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3 胎内での邂逅




 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎





 ――シルフィーがウィンリスの街に到着したのは昨日。

 この地を治安調査するよう命じられ、例の如く道に迷いながら、五日がかりで何とか辿り着いた。


 が、治安調査を開始する前から、街は物々しい雰囲気に包まれていた。

 シノニム湖の湖面に現れた謎の"水球"……その警戒と対応に、街の人々は追われていたのだ。



(何なの、"水球"って……調査の指令を受けた時にはそんな話まったく聞かなかったのに!)



 予想だにしない事態に困惑しつつも、シルフィーは街の保安兵団たちから状況を聞き取った。

 そうして、"水球"が現れたのは二日前の夜とみられること、今のところ被害が出ていないことなどを聞かされた。



「明日、軍部から専門の調査員が派遣されて来るそうです。それまでに何も起こらないといいのですが……見えますか? あれが"水球"です」



 保安兵団に案内され、シルフィーはシノニム湖に辿り着く。

 団員が指差す先を見ると……仮称の通り、水でできた球体が、湖の真ん中に浮かんでいた。



「あれが……なんだか不気味ですね」

「えぇ。軍の調査員の方が見ても正体不明みたいで……」



 ……と、湖畔から"水球"を眺めていると、




「――ついに……ついに、現れた……」




 そんな低い声が、どこからともなく聞こえてきた。

 シルフィーはゾワッと鳥肌を立てながら、振り返る。

 すると、少し離れた場所に、一人の男性が立っていた。


 年齢は六十代くらいか。ひょろりとした身体に聖職者のようなローブを纏っている。

 真っ白な頭髪と、同色の口髭。痩せているせいか青い目玉がやけに目立ち、そのぎょろりとした双眸で"水球"をじっと見つめていた。


 そんなただならぬ雰囲気に、シルフィーは怯えながら呟く。



「ど、どちらさまでしょう……?」

「あぁ、エドガーさんです。あそこに見える教会の祭司さまですよ」



 言って、団員が視線で示す。見れば、湖畔の先に広がる森の入口に、教会が建っていた。


 尖った屋根に掲げられているのは、金色に輝く十二芒星の像。

 それを目にし、シルフィーは思い出す。

 この街には国内でも珍しい『精霊の(あるじ)』を祀る教会があると聞いていたが……あれがその教会らしい。


 未だぶつぶつと呟いている祭司を横目に、団員はため息をつく。



「"水球"が現れてから、エドガー祭司はどうにも様子がおかしいんです。水に纏わる異常現象だから、『精霊の主』が関わっているとお思いなんですかね?」

「な、なるほど……」

「とにかく、不審者ではないのでご安心ください。さぁ、屯所へ戻りましょう。この街の治安状況についてお伝えします」



 そう言われ、シルフィーはもう一度"水球"を見つめてから……シノニム湖を後にした。






 ――翌日。

 つまり、今日。

 宿屋に泊まったシルフィーは、誰かの叫び声で目を覚ました。


 まだ夜が明けたばかりだというのに、外が騒がしい。

 枕元に置いていた眼鏡をかけながら、カーテンを開けて窓の外を見ると……保安兵団の団員たちが、慌てた様子で駆けて行くのが見えた。

 皆、シノニム湖の方へ向かっているようだ。



(まさか、"水球"に異変が……?!)



