7 遺志を継ぐ者たち
「……って、いい感じの雰囲気に水を差すようで悪いけどさぁ」
と、クレアとアルフレドの横から、エリスが口を挟む。
「仲間になったはいいけど、この状況をどう報告するワケ? 今のアルって、『隊長の命令を無視してウィンリスの街に来て、「飛泉ノ水斧」を悪用し、"水球"を展開して住民を恐怖に陥れた大罪人』なんだけど」
などと、過酷な現状を突き付けるので……
アルフレドは……ガッ! と頭を抱え、叫ぶ。
「そーだったぁあああッ!! このままじゃ俺、王子にやられるまでもなくフツーに叛逆者として捕まるじゃん! でも『王子に洗脳されてましたー』なんて馬鹿正直に言うわけにもいかないし……あああ、どうすれば……!」
「待ってください!!」
……そこで。
クレアが、珍しく大きな声で遮る。
一同が驚く中、クレアは……わなわなと震え出し、
「エリス、今……この男のことを、『アル』と……愛称で呼びましたか?!」
「って、そこぉぉおおお?!」
涙目で言うクレアに、シルフィーが堪らずツッコむ。
しかしエリスはひょいっと肩を竦め、
「だって仲間になったんだから、いい加減名前で呼ぶべきでしょ? さすがに顔と名前覚えたし、あんたの呼び方を真似してみたんだけど」
「駄目です! そんな親しげな呼び名……というか俺以外の男の名を口にしないでください!!」
「それはさすがに無理があるのでは?!」
シルフィーがなおもツッコむが、エリスは慣れっこなのか平然と腕を組み、
「えぇ〜? うーん、じゃあ………………『弟』って呼ぶ」
びし、とアルフレドに指を突き付けながら、言った。
アルフレドは自分を指差し、聞き返す。
「お、おとうと?」
「うん。お兄ちゃんはもういるから、あんたはクレアの弟」
「クレアさんの、弟……」
そう、噛み締めるように呟いて……
アルフレドはキラキラと甘えたような目でクレアを見つめ、言う。
「お……お兄ちゃんっ」
「殺しますよ?」
「あんっ、弟にだけ向ける殺意の眼差しっ。ありがとうございますっ!」
「どうしよう、この人も別種の変態だ……特殊部隊ってみんなこうなの……?」
クレアの塩対応に何故か悦びを見出すアルフレドに、シルフィーは絶望したように呟いた。
そして、ハッと本題を思い出す。
「って、そうじゃなくて! 確かにこのままじゃアルフレドさんだけが悪者になっちゃいますよ! 何せ、王子が洗脳したっていう証拠がないわけですし……」
「確かにね。下手な言い訳したら隊長に怪しまれるし、真実を話すには分が悪すぎる。どうする? クレア」
「それについては、既に対策を考えてあるのでご安心を」
「えっ? 俺にこっから救われるルートがあるんすか?!」
「えぇ。アルを無実の罪から救うには――本物の大罪人を利用すればいいのです」
「本物の……」
「大罪人?」
クレアの言葉を復唱するアルフレドとシルフィー。
クレアは頷き、一同を見回して、
「それには少しの準備と、王都にいるもう一人の"お兄ちゃん"の協力が必要です。昼食を食べたら……早速動き出しましょう」
そう、にこやかに微笑んだ。
――そうして、四人はウィンリスの街で『準備』を進め……
その三日後に、王都へと帰還した。
* * * *
――"中央"内、軍部庁舎の執務室にて。
「これは……どういうことだ?」
目の前に並ぶクレアとエリスとシルフィー、そしてアルフレドを順に眺め、
「……どうして、アルがここにいる?」
特殊部隊の隊長・ジークベルトが、眉を顰めて尋ねた。
「お前が応援に来ないと、タブレスにいる隊士から連絡があった。どこにいるのかと思えば……クレアと一緒だったのか?」
鋭い眼光を向けられたアルフレドと、初対面であるシルフィーはあからさまに怯み、「うっ」と呻く。
表情は険しく、声は重々しいが、決して怒っているわけではない。隊長として事実確認をしているだけ。
そのことを理解しているクレアは、一歩前へ踏み出し……用意していたセリフを切り出すことにする。
「――アルフレドは、兼ねてより隊が追跡していたウィンリスでの人身売買の件の追加調査を命じられた。標的は聖エレミア教会の祭司・エドガー。懸命な調査により、アルフレドはエドガーが犯した殺人の事実を突き止める。遺体を探すべく、アルフレドはシノニム湖へと潜り……湖底に突き刺さる一振りの斧を発見する。その正体が『飛泉ノ水斧』であることを知らぬまま触れると、魔法が発動し、"水球"を形成して湖面へと浮上した。以降、意識を失ったまま"水球"の核として『水斧』に取り込まれていた」
突然語られた謎のシナリオに、ジークベルトは固まる。
クレアは、困ったように微笑んで、
「……ということにしていただけないでしょうか? ジークベルトさん」
そう、願い出た。
