14 飲み込んだ言葉
「――以上が、昨晩エドガー祭司から聞き取った情報の詳細です」
朝食兼昼食を食べ終え、三人はエリスの宿泊部屋に集まった。
備え付けのテーブルに着き、シルフィーに昨晩の出来事を語ったところである。
「うわ……そんな犯罪者が捕まらないまま何十年もこの街にいただなんて、考えただけで恐ろしいですね……"水球"は得体の知れないものですが、あれが現れたおかげで祭司の罪が暴かれたのだと思うと、なんだかフクザツです」
エドガー祭司の狂気じみた所業を聞き、シルフィーはぶるりと身震いする。
それに、エリスが肩を竦めて答える。
「殺人犯を捕まえられたのはよかったけど、結局あのじーさんと"水球"の出現には明確な因果関係がなかったのよね。勝手に『儀式の成果だ』って思い込んでいただけだったし」
「はい。祭司がおこなった蘇生の儀式は、娘の遺体と憑代となる子供を一緒に湖へ沈めること……それも二十年も前の出来事です。その儀式との関連性よりも、やはり『飛泉ノ水斧』による現象である可能性を考えた方が良いでしょう」
エリスに続き、クレアが言う。
シルフィーは「うーん」と唸りながら首を傾げる。
「しかも、エドガー祭司が囚われた幻想は、私やアモリさんのと違って現実に忠実じゃなかったみたいですね。ってことは、エリスさんが予想したみたいに、捕えた人間の記憶を元に"鏡界"を構築しているわけではないのでしょうか?」
「そうですね……どうして祭司の"鏡界"だけが不完全だったのかは疑問ですが、一方で、各幻想の共通点も明らかになりました。一つ。"鏡界"内では現実世界での自意識が失われる。二つ。"鏡界"内での体感時間と現実世界での経過時間は異なる。そして、三つ目は……"鏡界"内で飲食をすると、"水球"の外に排出される」
「あらためて整理するとますます意味不明ですね……"鏡界"に閉じ込めて二度と出られなくするっていうんなら"禁呪の武器"らしい怖い能力って感じですけど、飲み食いしたらすぐに解放されるだなんて……一体、何がしたいんでしょう?」
……と、そこで。
腕を組み、黙り込んでいたエリスが口を開け、
「もしかすると……逆なのかも」
と、独り言のように言った。
シルフィーが「ぎゃく?」と聞き返すと、エリスは続けて、
「"鏡界"内で飲み食いすることが"水球"からの脱出方法なんだと思っていたけど……"水球"の目的そのものが、自分の一部を人間に飲み込ませることだとしたら?」
「え……? それこそ、何のために……?」
「……水御霊は、すべてを記憶する」
エリスの呟きに、クレアはハッとなる。
そして、今一度、考える。
ガルャーナから聞いた言葉の意味を――
『取り込まれた水はその生物の一部となり、やがて一体化する。そうした観点から、水には同化した生物の感情や記憶が保存されていると考えられているのだ』
「記憶の保存……もしかして」
ある仮説に行き当たり、クレアは顔を上げる。
エリスは応えるように頷き、
「"鏡界"の一部を飲み込ませることで、捕えた人間の記憶を保存する……それが"水球"――もとい、『飛泉ノ水斧』の最大の役割なんじゃないかしら」
そう、核心を突くように言った。
やはり、とクレアは思う。そして、一人困惑しているシルフィーのために説明する。
「水には、飲み込んだ人間と同化し、記憶や感情を保存する性質があります。当初、我々は"水球"に囚われた瞬間に記憶を読まれ、それを元に幻想が作られているのだと予想しましたが……実際は、幻想内で飲食をして初めて記憶が取り込まれていたのでしょう」
「で、でも、どうして人間の記憶を取り込む必要があるんですか?」
「"禁呪の武器"が創られた経緯と、その時代背景を考えればわかることよ。そもそも"禁呪の武器"は、七人の強欲な権力者たちが領地争いに勝つために生み出した兵器。戦争ってのは、武力以上に情報戦がモノを言うわ。『飛泉ノ水斧』が幻想を見せるのは、水の精霊を体内に取り込ませ、相手の情報を抜き取るため……そうして戦況を有利に運ばせようとしたのよ」
エリスの解説に、シルフィーは理解すると同時に驚く。
続けて、クレアが補足する。
「エドガー祭司の見た幻想が不完全だったのは、三人の内、最初に"水球"に取り込まれた人物だったからでしょう。教会の細部まで再現するには、記憶の学習が足りなかったのです。逆にアモリさんは祭司の記憶を反映した後の"鏡界"に囚われたため、過去に忠実な幻想を見せられたわけです」
「なるほど……確かに、あの二人だけで考えれば辻褄は合いますね。でもそうなると、やはり私が見た幻想だけおかしくないですか? だって、本物そっくりなエリスさんたちが出てきたんですよ? 祭司とは面識がないはずですよね?」
「もちろん、あのじーさんとは初対面よ」
「なら、どうして……」
「……シルフィーの"鏡界"に、あたしたちが出てきた理由。それは……」
……と、エリスが神妙な面持ちで言葉を留めるので、シルフィーはごくっと喉を鳴らす。
そして、続く結論を待っていると…………
エリスは、けろっと冗談っぽく笑って、
「あたしたちのことを知る誰かが、前に"鏡界"に取り込まれたことがあった、とか?」
「はぁあ?!」
シリアスな雰囲気にそぐわない適当すぎる推理に、シルフィーは愕然とする。
「だ、誰かって……エリスさん、心当たりあるんですか?」
「もちろん、ないわ!」
「もうっ、いい加減にしてください!」
きっぱり答えるエリスに、シルフィーは吠えるが……クレアだけは察していた。
エリスが、その誰かについての予想を、あえて語らなかったことを。
……恐らく、気付いたのだ。
『飛泉ノ水斧』が、取り込んだ人間の記憶を保存する能力を持つのなら……
これは、最初から仕組まれた罠だったのかもしれない、と。
しかし、その詳細をこの場で語るべきではないとエリスは判断した。それにはクレアも同意だ。
だから彼は、一度目を伏せ……再び開けた瞳に二人を映し、結論を述べる。
「まだ不可解な点は残りますが……いずれにせよ、"水球"を消滅させるには、一度"鏡界"に取り込まれてみるしかないかもしれません」
「そうね。においの感じからしても、力の根源は内部にあると思うし」
「ほ、本気ですか? だって、"鏡界"に取り込まれたら現実の自意識が失われちゃうんですよ? それなのにどうやって核を探すんですか?」
不安げに投げかけるシルフィー。
しかし、エリスは「ふふん」と鼻を鳴らし、
「"鏡界"を構築しているのが水の魔法である以上、魔法で対策ができるはずよ。さいわい、ヒントになりそうな資料ならたっくさんあるわ――"中央"の図書館にもない、危険でアヤシイ資料がね」
そう言って、ニヤリと笑う。
その意図を察し、クレアもクスリと笑って、
「なるほど。エドガー祭司の所蔵品ですね」
「そゆこと。目には目を、歯には歯を。禁忌には禁忌を……ってね」
なんて、いつかのセリフを準えるように言って、ウィンクをした。