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6 烙印




「――すみませんでした……」




 夜明け前。

 酒場を閉め、クレアが特殊部隊(アストライアー)の隠れ家に戻ると、正座をしたアルフレドがレナードに詰められていた。


 レナードは氷のように冷え切った目でアルフレドを見下ろす。



「お前は……本来の目的を見失うなと何度言ったらわかる?」

「いえ、決して見失ったわけでは……あくまで『コリン』らしい返答をしただけで……」

「言い訳は無用だ。再三言うが、『陰のある男』と『陰気な男』は違うし、『哀愁のある男』と『情けない男』も違う。お前が演じているのはいずれも後者だ。それが女性をイラつかせるのだと何故わからない?」

「うぅ……そんなこと言われても……」



 正座したまま、うな垂れるアルフレド。

 その様子を離れたところで眺めるジークベルトに、クレアはこそっと尋ねる。



「アルがしくじった件、ジェフリーさんはご存知で?」

「あぁ。さっきまでここに居たが、笑いながら帰って行った。だからレナードが代わりに説教しているんだ。しかし……そろそろ夜が明ける。ここいらで助け舟を出してやらんとな。クレア、頼んだ」



 腕を組みながら、ジークベルトがやれやれと言う。このやり取りも記憶のままだ。

 クレアは「わかりました」と頷き、レナードを宥めに向かう。



「レナードさん。今回の失敗はアルをフォロー仕切れなかった私の落ち度でもあります。カトレアは今夜もあの酒場に来るはずです。どうかもう一度チャンスをください」

「酒をぶちまける程に(いか)っている人間がまた来ると言うのか? 何を根拠にそんなことを……」



 レナードの疑問はもっともだが……実際、カトレアは次の晩も酒場に来た。その未来を知るクレアは、自信を持って答えることができた。



「彼女の怒りは、『あと一人勧誘すれば指輪(リング)がもらえる』という焦りのあらわれです。今ごろ彼女も惜しいことをしたと悔やんでいるはず。新たなカモを一から探すより、もう一度コリンを誘おうと考えるでしょう」

「………………」



 クレアの説得に、レナードは顔を顰め……

 アルフレドに、くるっと背を向ける。



「……なら、もう一晩粘ってみろ。ジェフリー隊長もお前らに任せると言っている。同じ失敗は許されないからな」

「はい。ありがとうございます」



 クレアが礼を述べると、レナードはジークベルトと共に隠れ家から去って行った。


 二人きりになるなり、アルフレドがぶわっと涙を流しながらクレアにしがみついてきた。



「うわぁああんっ! クレアさんありがとうございますぅう!!」

「泣いてる暇があるなら酒でベタベタの顔を早く洗ってください。こっちまで汚れます」

「くぅっ、俺にだけ冷たいそのカンジもめっちゃ好きっす! シャワー浴びてきます!!」



 そう言って、アルフレドは浴室へと駆けて行った。


 その背中を見送り、クレアは小さく息を吐く。

 そして……この後の行動について考える。



 今夜、酒場に戻るまでの時間を利用して、いろいろと調査を進めておきたかった。


 ルカドルフ王子とその周辺の動向。

 王子とジークベルトとの繋がりの有無。

 それから……魔法研究所が秘匿している、()()()()について。



 十七年前、クレアの手により運ばれた"禁呪の武器"の一つ・『天穿ツ雷弓』。

 魔法研究所は、この呪われた弓の"適性者"を見出す人体実験を秘密裏におこない……

 適性がある者の身体に、焼き印を残した。


 この"鏡界(きょうかい)"に記憶を提供した人物がルカドルフ王子、あるいは彼に近しい者なら、当然この実験についても知っているだろう。

 ならば……この世界には、その資料が保管されているはず。


 "中央(セントラル)"に向かい、それらを探す。

 そうすれば、ルカドルフ王子と繋がっている人物を炙り出せるだろう。



 そのようなことを考え、いつもの装いに着替えていると……



「はーっ、さっぱりした! 気分晴れ晴れ! 完全復活っす!!」



 そんな声と共に、アルフレドが戻って来た。上半身裸のまま、首からかけたタオルで髪を拭いている。

 先ほどまでの落ち込みはどこへやら。いつもの陽気さを取り戻した後輩に、クレアは苦笑いする。



「さては、全然反省していませんでしたね? レナードさんの前だからと、しおらしい後輩を演じていたのでしょう?」

「いやいや、本当に反省していますよ? クレアさんにも迷惑かけちゃったし……まぁ、レナードさんにはレナードさん用の態度があることは間違いないですけど」



 なんて悪びれることなく言って、アルフレドは椅子に座る。

 そして、髪を拭く手を止め、



「はぁ……クレアさん。女心って、どうしたら理解できるんすか?」



 テーブルに伏せながら、参った様子で投げかける。



「前にレナードさんが、『年上の女性はダメな男に手を差し伸べたくなる』って言ってたから、俺、精一杯ダメな男になり切ったんすよ? なのに、この結果……もうムズすぎますって」



