11 再生の祝福
「おぉ……隠し通路ってやつ? あたし、初めて見たかも」
現れた階段を前に、エリスが興奮気味に言う。
クレアは耳を澄ませ、地下の様子を探るが……人の気配はなさそうだった。
「……私が先に行きます。エリスは灯りを」
「りょーかい」
クレアを先頭に、二人はゆっくりと階段を下った。
――階段はそれほど長くは続いておらず、二人はすぐに地下室へと降り立った。
エリスの掲げる魔法の光が、その空間を照らす。
想像よりも広かった。恐らく、上階にある礼拝堂と同じくらいの面積だ。石の壁に囲まれ、ひんやりとした空気が漂っている。
その石壁の一画に木製の棚があり、ワインのボトルが綺麗に並んでいた。
ざっと五十本はあるだろうか。エリスはしげしげと眺め、鼻をつまむ。
「うっ、香りだけで酔いそう……にしても、すごい数ね」
「どれも高級な銘柄ですよ。年代物ばかりですし……すべて合わせたらかなりの値段になりそうです」
「もしかして、『ウィンリス・テロワール』もあったり?」
「うーん……あ、ありました。しかも二本。どちらも五十年ものです」
「うそ?! どれ?!」
「これです」
と、クレアは棚の一番下にあるボトルを指さす。
エリスはしゃがみ、目を輝かせてそれを見つめる。
「これが……! くぅーっ! これで作るシチューはさぞかし背徳の味がするんでしょうね!」
「お気持ちはわかりますが、触れないでおきましょうね。万が一割れてしまったら、弁償額がいくらになるかわかりません。それよりも、気になるのは……」
と、クレアは地下室の奥に目を遣り、
「……あちらにある本棚と、柱のようなものです」
暗闇の中にぼんやりと浮かび上がるそれらを、指さした。
エリスは光を掲げ、そちらへ近付く。
と、クレアが言った通り、古い書籍がびっしり並んだ本棚と……床から垂直に生えた磔台のような鉄の柱があった。
「なんていうか……石壁の地下室にこの木製の本棚は不釣り合いだけど……こっちの磔台は逆に雰囲気に合いすぎてて不気味ね。なんでこんなものが教会の地下にあるのよ?」
エリスが顔を引き攣らせる中、クレアはそれらを観察する。
鉄製の磔台……十字に伸びた先に、両手首と足首を固定するための金具がある。が、錆びつき具合から見るに数十年は使われていないようだ。
そして、本棚。上段から中段まで隙間なく並ぶ書籍は、どれも魔法や精霊に関するものばかりだ。
「……あれ? これって……オゼルトン語で書かれた本じゃない? やっぱこの教会、オゼルトンと縁があるのかしら?」
ふと、エリスが一冊の本を取り出す。
彼女の言う通り、タイトルの表記がオゼルトン語だった。他にも、オゼルトン語で書かれた本がいくつか並んでいる。
そして、本棚の真ん中から下は……鍵の付いた両開きの扉になっていた。
「……こんな隠し地下室にある鍵付き収納なんて、『大事なものをしまっています』って宣言しているようなモンね」
「開けちゃいましょうか」
「うん、お願い」
もはや当たり前のような温度感で、クレアは棚の扉の開錠を試みた。
しばらく操作すると、「カチッ」という音を響かせ、鍵が開いた。
クレアは取っ手を掴み、慎重に扉を開ける。
と……案の定、中には古そうな書類がぎっしりとしまわれていた。
「大当たり、かしらね」
「えぇ。内容を改めます」
丁寧に紐綴じされた書類の束を一つずつ取り出し、クレアは内容を確認していく。
予想通り、それは教会の運営に纏わる機密書類だった。
収支の記録や、諸々の契約書。孤児の養育に係る国からの補助に関する書類もあった。
さらに、この教会で養っていた孤児のリストも発見した。
これらを照らし合わせれば、エドガー祭司の弱みの一つも炙り出せるかもしれない。
