4-4 ピネーディアの攻防
──その夜。
静かに、しかし確かにその眼に闘志を燃やしながら、エリスはいつものようにクレアと夕食を済ませる。
そして、宿に戻るなり、
「もう寝る。じゃ、また明日」
早々に自室へと去って行ってしまった。
昼間も食事以外はほとんど部屋にこもっていたエリスだったが……悔しさに打ち震えていたのか、あるいは彼女は彼女で何か策を練っているのか……
いずれにせよ、彼女が部屋にいてくれるのは好都合だ。
クレアは宿の廊下で彼女を見送ると、自室には戻らず再び宿の外へと繰り出した。
向かうのは、ここピネーディアと次の街との間に位置する、ツカベック山の麓だ。
ただでさえ牧草地に囲まれた田舎街なのだが、街の裏側へ出るとすぐに山らしい景色に変わる。太い幹の木々が、手付かずの状態で鬱蒼と生い茂っているのだ。
当然、人工的な建物も、人の気配すらもない。暗い夜の森の中、頼りになるのは木々の隙間から差し込む月明かりだけである。
山の奥へ進むにつれ、より緑のにおいが濃くなってきたな……とクレアが感じ始めた頃、視線の先に、何やら灯りのようなものが見えてくる。
そっと気配を殺し、灯りの方へ近付きながら目を凝らす。
灯りの正体は……焚き火だ。少し開けた土地の中央に、小枝を組み上げた焚き火がぼうぼうと燃え盛っている。
そして、それを囲むように座り、酒を酌み交わしながら宴を開いている……十数名の男たち。
ビンゴ。聞いていた通りの場所にいた。
このツカベック山を根城とする山賊……
その名も、"ワルシェ団"である。
昼間、治安調査員を名乗りながら聞き込みをした結果、この"ワルシェ団"の情報を耳にしたのだ。
なんでも、この山を越えて隣街へ行こうとする旅人を襲っては、身ぐるみを剥いでいるらしい。金品を奪われ途方に暮れた旅人が、しょっちゅうUターンしてピネーディアに戻って来るのだという。
で。クレアはこの"ワルシェ団"を、治安調査員の名の下にわざわざ成敗しに来たのかと言うと……
決して、そういう訳でもなく。
「………さて」
行きますか。
クレアは腰に差した鞘から、長剣をスラリと抜くと……
森の中を一気に駆け抜け、最も近くにいた山賊の一人の後頭部を……
──ゴンッ!
と、剣の腹で殴りつけた!
当たりどころがよかった(相手にとっては悪かった)のか、殴られた男はなす術もなくバタッ……と倒れこむ。
それに気付いた他の山賊たちが一斉に立ち上がり、
「なっ、なんだテメェは?!」
「どっから現れた?!」
楽しい宴会ムードから一変、得物を手に取り猛烈な殺気をクレアに向けてくる。
しかしクレアは何も言わず、静かに微笑みだけを返すと……
目にも留まらぬ速さで、次々に山賊たちの間合いに入り込み、一人ずつ"処理"していった。
剣で迫り来る相手には、剣戟のわずかな隙に腹を蹴り気絶させ。
棍棒を振り上げる相手には、剣で応じると見せかけ素早く足を払い、頭を殴って昏倒させ。
弓を打ち込んでくる相手には、矢を躱しながら近付いてゆき、奪った棍棒で思いっきり金的を食らわして再起不能にし……
そうして、十数人いた山賊たちを一分とかからない内に、一人残らず沈黙させたのだった。
全員地面に倒れこんでいるが、殺してはいない。命に関わるような、致命的な怪我も負わせてはいない。
そう。彼は決して、このちんけな山賊どもを成敗しに来たわけではなく……
生きたまま、利用するために来たのだ。
クレアは、目覚めても抵抗できないよう、地面に倒れている男たちの両手をがっちりと縛り付けてゆき……
それが全員分完了すると、一際身体の大きなモヒカン頭の男の頬をぺちぺちと叩いた。
「もしもし、起きてください。貴方が、このワルシェ団のお頭さんですか?」
するとモヒカン男がうっすらと目を開け、
「ぅ……テメェ………一体オレ達に……なんの恨みが……」
「こちらが質問しているのです。この山賊団の頭は、貴方ですか?」
優しい微笑みの奥に言い知れぬ恐怖を感じ、モヒカン男は少し声を震わせながら「そ、そうだ……」と正直に答えた。
クレアはやはりにこっ、と笑うと。
「では、ここに四つん這いになってください」
そう、命じた。
モヒカン男は目を点にして、思わず「は…?」と声を上げるが、クレアは続けて、
「聞こえませんでしたか? ここに肘と膝をついて、四つん這いになれと言ったのです。ここからが長いのですから、貴方には私の椅子になっていただきます」
「………………」
あぁん?! 何をフザケたマネを!!
