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2-2 ホンモノとの邂逅




「……どういうことですか? このオーエンズ領の治安調査は、私に一任されているはずですが…?」




 突然、自らも治安調査員であると名乗りを上げたエリスとクレアに、シルフィーは怪訝そうな顔をする。

 やはりこうなるか。と、クレアは平静を装いつつシルフィーに向けて、



「おそらく我々も……あなたと同じ目的で、この地に派遣されたはずです」



 神妙な面持ちで、そんな言葉を返す。

 カマをかけたのだ。彼女が今、治安調査に関する何かしらの問題を抱えていれば、そこから適当に話を合わせることもできる。

 そんなクレアの思惑通り、シルフィーはハッとしてから、



「では……あなたたちも今、イリオンで起きている問題の解決のために……?」



 息を飲むように、そんな言葉を漏らす。

 しかしそれに、今度はクレアが驚く。



 イリオン。それは、クレアたちの旅の目的地。

 "水瓶男(ヴァッサーマン)"と思しき人物が、山賊だかチンピラだかを使い『(かぜ)(わか)(つるぎ)』なる伝説の武器を手に入れようと悪さをしている、港街……


 ひょっとして、シルフィーは既に"水瓶男(ヴァッサーマン)"に関する何らかの情報を得ているのか……?


 これは……むしろ、幸運な出会いだったかもしれない。

 上手く利用し、情報を引き出せるだけ引き出そう。



 クレアが返事をする前に、正面のエリスがうんうん頷き、



「そうそう。あたしらも『イリオンに行け!』って言われて来たの。何が起きているのかまでは知らないけど」



 と、彼女が知り得る事実をあっけらかんと言ってのける。

 その考えなしの発言は、クレアにとってむしろ好都合だった。ざっくばらんな彼女の口から言った方が、より真実っぽく聞こえるからだ。


 だからクレアは、それに補足するような形で、



「その通り。何が起きているのかわからない、しかし何かしらが起きているからこそ……シルフィーさん。あなたからの、イリオンに関する報告が遅れているのではと、本部が私たちを寄越したのです」



 と、まるっきり嘘というわけではない言葉を続けて言った。

 事実、イリオンで"水瓶男(ヴァッサーマン)"らしき人物が不審な動きをしているという情報は、クレア自身が調査をして得たものだ。治安調査員からは、山賊まがいの輩が暴れているという報告すら上がっていない。

 そういったことからも、彼女がこの地の調査に苦戦していることは想像に難くない。


 案の定、クレアの発言にシルフィーは……みるみる内に顔を青くして、



「やっぱり……私みたいな落ちこぼれ一人じゃ治安調査すら務まらないと、そう判断されたのですね。確かに、しょっちゅう道に迷うからなかなか目的地に辿り着けないし、聞き込みしようにもナメられてばっかりで全然調査が進まないし……嗚呼、これじゃあ王都へ帰ってもまたお父さまに『アインシュバイン家の恥だ』と罵られるだけだわ…」



 しおしおと肩を落としながら、なにやらぶつぶつと呟く。詳細はわからないが、どうやらクレアの言葉に納得してしまうだけの背景があるようだ。

 シルフィーは、エリスとクレアを恨めしそうな目で見返しながら、



「……私があまりにも使えないので、あんな強力な魔法が使えるエリスさんたちが来てくださったのですね……すみません、私なんかのためにこんなところまで遥々来ていただいて。ほんと、私って役立たずですよね。社会のゴミ。魔法学院(アカデミー)にも親のコネで入ったようなものだったし、そこでもロクな成果を上げられず、周りが魔法研究所や軍部に就職する中、情状酌量でギリ国家従事者にあたる『治安調査員』のポストをもらって……でもその仕事すら、この体たらく。生きている意味がまるで見出(みいだ)せません。私なんかよりよっぽど意味のある(せい)を紡いでいたであろう動物やお魚が、私を生かすための食事となって出てくることが申し訳なくて……本当は野菜や山菜を食べることすら烏滸(おこ)がましいのですが、こんな私もお腹だけは空くので、今日もこうして()()()()食べてしまいました。正直、エリスさんみたいにただただ美味しそうに食べられる人が羨ましいです……」



 ……という超絶後ろ向きな長台詞を、どんよりとした空気を背負いながらぼそぼそ呟くので。

 クレアは若干の面倒くささを感じながら、



「申し訳ありません。あなたがそうやって傷つくと思ったので、我々が追加で派遣された治安調査員であることは伏せておこうと思ったのですが……」



 すぐに身分を明かさなかったことへの言い訳を、いちおう挟んでおく……が、それを遮るように。



 ──バンッ!



