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2-1 ホンモノとの邂逅




 旅の目的地・イリオンの一つ手前。

 山と海とに囲まれた街、カナールに辿り着いたクレアは……衝撃を受けていた。


 洞穴の中で一夜を明かし、最後に食べたのは川魚数匹だけ。

 そんな空腹モンスターと化したエリスの猛進に巻き込まれた少女を助けてみたら……


 ……国から派遣された『治安調査員』であると、名乗ったのだ。



 それは、クレアたちと同じ職業。

 しかし実際には、"水瓶男(ヴァッサーマン)"という危険人物の調査を任されたクレアが、エリスを側に置くために利用した……エリスだけが思い込んでいる肩書き。


 その本職をやっているのが、たまたま出会ったこのシルフィーという少女らしいのだ。



 これは、まずい状況になった。

 複数の治安調査員が同じ地で相見(あいまみ)えるなんてことは、本来起こるはずがない。何故なら……

 ただ各地の治安を調査し報告するだけの、『身体さえあれば誰にでも務まる』仕事だから。数人がかりで一つの地を調査することなど、まずありえないのだ。


 だから、ここで。

 何にも知らないエリスが、「あれ? あたしたちも治安調査員だけど?」と疑問を持ち、本職であるシルフィーに「そんなことあるはずがない」と疑われたら……

 非常に、厄介なことになる。


 ……まったく、なんていうタイミングで面倒な人物と遭遇してしまったのだろう。道案内などせず、あのまま山で別れておけばよかった。


 ……と、内心後悔しつつも、それを表には出さずに、クレアは二人をどう丸め込もうか考え始める。

 まずはエリスがどう反応するか……それによって、話の方向性を見定めるとするか。



 クレアが無言のまま、とりあえず笑顔を繕っていると。

 その正面で、エリスが、



「治安……調査員……?」



 シルフィーの自己紹介に、きょとんと聞き返す。シルフィーは頷き、



「はい。とある街の調査のため、このオーエンズ領に来たのですが……道に迷ってしまいまして。それで、あんな山の中に」



 さぁ、エリスはどんな反応をする?

 クレアが、彼女の返答を固唾を飲んで見守っていると……

 エリスは、二回ほどまばたきをしたのちに、



「ふーん、あっそ。で、何食べんの? ここは海も山も近いから、美味しいものには困らないわよ。ほら、好きなの選んで。魚にするの? それとも山菜?」



『治安調査員』というワードなど意に介さず、シルフィーにメニューをぐいぐい押し付ける。

 クレアは拍子抜けし、脳内でずっこけると共に……思い出す。


 そうだ。エリスは、こういう()だった。

 "食べること以外は瑣末(さまつ)な問題"。

 見も知らぬ他人の素性なんかどうだっていい。目の前の食事以上に優先すべきことなどあるはずがない。それが、エリスなのだ。

 ……ひょっとしたら、自分が治安調査員であることすら忘れているのではないか?

