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9 三人目の参考人




 目を回すシルフィーを引きずるようにして、クレアたちは病院へと戻った。


 病室に入ろうとすると、ちょうど医師が出てきた。

 目覚めたエドガー祭司の容体は良好。だが、高齢であるため大事を取り、明日まで入院させることにしたらしい。


 医師に礼を述べ、三人は入れ替わるように病室内へ足を踏み入れる。

 エドガー祭司はベッドの上に横になったまま、目だけをこちらに向けていた。



「エドガー祭司ですね? 私は"水球"の調査のため軍部から派遣されて来たクレアルドと申します。こちらは魔導士のエリシア」

「こんにちは」



 二人が挨拶をするが、エドガー祭司は答えない。白い眉毛を苦々しく顰め、ふいっと目を逸らした。

 しかしクレアは、構わずに話しかける。



「目覚めたばかりのところ申し訳ないのですが、"水球"についてお話を聞かせていただけないで……」

「断る」



 クレアの丁寧な申し出を、エドガー祭司が即座に遮る。



「話すことなど何もない。さっさと去るがいい」

「はぁ? まずは『ありがとう』と『ごめんなさい』でしょ? あんたが"水球"に触れたせいでみんな巻き込まれたんだから」



 エリスが食ってかかるが、クレアは手を掲げてそれを制す。

 代わりに、用件を単刀直入に突き付けることにする。



「あなたに聞きたいことは二つ。一つは、"水球"に囚われた後、妙な『夢』を見たか否か。そして、もう一つは……あなたが発した、『救い』という言葉の意味です」



 エドガー祭司は答えない。

 だが、明らかに身体が強張った。



「教えてください。あの"水球"について、何かご存知なのですか?」

「………………」

「このまま"水球"を放置すれば、湖の水位は上昇し、あなたの教会が真っ先に浸水します。一刻も早く"水球"を消滅させるためにも……どうか、知っていることを話してください」



 真剣に、訴えかけるように語るクレア。

 しかし……



「しょ、消滅?! 何を勝手な……させるものか!! ゴホッ、ゲホッゲホッ!」



 祭司は声を荒らげ、そのまま激しく咳き込んだ。

 エリスが「ちょっと、大丈夫?」と尋ねるも、咳は止まらない。


 発作を起こしそうな様子を見かね、クレアは「医師を呼んできます」と病室を出た。



 そうして医者を呼び、エドガー祭司は落ち着いたが……

 これ以上興奮させるのは良くないとの判断が下り、クレアたちはそのまま廊下へ締め出されてしまった。




「なんてゆーか……とんでもなく怪しいじーさんだったわね」

「うぅ……やっぱりあの人が悪者なんでしょうか? 私、呪われていたらどうしよう……」



 閉め切られた病室の扉を見つめ不服そうなエリスと、怯えるシルフィー。

 そして、エリスはやれやれと腰に手を当て、



「さて、これからどうする? 何とかしてあのじーさんの口を割らせるか、別の方向から"水球"を調査するか」



 と、クレアに尋ねる。


 エドガー祭司は、"水球"の出現について、明らかに何かを知っている。

 しかも、"水球"を消滅させることを拒んでいる様子だった。

 それは一体、何故なのか。

 "水球"の何を知り、何をもって『救い』だと称しているのか。



(……もう少し、探りを入れてみるとするか)



 クレアはエリスを見下ろし、こう答える。



「前者でいきましょう。エドガー祭司について、アモリさんや街の方々に詳しく聞くのです。もしかすると、良い突破口が見つかるかもしれません」

「突破口……?」



 聞き返すシルフィーに、エリスがニヤリと笑い、



「あのじーさんを説得する()()ってことよ。『弱み』、『脅し文句』、とも言うけど」



 クレアの代わりに、そう答えた。






 * * * *






 ――病院を離れ、クレアたちはまず保安兵団の屯所を訪ねた。

 すっかり回復したアモリは、既に仕事へ復帰していた。応接室に通され、向かい合うようにソファーへ座る。



「そうでしたか……エドガー祭司からは何も聞き取れなかった、と」

「はい。アモリさん同様、幻想を見せられたのではと心配しているのですが……どうにも警戒されているようでして」

「はは、クレアルドさんたちが悪いわけではないですよ。昔からああなんです、エドガー祭司は」



 というアモリのフォローに、クレアは話を切り出す機会を見出す。



「そういえば、先ほどのお話でも伺いましたね。エドガー祭司とは二十年ほど前に初めて出会ったと」

「あのじーさん、かなり気難しいけど、本当に孤児の面倒なんかみていたの? 昔は性格がまだマシだったとか?」



 クレアに続き、エリスが尋ねる。

 アモリは、記憶を辿るように顎に手を当て、



「確かに……言われてみれば、出会ったばかりの頃の祭司は今より穏やかな雰囲気でしたね。それが、いつからか今のように人を寄せ付けない性格になっていました」

「そうなったきっかけに、何か思い当たるものはありませんか?」

「さぁ……当時は自分も子供でしたし、ほとんど接点がなかったので何とも。気が付いたら『教会の少し変わった祭司さま』という認識になっていました」

「そうですか……エドガー祭司と親交のある方について、心当たりはありますか?」

「うーん……あ、街外れにあるワイナリーのオーナーなら昔馴染みだと思いますよ。祭司はかなりのワイン好きらしくて、よくやり取りしていると聞いたことがあります」



 それを聞き、クレアはエリスとシルフィーに目配せする。

 そして、



「ありがとうございます。では、早速そのワイナリーに行ってみます。祭司にお見舞いのワインを用意して、警戒を解いてもらえるよう頑張ります」



 と、弱った笑みを浮かべ、礼を述べた。






 * * * *





 