 エリスがテーブルに手のひらを叩きつけた。振動でグラスが揺れ、カチャカチャと鳴る。

 驚くシルフィーを、エリスはキツく睨みつけ、



「『()()()()食べた』……? あんたねぇ、ナメたこと言ってんじゃないわよ。あたしたちは、どんな人間も漏れなく"他の命"を貰って生きているの。普通に生きて、普通に食事をしているだけで、何千何万の命を奪い続けているの。だから毎回、ちゃんと手を合わせて『いただきます』をして、最後まで『美味しい』って残さず食べるのよ。自分が役立たずのゴミだから、肉や魚を食べるのが申し訳ない? じゃあ聞くけど、逆にあんたが優秀な完璧超人になったら、他の生き物殺して食べることに対して何とも思わなくなるワケ? あんたが優秀だろうがゴミだろうが関係ない。食事は、命を貰う尊い行為なの。だから出された食事は、貰った命と作ってくれた人に感謝しながらきちんと食べる! それが出来ないなら、来世で葉っぱにでもなって光合成だけして生きていなさい!!」



 そう、真っ直ぐな声音で、ズバーンと言い放った。

 それを正面で見ていたクレアは……


 嗚呼。やっぱり、エリスはエリスだな。

 と、口元が緩みそうになるのを感じていた。


 おそらく彼女にとって、シルフィーの生い立ちや境遇などは、本当にどうでもいい話なのだ。

 ただ、"食事"という行為に対して舐め腐った態度でいる人間が許せないだけ。

 命の重みと儚さを知っている彼女だからこそ……黙っていられなかったのだろう。


 いきなりお説教を喰らったシルフィーは、一瞬呆けたような表情をしてから……

 ぶわぁっ! と、(せき)を切ったように泣き出した。



「へっ?! あの、ちょっと、な、泣かないでよ!!」



 滝のような涙を流すシルフィーに、さすがのエリスも狼狽え顔を覗き込む。



「わ、悪かったわよ。責めるような言い方して……その、なんというか、あなたがどんなに役立たずのゴミクズだとしても、食事はきちんと楽しむべきだってことを言いたくて……」

「エリス。それ、かえって傷口を広げていますよ」



 必死にフォローしようとするエリスに、思わずツッコむクレア。

 しかしシルフィーは、涙を散らしながら首を横に振って、



「いいえ、エリスさんのおっしゃる通りです……すぐにこうやって卑屈になるの、私の悪い癖で……真正面から叱っていただけて、目が覚めました。これからは、きちんと食事をします。貰った命の分だけきちんと生きて、少しでもマシな存在になれるよう努力します!」



 涙を拭ってから、力強くそう言った。

 ただのどんよりネガティブ娘かと思いきや……素直で前向きな部分も持ち合わせているらしい。

 それに、エリスは……安心したように、優しげな表情で微笑んでから。

 ぽん、とシルフィーの肩に手を置いた。

 そして、



「治安調査員って、いろんな地域の料理を楽しめる最っ高の仕事でしょ? 楽しまなきゃ損よ。これからは『私なんか』と言わず、美味しいご飯を楽しんでね。あー、えぇと………………おっぱい眼鏡ちゃん!」

「おっぱい眼鏡ちゃんんん??!」



 せっかくのいい雰囲気を最後の最後にぶち壊され、シルフィーが絶叫する。



「つーか、え?! 散々お説教したクセに、ひょっとして私の名前把握していないんですか?! さっき自己紹介しましたよね?!」

「だぁってー。お腹空いてたし、なんか長くて難しい名前だったから、覚えられなくて」

「シルフィーですよシルフィー!! しかも、よりにもよって何ですかその名称は!! 失礼にも程がありますよ?!」

「えーそうかな? 特徴をよく捉えていると思うけど」



 と、ブチ切れるシルフィーに、悪びれる様子もなく首を傾げるエリス。それを傍観していたクレアはと言えば、必死に笑いを堪えていた。


 しかしこれで……妙な疑いをかけられることもなく話を進められそうだ。

 エリスには、本当に感謝だな。


 クレアは「んん」と一度仕切り直すように咳払いをし、シルフィーへ質問を投げかける。



「それで、あらためて伺いたいのですが……何故、おっぱい眼鏡さんは……」

「いやあなたがその名で呼ぶのは完全にアウトですからね?! 今すぐ役人に突き出しますよ?!!」

「はは、すみません。冗談です。シルフィーさんは、イリオンの街で起こっている問題を解決しようと奔走していたのですよね?それが何故、先ほどはこのカナールに向かう方角を尋ねてきたのですか?」



 確かにここ、カナールとイリオンは隣街ではあるが…クレアには、そこがなんとなく引っかかっていた。

 質問を受け、シルフィーは、



「………………」



 しばらくの間、考えをまとめるように黙り込んでから。

 ぽつぽつと、カナールを訪れた理由を語り始めた。




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