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4-1 湯に浸かれば、身も心も




 ──ぱくっ。



「……んんんまぁぁああっ♡」




 歓喜に満ちたエリスの声が反響する。



「このプリンほんっと美味しいっ♡ 舌ざわりなめらかっ♡ そしてキャラメルのほのかな苦味と、程よく感じる塩っ気……甘さと対極にある二つの味が、生地の甘さを最大限に引き立ててる……っ♡」

「………それ、さっきも聞きました」



 優勝賞品のプリン(五個目)をうっとり食べるエリスの横で。

 肩まで湯に浸かったシルフィーが、ため息混じりにそう言った。



 結局、『頂上祭』で一位になってしまったエリスたちは、荷車いっぱいに乗った瓶入りプリンを授与され……

 同じく賞品である高級温泉宿・かもめ旅館の宿泊券を使い、今夜はそこに泊まることにした。


 ……で。エリスの魔法で全身びしょ濡れになった一行は、まず風呂へと直行し。

 今、エリスとシルフィーとで肩を並べて、露天風呂に浸かっているというわけである。



 一度は諦めたプリンが手に入り、エリスはたいそうご機嫌だった。

 湯船に小さなおぼんを浮かべ、その上にプリンを乗せて、風呂の中でもその味を楽しんでいる。



 隣で肩を落とすシルフィーに、エリスはプリンを食べる手を一度止め、



「……いや、ほんとごめん。あたしも途中で二位になろうって決めたんだけど……勢いでつい、吹っ飛ばしちゃって」



 と、何度目かわからない謝罪の弁を述べる。

 しかしシルフィーは、ずーん…と俯いたまま、



「………元はと言えば私が、もっとちゃんとしていればよかったんです……道に迷わず、早めにカナールに着けていれば、事前にレースの障害物や他の参加者についても下調べして、準備万端で臨めたのに……結局、レース中に道に迷った挙句、不正まで働いて、手に入れたのはプリン一年分。私、何のために生きているんだろう……もうこのまま王都に帰ろうかな。いや、むしろ……土に還ろうかな」



 ……と、高級投網を手に入れられなかったショックを引きずり、ネガティブの沼に沈んでゆく。

 今回ばかりはエリスも心底申し訳ないと思い、シルフィーの肩にそっと手を当てて、



「その漁師のおじいさんは、あたしがなんとか説得するから。一緒に行って、イリオンの現状を調査しましょ。王都に帰るのはそれからよ」

「……説得って、どうするんですか? 私が『風別(かぜわか)(つるぎ)』について話を聞こうと何度お家を訪ねても、『知らん!』『帰れ!』『二度と来るな!』って、門前払いだったのに……」

「うーん。そうねぇ……」



 恨めしそうな視線を送るシルフィーに、エリスは天を仰いで暫し考え、



「……そのおじいさん、家族はいないの? 孫とか」

「孫……? さぁ、そこまでは知りません。お家にはお一人で住んでいるようでしたし……」

「独り身かぁ、残念。なら、人質作戦はナシね」

「……って、なに物騒な方法考えているんですか?! ダメですよ、犯罪紛いのことしちゃあ!」

「えーでもさぁ。(チカラ)にモノ言わせた方が早くない? それか(カネ)

「あなた、その可愛らしいお顔でよくそんなヤクザみたいなこと言えますね?!」



 シルフィーのツッコミに、しかしエリスはけろっとした顔で、



「使えるものはなんでも使ったほうがいいじゃない。あたしには魔法があるし、シルフィーには金がある。力と金があれば、たいていの物事は動くわ」



 なんて、悪の親玉みたいなことを言ってのける。

 ……一体どんな人生を送ってきたら、この若さでその思想に至るのか。



「……私は、あまりお金にモノを言わせたくないんです。これまで何でも家のお金に頼って生きてきたので……そういうの、もうやめにしたいんです。せめてこの仕事は、自分自身の力でやるって決めていて……」

「なんで?」



 と。

 エリスは、シルフィーの言葉を遮る。



「お金持ちの家に生まれたのも、あなたの立派なステータスじゃない。思う存分、使っちゃえばいいのに。あたしだって生まれつき、精霊を認識できる能力が備わってるけど……それを使うのがズルだとは思わないわ。自分の人生なんだもの。誰にどう思われようが、利用できるものは利用して、楽しく生きたほうがよくない?」



 そんな風に言うので。



「………え?! エリスさん、精霊を認識できるんですか?!」

「うん」

「どどど、どうやって?!」



 驚愕するシルフィーに、エリスはぺろっと舌を出し、



「味覚と、嗅覚で」



 あっけらかんと、答えた。


 そ、そんなことがあり得るのか……?

 しかし、確かに……精霊を認識できるのなら、あれだけの威力の魔法を連発できるのにも説明がつく。

 精霊がどこに・どれだけいるのかわかるから、的確な命令を下せるのだ。


 ……と、シルフィーは唖然としつつもエリスの魔法の精度を思い出し、否が応でも納得させられてしまう。



「だからさ、あたしとあなたがいればなんとかなるって。おじいさんがあまりにも渋ったらあたしの魔法でビビらせて、文句言われたらお金チラつかせちゃおうよ。ね?」



 ……そんなすごい能力を持っているクセに、チンピラみたいなセリフを吐きながらにこっと小首を傾げるエリス。



 ………変な人。

 でも………

 この人を見ていると、堅苦しい考えで生きているのが、馬鹿らしくなってくる。



 シルフィーは、「……はぁ」と息を吐いてから、微笑んで。



「……わかりました。ほんとのほんとの最終手段として、お金は用意しておきます」

「うんうん、そうしよそうしよっ♪ 大丈夫。絶対なんとかなるから。とりあえず今は、この最高級のお宿を楽しまないと。あ〜っ。走って疲れたから、温泉が沁みる〜っ♡ プリンも美味しいし、最っ高に幸せ♡♡」



 ぱくっ。とプリンを口に運び、エリスはうっとり笑みを浮かべる。

 ……その無邪気な横顔を、シルフィーはじっと見つめて。



「………ところで、エリスさん。やっぱりクレアさんと、付き合ってますよね?」

「んぐぅっ?!」



 突然放り込まれた爆弾に、エリスはプリンをごくんっと飲み込む。



「げほげほっ! な、なによいきなりっ?!」

「だって、穴の中でイチャイチャしてたじゃないですか」

「イ……?! してないし! クレアに嫌がらせ受けてただけだからっ!!」



 と、先ほどまでの飄々とした態度から一変。顔を真っ赤にして、必死に否定するエリス。

 それを見たシルフィーは、



「(……あやしい)」



 きらーん、と眼鏡の縁を光らせ、追撃する。



「私にはそんな風に見えませんでしたよ? クレアさんがキスしようとしているのを、エリスさんが受け入れたように見えて……」

「わぁわぁわぁぁっ!!」



 シルフィーの言葉を掻き消すように、エリスは声を上げながら両手をぶんぶん振る。



「違うから! アレは、その……なんというか……」

「……なんというか?」



 ずいっ。と顔を覗き込まれ、エリスは目を泳がせまくる。

 そして。



「………わ、わかんないのよ、自分でも。なんであの時……目を、つぶっちゃったのか……」



 頬を染め、下を俯き。

 消え入りそうな声で、エリスは言った。

 シルフィーは少し、鼻息を荒くして、



「(……これはなかなか……興味深い)」



 さらにエリスの方へと身を乗り出し。


 尋問を、開始した──




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