クレアは資料を床に並べ、照合し始める。
すると、その直後、
「……クレア。これ……」
エリスが、鍵付き棚の奥に何かを見つけ、取り出した。
クレアは手を止め、それを覗き込む。
小さな化粧箱だった。
見たところ、アクセサリーをしまう容れ物のようだが……
エリスは、手に取ったそれを開けてみる。
と、中に入っていたのは……指輪だった。
しかし、ただの指輪ではない。
「やっぱり……これ、魔法を使うための指輪よ。魔法学院を卒業した時にもらうやつ。箱が同じだから、まさかと思ったの」
「それがここにあるということは……エドガー祭司は、魔導士でもあるということでしょうか?」
エリスは指輪をつまみ、内側を覗き込む。そこには、『エドガー』の名が彫られていた。
「うん。間違いなく、あのじーさんの指輪よ」
「仮にも精霊を崇める宗派の祭司なので、魔法が使えてもおかしくないのでしょうが……指輪をこんなところに隠しているのは、少し疑問ですね」
「街の人からも、あのじーさんが魔導士だなんて話は聞かなかったもんね。年だからもう魔法を扱わなくなったって可能性もあるけど……見たことのない魔導書ばかりがここに並んでいるのも、ちょっと気になるのよね。こーんな磔台が横にあるし」
言いながら、エリスは物々しく佇む鉄の柱を横目で見る。
つられるように、クレアもそれを一瞥し、
「確かに、祭司がここで魔法に纏わる何らかの研究をしていた可能性はありますね。念のため、エリスは書籍の内容を確認していただけますか? 私は引き続き書類を照合します」
「わかった」
互いに頷くと、二人はそれぞれの調査を開始した。
クレアは、この教会で過去に預かっていた孤児の記録を一つずつ確認していく。
最初の一人を預かったのは、今から三十五年前。娘のアリスが亡くなった後のようだ。
孤児たちの年齢は五歳から十歳。男児と女児の割合は半々。
同時期に預かるのは二人までだったようだが、いずれも二、三年預かった後に別の孤児院へ引き渡していた。
そうして、また同じ年頃の子供を一人か二人、預かる。
そのようなことを十五年ほど繰り返していたことがわかった。
加えて、それらの孤児たちには、ある共通点があった。
それは――全員に、このような注意書きがされていること。
『精神状態が不安定で、手当たり次第に暴れ回る』
『他人の家に侵入し、複数回盗みを働いていた』
『六歳の時、隣家の飼い犬を惨殺』
『癇癪を起こし、同級生を殺害』
……どうやらここにいたのは、何かしらの問題を抱えた子供ばかりだったようだ。
それらの特性から、クレアは一つの仮説を立てる。
(もしかして……他の孤児院で受け入れ困難とされた子供だけを預かっていたのか?)
……いや。厳密には、孤児ですらなかったのかもしれない。
問題のある我が子を厄介払いするため、親がここに置いていったことも考えられる。
手切れ金、あるいは口止め料として、それなりの代価を支払って。
似たような人身売買の事例を、クレアは過去に扱ったことがあった。
だとすれば、エドガー祭司の金回りが異様に良いことにも説明がつく。
孤児の養育に係る補助金を国から受け取っていた記録もあるが、それだけではあれらの高級ワインはとてもじゃないが揃えられない。
収支に記録していない金銭のやり取りがあったことは明白だった。
(問題のある子供を多額の謝礼と引き換えに預かり、孤児として養育する……そして、二、三年世話をする中で更生させ、他の施設へ引き渡す。これを繰り返し、定期的に大金を得ていたというわけか)
クレアは今一度、鉄の磔台を見つめる。
もしかするとこれも、子供たちを"更生"するための道具だったのかもしれない。虐待などの余罪を追求する必要がありそうだ。
……と、
(…………ん?)
