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4 記憶の提供者




 ――隠れ家を後にし、クレアは作戦の舞台となる酒場を訪れた。


 オーナーの男には店を数日明け渡すよう依頼済みだ。

『オーナーに急用が入ったため、知人であるクレアが代わりにバーテンダーを務める』という設定で店を借りることになっていた。

 

 クレアはオーナーの男から店内の案内を受ける。

 カウンター席の他にテーブル席が二つあるだけの、広いとは言えない店。立地的にも雰囲気的にも大衆向けとは程遠い。だからこそ、人目を気にし、"暗さ"を求める人間が自然と集まる場になっていた。



 そうして、オーナーの男が店を離れ……

 夕刻。クレアは一人、酒場をオープンさせた。




 常連客らしき男女がすぐに入店し、カウンターに立つクレアを見て驚くが、代理であることを説明するとすぐに納得した。

 その後に訪れる客も同じ。クレアを疑う者は誰一人としていなかった。


 確かに、クレアの所作はバーテンダーとして完璧であり、白いシャツに黒いベストを合わせた装いも様になっているが……順調なのはそれが理由ではない。


 三年前、この作戦は成功を納めている。

 だから、過去の事実に基づくこの"鏡界(きょうかい)"でも失敗するはずがなかった。



 カウンターの客にカクテルを注ぎながら、クレアは考える。

 特殊部隊(アストライアー)の隊士のみが知る隠れ家の場所も、この作戦の内容も、実際(オリジナル)の時とまったく同じ。


 つまり……『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』に記憶を提供した()()は、この作戦に関わりのある人物だろう。



 レナード。

 アルフレド。

 そして、ジークベルト。



 この内の誰かが、ルカドルフ王子と内通しているかもしれない。


 しかし、それがレナードである可能性は限りなく低いとクレアは考えていた。

 レナードは"禁呪の武器"に耐性を持つ者の条件を知っている。もし彼が王子側の人間なら、情報をとっくに共有しているはずだ。王子が"水球"の罠を仕掛けること自体、無意味となる。


 次に、アルフレドの可能性を考えるが……正直、彼を味方につけるメリットが王子側にあるのか疑問だった。

 アルフレドは"禁呪の武器"に纏わる任務にはあまり関与していない。リンナエウスでの一件でクレアから応援を頼み、人探しに協力したくらいだ。

 隊の中での地位があるわけでもない。ましてや、役に没入しすぎる厄介な特性がある。駒として扱うにはデメリットの方が多いように思えた。


 最後に、ジークベルトだが……現状、可能性として最も高く、最も考えたくないのが彼だった。

 ジークベルトは特殊部隊(アストライアー)の現隊長だ。"禁呪の武器"に纏わる指令も彼から下される。

 これまでジークベルトは、『呪いの力を有したまま"武器"を回収せよ』という上の意向に懐疑的な姿勢を示していたが……それ自体、クレアを欺くためのポーズだとしたら?


 隊長として軍の上層部と関わる機会も多い。クレアが知らない国の内情も把握しているだろう。王子が味方に付けるには、これ以上ない人物だ。

 何より彼は、ジェフリーの後を引き継ぐ形で隊長に就任している。その人事自体、王子側の勢力が根回しした可能性もある。三年前のこの時期から王子との繋がりがあったのか、徹底的に調べる必要があるだろう。



