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3-4 絶頂☆れーしんぐ 〜番犬の性〜




 その頃。

 一人"別ルート"から街役場を目指すシルフィーは……



 ……目の前に広がる大海原に、涙を流していた。




「……な……なんで……なんで海に来ちゃったのぉおおっ?!」



 ガクッ、と地面に膝を付き、泣き崩れるシルフィー。


 おかしい。確かに坂の上を目指し走っていたはずだったのに……いつの間に坂を下っていたのか。これ、港じゃん。まるっきり反対方向じゃん……!!

 嗚呼、私ってほんと駄目人間……このまま海に身投げして、サメの餌にでもなった方がまだマシなのでは……?


 ……しかし。

 こんな風に嘆いていても状況は変わらない。そもそも、海に飛び込む勇気がない。

 誰かに聞こう。街役場までの道を聞いて、そして全力で走ろう。


 彼女は顔を上げ、涙を拭い、港を見回す。

 すると、ちょうど船着場の先に馬車が停まっているのを見つけた。街中を行き来している、乗合馬車だ。

 シルフィーは駆け寄り、馬をブラッシングしている御者らしき男に声をかける。



「すみません! 街役場にはどうやって行ったらいいですか?」

「街役場……なら、この先の三本目の角を右に曲がって、しばらく進んだら三叉路に当たるから、真ん中の道を行く。さらに、二本目の角を左に行って、またすぐ右に……」



 ……と、つらつらと教えられるが、ダメだ。もうこの時点で脳内迷子になっている。


 シルフィーは悩んだ。

 よくよく考えたら、道を教えられたところで結局迷うのが私だ。今までだってそうだった。

 では、どうすれば良いか。最も確実なのは、誰かに目的地まで連れて行ってもらうことである。

 となると、今回の場合は……

 この馬車の客になり、お金をかけて役場まで連れて行ってもらうことになるわけだが……


 ……この仕事に就くことになった時、心に決めたのだ。

 これまでの人生、家柄やお金に頼ってばかりだったから……治安調査の仕事だけはなるべくお金に頼らず、自分の足で頑張る、と。

 しかし、今のこの状況下でそんなことは言っていられない。

 治安の悪化が見込まれるイリオンの調査報告をしなければ。それにより、国がイリオンに軍を派遣するか否か判断するのだから……とても重要な仕事だ。

 その調査のために、なんとしてでもレースで二位になる必要がある。

 つまらないプライドは捨てるのだ。お金を使ってでも、レースに戻らなくてはいけない。


 ……よし。



「……あの!」



 今だ道のりの説明を続ける御者の声を遮るように、



「……お、お金払うので……やっぱり役場まで、乗せて行っていただけないでしょうか?」



 シルフィーは意を決して、そう切り出した。

 すると御者は少し驚いた顔をして、



「いいけど……今日は年に一度のお祭りがあって、役場前の通りはレースで封鎖されているんだ。少し遠回りになるよ?」

「構いません! と言うより、私がそのレースの参加者なのです! お恥ずかしい話ですが、道に迷ってこんなところまで来てしまいまして……だから、一刻も早くレースに復帰しなければならないのです!!」



 その言葉に、御者は。

 ぱちくりと、二回まばたきをして。



「……それって……馬車使ったら、失格になっちゃうんじゃないの?」

「………………………」



 し、しまったぁぁあああっ!! 私ったらなに余計なことまでベラベラと!!


