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5 万象の循環へ




 ♢ ♢ ♢ ♢




「――あんたなんて、産まなければよかった」


 

 アルフレドの"記憶"は、そんな声から始まった。


 ひどく落胆した女性の声。

 映し出されたその人は、アルフレドと同じ茶色の髪をしていた。




 しかし、すぐに場面が切り替わる。

 次に映ったのは、クレアがよく知る場所……軍事養成施設『箱庭(ガルテノ)』の管理室。

 そこで、眼鏡をかけた事務員が帳簿を捲りながら言う。



「男の子か。なら……今日から君は、アルフレドだ。アルフレド・グリムブラッド。わかったね?」



 クレアと同じ、国から与えられた名前。

 事務員は書類にペンを走らせ、最後に判をバンと押した。




 その音が響いた後、場面は再び切り替わる。


 夜。幼いアルフレドは白衣を着た大人に手を引かれ、とある建物へと(いざな)われた。

 そこは、エリスにとって馴染みのある場所で……



「え……魔法研究所?」



 その呟きを聞きながら、クレアは喉を鳴らす。

 恐らく、今から見せられるのは……あの『天穿ツ雷弓』を使った適性実験の模様だ。


 真っ暗な廊下を進み、アルフレドは広い部屋に連れて来られる。

 そこには、同じく白衣を着た大人たちがずらりと並んでいるが……皆、仮面で顔を覆い、年齢も性別も判別できなかった。


 仮面の内の一人が、アルフレドを見下ろし、こう告げる。



「今からおこなうのは、この国の未来に貢献する重要な実験だよ。おめでとう。君はその名誉ある実験の被験者に選ばれた。ここで体験したことは決して口外しないこと。これは命令だ。わかったね?」



 その言葉に、幼いアルフレドは無言で頷いた。


 そして、仮面の大人たちが道を開ける。

 彼らの先に見えたのは、床下に造られた重厚な扉。

 それは、クレアが"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"の中で発見したものと同じだった。



「うそ……研究所に地下があるの?」



 やはりエリスも知らなかったようだ。目を見開き、驚愕している。

 クレアが調査した時、扉の先の地下は真の暗闇で、全貌を確かめることはできなかったが……一体どのような施設が広がっているのだろうか。



 固唾を飲み、続きを見つめると……

 突然、アルフレドの視界が真っ暗になった。


 クレアは内心舌打ちする。

 恐らく、目隠しで覆われたのだ。



(くそ……だから階段から先が暗闇だったのか。アルフレドの記憶には、音と感触しか残っていないから)



 そこからは、階段を降りる音と、大人たちの声だけが響いた。

 時折り聞こえる『弓』や『(いかづち)』という単語。そして……



「アルフレドくん。右手を伸ばして……()()を握ってみてくれ」



 男の声が、そう言った。

 アルフレドは幼い声で「はい」と答え、それに応じる。

 すると……



「…………あ……」



 ……小さく漏れる、アルフレドの声。

 恐らく、『天穿ツ雷弓』に触れたのだろうが……

 彼の口から、それ以上の声が上がることはなかった。



 クレアやメディアルナと同じ。

 精神が未成熟な幼少の内に"武器"に触れることで、悪意の素となる感情を奪われ……

 狂戦士化することのない、"適性者"となったのだ。



 その反応に、大人たちが騒めくのが聞こえる。



「なんと……『弓』に触れても発狂しない!」

「あの屈強な軍人でさえ狂ったというのに、こんな幼い子供に適性があるとは……やはり実験対象を拡大して正解だった」



 そんな歓喜の声が飛び交った後。

 男の声が、アルフレドのすぐ後ろから聞こえる。



「おめでとう! これは選ばれし者の身体にのみ刻まれる"印"だ。あまり多くは記録できないから、君の身体に直接残させてもらうよ」



 ……そして。



「あぁぁあああっ!!」



 アルフレドの悲鳴と、皮膚の焼ける「ジュウゥッ」という音が重なった。

 "適性者"の焼き印――六芒星の宿る瞳の紋様が押されたのだろう。



「君は我々の崇高な研究に差した一筋の光だ! 準備を整えたらまた召集するから、ぜひ協力してくれ!」



 熱狂を孕む男の声。

 状況から察するに、この実験の主導者――当時の魔法研究所の所長であるライリー・ブライアンの声だろう。


 しかし、彼の野望はここで潰えることになる。

 レナードの調べによれば、ライリーはこの後自ら被験者となり、弓の狂気に飲まれ自害したらしい。そのことが要因となり、この実験は中止された。



「もしかするとアルフレドは、この実験で見出された唯一の"適性者"であり……唯一の生き残りなのかもしれませんね」



 クレアの言葉に、エリスは「うん」と、重々しく頷いた。




 そして――

 "記憶"は、急速に時を進める。


 戻った視界に映ったのは、特殊部隊(アストライアー)の現隊長・ジークベルトの姿。

 彼は執務室の机に座り、アルフレドに命ずる。



「アルフレド・グリムブラッド。エステルア領・タブレスにて遂行中の作戦の応援に向かえ。出発は今夜中。以降の指示は現地の隊士に仰ぐこと」



 これは……つい先日下された指令だろう。

 アルフレドは急遽エステルア領に向かうことになったため、猫のマリーをクレアたちに預けに来た。


 ということは……急な仕事の指令は本当に下されていたらしい。

 ならば、どうしてアルは今、遠く離れたウィンリスの街にいる?