 ……そんな風に始まった愚痴に、クレアは違和感を覚える。

 クレアの記憶が確かなら……この時のアルフレドとは、このような会話をした覚えがない。



「女性を相手にすると、どうしてだか上手くいかないんすよねぇ。やっぱり女性の方が人の機微に聡いんでしょうか? それとも……俺が"正解"を知らないから?」



 やはり、これは……知らない会話だ。

 三年前、実際にこの場面にいた時には、アルフレドはすぐに着替えて仮眠を取ったはず。

 だからこそ、クレアはこの後調査に動こうと考えていたのに……


 クレアの動揺をよそに、アルフレドが続ける。



「……クレアさん。俺、"空っぽ"なんすよ。『本当の自分』ってモンがない。だからこそ、どんな人間にもなり切れるし……知らない感情も、精巧に真似ることができる」



 テーブルに伏せたまま、独白するように呟くアルフレド。

 このような話は、彼の口から聞いたことがなかった。

 この異常を観察するため、クレアは無言で続きを聞く。



「でも、愛は……愛情だけは、上手く真似できない。理論通りにいかないことがあまりに多すぎる。って、そもそも理論に当てはめようとしていること自体が間違っているんだろうけど……でも、特殊部隊(うち)の人たちだってみんなそうでしょ? どんなに口説くのが上手くても、誰かを深く愛した経験なんて持ち合わせていない。クレアさんもレナードさんも、相手に好かれる人物を演じているだけ。なのに、どうして……俺だけが、上手くいかない」



 ……そして。

 アルフレドは、虚ろな目で自分の手を見つめ、



「……やっぱ、"空っぽ"だからっすかね? 『自分』がないから、人間としての魅力がない、みたいな……こうして話している今も演じているんです。『仕事に悩む、放っておけない後輩(アルフレド)』を。直そうにも、直す(すべ)がない。誰かの(なまえ)を借りなきゃ、悩みすら抱けないんだから」



 言って、彼はテーブルに頬を付けたままクレアの方を見上げ、




「……クレアさんは、"愛"が何か知っていますか? どうやったら、それを……知ることができますか?」




 と……物を知らぬ子供のように、尋ねた。



 クレアは、彼を見つめる。

 ここは、"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"だ。目の前にいるアルフレドも、水が生み出したニセモノ。

 だから……この問いに取り合うこと自体、時間の無駄だ。

 記憶にないこのやり取りも、なんらかの不具合により生じているに違いない。


 けれど……

 この後輩の、あまりに滑稽な質問に、クレアはつい笑みを溢してしまって。



「……ふふ」

「えー。ヒトが真剣に聞いてんのに、なに笑ってんすか?」

「いえ……現在(いま)のアルを知る身からすれば、とんだ愚問だと思いまして」



 むすっと唇を尖らせるアルフレドに、クレアは近付き……

 濡れたおでこに、ビシッとデコピンを食らわせると、




「……大丈夫。あなたはちゃんと、『愛情』に気付きますよ。私がそうだったように」




 そう言って、静かに笑った。



 ――『本当の自分』がない、"空っぽ"な人間。

 それは、クレアも同じだった。

 自分は『普通』とは違う。親もきょうだいもなく、愛情を知らずに育ったから、『普通』を模倣して生きるしかない。

 それが当たり前だと、そう思っていた。けれど……


 失った後で、ようやく気付いた。

 隊長であるジェフリーに、たくさんの愛情をもらっていたことを。


 ジェフリーだけじゃない。レナードや、他の隊士からも大切にされていた。

 気付いていないだけで、もらった愛情は確かにクレアの中で息づいていて……

 今ではエリスに向ける愛情になっている。



 愛は、循環する。

 誰かにもらった愛は、必ず誰かに返すことができる。


 そうでなければ――アルフレドが何の得にもならない野良猫に愛情を向ける未来など、やってくるはずがないのだから。




 クレアはアルフレドの視線に合わせ、テーブルに顎を乗せると、



「……言っておきますが、人間の女性より猫の方がよっぽど扱いが難しいと思いますよ?」



 なんて、冗談めかして言う。

 当然、このアルフレドにはその意味がわからない。だから、顔を顰めて聞き返す。



「えぇ? なんでいきなり猫?」

「ふふ。ものの例えですよ。ほら、早く髪を拭いて服を着てください。風邪を引いたら名誉挽回どころではなくなりますよ?」



 クレアが窘めると、アルフレドは「はーい」と答え、渋々立ち上がった。


 さて、アルフレドを見送ったら、自分も行動開始だ。

 "中央(セントラル)"へ行って、できる限りの調査をしなければ……エリスの凍結魔法がいつ発動するかわからないのだから。



 と、アルフレドが着替えるのを何気なく眺め――

 クレアは、目を見開く。




 タオルを取り払った、首の後ろ。

 普段、服の襟に隠れている、その部分。


 そこに――あの紋様があった。

 少し歪み、所々掠れてはいるが、間違いない。




 十七年前、魔法研究所がおこなった、『天穿ツ雷弓』を使った実験。


 その"適性者"に押される、六芒星の瞳の焼き印。




 ……そうか。だから、見覚えがあったのだ。

 何かの折に、アルフレドの首を見たことがあったから。




(つまり、アルは…………"禁呪の武器"への耐性を持つ、適性者)




 その事実を前に、クレアは……暫し立ち尽くした。



 

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