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7 ウィンリスの昼食




「――ほんっとうに……エリスさんって、どこまでもエリスさんですよね」




 病院を離れ、駆け込むように入ったレストランにて。

 テーブルの向かいに座るシルフィーが、呆れ切ったため息をついた。


 シルフィーとしてはあのタイミングで「お昼ごはん!」と言われることなど予想だにしなかったのだろうが、エリスにとってはこの状況の方がずっと想定外だったのだ。

 何せ、ウィンリスの街に着いたらまず昼食をとるつもりでいたのだから。



 グラスの水を飲み干し、エリスは「ぷはーっ」と息を吐く。



「まぁまぁ、シルフィーだってお腹空いたでしょ? ここは奢るからさぁ。ま、あとで経費で落とすんだけど」

「食欲なんてぜんっぜんないですよ。幻想の中で飲んだ水の感触がいまだに残っていて……うぅ、思い出すだけで気持ち悪い」



 青白い顔で口を押さえるシルフィーを眺め、エリスは顎肘をつく。



「実はそれについても気になっていたのよねー。あの団員がいる手前、あんまつっこんだ話ができなかったけどさ」

「……というと?」

「"鏡界(きょうかい)"内で何かを口にした直後、幻想が崩壊した、という点ですね」



 クレアのフォローに、エリスはこくんと頷く。



「シルフィーは水を、あの団員は飴玉を口にした途端に周囲が水に変わって、"水球"から吐き出された……この共通した動作は、単なる偶然じゃないはずよ」

「えぇ。恐らく"鏡界(きょうかい)"の中で食べ物や飲み物を口にすることが、幻想から抜け出す手段なのでしょう。その証拠に、三人の体内には水の精霊が残っていました」

「"鏡界(きょうかい)"を構成していた精霊の一部を飲み込んだために幻想が崩れた……ってことでしょうか?」

「そうかもね。そんな簡単な方法で脱出できるなら、やっぱり"水球"には人を閉じ込めて殺す意図はないのかも」



 シルフィーの問いに、エリスが答える。

 それを聞き、クレアは一度情報を整理するように言う。


 

「"水球"には、触れた人間を幻想の世界――"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"へ取り込む力がある。"鏡界(きょうかい)"は現実にそっくりで、実際に過去に起きた出来事を忠実に再現可能。そして、"鏡界(きょうかい)"内の食べ物や飲み物を口にすると不快感に襲われ、水で作られていた虚構の世界が崩壊。"水球"の外に排出される」

「しかも、"鏡界(きょうかい)"の中と、外の現実世界とでは時間経過が違うみたいね」



 と、クレアのまとめにエリスが付け加える。

 それにシルフィーも頷き、



「言われてみればそうですね。私が"鏡界(きょうかい)"で過ごしたのは体感的に二時間くらいでしたが、実際に"水球"に囚われていたのはほんの数十秒だったみたいです。たぶん、アモリさんも似たような感じかと」

「はぁ……考えれば考えるほど奇妙ね。こんな事象を引き起こせる以上、"禁呪の武器"絡みである可能性は限りなく高いんだけど……緊急性の高い危険物かと言われるとそうでもないというか、動作の目的がわからないというか」



 グラスの中の氷をくるくる回しながら、エリスが言う。

 クレアも同じ印象を抱いていた。一連の事象を『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が引き起こしているのだとすれば、そのような能力を持たせた意図や目的があるはずなのだが、それがなかなか見えてこない。



(やはり使用者がいない状態で暴発していて、本来の動作とは違う形で力が展開されているのか? それとも……)



 ……と、『使用者』という観点について、クレアにはもう一つ気になっていることがあった。

 彼は他の客に聞かれないよう、声を潜めて言う。



「……シルフィーさん。エドガー祭司は、"水球"のことを『精霊の主が齎した救い』だと言っていたのですよね?」

「はい。"水球"を見つめて、『ついに現れた』とも言っていました」

「まるで"水球"の出現を予見していたかのような発言です。彼も被害者の一人ではありますが……『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』について、何か知っている可能性はないでしょうか?」



 シルフィーはハッとなり、エリスは苦笑する。



「あたしも思ってた。超常的な現象を目にして『神の力だー!』って信仰心を爆発させているだけかもしれないけど……なーんか怪しいわよね」

「それじゃあ、あの"水球"自体、祭司が仕掛けた罠かもしれないってことですか? どどどどうしましょう。私、うっかり捕まって変な水まで飲んじゃいました! ヘンな呪いとかかけられていないですよね……?!」

「いや、かかってるわね。ネガティブの呪いと、方向音痴の呪い」

「ひぃぃっ、やっぱり! この街に来るのに五日かかったのも、ぜんぶ呪いのせいだったんだ!!」



 しれっと揶揄うエリスに、この世の終わりのような顔をするシルフィー。

 変わらぬ二人のやり取りに思わず笑みを浮かべ、クレアが続ける。



「やはり祭司に話を聞くべきですね。彼がどのような幻想を見たのかも気になります。我々が"水球"を調べている間に意識が戻ると良いのですが……」

「水の精霊ならとっくに身体から抜けてるから、じきに目を覚ますはずよ。起きたら徹底的に事情聴取してやりましょ」


 

 エリスがぐっと拳を握ったその時、店員が注文した料理を運んで来た。


 チーズとミートソースをたっぷり重ねたラザニアに、赤ワインを使った豚肉の煮込み。

 ぶどうジャムとクリームチーズが添えられたスコーンに、干しぶどう入りのパン。それに、ぶどうジュースもある。


 テーブルに並ぶそれら料理に、エリスは目を輝かせる。



「うひゃーっ、きたきた! ほら、シルフィーも食べて元気出して!!」

「だから、食欲ないんですってば……それに、呪われているのに元気なんか出せるわけ……」

「何言ってんのよ。幻想の水を飲んだせいで呪われたなら、どんどん飲み食いして呪いごと代謝すべきでしょ? 呪われた時こそ、ごはんよ!」



 なんて、都合の良すぎる持論を展開するが……

 シルフィーは、考え込むように口を閉ざし、



「……………………いただきます」



 エリスの言い分に納得したのか、スプーンを手に取り、食べ始めた。


 相変わらずエリスに転がされているなぁ……と苦笑しつつ、クレアも手を合わせ、「いただきます」と言った。



 

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