3-2 絶頂☆れーしんぐ 〜エリスの謀略〜
「──ではみなさん! 位置について〜……」
レンガ畳に引かれた白線。
そのスタートラインに、レースの参加者がずらりと並ぶ。そして……
「よーい……どん!!」
運営スタッフのかけ声と共に、一同一斉に走り出した。
坂の傾斜はそれほど急ではない。が、道がうねうねとカーブしているため、先に何があるのか見えない状況だ。
道幅は、馬車二台がすれ違える程に十分な広さがある。その両端に、店舗兼住居になっている家屋が延々と続いている。その二階の窓から、住民が手を振り応援していた。
まずトップに躍り出たのは、街の自警団チーム。そのわずか後ろに漁師チームが続いた。
筋肉質な男たちは余裕の表情で坂を駆け上がり、他のチームをみるみる引き離してゆく。
……一位の座は、このどちらかに譲るとして。我々はその次にゴールすればいい。
エリスも今のところ大人しく隣を走っているし、シルフィーもなんとかついてきている。
このまま問題なく進められれば……
男たちの背中を眺めながら、クレアがそんなことを考えていると……
「さぁ! ここで一つ目の障害物ゾーンだ〜っ!!」
運営スタッフの陽気な声が響く。
顔を上げ前方を見ると……バケツを持った大勢のスタッフが、先頭集団を待ち構えていた。
そして、「せーのっ!」とかけ声を合わせて、バケツの中の液体を地面へとぶちまけた。
あれは……水、か?
「そう! ただの水です! しかし、ここはレンガ畳の登り坂。気を付けないと、ツルンと転びますよ〜?!」
と、運営スタッフ。なるほど。確かに、地味に嫌な障害物かもしれない。
先頭を走る自警団チームも漁師チームも慎重に進むことを選んだのか、水に濡れた地面を前に明らかにペースダウンする。
……と、そこで。
「ねぇ! 運営のおっちゃん!!」
そう呼びかけたのは、他でもないエリスだった。
「障害物を回避するためなら、魔法使ってもいーい?!」
その問いかけに、道の脇でレースを見守っていた運営スタッフは楽しそうに笑って、
「お嬢ちゃん、魔導士なのかい? はっはっは! そりゃいい! ケガしない程度なら、使ってくれて構わないよ! レースが盛り上がることは大歓迎だ!!」
なんて、ノリ良く返す。それに、エリスは……
「……んふ♡ ありがと♡」
ニヤリと笑って、走るペースを一気に加速させる。
そしてそのまま先頭の二チームを追い抜かし、水に濡れた地面をぴょーんと飛び越えると。
振り返りながら舌をペロリと出して………空中に指を、躍らせた。
「──炎の精霊・フロル! この水全部、蒸発させちゃって!!」
刹那、彼女の手から生み出された灼熱の炎がレンガ畳に直撃し……
──じゅわぁぁあああっ!!
真っ白な蒸気を上げながら、水を瞬時に蒸発させた!
水に濡れた箇所のすぐ手前にいた自警団チームと漁師チームの男たちは、「あっちィイ!!」と蒸気の熱に二の足を踏む。
そのすぐ後ろに追いついたクレアは、白い気体に遮られた視界に焦りを覚え、
「……エリス!!」
蒸気の向こうにいるであろう彼女の名を叫ぶ。すると……
「……ごめんね、クレア。シルフィー。やっぱり、あたし……」
白い視界の陰から、僅かに覗いた彼女の表情が妖しげに歪み……
「……目の前にある絶品プリンをガマンするだなんて…………そんなの、無理♡」
「………はぁぁああぁあ?!」
シルフィーの絶望に満ちた絶叫が響き渡る。
しかしエリスは気に留める様子もなく、クレアたちに背を向けると、
「ということで、一位の座はあたしがいただくっ。待ってて! プリン一年分っ♡」
るんっ、と飛び跳ねてから、坂の上を目指し走り始めた。
「おいおい! こりゃ立派な妨害行為なんじゃねーのか?!」
「いや、あくまでも障害物に対する魔法なので……これは認めざるを得ないというか……」
猛抗議をする漁師チームに、運営スタッフが困ったように返答しているのが聞こえる。
そう。これはあくまで、障害物に向けて放たれた魔法……
しかし結果として、後続のチームやクレアたちすらも足止めした。エリスはまさに、それを狙ったのだ。
これがルール違反に当たらないとなると……もう誰にも彼女を止めることはできない。
………いや。
……彼女のことを知り尽くした、自分なら………
むせ返るような蒸気で視界が遮られる中、クレアは周囲を見回す。
そして、何か思いついたように目を見開いてから、シルフィーの方を向き、
「シルフィーさんは、引き続き二位でゴールできるよう走り続けてください」
「って、クレアさんはどうするんですか?!」
「別ルートからエリスを追って、進行を阻止します。彼女を止められるのは、私しかいません」
「べ、別ルート? そんなの、どこに……」
そう尋ねるシルフィーに、クレアは少しだけ微笑み。
道の端──坂道に沿うようにして連なる家屋の一つに近づくと、二階の窓からレースを見物していた住人と思しき女性に、
「すみません。お宅へ上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
最高の美青年スマイルを浮かべて、いきなりそんな申し出をした──