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8 フルコースを召し上がれ




「――そういえば……その指輪、どうしたんですか?」




 レストランを後にし、シノニム湖へ向かう道すがら。

 シルフィーが、エリスの左手にある指輪を見て、ニヤリと尋ねた。


 それに、エリスはビクッと肩を震わせる。



「ど、どうって……指輪ならあんたもしてるじゃない」

「右手の魔法用リングじゃなくて、私が聞きたいのは左手の薬指のやつですよ。可愛いですね。クレアさんにもらったんですか? その指に着けているってことは……つまり?」



 にまにまと指摘され、エリスは思わず固まる。

 そして、助けを求めるようにクレアの方を見上げるので……彼はにこっと微笑み、代わりに答えることにする。



「えぇ。エリスに言い寄ろうとする愚かで哀れな虫ケラ共を牽制するための、婚約指輪(仮)です」

「………………え?」



 にこやかに放たれた殺意むき出しな説明に、シルフィーは目を点にする。

 しかしクレアは、構わず続けて、



「最近、エリスにしつこく言い寄る輩がいまして……本当は今すぐにでも籍を入れて社会的に囲いたいのですが、エリスの年齢的にあと半年は待たなければならないでしょう? なので、形だけでも『人妻(仮)』であることを主張すべく、私からエリスに贈ったのです」

「は、はぁ……」

「シルフィーさん。法律ってどうやったら変えられるのでしょう? できれば今すぐに婚姻可能年齢を『十七歳と半年』に変え、他人の妻に言い寄る輩は即刻死刑という法律を制定したいのですが……やはり、国の最高司令官を洗脳するしかないのでしょうか?」

「ンな危険思想を世間話みたいなノリで投げかけないでもらえます?! っていうか話しかけないで! 私まで国賊だと思われる!!」



 などと耳を塞いでから……シルフィーはこそっとエリスに近付き、



「本当に大丈夫なんですか? 今からこんなガチガチに束縛してくるようじゃ、結婚後も思いやられますよ? 嫌ならちゃんと指輪を突っ返した方が……」



 と、耳打ちするが……

 しかしエリスは、指輪を嵌めた指を包むようにそっと押さえ、




「べ、別に、嫌ではないっていうか……あたしはけっこう気に入ってるから…………このままでいい」




 なんて、頬を染め、恥ずかしそうに言うので……シルフィーは、ひくっと顔を引き攣らせる。

 その肩を、クレアが勝ち誇ったようにポンと叩き、



「ね? うちのエリスは世界で一番可愛いでゴフべバァッ」

「うわぁぁああっ! 至近距離で吐血しないでくださいよ!? って、気絶した?!」



 尊さに心臓が爆ぜたクレアは、しばらくその場に倒れ込むのだった……






 * * * *






 ……などという一幕を挟みながら。

 三人は、一般人の立ち入りが禁じられたシノニム湖のほとりに辿り着いた。


 周囲を森に囲まれた、美しい湖。

 穏やかな午後の空を映し、水面(みなも)が淡い青に染まっている。


 聞こえるのは小鳥の囀りと、涼やかな波の音。

 そして……

 その静かな湖の中心に、それはあった。



 大きさは、大人一人分だろうか。

 遠くから眺めてもわかる程に美しい水の球体が、日光を反射させ、キラキラと輝いている。

 その揺らめきから、絶えず水が溢れ出ていることが窺えた。


 しかし、その場所から動く様子はない。

 ただそこに在って、水を永遠に湧き出しているだけ。

 まるで、宙に浮いた噴水のオブジェのようだ。



「あれが、"水球"……」

「本当に、呼び名のまんまね」

 


