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12 鏡の国の崩壊




 ♢ ♢ ♢ ♢




 ――ジェフリーの死を見届けてから、二日。

 クレアは、『炎神ノ槍』回収後の各所の動きを入念に調べた。


 まず、保管先である魔法研究所。

 所長のイザベラや副所長のジェラルドなど、知っている者の顔もあったが、『槍』の性質について真剣に調査するのみで、怪しい動きは見られなかった。


 次に、ルカドルフ王子の周辺。

 こちらについては、動きを見せるどころか姿すら現さなかった。


 そして、アルフレドだが……

『炎神ノ槍』による混乱で逃げ出したレーヴェ教団の信者を捕えるべく、寝る間も惜しんで調査をしていた。

 まるで、ジェフリーを失った虚しさから逃れるように。



 要するに、『炎神ノ槍』を悪用しようとする動きはどこにも見られなかったのだ。

 即ち、アルフレドの中に、ルカドルフ王子らとの接触や目論見に関する記憶がないということ。

 ならば……これ以上、この幻想世界に居る理由はなかった。




 ――この"鏡界(きょうかい)"で過ごす七日目。

 クレアは、アルフレドの寮部屋へ侵入し、彼を待った。


 既に日が落ち、部屋は暗い。

 昼間クレアが追跡したところ、アルフレドは"情報源"の一人である女性に会いに行っているようだった。

 レーヴェ教団の信者を一人残らず捕まえるために奔走しているのだろう。

 だが……いずれは、この部屋に帰って来る。



 ……そして。

 その時は、予想よりずっと早くに訪れた。


 部屋の外、廊下に響く無防備な足音。

 間違いない。アルフレドのものだ。



 クレアは、腰から剣を抜く。

 これからすることに、迷いも恐れもなかった。

 ここに在るのは水が生んだ幻想。

 そう頭でわかっているから。


 ……いや。仮に、これが現実だとしても。

 クレアにはきっと、それができる。


"私情を捨て、すべきことを遂行せよ。"


 ジェフリーに、そう教えられてきたから。

 けれど……



(そう教えた貴方が最期に残したのが、私情塗れの任務だなんて……いや、きっと貴方のことだから、私と(エリス)を引き合わせたのにも何か狙いがあったのでしょう)



 そんな答えのない問いを浮かべた、直後。

 鍵を回す音がし……扉が開かれた。


 暗闇に差し込む、廊下からの光。

 それを背に受けながら、この部屋の主――アルフレドが現れた。



「え…………なんで…………」



 クレアの姿を見るなり、彼は掠れた声で呟く。

 その間の抜けた顔に、クレアは……親しみと悔しさが混ざったような、苦い感情を覚えた。

 

 そして……この世話のかかる後輩を、いつものように睨み付け、




「――いつまでここにいるつもりですか?

 さぁ…………元の世界へ帰りましょう」




 そう言って――

 彼の腹に、劔を突き刺した。




「が……は…………っ!」



 アルフレドが、低く呻く。

 その様を、クレアは冷めた目で見つめる。



 ここはアルフレドが生み出した"鏡界(きょうかい)"。

 ならば……アルフレドこそが、幻想の『核』だ。

 エリスの魔法がなかなか発動しない今、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』を停止させるには、使用者であるアルフレドの意識を攻撃するしかないと考えた。



 口の端から鮮血を流すアルフレド。

 その姿が……突然、ぐにゃりと歪んだ。


 彼だけではない。部屋が、建物が……世界全体が、固体から液体へと変わってゆく。

 核を突かれたことで、"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"が揺らいでいるのだ。


 だが、崩壊には至らない。

 幻想が少し不完全になっただけ。



(まさか……アルを攻撃しただけでは足りないのか?)



 揺らぎ続ける景色に、クレアが困惑していると……



「……クレア、さん」



 アルフレドが、名前を呼んだ。

 水のように揺らめきながら、何故か穏やかな笑みを浮かべている。

 その表情に、クレアが目を見開くと……彼は、ふっと目を細めて、




「…………ありがとう、ございます」




 そう、口にした。


 その理由を、クレアが問おうとした――――刹那。






「──招詞(シンケ)冷御霊(キュレィエ)!!」






 高らかな声が、クレアの"鏡界(きょうかい)"に響いた。



 ――それは、待ち望んでいた祝福(ファンファーレ)

 この世界の終わりを告げる、愛しい女神の号令。



 直後、微笑みをたたえたままのアルフレドも、床も、壁も、天井も、すべてが凍り付き……

 クレア以外の時間が止まったように白くなり。




 ――ピシピシ…………パキィィイン……ッ!!




 甲高い音を響かせながら……

 "虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"が、完全に崩壊した。






 ♢ ♢ ♢ ♢






「――エリスさんたち……大丈夫かなぁ……?」



 その少し前。

 "水球"の外にいるシルフィーが、心配そうに呟いた。


 クレアとエリスが"水球"に突入した五分後。シルフィーは予定通り『ブルー・ド・バーナム』を取り出し、そのにおいを周囲に漂わせたのだが……

 しばらく経っても、"水球"に変化は見られなかった。



「まさか、においが届いていないんじゃ……いっそのこと、"水球"にチーズを投げつけてみる? いやいや、そんなもったいないことしたら絶対エリスさんに殺される……!」



 なんて、一人で葛藤していると……

 突如、"水球"の表面が、ボコボコッと波打った。


 その変化に、シルフィーは目を見張る。



「え……? なんか、動いて……?」



 と、眼鏡の位置を直した――直後。




 ――パキパキパキ…………ピシィイイッ……!!




 "水球"に白い霜が走り、完全に凍り付いた。

 "水球"だけではない。そこから発せられた猛烈な冷気により、シノニム湖の湖面全体が一瞬にして凍ってしまった。



「こっ、これは……エリスさんの魔法が、成功した……?!」



 漂う冷気に白い息を吐きながらシルフィーが見上げていると、巨大な氷玉と化した"水球"に、いくつもの亀裂が走り……

 硝子が砕け散るような音を上げながら、崩壊した。



 凍った湖面に、ガラガラと落ちる砕けた"水球"。

 シルフィーは思わず伏せ、音が止むのを待ち……

 恐る恐る、ボートの縁から様子を覗く。と、



「……え、エリスさん、クレアさん!! それと……誰?!」



 砕けた"水球"が散らばる中、湖面に倒れるエリスとクレアと――

 美しい斧を手にしたまま気を失う青年……アルフレドを目にし、困惑の叫びを上げた。



 

ということで。プロローグはアルフレド視点でした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次話より第四部の最終章に突入します。

最後までよろしくお願いいたします!!

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