 とにかく、こちらの肩書きを相手に知られずに済むのなら、それが一番いい。


 エリスにメニューを押し付けられ、戸惑うシルフィーを横目に、クレアはこの朝食が無事に終わることを切に願うのだった──





 ──店員が料理を運んで来るなり、エリスは「きゃーっ♡ 待ってました♡」と嬉しそうな声を上げた。

 白身魚のタルタルフライ定食と、ブリの甘辛照り焼き定食、それからシルフィーが頼んだ山菜の天ぷら定食だ。

 美味しそうな料理を目に映し、待ち切れない様子のエリスに、クレアがお決まりとなりつつある文句を投げかける。



「エリス、どちらから召し上がりますか?」

「わーい♡ じゃあ、タルタルの方ちょうだい♡」



 そう言って、お盆の位置を交換するエリスとクレア。

 エリスが二つのメニューで迷った時は、問答無用で両方とも注文し、半分ずつ分かち合う。それが、二人の間での"当たり前"になっていた。

 そして、二人して「いただきます」と丁寧に手を合わせてから、食べ始める。

 二人のやりとりをぽかんと眺めていたシルフィーも、つられるように「い、いただきます」と呟き、箸を握った。

 ……直後。



「んんんんんまぁあいっ♡♡」



 突然、エリスが頬を押さえながら悶絶するので、シルフィーはびくっと身体を震わせた。

 何事かとエリスを見つめると……彼女はうっとりとした表情をして、



「はぁん……っ♡ サックサクの衣が、ふわっふわのお魚を包み込んでいて……こんなの、食感の暴力だわ! 揚げてもなおその新鮮さがわかる、臭みのないお魚……嗚呼、生で食べないことに背徳感すら覚える……それからなんと言っても、このタルタルソースが最っ高に美味っ! 玉ねぎの甘みと、粗く潰したゆで卵の贅沢さ……エビフライにつけてもカキフライにつけても、絶対に美味しい! うう、このソースだけ買えないのかしら。携帯調味料として是非持ち歩きたいっ!」



 なんてことを譫言(うわごと)のように、それでいて淀みなく言うので、シルフィーは目を丸くする。

 その横で、クレアが微笑みながら、



「相変わらずエリスは美味しそうに食べますね」

「だってほんとに美味しいんだもん♡ ほら、クレアも食べてみてよ!」



 と、エリスは食べかけのフライを、箸でクレアに差し出す。

 それを見たシルフィーは、少し驚く。



「(……これって、所謂(いわゆる)『あーん』ってやつ? こんな、さも当たり前のようなテンションでやってのけるなんて……二人は恋人同士なのか?)」



 シルフィーが見つめる中、クレアも慣れた様子で口を開け……サクっ、といい音をさせて、それを齧った。



「うん……これは美味いですね。新鮮だからか、魚の身がふわふわとしていますし、甘味すら感じます」

「でしょでしょっ? こんなに美味しいなら、次は生でいきたいな……♡」



 ──ぴくっ。

 うっとりと呟かれたその言葉を……クレアは聞き逃さなかった。

 そして、にこにこと笑みをたたえたまま、



「……エリス。今のセリフ、今夜のおかずにしてもよろしいでしょうか?」

「ぶっ!!」



 丁寧な口調で放たれたとんでもない言葉に、堪らず吹き出すシルフィー。



「(ちょ……いくら恋人同士だからって、赤の他人がいる前でそんなこと言う?! 頭おかしいんじゃないのこの人?!)」



 と、口を押さえながらゴホゴホ()せると、エリスが心配そうにお手ふきを差し出す。



「あーあー、ちょっと大丈夫? どしたの急に。米つぶが変なとこ入っちゃった?」


「(いやアンタの彼氏に変なセリフぶっ込まれたからだよ!! アンタも人前でこんなこと言われて、なんとも思わないワケ?!)」



 というツッコミを胸の中に留め、シルフィーは「すみません……」とお手ふきを受け取る。

 彼女が口を拭っている間にも、今度はクレアの方から、



「エリス。こっちの照り焼きも絶品ですよ。はい、あーん」

「あーん……んんんんっ♡ うまっ♡ このタレちょーやばい、ご飯が無限に食べられるやつっ♡ もっとちょーだいっ♡」



 などと、再びイチャイチャし始めるので。



「(このカップル……いつもこうなのかな……)」



 山菜の天ぷらをもそもそ食べながら、二人のやりとりを冷めた目で眺めるのだった。





 * * * *





「ふぅー。満足満足☆」



 一粒残らず綺麗に食べ終え、エリスは幸せそうにお腹をさすった。

 最後までよくもまぁあんなに美味しそうに食べるものだと、シルフィーは食後のお茶を啜りながら感心する。

 そして、そろそろこのバカップルともお別れせねばと、腰を上げかけた……

 その時。



「…………って、『治安調査員』ってあたしらと同じじゃん!!」



 唐突に、エリスが立ち上がり叫んだ。

 それにシルフィーは「は?」と顔をしかめる。いきなり何を言い出すのだ、この人は。

 しかしその横で、クレアがガクッと首を項垂(うなだ)れ、



「なるほど……このタイミングでそう来ますか。ご自分の職業、ちゃんと覚えていたのですね。エリス」

「まぁ、いちおう、なんとなくね!」



 なんて言うので、シルフィーはさらに驚く。



「え……? それじゃあ、あなた達、本当に……?」



 問いかけられたクレアは、一度小さく息を吐いてから、



「……そうです。我々もあなたと同じ、国から派遣された治安調査員です」



 観念したように、そう答えた。




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