 シルフィーは急いで着替え、湖へと向かった。




 朝靄のかかるシノニム湖のほとりは騒然としていた。

 保安兵団の団員たちが声をかけ合いながら、急いでボートを出そうとしている。

 シルフィーは駆け寄り、昨日同行した団員に尋ねる。



「何かあったんですか?」

「シルフィーさん。実は、エドガー祭司がボートを無断で漕ぎ出して、"水球"の方に向かっているんです!」

「え?!」

「何が起こるかわからないですし、ただでさえこの霧の中を漕ぐのは危険なので、早く止めなくては……」

「わ、私も行きます!」



 思わずそう言って、シルフィーは数名の団員と共にボートへ乗り込んだ。



 手を伸ばした先も見えないような濃霧の中、ボートは"水球"から発せられる水音を頼りに進む。

 そして……

 シルフィーは、湖の真ん中に浮遊する"水球"と対峙した。


 近くで見ると、ますます不思議で不気味だった。

 水で(かたど)られた、美しい球体。

 しかし、停止しているわけではなく、絶えず中心部から水が湧き出している。


 その傍らに、ボートが一隻停まっていて……

 エドガー祭司が立ち上がり、今にも"水球"に触れようとしていた。



「祭司! 離れてください!!」



 団員が呼びかけると、祭司はハッとこちらを向いた。

 大きな目を血走らせ、威嚇するように吠える。



「止めるな! これは私が待ち望んだもの……『精霊の主』が齎した"救い"なのだ!!」



 そう、歓喜と狂気に満ちた表情で言うと……

 祭司は腕を伸ばし――"水球"に触れた。



 刹那。

 祭司が触れた箇所から、"水球"が横に割れ……

 まるで、獣が口を開くように、ぶわっと広がったかと思うと――


 ――祭司の身体が、"水球"の中に飲み込まれた。




「…………!」



 シルフィーを含む全員が戦慄し、言葉を失う。

 祭司を取り込んだ"水球"は、何事もなかったように元の綺麗な球体へと戻り……再び渾々(こんこん)と水を湛え始めた。



「祭司……祭司……!」



 団員たちが呼びかけても、返答はない。

 その内、一人の団員がシルフィーに縋り付き、



「お、お願いです! 魔法で祭司を助けてください!」

「え……!」

「こんなの、どう見ても自然現象じゃない……祭司の言う通り、精霊が関与しているに違いありません! なら……魔法でなんとかできるでしょう?!」



 そ、そんなこと言われても……

 と、弱気な本音が覗きかけるが、及び腰になっている場合ではない。今、目の前で、人が水に飲み込まれたのだから。



(自信はないけど……やってみるしかない!)



 シルフィーは指輪(リング)を嵌めた右手で、魔法陣を描く。

 用いるのは、冷気の精霊。エリスが発見し、開発した魔法だ。


 水ならば、冷気で凍るはず。

 "水球"を凍らせて割ることができれば、中にいる祭司を助け出せるかも知れない。

 そう考え、彼女は魔法陣の完成と同時に、叫んだ。



「冷気の精霊・キューレ! 我が(めい)に応え、この"水球"を凍結せよ!!」



 シルフィーがかざした手の先で、魔法陣が眩く光る。

 そして、白い冷気が"水球"を覆うが……

 表面に薄い氷の膜が一瞬張ったのみで、湧き出る水に溶かされてしまった。



「あぁ、だめだ! どうしよう……祭司……!」



 団員たちの顔が絶望に染まる。

 その焦りがシルフィーにも伝播し、ドクドクと鼓動を速める。



(凍らせるのはムリ……なら、炎で蒸発させるのは? いや、この環境じゃ炎の精霊が足りないはず……樹木もダメ、大地もダメ。鉄の物理攻撃もたぶん効かない。雷は感電してかえって危険だし……うぅ、どうすれば……!)



 と、頭を抱えた……その時。

 ふと、シルフィーの脳裏にある仮説が浮かぶ。



(他の魔法で打ち消すことが難しいなら……水の魔法で、"水球"を操作しちゃえばいいのでは……?)



 それがどれほど難しく、方法も定かではないことは、シルフィーにもわかっていた。

 だが、事態の緊急性と緊迫感に冷静さを失った彼女は……

 あろうことか、"水球"の中に手を突っ込み、魔法陣を描こうと考えた。


 ボートから手を伸ばすシルフィーに、団員たちがぎょっとする。



「し、シルフィーさん?! そんなに近付いたら、また……!」



 ……と、制止しようとした直後。


 "水球"に、再び亀裂が走り……

 大口を開けて、シルフィーに襲いかかった。



「……へっ?」



 間の抜けた声を上げ、迫り来る水を見上げるシルフィー。



「シルフィーさん!!」



 そこへ、団員の一人が彼女を助けようと腕を引く。


 が、あと少しのところで間に合わず……

 二人は、"水球"に飲み込まれてしまった。






 ♢ ♢ ♢ ♢






「――ん……」




 シルフィーは、目を開ける。


 頭がぼうっとしていた。

 ここはどこなのか。今はいつで、自分は何をしていたのか、わからなくなる。



 眼鏡の下の瞳を(しばた)かせ、シルフィーは辺りを見回す。

 そこは……見慣れた王都の街並みだった。


 自分の身体を見下ろすと、治安調査に向かうための旅装を着込んでいる。



 ……そうだ。思い出した。

 私、治安調査の任務から帰って来たんだ。


 まずは"中央(セントラル)"に報告して、それから……

 エリスさんたちに、お土産を渡さないと。



 自分の現状を思い出し、シルフィーは歩き出す。

 なんだか、身体が重い気がした。

 それに……無性に喉が渇く。



(早く報告をして、どこかのカフェでお茶でも飲もう。エリスさん家に伺うのは、その後でいいや)



 そう決めて、"中央(セントラル)"を目指し進むが……

 まもなく到着というところで、正面から見知った顔が歩いて来るのが見えた。

 それは、今まさに思い浮かべていた人物で……




「あれ? シルフィーじゃん。久しぶり」

「あ……エリスさんにクレアさん。お久しぶりです」




 シルフィーが少し驚きながら言うと、エリスは「よっ」と手を上げ、クレアは柔らかに微笑んだ。



  

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