子供たちのリストと、国からの補助の記録を照らし合わせ、最後のページに差し掛かった時。
クレアは、子供の人数が一人合わないことに気が付いた。
今から二十年前……エドガー祭司が孤児の養育をしていた最後の年。
国からの補助を一人分受け取っているにも関わらず、リストにその年の子供の情報がなかった。
国も補助を出す際には必ず審査を通す。この年に誰かしらを養育していたことは間違いないはずだが……
(これだけきちんと整理されているところを見るに、紛失したとは考え難い。最後に養育していた子供の情報を、祭司が意図的に抹消したのか? だとすれば、何のために?)
他の資料に紛れていないか探してみるが、"最後の子供"の情報はどこにも見当たらない。
その点が少し気掛かりではあるが……何にせよ、祭司を揺さぶるための材料は見つかった。
これをダシに、"水球"との関わりを追求するのみだ。
クレアは広げた書類をまとめながら、エリスに尋ねる。
「こちらは終わりました。エリスの方は、何かわかりましたか?」
彼女は本棚にある本をいくつか取り出し、難しそうな顔で眺めていた。
そして、本に目を落としたまま……こんなことを口にした。
「……あのじーさん、『再生の魔法』を研究していたみたい」
「再生の魔法?」
「そう。治癒とか、回復を目的とした魔法」
言って、エリスは開いた本のページをクレアに見せる。
「ほら、印が付いているところがあるでしょ? どれも『再生』に纏わる箇所なの」
「本当ですね……まさか、娘の病気を自らの魔法で治そうとしていたのでしょうか?」
「あたしも最初はそう思ったんだけど……あのじーさん、もっとヤバいことをしようとしていたのかもしれない」
「……ヤバいこと?」
「うん……死んだ娘の蘇生、とか」
エリスは、別の文献のページをクレアに指し示す。
「これはオゼルトン語の本なんだけど……『再生の祝福』っていう儀式についてのページにメモがいくつも書かれてる。ほら、これ。たぶんじーさんの字」
「『再生の祝福は、大地、水、炎、風の精霊を融合させた力?』……『風の精霊さまは存在しない。炎と水で水蒸気を起こすことで再現可能か?』……『自然界に存在する再生と流転の力を応用し、蘇生を促す』……」
「知っての通り、死者を蘇生させる魔法は存在しないし、研究すること自体禁じられている。治癒魔法も同じ。人体強化魔法との差別化が難しいから、禁忌とされている。ここにある本は、"中央"の図書館じゃどれも閲覧禁止になっているもののはずよ。どおりで見たことのないタイトルばかりなはずだわ」
「なるほど……恐らくこれらも、よろしくないルートから入手したものなのでしょう」
どうやらエドガー祭司には、追求すべき余罪がいくつもありそうだ。
同時に、エリスが示した見解により、いくつかの点が線に繋がった。
それを整理するように、クレアはエリスに語る。
「エドガー祭司は、亡くなった娘の蘇生を計画していた。しかし、再生の魔法に関する知識を得るには闇ルートから禁書を買うしかない。大抵の場合、そうした裏取り引きは高額となるため、資金が必要。そこで祭司は、ある金儲けの方法を思いついた。それが……問題を抱えた子供たちを孤児として預かり、多額の謝礼金を得ること」
「問題を抱えた子供?」
「はい。リストを確認したところ、祭司が養育していた子供たちは皆、幼くして犯罪を犯すような問題児ばかりでした」
「あー……なるほど。話が読めてきたわ。例えば、どっかの貴族や良家の子供が罪を犯したとして。親は家の名を汚さないために、子供の存在をなかったことにしたいと考える。その受け入れ先がここだったってワケね」
「えぇ。そうして資金を得ながら、蘇生魔法の研究を続け……二十年前まで子供を預かってきた」
「なんでそこでやめたんだろう? さすがに蘇生は無理だって諦めたのかしら?」
「あるいは……逆に何らかの成果があった、とか。それこそが、祭司の言う『救い』だとしたら……?」
「……まさか」
目を見開くエリスに、クレアが頷く。
「あの"水球"の出現は、祭司がおこなってきた蘇生魔法の研究と関係があるのかもしれません。この仮説を突き付けて……知っていることをすべて吐いてもらいましょう」
言って、手にしていた本を、パタンと閉じた。