 ……もちろん、誰のことも疑いたくはない。

 特殊部隊(アストライアー)の任務は互いの信頼がなければ成り立たない。何より、長年苦楽を共にした仲間なのだ、情だってある。


 しかし、この"鏡界(きょうかい)"における現状の全てが、彼らの中に『記憶の提供者』がいることを示している。

 情に流されている場合ではない。さいわい、感情を殺すことは得意だ。他でもない、この部隊の中で鍛えられたことだから。




 ……と、そこまで考えて、クレアは顔を上げる。

 そろそろ、時間だ。


 酒場のドアベルが鳴り――一人の客が来店した。


 若い女だ。茶色のショートヘアに、深緑の瞳。すらりとした長身と、勝気な雰囲気の顔立ちが印象的。


 彼女こそ、この作戦の標的――レーヴェ教団の信者、カトレアである。



 クレアは「いらっしゃいませ」と言って、柔らかな笑みを向ける。

 するとカトレアは、驚きながらも頬を染めた。



「あれ……あたし、店を間違えたかな」

「いえ。実はオーナーが急用で不在にしていまして。知人である私が代理で立たせていただいているのです」

「なぁんだ、そういうこと。随分とかっこいいお兄さんがいるから、びっくりしちゃった」



 カトレアはカウンター席に座ると、カクテルを注文した。クレアは本職顔負けの手捌きで酒を作り、提供する。



「手際が良いわね。他所のお店でやってるの?」

「はい。まだ見習いですが」

「へぇ。いつか自分のお店を持ったら教えてね。あなたのお酒が飲めるなら、ぜひ遊びに行きたいわ」

「ありがとうございます」



 カトレアは微笑むと、グラスに口をつけた。


 彼女からは、強い自信が感じられた。

 身体のラインを強調するパンツスタイルも、赤を基調としたメイクも、彼女の内面を象徴しているかのよう。

 しかし……元々は消極的な性格であることを、クレアは知っていた。



 レーヴェ教団の主な収入源は、信者たちによる献金だ。

 多額の献金を納めた者や、勧誘により信者の増加に貢献した者は、教団内で高い地位に就くことができ……

 地位の高い者から順に、違法指輪(リング)を与えられる仕組みになっていた。


 カトレアは魔導士に憧れを抱き、十四歳の時に魔法学院(アカデミー)を受験したが、合格が叶わなかった。

 代わりに商業の学校へ入学し、卒業後の現在は両親が営む本屋を手伝い生活している。


 夢に敗れてから、彼女は自信を喪失し、自己否定を繰り返してきた。

 親に用意された仕事は順調で、苦労も少ないが、代わりに刺激や面白みもない。

 店番の合間、入荷する魔導書をちらりと眺めては、もしも魔導士になれていたら……などと想像し、ため息をついていた。


 そんな鬱屈した感情の捌け口として、カトレアは酒場に通うようになった。

 そして……そこで知り合った女性から、レーヴェ教団を紹介された。


 誰しもが平等に魔法を扱える世界へ――

 教団が掲げるその理念は、カトレアにとって"救い"だった。


 悪いのは魔法学院(アカデミー)入学できなかった自分じゃない。魔法を平等に扱えない世界の方なのだ。

 その強烈な他責感情は、彼女の劣等感を慰め、間違った方向に前進させる原動力となった。


 そうしてカトレアは、レーヴェ教団の熱心な信者になった。

 両親から借りた金を献上し、同じ劣等感を抱く人を多く勧誘し……

 あと一人信者を増やせば指輪(リング)を授けてもらえる地位にまで上り詰めた。


 だからこそ、現在(いま)のカトレアは自信に満ちている。

 もうすぐで、憧れの魔法をその手にできるからだ。



 ――カトレアにそのような背景があることを、クレアは教団解体後の取り調べで知ることになる。


 信者たちはみな、似たような過去を抱えていた。

 その劣等感につけ込んだのが、教祖である設立者。

 そして、"水瓶男(ヴァッサーマン)"――精霊の王は同胞の解放を願い、教祖に『炎神ノ槍』を渡してしまった。



 今思えば、精霊の王も騙されていたのだろう。

 井戸に封印され、"水瓶男(ヴァッサーマン)"という化物に成り果てたことで、彼の知能は著しく低下してしまった。

 そこへ、『魔法の解放』を謳う教祖を見つけ……"武器"に封じられた精霊も解放してくれるのではないかと勘違いしたのだ。

『風別ツ劔』の一件も恐らく同じ。正常な判断力が欠落していたが故に、ジーファという野心家に頼らざるを得なかった。



(逆に、精霊の王に本来の力が戻れば……こちらの強力な味方にできるのではないか? 彼は精霊の統率者だ。今回の"水球"も、彼がいれば容易に消滅できていたかもしれない)



 クレアは、エドガー祭司の教会で見た聖エレミア教の教典を思い出す。

 あの教典にあるような神性を彼に戻すことができれば……『麗氷ノ双剣』という最後の"武器"の解放を有利に進められるに違いない。

 しかし、それには精霊の王に対する強い信仰心を集める必要があるわけで……



 ……と、クレアが思考を巡らせた、その時。

 再び、ドアベルが鳴った。


 酒場へ入って来たのは……眼鏡をかけた男だ。

 くたびれた作業服に身を包んだ、気弱そうな若者。

 こういう店に慣れていないのか、おどおどと店内を見回している。


 その姿に、クレアは……思わずくすりと笑う。

 この気弱そうな男こそ、変装したアルフレドだ。

 ジェフリーが設定した人物像にすっかり成り切っているのだが、何度見ても見事な演技だと感心してしまう。



「いらっしゃいませ。お一人ですか?」



 クレアが声をかける。

 アルフレドはビクッと震え、眼鏡の位置を直す。



「は、はい……一人です」

「では、こちらのカウンターへどうぞ。ご注文は?」



 クレアは微笑みながら、カトレアの隣の席を案内した。



 

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