ジークベルトはより険しい表情になり、聞き返す。
「それはつまり、ありもしない調査を捏造し、アルの失態を隠せと言っているのか?」
「半分はそうです。しかし、半分は事実です。アルは、とある人物に洗脳され……『飛泉ノ水斧』を操る"核"として利用されてました」
――そして。
クレアは、今回の任務の顛末と、ルカドルフ王子らの暗躍について、包み隠さず話した。
「……………………」
クレアの話を聞き終え、ジークベルトは沈黙する。
アルフレドが緊張の面持ちを浮かべる中、彼は目を伏せ……小さく息を吐くと、
「……そうか。よく調べたな、クレア。それに、エリシアも。『飛泉ノ水斧』を無力化し、アルを救出してくれたこと、心から感謝する」
そう、落ち着いた声で言った。
それに、エリスは面食らったように尋ねる。
「って、そんなあっさり信じてくれるの? こっちはけっこう勇気出して打ち明けたんだけど」
「"禁呪の武器"を巡る上の意向については、俺も疑問を抱いていた。その危険性を知りながら、呪いを保持した状態で回収しろなどと……無謀にも程がある。一体誰が主導しているのかと思えば、まさか王子の裏にそのような人物の影があろうとはな」
「それじゃあ、隊長も俺たち側についてくれるんですか……?!」
アルフレドが身を乗り出す。
ジークベルトは表情を崩さないまま頷き、
「あぁ。クレアが提示したシナリオの通りに報告書を纏めよう。これだけの捜査資料があれば、誰も疑いようがない。他の隊士には俺から上手く説明しておく」
そう言って、手元の資料――クレアたちがウィンリスの街で作成したエドガー祭司に纏わる調査報告を広げた。
"アルフレドは、ジークベルトから受けた任務の中で偶然『飛泉ノ水斧』に触れ、意図せず"水球"を生み出してしまった――"
クレアが用意したのは、そんなシナリオだった。
エドガー祭司という本物の犯罪者がいたからこそ考案できた筋書きだが……それを通すにはジークベルトの協力が不可欠であった。
クレアのこの案に、最初アルフレドは反対した。
ジークベルトは隊長だ。彼個人の倫理観はともかく、立場上、王子の意向に背くわけにはいかないはずだと。
しかし、クレアにはジークベルトを取り込める自信があった。
そして、それを裏付ける"根拠"も届いた。
それは、レナードからの調査報告。
ウィンリスの街からレナードに手紙を送り、ジークベルトについて徹底的に調べてもらったのだ。
その結果、ジークベルトに王子やその勢力との繋がりがないことが判明した。
隊長という立場ではあるが、上層部の操り人形というわけではない。
クレアが抱くジークベルトへの印象は間違っていなかった。
責任感が強く、冷静で、善悪を見極める公正な天秤を持っている。
性格はジェフリーと正反対だが……彼の信念と正義を受け継ぐ、尊敬すべき隊長だ。
クレアが持ち帰った『元・飛泉ノ水斧』に目を向け、ジークベルトが言う。
「……俺たち特殊部隊の使命は、国の平和と秩序を護ること。それを脅かす分子があれば、事が起こる前に対処する……たとえ、相手が何者であっても」
そして、珍しく笑みを浮かべて、
「ジェフリーさんが酔う度に繰り返していた説教だ。お前たちも覚えているだろう?」
と……かつてジェフリーの元で扱かれていた仲間として、クレアとアルフレドに投げかける。
それから、デスクの上で手を組み、
「……実はジェフリーさんも、当時の上層部や魔法研究所には疑念を抱いていたんだ。クレアを預かるきっかけとなった『天穿ツ雷弓』……それを用いた危険な実験がおこなわれている事実を、ジェフリーさんは突き止めていた」
「父さんが……」
エリスが呟く。
その情報は、クレアにとっても初耳だった。当時は"禁呪の武器"という概念がなかったが、ジェフリーはその強大すぎる力を危険視し、国がどう扱うのか注視していたのだろう。
だからこそ、部下に口煩く伝えた。
例え相手が国の上層部であっても、平和と秩序を乱すようであれば迷わず戦え、という意味を込めて。
亡き恩師に思いを馳せるクレアだったが……そんな彼とは裏腹に、ジークベルトとアルフレドは目を見開き、エリスを見つめていた。
「と……父さん?」
「エリスちゃん……今、なんて……?」
………………あ。
と、クレアは固まる。
そうだった……エリスがジェフリーの娘である事実を、この二人には伝えていなかったのだ。
凍り付いた空気の理由がわからないシルフィーは、ひたすら首を傾げている。
エリスは、「あはは」と苦笑いをし……ぽりぽり頬を掻いて、
「実は、あたし……ジェフリーの娘なの」
と、気まずそうに打ち明けた。
ジークベルトもアルフレドも、口を開けて放心する。
クレアも初めは驚いた。ジェフリーに妻子がいただなんて、とてもじゃないが想像ができなかったから。
