2-2 次に、恩師の娘を訪ねます
昼過ぎ。
そろそろ娘が引き取られたという親戚の家が見えてくる頃である。
クレアは確認のため、道行く年配の女性に声をかけ訪ねた。
こういう時は、ある程度年齢を重ねた女性に聞くのが一番。ただでさえおしゃべりが好きな上、若くて美形な男に声をかけられれば、聞かずともいろいろなことを勝手に話してくれる。
「あぁ、あの八百屋さんのところに来た娘さんね。ここいらじゃ有名人よ」
「有名人?」
女性の口ぶりから、どうやらその親戚宅は八百屋を営んでいるようなのだが……
ついひと月前にこちらへ引き取られたばかりの娘が『有名人』とは、一体どういうことなのか。
「まぁまぁ、見ればすぐにわかるわよ。ほら、あのお店」
多くの人で賑わう商店街の一角。
女性が指をさした先に目を向けると、そこには……
店先に並べられた、色とりどりの野菜や果物。
その、中央に……
うず高く積み上げられた大量のじゃがいもと、傍らで声を発する人物の姿があった。
少女だった。美少女、と言っていいだろう。おさげにしたピーチブラウンの髪に、利発そうな赤い瞳が印象的だ。
少女はその大きな目を、さらに大きく見開いて。
すぅっと息を吸い、口の横に手を当てると……
ニッ、と笑ってから、声を発した。
「さぁさぁ奥さん! 今日はじゃがいも! じゃがいもが安いよー!!
二軒お隣のベルナール精肉店との提携セール! お肉に合わせるなら、なんと言ってもじゃがいもでしょ!!
あ、そこのお姉さん! 袋に牛肉が入っていますね?! 今夜はステーキ? 付け合わせにマッシュポテトはいかがかしら!
ソーセージを買ったそこのママ! じゃがいもと合わせてハニーマスタードで炒めたら、子どもたちも大喜びよ!!
鶏肉なら、ほうれん草と合わせてポテトグラタンなんてのもいいわね! もちろん、スープだってシチューだって作れちゃう!!
さぁ、今夜の献立は決まり!! ほくほくのじゃがいも、今日だけの大特価! ぜひ見てって頂戴!!」
鈴の音が鳴るような、それでいて力強い、とにかくよく通る声だった。
その声でツラツラと、まさに立て板に水が如く口上で呼び込みをするものだから、道行く買い物客が皆足を止め、そちらを見遣る。
そして「確かに安いわね」と目を奪われ……八百屋はあっという間に黒山の人だかりとなった。
あれが……あの溌剌とした元気な少女が、ジェフリーの娘?
クレアがあっけに取られている間にも、少女はじゃがいもを次々と売りさばいていく。
それを眺めながら、案内してくれた女性が「あっはっは!」と笑う。
「ね、すごいだろう? あの店、前までは閑古鳥が鳴いていたんだが……あの娘さんが来てからはあの通り、すっかり繁盛店さ。ああいう風に献立の提案をされると、主婦はありがたいからねぇ。ウチも今夜はシチューにでもしようかな?」
などと言って軽く別れを告げ、自身もじゃがいもを求め人だかりの中に紛れていった。
「……………」
想定外だった。
まさか親を失ったばかりの少女が、これほどまでに明るく元気だとは。
あれが……あの娘が。
「エリシア・エヴァンシスカ……」
呟いて、手元のメモに目を落とす。
ジェフリーと離別してからは、母親の旧姓を名乗っているらしい。
それにしても、ジェフリーの面影はあまり感じられない。母親似なのだろうか。
そんなことを考えながら、彼女がじゃがいもの山をみるみる内に低くしていくのを、クレアは離れた場所から静かに見ていた。
やがて、じゃがいもが数える程しかなくなり、客足も途絶えた頃。
「……はっ。いけない、もうこんな時間!」
エリシアは時計を見上げ、慌てた様子で戸棚からいくつかの瓶をひったくる。
そして、店の奥に向かって、
「おじちゃん、おばちゃん! あたし、角のパン屋さんにジャム届けてくる!!」
そう叫んで、返事も待たずに商店街へと駆け出してしまった。
追おうか、とも思ったが……どうせこの店に帰ってくるのだろう。
ならば……
クレアは、彼女の姿が完全に通りの向こうへ消えたことを確認してから、先ほどまでじゃがいも大セール会場と化していた八百屋に近付く。
するとちょうど、店の奥から中年の女性が出てきた。
クレアはにこりと、愛想のいい笑みを浮かべる。
「こんにちは。りんごを一つ、いただけますか?」
「ああ、いらっしゃい。旅の人かい? この街は初めて?」
「はい。仕事の用事でたまたま立ち寄ったのですが……このお店に"名物売り子"がいると聞いて、見に来てしまいました。娘さんですか? すごいですね。いつもあんな感じなのですか?」
などといくつかのフェイクを交えて、穏やかに尋ねる。
金貨を手渡すクレアにりんごを差し出しながら、女性は「いやいや」と首を振る。
「あの娘はね、遠縁の親戚ん家の子なんだ。身寄りがなくなったから、最近ウチで預かったんだが……いやぁ、助かっているよ。客の呼び込みだけじゃ飽き足らず、近所の店に声かけて『合同セールやらないか』だなんて言い出してね。最初は驚いたけど……おかげでウチだけじゃなく、この商店街全体が活気付いているんだ」
「確かに、あちらのお肉屋さんも繁盛しているようですね」
りんごを受け取り、クレアは二軒隣の精肉店に目を遣る。
互いの店を宣伝し合いながら、同時に安売りをおこなう……なかなかに大胆な、且つ巧妙なやり口である。
親戚の女性は金貨をしまうと、腕を組みながら、
「あとは、売れ残った果物をジャムに加工したり、野菜を煮詰めてソースを作ったり、とにかく無駄にすることなく商品化しようって言い出して……しかもそれを、パン屋や肉屋に置いてもらうことも自分で交渉して決めてきたんだよ。売り上げの二割を場所代として払うことが条件なんだけど、これがまたけっこうな売れ行きなのよ。八百屋に置くよりもジャムはパン屋にあった方がいいし、ソースだってステーキ肉と合わせて買いたいものね。まったく、見上げた商売根性だよ。"使えるものはなんでも使う"って感じなのさ」
「使えるものは、なんでも……」
なるほど。
これは、間違いなくジェフリーの娘だ。
「しかし、残念なことに…」
親戚の女性は「はぁ」と息を吐き、腰に手を当てながら、
「アイディアは素晴らしいんだが……どういうわけか、料理の腕が壊滅的でね。ジャムもソースも、レシピはあの娘が考えているんだけど、本人が作るとみーんな真っ黒いなにかになっちまうんだ。だからこうして、売り場はあの娘に任せて、私や旦那で商品作りをしているってわけ」
「ふむ……レシピは考えられても作るのは苦手とは、なんだか不思議ですね」
「だろう? あの娘、食べることは大好きなんだけど、自分では絶対に料理しないって決めているんだと」
そう言って、陽気に笑う。どうやら親戚一家との関係は、良好なようだ。
「面白いお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。またこの街へ来る用事があれば、立ち寄らせていただきます」
「いえいえ。ごめんなさいね、余計なことまで喋っちまって」
「とんでもない。りんご、美味しくいただきますね。では」
クレアは爽やかな笑顔を向け、軽く会釈をし。
親戚の女性に手を振られながら、店を離れた。