 彼女は頭を抱え、暫し狼狽えるが……

 がくん、と俯いたかと思うと……顔に影を作りながら、



「……お金ならあります。ほら、こんなに」



 ジャラ、と金貨がたんまり入った袋を懐から取り出して、御者に詰め寄り、



「……通常の運賃の五倍の額をお支払いします。役場の近くで降ろしてくれるだけでいいのです。だからこのことは、どうか内密に……」



 その目は、完全に闇落ちした者のそれだった。精神的に追い詰められた結果、もう使える(もの)は全部使ってやろうと、完全に吹っ切れたのだ。

 不正への協力を持ちかけられた御者は、後退りをしつつも……

「ごくっ」と喉を鳴らし、パンパンに膨らんだその袋を、じっと見つめるのだった──







 ──時を同じくして、場所は再びレース会場。


 クレアの足止めから我に返ったエリスは、未だ先頭を走っていた。

 その少し後ろに漁師チーム。次いで自警団チームがそれを追うような形で、一同懸命に坂道を駆け上がる。

 エリスの脚力と体力もなかなかのものだが、肉体労働を専門とする男たちにはどうしても劣るのか、徐々にその距離を詰められていた。


 どちらを応援すればいいのやら……と、なんとも複雑な心境を抱えながら、クレアが屋根の上から追いかけていると、



「おっ、先頭集団が現れたー! 二つ目の障害物、発動〜!!」



 待ち構えていた運営スタッフがテンション高く叫ぶ。

 するとエリスの視線の先に、行く手を遮る"幕"のようなものが見えてきた。

 道の端から端にかけられたロープ。そこから、いくつもの白い布のようなものがぶら下がっている。あれは……



「洗濯物ゾーーン!! 絶妙にイヤな高さで吊るされた洗濯物が、参加者の行く手を阻みます! さぁ、幾重にも干された洗濯物をくぐり抜け、一位に躍り出るのはどのチームだ?!」



 どうにも、この祭りの運営は皆テンションが高いらしい。そのノリノリな実況に煽られるように、沿道で応援する人々や家の窓から見物する住民たちからも、ワァッと歓声が上がった。


 その歓声を聞きながら、クレアは障害物の全体像を俯瞰で眺める。

 洗濯ロープが全部で十本ほど、道を横切るように張られている。そこに干されているのは、真っ白なシャツやタオル……青空の下、風に吹かれ気持ちよさそうに揺れていた。


 ……さぁ、エリスはこの障害物をどう利用する?


 クレアが見下ろす中、一番に洗濯物ゾーンへ差し掛かったエリスは……

 走る速度を落とさぬまま、左右の手で同時に二種類の魔法陣を描く。そして!



「──ウォルフ! キューレ! 交われ(フュージア)!!」



 叫ぶ。すると右手から暖気の精霊が、左手から冷気の精霊が生み出され、混ざり合いながら正面の洗濯物へ一直線に向かってゆき……



 ──ぶわぁぁあああっ!



 猛烈な風へと変化した魔法は、洗濯物をバサバサと翻し、人ひとり通れるような空間を作り出した。

 エリスはそこを一気に駆け抜け……一切洗濯物に触れることなく、障害物を突破した。



「おおっ! ここでも魔導少女が魅せてくれました! すごい! 風の魔法なんて見たことがない!!」



 ──そうか。ウォルフもキューレも、エリスが発見したばかりの新種の精霊。

 実用化に向けて、今まさに軍部と魔法研究所が動き始めているところ……一般人が目にすることなど、まずあり得ないのか。


 ……と、運営スタッフの実況に、クレアはそのようなことを考える。

 しかし当のエリスはそんな実況など気に留める様子もなく、すり抜けた洗濯物の向こう側で……



「……えいっ♡」



 誰にも気づかれないように、ちょいっと指を動かした。

 すると、エリスに通り道を作った風の塊がUターンするように、再び洗濯物ゾーンへと突っ込んでいく!

 つまり……後続のチームにとっては、正面からいきなり突風が吹いてくるということで。



『うわぁぁああああっ!!』



 巨体を捩りながら洗濯物を掻い潜っていた漁師・自警団の両チームが、突如吹き荒れる風に悲鳴を上げる!

