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10 聖エレミア教会




 ――広大なぶどう畑の向こうに日が沈み……


 夜。

 クレアとエリスは、シルフィーと同じ宿に部屋を取った。


 すっかり巻き込まれてしまったシルフィーは「こんなはずじゃなかった」と辟易していたが、なんだかんだで最後まで協力する姿勢を示してくれた。



 夕食を共にし、三人は宿へ戻った。

 シルフィーは"水球"に取り込まれたこともあり、大事を取るため早めに休ませた。


 そして……街が寝静まった深夜。

 クレアとエリスは、行動を開始した。






「――思ったより、警備が厳重ね」



 人気(ひとけ)のない路地を進みながら、エリスが呟く。

 昼間の騒動のせいで警備が強化されたのだろう。ウィンリスの街の至る所を保安兵団が巡回し、シノニム湖へ立ち入る者がないよう警戒していた。


 それを見越し、エリスは既に"透明な隠れ蓑"の魔法で姿を隠している。

 その領域内――エリスの背後にぴたりと抱きつくような形で、クレアが答える。



「逆に言えば、湖の周辺は警備が手薄なはずです。この人数を街の巡回に割いているわけですから」

「なるほどね。じゃ、引き続き進むわよ……って言いたいところだけど。その前に、ちょっと離れてくれない?」

「駄目です。しっかりくっついていなければ、外から見えてしまいます」

「ここまでくっつかなくても大丈夫だよ! むしろ歩き辛いから!!」

「では、私が貴女をおんぶしましょう。それならば、貴女が歩き辛さを感じることもないですし、私は貴女とくっついていられる。一石二鳥です」

「あんた……そこまでしてくっついていたいの?」

「はい。最終的には一体化したいなぁ、などと思っています」

「………………」



 もはやまともな会話すら成り立たないと判断したエリスは、保安兵団に見つかるリスクや、クレアを説得する面倒臭さ等を総合的に考え……


 ため息をついてから、「……ん」と手を伸ばし、クレアにおんぶを要求した。






 ――そうして、完全に足音を消したクレアの移動スキルにより、保安兵団の警備を掻い潜り……

 二人は無事に、目的地へ辿り着いた。


 暗い森の入口に佇む、木造の三角屋根。

 エドガー祭司が営む、聖エレミア教会である。



 クレアの予想通り、シノニム湖および教会周辺の警備はそれほど厳重ではなかった。

 エドガー祭司は入院しているため、今夜はここに戻らない。他に教会を出入りする関係者がいないことも確認済みだ。

 それでも、念のため"透明な隠れ蓑"の魔法は発動したまま、クレアは教会の扉の開錠を試み……ものの数秒で錠を開けた。


 二人は今一度、周囲に人の気配がないことを確認してから……

 静かに扉を開け、教会の中へ侵入した。




 高い天井に、シンとした空気。

 古い木材のにおいを感じながら、エリスはクレアの背中からするりと下りた。



「あぁ、もう下りてしまうのですか?」

「当たり前でしょ? 何しに来たのよ」

「貴女を背負ったままでも調査はできます。むしろ、柔らかな感触を動力源にできるので仕事が捗るかと」

「……そろそろ黙らないと湖に沈めるわよ?」



 変態を軽くあしらいながら、エリスは足を踏み出す。


 玄関から入ってすぐのその場所は、礼拝堂だった。五列に連なる長いベンチと、奥にある祭壇。その中央には、屋根にあるのと同じ十二芒星の像があり、窓からの月明かりを受け、鈍く光っていた。


 エリスの隣に立ち、クレアもそれを見上げる。



「十二芒星……あまり見ない表象ですね」

「現代ではほとんど知名度のない宗派だからね。『聖エレミア教』……国内でも珍しい、"精霊の(あるじ)"を神とする宗教よ」

「精霊の(あるじ)……それって……」



 聞き返すクレアに、エリスは頷き、



「そう。かつて、全ての精霊を束ねていた王……あたしたちが"水瓶男(ヴァッサーマン)"と呼んだ、あの存在のことだと思う」


 

 十二芒星を見上げたまま、そう言った。



 ――今から数百年前。

 人類はみな等しく精霊と心を通わせ、その魔力を借りながら、彼らと共生していた。

 この『聖エレミア教』は、その古い時代の名残り。

 精霊とその王を崇める教団だ。


 しかし、七人の強欲な権力者たちが"禁呪の武器"を作り、人と精霊に殺戮を振り撒いた結果……

 精霊の王は、人間の目に精霊が映らぬよう、世界の秩序を改変した。


 "王との離別(ミッシング・ロード)"と呼ばれるその出来事以降、精霊は人類から遠い存在となり、現代では『魔力を有した気体の一種』であるとの認識が主流になった。

 そうした時代の移り変わりと共に、『聖エレミア教』の教えも衰退していったのだ。




「ここはオゼルトンに隣接する領だからね。きっと山を下りた彼らの先祖がここの教えに賛同し、それなりに教徒を集めたから、今日まで存続してこられたんでしょう」

「なるほど……オゼルトンの精霊信仰を考えれば、納得です」

「問題は、あの祭司のじーさんが何をもって"水球"を『救いだ』って言ったかよ。ここの教えからすれば、『救い』ってのはつまり……」

「"精霊王"が齎した聖なる力……という意味でしょうか?」


 

