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4 虚水の鏡界




「お久しぶりです、シルフィーさん」

「これから任務? それとも帰り?」



 こちらへ歩み寄りながら、クレアとエリスが言う。

 シルフィーは足を止め、頷く。



「はい、いま帰って来たところです。ちょうどよかった。お二人にお土産を渡そうと思っていて……少しですが、どうぞ」

「わぁ、リリーベルグのたまごクッキーだ! ありがとー!!」



 予想通り、満面の笑みで喜ぶエリス。

 その横で、クレアも「ありがとうございます」と微笑んだ。



「では、任務の報告に行くので、私はこれで。また今度ゆっくりお茶しましょう」



 軽く頭を下げ、シルフィーはその場を去ろうとする。

 が、そこで、



「待って!」



 手をぐいっとエリスに引かれ、止められる。



「どうせ"中央(セントラル)"に行くなら、ちょっと付き合ってくれない? あたしたちもちょうど()()()を探していたのよ」

「きょ、協力者?」

「そ」



 ニタッ……と、エリスは怪しげに笑い、



「すぐに終わるから……一緒に来てちょうだい」



 そう言って、シルフィーを掴む手に力を込めた。






 ――エリスとクレアに連れられて来たのは、"中央(セントラル)"の敷地内にある演習場。

 剣術や槍術、弓術の訓練に加え、魔法の実戦も可能な広い屋外スペースだ。



「えっと……こんなところで一体何をするんでしょう?」



 エリスがあの笑みを浮かべる時は、大抵良くないことに巻き込まれる。誰もいない演習場を見渡し、シルフィーは怯えながら尋ねた。

 ビクビクと縮こまるシルフィーの背中を、エリスはぐいぐい押して、



「いいからいいから。この辺りに立ってて」



 と、演習場のど真ん中に彼女を誘導した。

 戸惑うシルフィーに、今度はクレアが近付き、



「こちらをどうぞ」



 と、一本の傘を差し出した。

 ますます意味がわからず、シルフィーは震えながらそれを受け取る。



「か、傘なんて何に使うんです……?」

「はは。傘は差すためのものでしょう? 普通に開いてお使いください」



 いつものように、張り付いた笑みで答えるクレア。

 シルフィーは確信する。今から傘が必要になるようなことが、自分の身に降りかかるのだ。



(まさか……大雨を降らす実験でもするつもり? なら、私がいなくても別にいいんじゃ……)



 警戒しつつも、シルフィーはおとなしく傘を開く。

 それを確認したエリスは満足げに頷き、



「よし、準備万端ね。んじゃ、始めるわよ」



 そう言って、左右の手を宙で踊らせ――二つの魔法陣を描き始めた。


 一つは、シルフィーもよく知る"水の精霊"を呼ぶもの。

 そしてもう一つは、エリスが開発した"暖気の精霊"を呼ぶものだ。


 エリスは舌をぺろっと出しながら、滑らかな手つきで魔法陣を完成させ……

 力のある言葉を、高らかに発した。



「――ヘラ! ウォルフ! 交われ(フュージア)!」



 すると、二つの魔法陣がぱぁっと光り、生み出された力が絡まるように混ざり合った。

 水の魔法は暖気の魔法により気体となり、視界を白く覆ってゆく。

 さながら、霧の中……いや、雲の中にいるようだ。


 やがて、周囲に漂う雲は上昇しながら集まり……

 黒い影を帯び、「ゴロゴロ」と不穏な音を立て始めた。



「…………まさか」



 その、まさかだった。

 小さな黒い雲は、シルフィーの頭上に留まると……



 ――ピシャァアンッ!!



 耳障りな音と共に、雷を降らせた。



「ぎゃあああっ!!」



 咄嗟に避けるシルフィー。

 彼女が立っていた位置に(まばゆ)い電光が直撃し、シュウシュウ煙を上げながら地面を焦がした。


 その威力に、シルフィーはゾッとする。

 しかし、エリスは残念そうに顔を顰め、



「もう。動かないでって言ったでしょ?」

「こんなん受けたら死にますって! あなた正気ですか?!」

「大丈夫よ。そのための傘なんだから」

「傘で雷が防げるかぁっ! っていうかコレ、なんの実験なんですか?!」



 語気を強めるシルフィーだが、エリスは「ふふん」と胸を反らし、



「見ての通り、生み出した雷雲で敵を狙い撃ちする実験よ。電気の精霊がその場にいない時の応用術として有効でしょ?」



 なんて、得意げに答えるが……シルフィーは顔を青くし、



「いや、『敵を狙い撃ち』って! 殺る気満々な魔法じゃないですか!!」

「そうよ? だから、雷雲が殲滅対象をきちんと追尾できるか、人を使って試したかったの」

「ちなみに、第一回の実験台は私です。丸太に縛り付けられ、身動きが取れない状況で雷撃を受け続けました。だから、シルフィーさんもきっと大丈夫ですよ」

「訓練された変態であるあなたと一緒にしないでください! 死にますからね、フツー!!」



 爽やかに微笑むクレアに、堪らずツッコむシルフィー。

 が、エリスはまったく聞く耳を持たず、再び指を踊らせて、



「ということで、実験続行よ。まだ狙いが正確じゃないから、良いって言うまで動かないでちょうだい」



 と、雷雲を操作する。

 直後、再び「ピシャァアンッ!」と音が鳴り、雷が降り注ぐ。

 それをすんでのところで避け、シルフィーは叫ぶ。



「ぎゃーっ! だからムリですって! 死んじゃう!!」

「だいじょぶだいじょぶ。クレアは二日寝込んだだけですっかり元気になったから」

「それ全然だいじょぶじゃないし!!」



 涙混じりの訴えも、エリスには届かず……

 シルフィーは自動追尾する雷雲から逃げるように、演習場を駆け回った。






 ――しばらくの(のち)

 使役した精霊の効果が切れ、雷雲が霧散したことで、シルフィーはようやく解放された。


 手から傘を落とし、その場にへなへなと座り込む。



「はぁ……はぁ……も……ムリ……」

「うんうん。割としっかり追尾していたわね。直撃しなかったから、威力がどれくらいなのかわからなかったけど」



 いや……辺り一面黒焦げなんだから、威力なんて一目瞭然だろ!!