 クレアとエリスは、湖畔からそれを眺めて感想を漏らす。

 と、そこに一人の男が近付いて来た。

 クレアたちを病院まで案内した保安兵団の団員・サーヴァだ。



「お疲れ様です。アモリから話は聞きました。ボートはこちらです」



 そう言って、三人を先導する。

 少し歩くと、小さな船着場に小舟があった。保安兵団が管理する非常用のボートのようだ。



「こちらをお使いください。自分が漕ぎましょうか?」

「ううん、大丈夫。一緒にいるとかえって危険だと思うから」



 サーヴァの申し出を、エリスが断る。

 サーヴァはそれ以上食い下がることはせず、静かに頷き、



「わかりました。自分はここで待機していますので、何かあればお申し付けください」



 そう言って、敬礼をした。




 三人はボートに乗り込み、岸辺を離れた。


 クレアがオールを漕ぎ、慎重に"水球"へ近付いてゆく。

 やがて、湧き出る水音が間近に感じられる距離にまで接近したところで、クレアはボートを停めた。


 今朝の出来事を思い出しているのか、シルフィーは身体を縮こませながら"水球"を見つめている。

 それを気にせず、エリスはボートから身を乗り出し、辺りのにおいをくんくんと嗅ぎ回った。



「うーん……確かに、水の精霊のにおいが濃いわね」

「"水球"の周囲に漂っている、ということですか?」

「って言うより、"水球"の内部から湧き出している、って感じかな」

「なら……やはり『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』は"水球"の中に?」

「可能性はあると思う」



 クレアの問いに答えつつ、エリスは早速魔法陣を描く。

 そして――



「――冷気の精霊・キューレ! この"水球"を凍らせて!」



 力強く叫ぶ。

 すると、魔法陣が眩く発光し……強力な冷気が噴き出した。


 周囲の空気を白く染めながら、冷気は一直線に飛んでゆき……

 "水球"を包み込むようにして衝突した。


 瞬間、「ピシッ」と音を立て、"水球"が凍結する。

 内部から溢れ続けていた水も、完全に止まっていた。



「おぉ……さすがエリスさん。私の時とは大違いですね」



 氷の玉と化したその姿に、シルフィーが感嘆する。

 その間にも、エリスは次なる魔法陣を描く。



「まずはこの状態で割ってみる。アグノラ! お願い!」



 呼び出したのは鉄の精霊。エリスの呼びかけにより、魔法陣から巨大なナイフが生成される。

 エリスは指を振るい、それを"水球"に向けて突き刺そうとする……が。



 ――バギンッ……!!



 ナイフで割るより早く、"水球"を包む氷が割れてしまった。

 飛沫を上げながら氷が落ちる中、"水球"は再び水を溢れさせ……美しい球体を形成した。



「ちっ。中にある水源までは凍らないみたいね。とりあえず……えいっ」



 と、エリスは指を動かし、生み出した巨大ナイフで"水球"を狙う。

 が、ナイフは水圧に阻まれ、同じく湖に落ち……そのまま光となって消えてしまった。



「むう、内部にまでは届かないか。何とかして"核"に干渉したいところだけど……」



 どうやら"水球"の核――水源である『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』と思しきものに干渉し、水が湧き出すのを止めたいようだ。

 顎に手を当て考え込むエリスに、クレアが声をかける。



「私にも、何かお手伝いできることはありませんか?」

「うーん。それじゃあ……ボートから落ちないよう、しっかりつかまってて」



 ……なんて言うので。

 クレアだけでなくシルフィーの脳裏にも、嫌な予感が()ぎる。


 二人が聞き返す前に、エリスは新たな魔法陣を完成させ……

 気合いのこもった声で、こう叫んだ。



「――フロル! ぜんぶ蒸発させて!!」



 ……刹那。



 ――ゴウッッ!!


 

 エリスの手から猛烈な焔が放たれ、"水球"に直撃した。


 肌を焼く焔の熱と、"水球"を蒸発させる蒸気の熱。

 シルフィーは肌を押さえながら「あちちちち!」と悶える。


 続いて、



「これもダメか……ならば!」



 続いて発動させたのは、樹木(ユグノ)を用いた魔法。

 網目状に展開した蔓で"水球"を包み、ぐぐぐと内部にまで食い込ませることで核を捕える狙いのようだが……

 核に到達する前に、蔓が「ブツブツッ」と弾けた。

 その反動で蔓がしなり、ボートがぐらぐらと揺れる。



「ちょっ、エリスさん! 一旦止めて……!!」

「次! オドゥドア! 沈めちゃって!!」



 直後、大量の土砂が"水球"の真上に出現し、ドバッと降り注ぐ。

 エリスとしては土の重みで沈めたかったようだが、"水球"の水と混ざり合うのみで、重い泥となって湖にぼちゃぼちゃ落ちた。

 そのせいで湖面が波打ち、ボートがさらに揺れる。



「おおお落ちるうううう! エリスさんストップ! ストーップ!!」

「ええい、かくなる上は! ウォルフ、キューレ! 交われ(フュージア)!!」



 シルフィーの制止も虚しく、エリスは二つの魔法陣を描く。

 生み出された暖気と冷気が混ざり合い……



 ――ブワァアアッ!!



 爆発的な風を放った。


 豪風が"水球"にぶち当たり、波を立てながら表面の水を捲ってゆく。

 が、その核が露わになる前に……

 "水球"に跳ね返った風に押されるようにして、ボートが岸辺に向け、猛発進を開始した。



「いっ……いゃぁああああっ!!」



 湖面を跳ねながら、爆速で岸へと進むボート。

 その上で、シルフィーは涙を後方に流しながら、意識を朦朧とさせてゆく。



(あれ……? もしかして私、まだ幻想の中にいて、狂った実験に付き合わされている……??)



 なんて、既視感だか走馬灯だかわからないものを見ながら必死にボートへしがみつき……


 ズザザザザーッ! と岸に乗り上げ、ボートはようやく止まった。



 シルフィーは目を回したまま沈黙している。

 クレアは涼しい顔で立ち上がり、いまだ湖上に浮かぶ"水球"に目を向けた。



「貴女がこれだけ手を尽くしても無傷とは……想像以上に手強いですね」

「くっそー。どうやったら核に干渉できるのかしら?」



 エリスが悔しげに歯軋りしていると、保安兵団のサーヴァが駆け寄って来た。隣には、病院に残っていたはずのアモリもいる。



「お、おかえりなさい、みなさん。大丈夫でしたか?」

「あたしたちは平気。じゃっかん一名、目を回してるのがいるけど」

「実は……エドガー祭司が目を覚ましたらしいのです。一度、病院へ戻られますか?」



 サーヴァのその言葉を聞き、クレアとエリスは顔を見合わせ……すぐに頷いた。



 

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