 クレアの答えに、エリスが苦笑する。



「そう考えるのが妥当よね。でも、それでいくとあの"水球"は"禁呪の武器"由来のものじゃなく、"水瓶男(ヴァッサーマン)"関連のものってことになる」

「それはそれで厄介ですね。"彼"自身に悪意はないものの、人間の常識が通用しない存在ですから」

「はぁ……いずれにせよ、祭司のじーさんを探るしかないってことよね。そんじゃ、いっちょ始めますか」

「はい。エドガー祭司の口を割らせる不正(ざいりょう)を、徹底的に漁りましょう」



 手袋(グローブ)を嵌めながら、クレアはにこやかに言った。




 ――礼拝堂の奥にある扉を開けると、エドガー祭司の居住空間に続いていた。

 質素なキッチンとリビング。さらに奥には二つの部屋があった。


 一つは、ベッドが二つ置かれた部屋。

 しかし、ベッドの上には衣類や書籍が積まれており、長らく使われていない様子だ。恐らく、かつて預かっていた孤児たちのための部屋だったのだろう。


 もう一つは、寝室兼書斎のような部屋。こちらがエドガー祭司の自室だろう。

 本棚には精霊信仰に纏わる様々な書籍や教典が並んでいる。デスクの上もベッド周りも綺麗に整頓され、祭司が几帳面な性格であることが窺えた。



「……となると、重要な書類はきちんと整理・保管されているはずですね」

「机に鍵付きの引き出しがあるわ。そこじゃない?」

「さすがエリス、目の付け所が素晴らしいです。早速開けてみましょう」



 言って、エリスが照らす光の魔法を頼りに、クレアは引き出しの鍵穴をかぎ針で弄り……またしても数秒で開けた。

 クレアは取っ手を握り、引き出しを開ける。

 案の定、そこには書類や手紙らしき封筒が綺麗に保管されていた。



「お、早速当たりかしら?」

「ちょっと見てみましょう」



 クレアは慎重に封筒を取り出す。

 そして、宛名や差出人を確認するが……そこに書かれた字に、思わず「ん?」と声を上げた。

 不審に思ったエリスが「どしたの?」と覗き込む。クレアは彼女に封筒を掲げ、



「見てください、これ」

「これは……子供の字? 差出人は『アリス』。宛名は……『パパ』?」

「恐らく、エドガー祭司の亡くなった娘が書いたものでしょう」



 二人が目的とする金銭関係の書類ではなかったが……

 念のため、その内容をあらためることにした。



 エドガー祭司の娘の名はアリス。

 母親――つまりエドガー祭司の妻は既に他界しており、父と娘の二人で暮らしていたようだ。


 しかし、幼いアリスは病に感染し、六歳の時に亡くなった。

 この引き出しに残されていたのは、入院中のアリスと交わしたいくつもの手紙だった。


 感染する病のため、直接見舞うことすらできなかったのだろう。幼い字で「寂しい」、「パパに会いたい」という言葉が繰り返し書かれていた。



「日付からして、今から三十年以上前……もしかして、オゼルトンに広がった感染症と同じ病?」

「隣接する地域ですから、可能性はあります。当時は特効薬がまだ開発されておらず、アルアビス国内でも犠牲者が出ていたようですから……彼女は、その一人だったのでしょう」



 クレアは、エドガー祭司から入院中のアリスに宛てた手紙に目を落とす。


『エレミア様にお祈りしてごらん』

『エレミア様がきっと救ってくださる』


 そのような励ましが、繰り返し書かれていた。

 どうやら祭司は、かなり強い信仰心の持ち主のようだ。



(『救い』……)



 クレアが今一度その言葉の意味を考えていると、エリスが引き出しをしまいながら残念そうに言う。



「確かにあのじーさんの秘密に違いないんだろうけど……欲しいネタではなかったわね」

「そうですね。教会の運営や孤児に関する資料がどこかに保管されているはずですが、この部屋には他に鍵のかかるところもなさそうですし……」

「案外その辺にぽいって置かれていたりして。ほら、このあたりとか」



 なんて言いつつ、エリスは適当に棚を漁っていく。

 クレアは引き出しを施錠して立ち上がり、あらためて部屋を見回す。

 そして、不審な点がないが注意深く観察する……と、



(…………ん?)



 彼の耳が、ヒュー……という微かな風の音を捉えた。

 クレアは息を止め、その出所を探る。


 しばらく歩き回ると……ベッドの近くで不自然な空気の流れを感じた。



「……エリス。ちょっとこちらへ」



 クレアに手招きされ、エリスは彼に近付く。



「ん? どしたの?」

「この辺り……他にはない空気の流れがあります。何か、においませんか?」



 そう問われ、エリスはくんくんと鼻を鳴らす。

 すると……



「ん……んんん〜?」



 何かを感じ取ったのか、そのままベッド横の本棚の方へ近付き、



「なんか……この奥から、ワインっぽい匂いがする」

「……ワイン?」



 そこで、クレアはハッとなる。

 エドガー祭司は、ワインの収集家……それなのに、この家にはワインが一本も見当たらない。

 なら……それはどこに保管されている?



「エリス……少し離れていてください」



 クレアは、エリスが嗅ぎ当てた本棚を観察する。

 そして、一冊の本を取り出すと……棚の奥に、ドアノブのような取っ手があるのを見つけた。


 それを、クレアは引いてみる。

 すると……



 ――ギィ……と、軋んだ音を立て。

 暗い地下へと続く階段が、二人の目の前に現れた。



 

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