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6-1 「媚び」より「恩」のが高くツく




 ──クレアは、テーブルの向かいに座るエリスを見つめる。

 口に咥えた箸を離さぬまま、身体をぷるぷると震わせる彼女。その背景には、『ゴゴゴゴ』という地鳴りまで見えてきそうだ。


 そして、




「………んんんむぅぅぅうううっ♡」




 閉ざされた彼女の口の中で。

 美味さは無事、爆発したのだった。




 イリオンの街の中心部。

 エリス・クレア・シルフィーの三人は、漁港に程近い、海の見える小さな料理屋にいた。

 稀少な深海魚・モノイワズが食べられる店である。

 そこで、例の白子を食べたエリスが、その名の通り口を押さえて悶絶している様を見て、



「……まさに『物言わず』、ですね」



 シルフィーが呟く。

 それに続いて、クレアが、



「口にモノを含んだままの悶え顔……思った通り最高です。これはしっかり目に焼き付けなければ」



 そう言って爽やかに微笑むので、シルフィーはもはや何もツッコまなかった。

 代わりに、エリスに目を向け、



「……ていうかエリスさん。今朝あんなにたくさんフレンチトースト食べたのに、よくもまぁこんな美味しそうに食べられますね」



 満腹状態が続き、呆れ気味に言うシルフィー。

 それにエリスは、クレアが作ってくれたフレンチトーストの味を思い出し……

 照れたように、少し顔を赤らめながら、



「ふんふ……ふふんふんむむ、むふんむむふふん」

「いや、口の中のもの飲み込んでから喋ってくださいよ」

「エリス……そう言っていただけて嬉しいです。またいつでも作りますからね」

「は? クレアさん今のでわかるんですか? 何この人たち。なんで付き合ってないの?」



 と、連日二人に振り回されっぱなしで、フラストレーションが相当溜まっているらしいシルフィーである。

 彼女は「はぁ……」とため息をついて、店の窓の外を眺め、



「もうすぐそこの船着場に、"ブルーノさん"が来るはずなんですから。ちゃっちゃと食べちゃってくださいね、エリスさん」

「んむっ?! ふんむむ、ふむっむんむふむふむんっ!!」

「だから、ちゃんと飲み込んでから喋ってくださいよ!!」



 モノイワズ状態で何かを訴えるエリスに、シルフィーは声を荒らげる。



 "ブルーノ"とは、例の老いた漁師の名である。

 聞き込みをしたところ、その漁師は毎日昼過ぎになると自分の船の整備をしにこの船着場へやって来るらしい。


 伝説の武器・『風別(かぜわか)(つるぎ)』を飲み込んだ巨大魚(イシャナ)を知っていると噂される人物……

 エリスの父・ジェフリーの命を奪ったあの『焔の槍』同様、強大な力を持つ武器を求め暗躍する"水瓶男(ヴァッサーマン)"が狙わないはずがない。実際、チンピラを使って既にちょっかいを出しているようである。