……と、いつもなら言うところを。
クレアを相手にした今、モヒカンの山賊頭は、何も言うことができないでいた。
長年の経験からわかる。こいつは……相当ヤバイ奴だ。格が違いすぎる。
無防備な旅人ばかりを一方的に襲ってきた山賊風情が敵うような相手ではない。殺されなかっただけ、奇跡だ。
まさに、蛇に睨まれた蛙。だから、『四つん這いになって、椅子になれ』という屈辱的な要求にも……
「………………くっ……」
従わざるを得なかった。
モヒカンの山賊頭は、両手首を縛られたままの状態で膝立ちになると……
そのまま肘も地面につき、クレアの命令通り四つん這いになった。
クレアは満足げに頷くと、今度は未だ気絶している他の男たちも頬を叩いて起こしてゆく。
皆クレアの顔を見るなり「テメェ何モンだ?!」「街に雇われた傭兵か?!」「この縄を解いたら、すぐに殺してやるからな!!」などと、雑魚キャラのテンプレみたいなセリフを口々に吐くが……
クレアはそれに笑顔を返し、
「それだけ元気があれば大丈夫ですね。では、これよりオーディションを始めます」
なんて、言うものだから。
『………………は?』
両手を縛られたままの山賊たちは、先ほどの頭とまったく同じリアクションを取る。
クレアは、四つん這いにさせた山賊頭の背中にどかっと座ると、
「演技力を見させていただきたいのですよ。この中から悪党役二名、そして私の仲間の役を二名、計四名を選抜します。一人ずつ前に出て、今から言うセリフを言ってみてください」
悠々と足を組み、そう言い放った。
当然、山賊たちからは「テメェ! 頭から離れろ!!」「何ワケわかんねーこと抜かしてんだ!!」という怒号が飛び交うが……
クレアは笑みを浮かべたまま、おもむろに剣を抜くと……
──ガッ!!
四つん這いになっている山賊頭の首の横スレスレに、剣を地面へ思いっきり突き立てた。
山賊頭からは「ヒィイッ!」という情けない声が上がり、山賊たちも思わず固まる。
クレアは剣の柄を握ったまま、
「……いいですか? 今から私が言うセリフを、"全力で"、"役になりきって"言うのです。さもなくば……あなた方の大切なお頭のお頭が、胴体とさよならすることになりますよ。おとなしく協力してくださればこの椅子は傷を付けずにお返ししますし、あなた方を役人に突き出すようなことも致しません。どうか、ご協力いただけないでしょうか?」
と、笑みを絶やさずに、そんなことを言ってくるので。
山賊たちはもう、恐怖と混乱とで気が狂いそうだった。
デタラメに強い優男が、頭を人質に、意味不明な要求をしてくる……
なんだコレ。役人に取っ捕まった方が、まだ納得できる。
……などと、山賊たちは状況を必死に整理しようと頭をフル回転させた結果、
『………………わかりました』
クレアの微笑みの奥に見え隠れする、得体の知れない恐ろしさを本能で感じ取り……
全員、綺麗に口を揃えて、そう答えたのだった。