 というツッコミを返せない程に、シルフィーはくたくただった。



「み、みず……水をください……」



 息を切らしながら、そう懇願する。

 思えば、元々喉が渇いていたのだ。なのにこんなことに巻き込まれてしまい、身体がすっかり脱水状態だった。



「仕方ないわねぇ。はい、水」



 と、エリスが水筒を差し出す。

 シルフィーは「ありがとうございます」と涙を浮かべながら、念願の水分を一気に喉へ流し込んだ。




 ――その刹那。




「…………ぅぐっ……?!」



 得体の知れない不快感が、シルフィーを襲った。


 飲んだのは、水。

 それは間違いないはずなのに……


 今、喉に流し込んだモノが、体内でボコボコと蠢き始める。



「な……何……?!」



 まさか、また変な実験に付き合わされているのか?

 そう思い、エリスの方を見上げるが……


 そこに、彼女の姿はなかった。



 変わりに、()()()()()


 人の形をした、透明な水。

 ちょうどエリスとクレアくらいの大きさだ。




「え…………?」



 目を疑い、周囲を見回すと、そこは演習場ではなく……




 青い青い、水の底。




 そのことに気付いた途端、シルフィーの吐息が「ゴポッ」と気泡に変わる。

 息ができない。当たり前だ。ここは、水の中なのだから。



(何で水中に……?! とにかく水の上に出なきゃ……! でも、上ってどっち……?!)



 もがいている間にも、息苦しさは増していく。

 加えて、体内に入り込んだ水が、何かを探すようにボコボコと蠢き、不快感をさらに強める。



(っ…………もう…………息が…………っ)



 と、意識を手放すのと同時に――

 シルフィーは、自身の身体が水中から「バシャッ」と放り出されるのを感じた。






 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎






「――それで、気付いたらここにいた……というわけです」



 病院のベッドの上。

 半身を起こした状態で、シルフィーは昨日からの出来事を語り終えた。



 その内容に、クレアは驚きを隠せなかった。

 特に後半。シルフィーが見た『夢』については、不可解な点が多かった。


 考えを巡らせるクレアをよそに、シルフィーは深々とため息をつく。



「ほんと、夢でよかったですよ。あんな実験に付き合わされていたら、命がいくつあっても足りないですから……まぁ、さすがのエリスさんも現実ではあそこまで酷いことしないと思いますけど」



 そう言って、シルフィーが笑うが……それを聞いたエリスは何故かビクッと震え、顔を引き攣らせた。

 そのまま、クレアの方をチラッと盗み見るので、彼はエリスの胸の内を察し、微笑みながらこう答えた。



「実は……シルフィーさんが夢で見た実験、過去にやったことがありまして」

「はは、そうですよね。流石にあんな実験は…………って、え?」

「水と暖気の精霊を掛け合わせて雷雲を生み、標的に雷撃を浴びせる応用術……エリスが考案したその魔法の実験台第一号は、何を隠そうこの私です」

「ってことは……本当に、丸太に縛られて……?」

「はい。心地良い電撃に酔いしれていたら、情けなくも気絶してしまい……目覚めたのは二日後でした」



 と、本物(マジもん)の"訓練された変態"エピソードを笑顔で語るクレアと、その隣で苦笑するエリスを眺め……

 シルフィーは、心底引いた様子で、言う。



「……変態イカれカップルが」

「い、いいじゃない! 合意の上での実験だったんだから!」

「えぇ。とても刺激的なプレイでした」

「余計ややこしくなる言い方すんな! っていうか、問題はそこじゃないでしょ?!」


 

 エリスの叱責に、クレアはシリアスに頷き、




「この実験の事実を知らないはずのシルフィーさんが、何故『夢』でそれを見たのか……ということですね」




 そう答えた。

 それを聞き、引いていたシルフィーもハッとなる。



「確かに不思議ですね。偶然にしては出来すぎているというか……まさか、"水球"に飲み込まれたことと何か関係が……? いや、そもそもエリスさんたちがここにいるってことは、あの"水球"はもしかして……」



 言いかけた言葉の続きを、エリスが継ぐ。



「うん。"禁呪の武器"の一つ、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』に関係した現象かもしれないの。それで、あたしたちが派遣されてきたってわけ」



 シルフィーが「やっぱり……」と息を吐いた後、エリスが続ける。



「しかも、『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』には『"虚を映す水"に捕らえて人を惑わす』っていう逸話があってね」

「ウツロを映す水……?」

「そう。"虚水(きょすい)鏡界(きょうかい)"と呼ばれる、幻想空間よ」

「そ、それじゃあ……」



 エリスは、重々しく頷き、




「シルフィーが見たのは、夢じゃなくて――『飛泉(ひせん)水斧(すいふ)』が見せた、幻想なのかもしれない」




 核心に触れるように、そう言った。



 

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