 クレアのその疑問は、すぐに解消することになる。




 場面は変わり――深夜。

 アルフレドは準備を整え、任務へ向かうべく自室を出発した。


 すべてが寝静まった暗闇の中、寮を出て"中央(セントラル)"の裏門へと向かう。

 と……その時。



「――アルフレド」



 誰かが、彼を呼んだ。

 アルフレドは「え?」と呟き、声がした方を振り返る。

 すると……



 暗がりの中、ルカドルフ王子が立っていて。

 アルフレドに向け、手を伸ばした――――






 ♢ ♢ ♢ ♢




 ――アルフレドの記憶は、そこで終わった。


 再び、精霊の意識空間に戻り……クレアたちは暫し言葉を失う。



 "記憶"がここで途切れたということは、アルフレドはこの直後に意識を失ったのだろう。

 つまり……ルカドルフ王子とやり取りすることなく、このウィンリスの街を訪れた。


 そこから推測されるのは、



「アルは…………王子に操られて、ここに来た……?」



 しかし、導き出したその仮説を、クレアは自ら否定する。



「でも、洗脳魔法は存在しないはず……」

「そうとも言い切れないわ」



 それを、今度はエリスが否定する。



「洗脳や幻想を防ぐ魔法があって、その効力は本物だった……それってつまり、洗脳魔法がほんとに存在していたってことでしょ?」



 その言葉に、クレアは納得する。

『涙の備忘薬』に、体液を交わす"夫婦(めおと)の契り"……エリスが発見しただけでも洗脳に対抗する魔法は二種類もある。それは、かつて洗脳魔法が実在したことの証明に他ならない。


 仮に、ルカドルフ王子の裏で手を引くのがカレルなのだとしたら、彼には古の権力者の記憶が宿っている。洗脳を含む失われた魔法技術の知識を有していても不思議ではない。


 そして……クレアたちの推論の答え合わせをするように、水の精霊が答える。



『あなたたちの推測は正しいわ。この斧が造られる前――人間たちの争いが熾烈を極めた時代、私たち水を司る精霊は、人を惑わす魔法として使役されていた。その技術の究極系が、幻想世界に引き込み記憶を抜き出すこの斧だったの』



 クレアは、エリスと顔を見合わせる。


 ……間違いない。

 アルフレドは、自らの意志でクレアたちを陥れようとしたのではなかった。

 "禁呪の武器"の適性者であるが故に王子に洗脳され、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』の使い手として利用されたのだ。


 なら、アルフレドは……未だ洗脳されたままかもしれない。

 目覚めたらどのような行動に出るか、完全に予測不能だ。



「……早く、アルの元へ行かないと」

「うん。洗脳が水の精霊を用いた術なら、あたしにも解けるかもしれない。早く行って、元に戻してあげよう」



 頷き合う二人。そこに、精霊が穏やかに語りかける。



『どうやら、知りたい情報は得られたようね』

「うん。あたしたちだけじゃ知り得ない事実をたくさん目にすることができた。本当にありがとう。残りの"武器"の精霊も解放できるよう、引き続き頑張るから」

『お礼を言うのはこちらの方よ。あなたたちのような善い人間がまだ外界に居るのだと知れて嬉しかった。これで……安心して還ることができる』



 ……そうして。

 エリスとクレアの足元に広がる水が、ざわざわと波打ち始める。

 封じられていた精霊が、外に出ようとしているのだ。



「……あっ、待って!」



 と、そこでエリスが声を上げる。



「この湖、勢い余って凍らせちゃったの! もし可能なら、ついでに溶かしてもらえると助かる!!」



 さざめく水音に負けぬよう、エリスが言うと……

 精霊は、すべてを見透かしたような声で、



『……もとより、そのつもりよ』



 そう言って――――二人の意識を、激流に飲み込ませた。






 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎






「――本当に、元に戻るんだろうか……?」



 シノニム湖のほとり。

 凍り付いた湖面の中央に立つクレアとエリスを遠くに眺め、保安兵団のアモリが不安げに呟く。


 ここからだと、二人が何をしているのかは見えない。

 しかし、"禁呪の武器"の解放に挑んでいることを知るシルフィーだけは、二人の無事を祈り、胸の前で拳を握っていた。



(あの二人なら大丈夫だと思うけど……どうか、無事に終わりますように)



 そうして、眼鏡の下の瞼をきゅっと閉じた――その時。




 ――ぶっしゃああぁぁあああぁっ!!




 クレアたちの足元……『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』を突き立てたその場所から、爆発的な量の水が噴き出した。

 迸る水飛沫に遮られ、二人の姿が見えなくなる。



「え……エリスさん! クレアさん!!」



 シルフィーが叫ぶが、その声すら水の音に掻き消される。

 と、



「おい……見てみろ! 氷が……溶けていく!!」



 保安兵団の一人が、指をさす。

 見れば、噴き出した水が触れた箇所から、湖面を覆っている氷がみるみる融解していた。

 

 水は波紋を成して広がり、湖の全域へと行き渡り……

 やがて、飛沫が収まる頃には、氷は完全に溶けていた。

 しかし……



「いない……お二人はどこに……?!」



 シルフィーは駆け出し、辺りを見回す。

 高波に揺れる、青い湖。

 まさか……噴出に巻き込まれ沈んでしまったのでは……?


 ……と、シルフィーが絶望した、その時。



「――ぷはぁーっ!!」



 シルフィーのすぐ目の前。

 濡れた髪を振りながら、エリスとクレアが湖面に浮上した。



「え……エリスさん、クレアさん!」

 


 シルフィーが歓喜の涙を浮かべる。

 二人は波に揺られながらシルフィーを見つめ……精霊の解放が成功したことを示すように、親指を立てた。



 

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