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1-3 まず、恩師が死にます

 



 それが、ジェフリーとクレアが初めて出会った日の出来事である。


 後から聞いた話によると、あの時あの店では、他国の権力者と手を組み国家転覆を目論む賊たちが、国の機密情報と引き換えに多額の金を受け取る取り引きが行われていたらしい。

 そこへ突入するきっかけとして、クレア少年は使われたわけだ。


 それ以降も、似たようなことばかりだった。

 子どもであることを利用した陽動や潜入を任され、国にとって脅威の種となり得る賊や間者たちを次々と処断していった。

 成長したらしたで、その整った容姿を用いたハニートラップ的なことまで命じられ……

 おかげで、剣術以上に密偵調査のノウハウが身に付いてしまったわけだが。


 つまり、ジェフリーには教官としてクレアを訓練する気など毛頭なかったのだ。

 自身の仕事に連れ回し、良いように使っただけ。『使えるものは、なんでも使う』が、彼の口癖だった。そう言った意味では、確かに"鬼"だったのかもしれない。


 しかしそのやり方が、結果としてはクレアに合っていた。

 彼は実戦の場において必要な動きや知識、技術をみるみる内に吸収していき……

 そのまま、気が付いたらジェフリー率いる諜報部隊──『アストライアー』に正式に所属していたのである。



 仕事のことだけではない。

 ジェフリーからは、他にも様々なことを学んだ。


 安くて美味いステーキ屋。

 魚釣りのやり方。

 冬の星座の見方。

 酒に、ギャンブルに、女の口説き方まで。


 豪快で、ぶっきらぼうで、だけど情に厚くて。

 隊員からは、『オヤジさん』と慕われていた。

 親のいないクレアにとってもジェフリーは父親のような存在だった。


 そうして、出会ってから八年あまり、任務をこなしながらも楽しく賑やかに過ごしてきた。



 それなのに。



 彼は、自分の腕の中で、帰らぬ人となった。

 炎を纏った奇妙な槍に、その身体を貫かれて。




「…………」



 ジェフリーが命を落とした、一週間前のあの日……


 クレアたちはアストライアーは、とある新興宗教の集会場を奇襲した。

 『魔法の力を解放し、世界を征服しよう』。平たく言えばそういった(たぐ)いの思想を持った、怪しい団体だった。近頃、その活動が過激になりつつあったので、早めに手を打とうとジェフリーが動いたのだ。


 武装した賊でもなければ、隣国の軍人でもない"一般人"。抑え込むのは、容易(たやす)いはずだった。

 しかし。

 教祖と呼ばれる男が手にしたのは……見たこともない得物だった。


 先端に青い炎を灯した、禍々しい槍──

 まるでお伽話の中に出てくる、空想上の武器だ。


 槍を握った教祖は、超人的な動きでクレアたちを圧倒した。

 無抵抗な教団員をも巻き込む勢いで、炎を撒き散らしながら殺戮の限りを尽くした。

 凄まじい剣戟の最中、教祖の槍が教団員の一人に突き刺さりそうになったのを……


 ジェフリーが、身を呈して庇ったのだ。


 深々と自身の腹に刺さった槍。

 それをグッと握りしめ、教祖の動きを封じたところを……

 クレアが背後から斬り捨て、終わらせた。


 しかし……ジェフリーは、助からなかった。



 炎を纏った槍は回収され、アストライアーを介し国の魔法研究所へ送られた。

 残った教団員たちを捕らえ、一体どのようにしてこの槍を手に入れたのか、或いは作り出したのかを調査しているところだが……


 クレアは今、一人王都を離れ、ジェフリーの遺言を果たすべく地図を広げて歩いている、というわけである。




 まさかあのジェフリーに妻子があったとは。クレアは未だ半信半疑のまま地図に貼り付けたメモに目を落とす。

 ジェフリーの経歴を洗いざらい調べたところ、元妻とは十年ほど前に別れたらしい。その後、元妻は実家であるこのオーエンズに娘共々越してきたようだ。



 もうすぐ十四歳になる娘。

 その、誕生日に……



「…………」



 クレアは、胸ポケットに挿した一輪の花に目を向ける。

 白い、マーガレットの花。


 ジェフリーが今際(いまわ)(きわ)に手渡したあの花は、この一週間ですっかり枯れてしまった。だからこれは、先ほどクレアが花屋で買い直したものだ。

 肝心なのは、彼の意思。新しく買った花でも、そこに彼の魂は宿るだろう。

 しかし、たった一輪の花だけというのも何か味気ないように思えて、クレアは花屋に頼んで茎に赤いリボンを結んでもらった。せっかくの誕生日プレゼントなのだから、少しでもそれらしい方がいいだろう。



 本当ならば、ジェフリーの愛情をいっぱいに受けるはずだった実の娘に。

 血縁はなくとも、たくさんのものをもらった義理の息子が会いに行く。



 小さな花に、大きな大きな父の愛を乗せて──




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