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3-5 絶頂☆れーしんぐ 〜獣の楔が切れた時〜




「ああっと?! カナール漁師会チームの足が完全に止まった! これでレースは、魔導少女と自警団チームの一騎打ちになったァアッ!!」



 という、運営スタッフの興奮気味な実況を聞きながら。

 クレアは、うっかりエリスを助けてしまったことについて猛省していた。


 ……いやしかし、あの状況で助けるなという方が無理である。ただの布とはいえ、船の帆はそれなりに重い。彼女が怪我でもしたら大変だった。

 であれば、彼女が怪我をしない程度にあの帆のトラップを巧く利用できればよかったのだが……あの一瞬では、そこまでの機転を利かせることは不可能だった。

 結果、彼女はまだ一位を爆進中である。


 まずい。このままでは本当に、高級投網ではなくプリン一年分が手に入ってしまう。

 障害物や他のチームに期待せず、やはり自分の手で止めるしか……



 と、屋根の上を駆けながらエリスを見下ろすと、再び運営スタッフの元気な実況が聞こえてくる。



「ここで三つ目の障害物! 行く手を遮るレンガの壁だぁあっ! これはチームで協力して乗り越えるのが吉だが……たった一人で突き進む魔導少女は、果たしてどう出る?!」



 クレアが道の先に目を向けると、茶色い壁が道を塞ぐように建てられているのが見えた。

 エリスの身長の二倍以上あるような高さだが……しかしクレアには、彼女がどう突破するのか、なんとなく予想がついていた。

 案の定、エリスは余裕の笑みを浮かべ、壁の正面に立つ。そして、



「──大地の精霊・オドゥドア!」



 指輪の光る右手で魔方陣を描く。すると……



 ──ドドドドドッ!!



 エリスの足元の地面が、柱のようにせり上がった。

 そのまま持ち上げられ、ちょうどレンガの壁と同じ高さにまでくると、ひょいっと壁の上に乗る。

 そして再びオドゥドアを使い、壁の向こう側に階段状の土の柱を生成。それを一段一段優雅に下りて、なんなく壁を乗り越えた。

 地面に降り立った彼女がパチンっと指を鳴らすと、柱は途端に崩れ落ち、ただの土塊(つちくれ)へと還った。



「おおおっ! さすが魔導少女!! 大地の精霊を使いこなし、自ら足場を作って壁を乗り越えたぁぁあっ!! ここで追いついた自警団チーム! さぁ、彼らは壁を越えられるのか?!」



 エリスの華麗なる突破劇に、湧き上がる実況と観客。そのタイミングで、自警団チームがようやく壁の障害物に辿り着いた。

 三人の男たちはおんぶや肩車を使い、筋肉勝負で壁を乗り越えるつもりらしい。体格自慢の彼らなら、間違いなく壁は越えられるのだろうが……それでもなかなかに、時間がかかりそうだ。


 このままでは……エリスが逃げ切ってしまうぞ。


 クレアは、壁を突破したエリスが駆けてゆく先を見遣る。すると、坂の頂上……ゴールとなる街役場らしき建物が、すぐそこまで見えてきていた。


 ……自分が、行くしかない。


 クレアは腹を決め、一気に加速する。

 そしてエリスを追い越し、屋根から飛び降りると……

 彼女の前に立ちはだかるようにして、着地した。



「……すみません、エリス。やはり……貴女を一位にさせるわけにはいきません」



 クレアに行く手を遮られ、エリスも足を止める。

 それから、困ったような表情をクレアに向け、



「クレア……あたしの味方をしてくれていたんじゃなかったの…?」



 グサッ!


 そのセリフに、罪悪感という名の鋭利なナイフがクレアの胸に突き刺さる。



「……貴女を一位にしてさしあげたいのは山々ですが……我々には任務があります。そもそも私たちは、イリオンの治安を調査するためにここまでやって来たのですよ? その大義を見失ってはいけません」



 痛む胸を押さえながら、なんとかエリスを諭すクレア。

 彼女はしゅんと肩を落とし、俯く。



「……そうだよね。任務のため……二位の賞品を手に入れるために出場したんだもんね。ここで投網をゲットしなきゃシルフィーだって困るだろうし、イシャナの情報も得られなくなるかもしれない……」