 風に煽られた洗濯物がバシバシと顔や身体に纏わりつき、彼らの前進が完全に止まった。



「あは。ごめんねー、わざとじゃないの。ほら、風って気まぐれだから♡」



 ぺろっと舌を出し、エリスが言う。

 クレアから見れば明らかに彼女の仕業だが……一般人からすれば、まさかここまで繊細に魔法をコントロールできる人間がいるとは夢にも思わないのだろう。そのセリフに対し、『いやわざとだろ?!』と抗議する者は一人もいなかった。


 後続の二チームが風に足止めを喰らっている隙に、エリスは再び走り出す。

 しかし、先ほどの蒸気の時ほど長くは留めておけなかった。風が止んだ途端、両チームとも物凄い勢いで洗濯物を掻き分け、猛追を再開したのだ。


 ……よし、いいぞ。この調子で、エリスを抜いてくれ。


 と、屈強な男たちがエリスとの距離をどんどん縮めていくのを、クレアが眺めていると……

 突然、漁師チームの三人が、あからさまにペースダウンし始めた。

 しかもその表情は、焦りや疲労ではなく……ニヤニヤと、何かを企んでいるようにも見えて。



「……何か、策があるのか……?」



 不審に思い、クレアが漁師チームを注視している……と!



「あああっ! 手がすべったぁああっ!!」



 そんな棒読みな男の声と共に、道沿いの家の窓から何かが投げ出された!

 それは、薄汚れた巨大な布のようなもので……

 あれは……



「……船の、帆……?」



 その巨大な布が、バサァッ!とエリスの頭上に広がり、彼女は思わず足を止める。

 突然のことに身動きが取れないまま、布は覆い被さるように落下し……

 エリスは為す術もなく、その下敷きに…………


 なる、直前で。



 ──キィンッ!



 と、銀色の光が閃いた。

 咄嗟に目を瞑ったエリスは……いつまで経っても布が落ちてこないことを不思議に思い、目を開ける。すると。

 ちょうど彼女の周りだけ丸くくり抜かれた状態で、布が落下し、足元に広がっていた。

 こんな芸当ができるのは、もしかしなくとも……



「……クレア!」



 振り向くと、屋根から着地したクレアが、まさに短剣を鞘に納めているところであった。間一髪、エリスに布が被さる前に、彼女の周囲だけ切り取ったのだ。

 そしてそのまま、布を放り投げた男のいる窓を見上げると……



「……年に一度のお祭りの日だというのに、帆のお手入れですか。随分、仕事熱心な漁師さんですね。もしかして……」



 スッ。と、鞘に納めた短剣で、後方にいる漁師チームの三人を指し、



「……あちらの方々のお仲間でしょうか? ダメですよ、気をつけないと。仲間を勝たせるための妨害行為とみなされてしまいますから。その上……」



 ──にこっ。

 と、クレアは微笑みを浮かべ、



「……うちのエリスが、危うく怪我するところだったじゃないですか。もし、受け身が取れず首でも痛めていたら……私がみなさんの首を、取っているところでしたよ」



 まったく笑っていない目で、刺すように男たちを見つめるので……



『あ……あわわわわわわ……』



 漁師チームの三人は言い知れぬ恐怖を感じ、ブルブル震えながら互いに抱き合う。

 クレアの指摘通り、一位の妨害をするようあらかじめ仲間に依頼をしていたのだろう。帆を投げた男も、慌てて家の中に引っ込んだ。

 足が竦んで動けなくなった漁師チームを確認すると、クレアの後ろから、



「ありがとう、クレア! あんたってやっぱり、頼りになるわね!」



 そう嬉しそうに笑って、エリスが再び走り出した。その後ろから、自警団チームも追いかける。



 ありがとう……頼りになる……


 ……と、エリスから賜ったお褒めの言葉をじーん……と噛み締めながら、笑顔で彼女に手を振って。



「…………あ」



 クレアは、はた、と気がつく。

 好感度と引き換えに、自分がとんでもない過ちを犯してしまったことに……




クレアくん、ストーカーというより最早モンペ。

頂上祭編、もう少しでゴールです。

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