16 友情に乾杯
――その後、無事に小瓶を手に入れた三人は、ワインの品揃えが豊富な酒場で夕食を摂った。
美味しい一品料理を堪能するエリスの横で、成人済みのクレアとシルフィーはワイングラスを交わす。
ワインの味わい深さと、決戦前の景気付けという高揚感から、シルフィーはクレアと同じペースで飲みまくり……
クレアの予想より少し早く、酔い潰れるに至った。
「――むへへ……たのしかったれすね……」
酒場を出たシルフィーが、ご機嫌な声で言う。
覚束ない足取りで歩く彼女を、クレアとエリスが左右から支え、宿の方へと誘導していた。
「ったく……あんたがイリオンで酔い潰れた時のことを思い出すわ。強くないのにいつも飲み過ぎるんだから」
「でもぉ、あのときとはちがいましゅよ? まえはヤケざけでしたけど、きょうはエリスしゃんとのゆーじょーにカンパーイ! したので……とってもきぶんがいいんれす」
「はぁ? あ、あたしとの友情?」
「んふふ……わたし、うれしいんれす。エリスしゃんとこうして、いまもおつきあいがあって……またいっしょに、にんむをがんばれていることが」
なんて、舌ったらずな声で言われ……
エリスは頬を染めながら、照れ隠しするように返す。
「頑張るっつっても、あんたほとんど何もしてないじゃない」
「そんなことないれすよ! せいいっぱいがんばってましゅ!」
「昨日は"水球"に取り込まれて気絶して、今日はちょっと本を調べただけでしょ? そんで、今はベロベロに酔っ払ってるし」
「むぅ……でもでも、おみせでいいかんじのビンをみつけたのはわたしでしゅよ! けさもおふたりをしんぱいして、まどによじのぼったんれすから! まぁ、やらしいベッドシーンをもくげきしておわりましたが」
「なっ……覗いてたの?! っていうかやらしいコトなんてしてないし! ただ寝てただけだから!!」
「いーんれすよ。おふたりがらぶらぶで、わたしはうれしいんれす。しんゆーとして、またノロケばなしをきかせてくらさいね?」
「っ……この酔っ払いが」
「むふふーっ。エリスしゃん、かおまっかー。かわいいれすねー。ちゅーしちゃおっかなー?」
「あはは。シルフィーさん、それはダメです」
と、にこやかに眺めていたクレアがそこだけは止める。
その微かな殺気に気付かぬまま、シルフィーは「じょうだんれすよー」と笑って、
「とにかく……エリスしゃんたちにであえたことは、ダメダメなわたしのじんせいの、ゆいいつのホコリなんれす。だから……あしたは、みんなぶじなまま、あの"すいきゅう"をやっつけまひょうね」
そう、回らない舌で言う。
エリスとクレアは、思わず顔を見合わせ……クスッと笑い、
「……何言ってんの。あんたの人生はダメじゃないし、あんたに出会えたことは私にとっても……すごく、価値のあることだった。明日は大丈夫よ。あんたがくれた瓶があれば、幻想には負けない。だから……何も心配しないで」
優しく、力強く、言った。
それを聞いたシルフィーは、安堵したように笑って、
「ふへへ……やくそくれすよ?」
と、眼鏡の奥の目を、ふにゃっと細めた。
* * * *
――宿に帰り着き、クレアたちはシルフィーをベッドに横たえた。
その途端、「おやすみなしゃい」と呟いて、すぐさま寝息を立て始めた。
酔いは相当に深い。きっと朝まで起きないだろう。
そのことを確信し、クレアはシルフィーの部屋を閉める。
そして、エリスと共に自分の部屋へ入った。
「……エリス」
パタン、と扉を閉めるなり、クレアはエリスを後ろから抱き締めた。
突然の抱擁に、エリスは驚いて身じろぎをする。
「ちょ……まさかあんたまで酔ってんの?」
「違いますよ。貴女が逃げないよう、捕まえているだけです」
「逃げる? あたしが? なんで?」
「"鏡界"の幻想に打ち勝つ方法……全てを語ったわけではないでしょう? せっかくシルフィーさんを酔い潰したのですから、きちんと話してください」
クレアが言うと、エリスは「んくっ」と息を飲んだ。
言葉に迷っているのか、そのまま黙り込んでしまうので……クレアは追い打ちをかける。
「準備すべきものは、本当に瓶だけですか? 他に必要なものがあれば言ってください。『神手魔符』に紋様を描く作業も、教えてくだされば一緒に描きますから」
「………………」
「それとも……私なんかでは、貴女の力になれないのでしょうか?」
「っ……あぁ、もうっ」
クレアの腕をバッと振り払い、エリスは彼に向き合う。
「そんなズルい言い方しなくても、ちゃんと説明するわよ。ただ、何から話せばいいか迷っていただけ」
「ふふ、すみません。それで……言葉は見つかりましたか?」
クレアが問うと、エリスは暫し口を閉ざし……
やがて、心を決めたように彼を見つめ、
「うん……あんたの言う通り、瓶と神手魔符だけじゃ足りないの。他でもない、あんたの協力が必要よ」
「ほう。それは光栄なことです。私にできることなら、なんなりとご命令を」
そう言って、爽やかに微笑むクレア。
その顔を、エリスは遠慮がちに見上げ……
「……じゃあ、お願いするけど……」
「はい、なんでしょう?」
……そう聞き返した直後。
エリスは、クレアの胸ぐらをガッ! と掴み、
「クレア…………………………泣け」
地底から響くような低い声で。
命じるように、そう言った。