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5 主なき幻影




 エリスの言葉に、シルフィーが信じられないように聞き返す。



「わ、私……"禁呪の武器"の術に囚われて、幻想を見せられていたんですか?!」

「恐らくね。たまたま超リアルな夢を見ただけって可能性もあるけど」

「いやいやいや! そんな風に言われたら、今さら夢とは思えないですよ! 水を飲み込んだ感覚は確かにありましたし……うぅ。私、大丈夫なんでしょうか? "禁呪の武器"の影響が残ったりしないですよね……?」



 と、恐怖に震えるシルフィー。


 エリスの言葉通り、シルフィーが見たのは夢ではなく幻想――『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が展開する"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"だったのではないかと、クレアも考える。

 現に、シルフィーの体内には水の精霊が残っていた。彼女が夢の中で水として飲み込んだのは、"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"を構成する精霊の一部だったのだろう。



飛泉(ひせん)水斧(すいふ)は、"虚を映す水(ワカ・シュンケ)"に捕らえて人を惑わす』

 


 この逸話が、いよいよ現実味を帯びてきた。

 一方で、いくつかの疑問もあった。

 それは……



「ガルャーナさんから話を聞いた時には、"王との離別(ミッシング・ロード)"以前の記憶を元に幻想が作られるのだと予想していましたが、実際の"鏡界(きょうかい)"は現代が舞台になっているようですね」

「うん。それも、現実にかなり忠実で……それこそ夢みたいに、本来の自分が何をしていたかも忘れるくらいの没入感があるみたいね」

「だからこそ疑問です。それほど現実的な幻想に閉じ込めたにもかかわらず、"水球"はすぐにシルフィーさんたちを解放しています。"水球"は何故、人を捕えるのでしょう? 触れた者を"鏡界(きょうかい)"へ引き込み、わざわざ幻想を見せる理由は何なのでしょうか?」

「確かに、触れた者を攻撃したいだけならシンプルに溺れさせた方が早いし、幻想を見せる必要もない。しかもすぐに解放しているわけだから、殺すことが目的でもなさそうね」

「いやいや、十分死にかけましたよ?! エリスさんが助けてくれなかったら今頃どうなっていたか……」



 と、シルフィーが顔を青くするが……

 エリスはひょいっと肩を竦め、軽く答える。



「いーや。あたしがなんとかしなくても、もうしばらくしたら勝手に身体から精霊が抜けていたはずよ」

「へっ?」

「実はあたしがあんたを診た時、既に精霊が離れかけていたの。でも、必死になって助けた方が街の人たちに恩を売れるじゃない? お礼に良いワインとかくれないかなぁーって思って、ちょっと緊迫感出しちゃった」



 なんて、悪びれることなく言うエリスに、クレアは感心したように微笑む。



「そうだったのですか。いやぁ、私もすっかり騙されてしまいました。素晴らしい演技力。さすがエリスです」

「えへへー、でしょでしょ?」



 そう言って笑い合う二人を見て……シルフィーはジトッと目を細める。



「まーた恩を売って名産品を手に入れようとしているんですか……イリオンの時から全然変わっていないですね」

「ふっふーん。今回のお目当ては高級ワイン『ウィンリス・テロワール』よ。チェロへのお土産と、クレアにシチューを作ってもらうために二本必要なの!」



 指を二本立てながら、嬉しそうに答えるエリス。

 嫌味を嫌味とも思わず、罪悪感のざの字すらないようだが……まぁ、自分のためだけでなくチェロのためでもあるあたり、少しは成長しているのか?

 なんて思いつつ、シルフィーはため息をついた。


 

「シルフィーさんたちから精霊が離れかかっていたということは、エリスの言う通り、"水球"の幻想には人を殺す意図はないのかもしれません」



 話を戻すように、クレアが言う。


 

「そもそも"水球"を生み出している『水斧』に使用者がいないのであれば、目的もなくただ"鏡界(きょうかい)"を展開しているだけの可能性もあります」

「なるほど……『水斧』がひとりでに暴発しているだけかもしれない、ってことですね」

「そうです。事前の調査では、湖の周辺には『水斧』もその使用者らしき人物も見つからなかったそうです。やはり湖の中、あるいは"水球"の内部に『水斧』の本体があるのでしょうか?」

「悪意ある使用者がいないとしても、早く止めなきゃ湖が溢れちゃうわ。近付いて止める方法を探りたいけど、"鏡界(きょうかい)"に取り込まれたら面倒よね……シルフィーみたいになるなら、幻想の中では本来の目的を忘れちゃうってことでしょ?」

「そうですね。取り込まれた者がみな同じ状況に陥るのか……あちらのお二人が目覚めたら、お話を聞いてみましょう」


 

 クレアは、同じ病室で未だ意識を失ったままのエドガー祭司と保安兵団の団員に目を向けながら言う。


 と、その視線を感じ取ったかのように、二人の内の一人、保安兵団の団員が「う……」と目を覚ました。

 シルフィーはすぐにベッドから降り、彼に駆け寄る。



「アモリさん! 気が付きましたか?!」

「う……シルフィーさん……ここは……?」

「病院です。具合はどうですか? 本当にすみません、私のせいで巻き込んでしまって……」



 シルフィーが謝罪する中、クレアは「医師を呼んで来ます」と席を立った。



 

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