「殺すまでしなくていーよ。……半殺しで」
「御意」
「いや『御意』じゃねぇええっ!!」
チンピラが叫びながら再度剣を振るうが、エリスとクレアはひらりと身を躱す。
そのまま距離を取り、対峙する両者。
チンピラ三人衆は今一度剣を構え、エリスたちを睨み付ける。
クレアはエリスにだけ聞こえるように小声で、
「エリス、退がっていてください。私一人で十分です」
「それはそうだろうけど……あたし、ただ倒すだけじゃなくてもっとイイコト思いついちゃったのよね。クレア、そのまま剣構えてて!」
言って、エリスは両手を前に掲げる。
そして左右別々の魔法陣を描き……
「──ウォルフ! キューレ!」
暖気と冷気、それぞれの精霊を呼び出す。
そのままその指でクレアの剣をさし、
「──交われ!!」
叫んだ。瞬間!
──ゴォォオッ!!
と音を立てて、クレアの剣の周りを竜巻のような風が渦巻き始めた!
「な、なんだこりゃ!?」
「剣が……」
「風を……纏っている……?!」
見たこともない光景に、どよめくチンピラたち。
クレアとシルフィー、そしてブルーノも驚き見上げる。
風圧を感じながら、クレアは思い出していた。
王都を出発したあの日……チェロと対峙した時、似たようなことがあったことを。
あの時、エリスによって生み出されたのは『炎の剣』だったが、今、目の前にあるこれは、まるで……
「……『風別ツ劔』……?」
「そ。ほら、チンピラさん!!」
エリスは、クレアを指さして、
「あなたたちが探している『風別ツ劔』は、彼が持っているわ! 欲しかったら彼を倒しなさい!!」
高らかに言い放った。
クレアをエサにするようなそのセリフに、地面にへたり込んだままのシルフィーが「えぇぇえっ?!」と声を上げるが。
当のクレアは、
「……なるほど。確かに、これはイイ」
そう、不敵な笑みを浮かべ、呟いた。