 アモリに教わったワイナリーは、シノニム湖の西にあった。

 街を抜け、舗装された道をしばらく行くと、なだらかな丘がずっと続いているのが見えた。


 その丘の一面には等間隔に植えられた美しいぶどうの木が連なっており、緑色の葉と見事に実った赤いぶどうの身が夕刻の日差しを受け輝いていた。



「うわぁ……あれがぶどう畑。あたし、初めて見た!」

「さすがワインの産地ですね。こうして見ると圧巻です」



 エリスとシルフィーが感動を露わに言う。

 その畑の中央に、煙突屋根の立派な屋敷が見えた。あそこがぶどう畑のオーナーの住まい件ワイナリーだろう。


 畑の中の畦道を進み、一行は屋敷を目指す。

 その間、エリスは左右に実るたわわなぶどうを眺めては、じゅるりとよだれを啜っていた。



 両開きの立派な玄関扉をノックし、クレアは返答を待つ。

 と、中から「はーい」という声がし、程なくしてワイナリーの扉が開いた。


 出て来たのは、恰幅の良い初老の男性。

 年齢は五十代くらいだろうか。禿げ上がった頭と、対象的にふさふさな白い顎髭。農作業用のつなぎの上からでもわかる大きなお腹が印象的だ。



「突然すみません。シノニム湖に出現した"水球"を調査している者です。少しお話を伺えないでしょうか?」

「あぁ、あの奇妙な水の球だね。俺でよければ喜んで協力しよう」



 言って、男は友好的な態度で自己紹介をした。


 彼の名はリンジー。このワイナリーの現オーナーで、元々は彼の父がオーナーを務めていたらしい。

 事情を説明し、エドガー祭司について尋ねると、リンジーは快く答えてくれた。



「エドガー祭司は親父の代からのお得意さんだよ。昔ほど頻繁じゃないが、今も時々注文してくれる」

「へぇ。よっぽどワインが好きなのね」

「あぁ。年代物のワインを収集するのが趣味らしくて、ウィンリス以外の街で手に入れた珍しい酒もたくさん貯蔵しているって話だ」

「ふーん。祭司ってそんなに儲かる職業なの?」

「さぁねぇ。ただ、以前は孤児を預かっていたから、国から補助金がもらえていたようだよ」



 エリスが持ち前の無遠慮さを発揮し、聞きにくいことをズバズバ聞き取ってゆく。

 その様子をシルフィーがヒヤヒヤと見守る中、クレアは考える。


 見た限り、教会の規模としては決して大きくはなかった。

 国から補助を受けていたとしても、高級ワインを収集できる程の財力などないように思えるが……



「今は孤児を預かっていないとのことですが、いつ頃までその活動をされていたのでしょう?」

「そうだなぁ……詳しくはわからないが、たぶん二十年くらい前じゃないかな?」

「孤児を預からなくなった理由などは何かご存知ですか?」

「さぁ。単純に疲れたんじゃないのか? 二十年前といえば、エドガー祭司も四十代半ば。娘さんが生きていたらちょうど子育てを終えるくらいの年齢だったし、もうやり切ったって感じだったのかもしれないな」

「……娘さんが、亡くなっているのですか?」



 クレアの問いかけに、リンジーは「おっと」と口を押さえる。



「いかんいかん、つい口を滑らしちまった。要するに、自分の子どもがいないから孤児を預かっていたが、年齢的に満足したんじゃないかと俺は思うわけだ」

「なるほど。ちなみに、ある時期から少し性格が変わったとの噂も聞いたのですが、それについてはどう思われますか?」

「あー……今みたいに人を寄せ付けなくなったのも、孤児の引き取りをやめた後だったかもしれん。まぁ、年寄りになれば誰しも気難しくなるものだから、あまり気にしていなかったけどな」



 リンジーが肩を竦めて答える。


 彼の話からわかったことは二つ。

 エドガー祭司が孤児の預かりを止め、今のような性格に変わったのは二十年前。

 そして……彼には、かつて娘がいた。


 それらの過去と"水球"に、何か関わりはあるのだろうか?

 エドガー祭司が"水球"に固執し、『救いだ』と口にした理由は何だ……?



 クレアは顔を上げ、最後の質問を投げかける。



「最後にもう一つだけ。エドガー祭司が"水球"を『救い』だと言っていたようなのですが……この意味について、お心当たりはありますか?」



 ここが一番の疑問なのだが……

 しかしリンジーは、首を傾げ、



「救いかぁ……仮にも祭司だから、『精霊の主』にまつわる教えみたいなものと関係しているのかね? 俺はあそこの教徒ではないから、ちょっと思い当たらないなぁ」



 と、申し訳なさそうに答える。

 クレアは隠し事がないことを悟り、「そうですか」と微笑んだ。






「――結局、あまり情報は得られませんでしたね。どうしましょう?」



 ワイナリーを後にし、シルフィーが肩を落とす。

 しかしエリスは、彼女の先を歩きながら軽く答える。



「そんなことないわ。次にやるべきことが見えてきた。ね、クレア?」

「はい。"水球"との直接的な関連性は不明ですが、祭司の口を割らせる方法なら掴むことができそうです」



 と、クレアもにこやかに答える。

 話がまったく見えないシルフィーは、苦笑いしながら二人を見つめる。



「えっと……要するに、次は何をすれば良いのでしょう?」



 すると、エリスが振り返り……ニタリと笑って、




「決まってるじゃない。教会に忍び込んで……お金関係の不正がないか、徹底的に調べるのよ」




 そう、答えた。



 

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