 その漁師の側にいれば……"水瓶男(ヴァッサーマン)"の尻尾を掴むことに繋がるはずだ。



 そんなことを考えながら、クレアも窓の向こうの船着場に目を遣る。

 それから、斜め向かいに座るシルフィーの方を向いて、



「シルフィーさんは、ブルーノさんに会ったことがあるのですよね?」

「はい。と言っても、イシャナの話を聞こうとした瞬間に家から閉め出されたので、顔を知っている程度ですが……」

「顔がわかれば十分です。それらしい方が見えたら、すぐに教えてください」



 そう、クレアが言った直後。



「あ、あれ」



 シルフィーが言った。

 その視線の先には……船着場の向こうから歩いてくる、白髪の人物の姿があった。


 白のタンクトップを着た老人だ。皺だらけではあるが、日に焼けた身体をしゃんと伸ばし、シャキシャキ歩いている。

 真一文字に結んだ口とキリッと上がった眉毛が、確かに気難しそうな雰囲気を醸し出していた。



「あれです、あの人がブルーノさんです! ホントに来ちゃった……うう、今日も怖そう……」



 心の準備が整う前に現れてしまったブルーノ氏を見て、シルフィーは震える。

 それにクレアは、落ち着いた笑みを浮かべ、



「まずは私が声をかけましょう。顔を知られているシルフィーさんが行くよりも、初対面の相手の方が聞く耳を持ってくれるかもしれません」

「でも……なんて声をかけるんですか? 持って来いって言われた高級投網は手に入らなかったのに……」

「決まってるじゃない」



 ごくんっ。と喉を鳴らして。

 モノイワズの白子を飲み込んだエリスが、すくっと立ち上がる。

 そして、



「『いいからさっさとイシャナの居場所を吐け♡』」



 にっこり笑って、言い切った。

 それにシルフィーは顔面蒼白になり、



「ですから、それじゃあチンピラと変わらないじゃないですか! それに、我々が知りたいのは魚の所在ではなく、悪さをしている怪しい集団についての情報で……」

「おっちゃん! ごちそうさまでした!! すっごく美味しかったです♡あ、領収書お願いね。宛名は『アルアビス国軍・経理部』で」



 と、シルフィーの言葉を無視して早々に席を立ち、さっさと会計を済ませるエリス。

 そのままあっという間に店の外に出てしまうので、シルフィーは慌てて追いかける。

 その後ろで、



「……ああ見えて、責任を感じているのですよ。レースで一位になってしまったこと」



 こそっと、クレアが言うが。



「……そうでしょうか。私には、イシャナが食べたくて仕方がないようにしか見えません」



 シルフィーは目を細め、呆れ気味にそう返した。






 エリスに続き、クレアとシルフィーが店の外へ出ると、少し離れた場所に例の漁師……ブルーノの姿が見えた。

 停泊している小さな船から漁網を運び出し、地べたに座って手入れをし始めたようだ。


 エリスはそちらへ駆けていこうとする……が、すぐにぴたっ、と足を止めた。

 その様子を不審に思い、クレアが彼女の視線の先を追うと……


 ガラの悪い三人組の男が、ブルーノの元へと近付いて来ていた。

 入れ墨の入った太い四肢、分厚い胸板、腰には大振りの剣……いかにも『悪党』な出で立ちである。


 エリスがササッと物陰に隠れるので、クレアたちもそれに倣うようにして身を潜める。



「うわぁ……アレが噂のチンピラたちでしょうか…? つよそう……」



 と、そちらを伺うようにしてシルフィーが呟く。

 三人が見守る中、ガラの悪い男たちはブルーノを取り囲み……



「よォ。ブルーノの旦那。今日の釣果はどうだい?」



 野太い声で、そう言った。

 しかしブルーノはそれを無視し、手元の網をいじっている。

 残る二人のチンピラも続けて、



「なぁ……いい加減教えちゃくれないか? 俺たちのボスが、強ぉい(つるぎ)をご所望でよォ」

「その劔をイシャナが飲んだ、なんて妙な噂が立ってるんだ。じいさん、何か知ってるんだろう?なんでもいいから、教えてくれよ。な?」



 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべつつ、威圧感を孕んだ声で言うが、



「…………………」



 ブルーノは、やはり無視。

 それに、三人組の内の一人が「チッ」と舌打ちをし、



「てめェ……いつまでもダンマリ決め込んでんじゃねぇぞ! 網の手入れなんざいいから、さっさとイシャナの居場所を吐けェッ!!」



 ブルーノの手から漁網を取り上げ、怒鳴りつけた。


 そのセリフに、既視感を覚えたシルフィーは、



「……見てください。さっきのエリスさんとまったく同じこと言っていますよ。()()()()()



 と、嫌味を言ったつもりだったが、それに対してエリスは、



「ほんとだ! えっ、あたしの予知能力すごくない?!」



 そう言って、キラキラした目で彼女を見返した。

 さらにクレアも「さすがですね、エリス」などと乗っかるので、シルフィーはがくっと項垂れる。


 そんな茶番を繰り広げている間に、チンピラ男の一人がブルーノの胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。ブルーノの顔が、苦しげに歪む。


 

「あわわ……やっぱりアレが『風別ツ劔』を探し回っているチンピラですよ! どうしよう、ブルーノさんを助けなきゃ……!!」



 乱暴な展開に狼狽えるシルフィー。

 しかしエリスは、



「なに言ってんのよ。チャンスじゃない。しばらくほっといて、様子を見ましょ」



 などと、わけのわからないことを言うので。

 シルフィーは小声で「はぁぁああ?!」と叫ぶ。



「か弱い老人が、あんな大男三人に暴力を受けているんですよ?! 『助ける』一択でしょう?! それを『チャンス』って……一体どういうつもりですか?!」



 その疑問に答えたのは、エリスではなくクレアだった。



「ブルーノさんに恩を売るチャンス、ということですよね?」



 エリスはクレアの方を振り向き、



「そゆこと♡」



 ニタッ、と悪い笑みを返した。

 シルフィーが再び「はぁぁあっ?!」と声を上げるが……クレアも、エリスと同じ考えであった。



 今の話によれば、チンピラどもが『ボス』と呼ぶ人物は、『強い劔』を所望しているらしい。

 つまりあいつらの上にいるのが、"水瓶男(ヴァッサーマン)"である可能性が高い。

 あのチンピラどもを生け捕りにして、『ボス』の居場所を吐かせる……それが一番、手っ取り早い。

 ついでにブルーノにも恩が売れて『風別ツ劔』の情報が引き出しやすくなる。一石二鳥だ。



 だからクレアも、ギリギリまで様子を見ようと考えていた。本当に危険な状態に陥ってから助けに入ったほうが、より大きな恩を売ることができるからだ。

 しかしシルフィーは、今まさに老人が暴力を振るわれそうになっているのを、黙って見てはいられなかった。



「(こんなチンピラ思考の二人に任せていたら埒があかない! 私がしっかりしなきゃ…!!)」



 眼鏡の奥の瞳に使命感を宿し、一人小さく頷き。



「お二人が行かないなら、私が行きます!!」



 物陰から飛び出し、ブルーノの元へと駆け寄った──




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