唖然とする二人は、やがて納得したような顔になり……エリスをあらためて見つめる。
「そうか……言われてみればよく似ている」
「うん。横暴で理不尽なところとかそっくりっす」
「ちょっと。横暴かつ理不尽にキレるわよ?」
低く言って、拳を握るエリス。
「冗談っすよ」と手を振るアルフレドに、ジークベルトはふっと息を吐き、
「……なるほど。あの人の強さの理由が、ようやくわかった気がする。娘という護りたいものが芯にあったのだな。そして……その強さと信念を、今度は俺たちが引き継ぐ番だ」
隊長然とした、威厳と責任に満ちた眼差し。
その眼で、ジークベルトは一同を見回し、
「"禁呪の武器"を一つ残らず無力化する――それこそが、我々の目下の使命だ。これからはより連携し、随時情報を共有しよう。特殊部隊という枠組みに囚われない、特別な仲間として」
真っ直ぐな声で、そう言った。
クレアとアルフレドは「はい」と答え、エリスとシルフィーは嬉しそうに笑みを交わした。
ジークベルトという強力な味方を増やすことができ、クレアは胸を撫で下ろす。
"禁呪の武器"の発見及び解放に向け、より動きやすくなるはずだ。
と、安堵する四人に、ジークベルトが続ける。
「早速、俺から一つ共有だ。これは軍部の中でも限られた者しか知らない極秘事項なのだが……ヴァルデマール総統は、半年前から公の場にも軍部の会議にも姿を見せていない。どこで何をしているのか、俺にもわからない」
「え……?」
ヴァルデマール総統が、半年前から消息不明……?
思いがけない情報に、クレアたちは耳を疑う。
「それは……総統が、ご自分の意志で姿を眩ませているのでしょうか?」
「それもわからない。何かの計略のために自ら姿を消しているのか、あるいは何らかの事件に巻き込まれているのか……いずれにせよ、国の最高司令官の不在は諸外国にも国民にも知られるべきではないとして、徹底的に隠されている。公務は大臣たちが代理し、なんとか成り立っている状況だ」
「半年前といえば、我々が『風別ツ劔』の一件を解決した後です。総統の不在に"禁呪の武器"が絡んでいる可能性も否定できないですね」
「その通りだ。総統自身が"武器"の実用化のために準備を進めているかもしれないし……逆に、実用化を推進する者と衝突し、消された可能性もある」
「最高司令官が消されるなんて、あり得るんですか?!」
「もちろん考えたくはないが……敵が王子を介して洗脳魔法を使用するとなれば、総統をどうにかすることも容易いだろう」
ジークベルトの返答に、皆が緊張する。
敵の勢力は、ルカドルフ王子を抱き込んでいるだけでなく、ヴァルデマール総統をも葬っているかもしれない……
それが事実ならとんでもないことだ。アルアビスという国そのものを揺るがす大事件。
今後は、ヴァルデマール総統の安否についても調査する必要がありそうだ。
ジークベルトは神妙な面持ちで目を細め、
「洗脳魔法を駆使するとは、厄介な相手だ……せっかくこうして結託しても、操られては意味がない。何か対策が取れればいいのだが……」
「それならあるわ」
と、エリスが堂々と遮る。
そして、懐から小瓶を取り出し、
「自分を忘れないための『備忘薬』。隊長の分も作ってあげる。みんなでこれを飲めば洗脳魔法は防げるはずよ」
そう言って、得意げに笑った。
その用意周到さと自信に満ちた笑みに……ジークベルトはジェフリーの面影を思い出す。
「……さすがは唯一無二の天才魔導士だ。では、その『備忘薬』をぜひいただこう」
「うん。じゃあ、泣いて?」
「……どういうことだ」
「涙が必要なのです。水には記憶が宿っていますから」
言葉足らずなエリスの要求にクレアが補足すると、ジークベルトは「なるほど」と納得した。
最後に、クレアが纏めるように言う。
「本件の協力者は全員、この『備忘薬』を摂取し、洗脳への対策をしましょう。今後、最優先で取り組むべきは、古の記憶の継承者であるカレルの調査。まずはウィンリスに拘留中のエドガー祭司を詰問し、カレルの義両親の所在を特定します。その上で、ルカドルフ王子に指示する首謀者が誰なのかを探っていきます。加えて、魔法研究所の地下施設についても調べたいところです」
「あぁ。残る『麗氷ノ双剣』の捜索と、ヴァルデマール総統の消息についても調べなくてはな。もちろん、通常の任務も続行だ。頼んだぞ、アル」
「うわぁ、忙しくなりそ……これ、特別手当とか出ます?」
「手当が出るかは知らないけど――」
……と、げんなりするアルフレドの顔をエリスが見上げ、
「仲間が増えたことを祝う決起集会に招待したげる。最高級ワインで作ったビーフシチュー……食べてみたくない?」
ニッと笑いながら、悪戯っぽく言った。