「そうです。プリンなら後でいくらでも買ってさしあげますから。ここで後続のチームを待って、一位になるのを見届けてから、二位でゴールしましょう」



 クレアがそう言うと、エリスは「はぁ」と息を吐き、



「……わかった。そうする」



 諦めたように、目を伏せ頷いた。



 なんと。まさか、素直に納得してくれるとは。

 やはり騙したりせず、こうして正面から説得すべきだったのだ。

 いくらプリンに目が眩んでいるとはいえ、彼女は本質的には冷静で賢い人間である。論理的に話せば、ちゃんと理解してくれるのだ。



「ありがとうございます。私も大変心苦しいのですが、これも任務のためです」

「そうね。ところで、シルフィーは? まだずっと後ろの方なのかしら?」



 そう言って、エリスは来た道を振り返って眺める。

 クレアもそちらに目を向けながら、



「さぁ。途中で別れたのですが、こちらに向かってはいるはずですよ。一本道なので、さすがに迷うことはないかと……」



 と、クレアが言いかけた……その時!




「──ユグノ、アグノラ」




 ぼそっと、エリスが背を向けたまま呟いたかと思うと、その手から植物の蔓と鉄製のワイヤーが生み出された。

 二本の線は絡み合いながら、目にも留まらぬ速さでクレアへと伸び……



「……!!」



 彼の身体にぐるぐると巻き付き、ぎゅっと縛り上げた。


 これは……いつだかチェロを拘束したのと同じ手段……!

 こちらに見えぬよう背を向けて、魔法陣を描いていたらしい。




「……あのね、クレア」



 彼女は、ゆっくりと振り返り、



「……あたしが食べたいのは、ただのプリンじゃないの」



 クレアの方に、一歩、二歩と歩み寄りながら。



「競り勝って、頑張って走った先に手に入れた、"一等賞のプリン"が食べたいの。一位の優越感……走り切った達成感……それらはきっと、プリンの美味しさを何倍にも膨らませてくれるはずよ。それは、買ったものでは得られない。だから……ごめんね。やっぱり一位は、譲れない♡」



 恍惚の表情で、そう、言い放った。

 それにクレアは……自分の認識の甘さを思い知らされた。



 彼女のストーキングをしていた二年間、俺は何を見てきたんだ?

 思い出せ。エリスが、どう生きてきたのかを。


 八百屋の商売を懸命にこなしていたのも。

 必死に勉強し、魔法学院(アカデミー)に入ったのも。

 友だちも作らず、研究に打ち込んでいたのも。

 理事長を脅し、この仕事に就いたのも。


 ……全部全部、最高に美味しいものを食べて生きるためだったじゃないか。

 それ以上に大切なことなど、彼女にはないのだから。

 今さら任務がどうのと言ったところで、響くわけがない。



 エリスが続ける。



「あぁ、イシャナを諦めたつもりはないよ? その漁師のおじいさんには会いに行く。会って、無理矢理にでもイシャナの情報をもらう。だいたい、話を聞き出すのに交換条件だなんて馬鹿げているわ。国家従事者の権威のもと、武力行使してでも事情聴取させてもらう」



 ほらな。彼女はそこまで織り込み済みだ。

 この『治安調査員』という職業も、食べたいものに辿り着くための便利な肩書きくらいにしか思っていないのだろう。


 クレアは両腕の動きを封じられたまま応える。



「確かに、強制的に聞き出すことも可能ですが……治安を調査する立場の者が、治安の悪いやり方を取るというのは、いかがなものでしょう」

「国全体の平和を考えたらそんなの些末なことじゃない。それくらいの気持ちでいなきゃ"大義"は通せない、でしょ?」



 と、クレアの言葉を借りて返すエリス。

 国の平和など考えたこともないくせに、よくもまぁいけしゃあしゃあと。



「……そうですね。そのくらいの覚悟がなくては、大義は通せません。なので……」



 ──ブツ……ッ。


 突如、クレアを縛り付けていたワイヤーが切れ、地面にはらりと落ちる。

 巻き付かれる直前、咄嗟に腰から短剣を抜いていたのだ。彼女にバレないよう、後ろ手にそれを握っていた。

 よもや拘束を解かれると思っていなかったエリスは、目を見開く。

 クレアは短剣を鞘に納めると、地面に落ちた蔓を手に取り……



「……私の大義を通すため、わからず屋の貴女には…………少々、お仕置きをさせていただきます」



 ビシィッと、まるで鞭のよう蔓をしならせ。

 不敵な笑みを浮かべながら、言ったのだった──




次回、ド攻めモードのクレアくんによるスーパーお仕置きタイム、発動です。

お楽しみに。

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