9 六芒星の瞳
――クレアの作った料理を心ゆくまで堪能し……
テーブルを片付けた後、レナードはあらためて先ほどの紙を取り出し、広げた。
ルカドルフ王子の部屋で発見した書類の写し。
そこに記されていたのは、どれも"禁呪の武器"に纏わる研究内容だった。
「これらがルカドルフ王子の机の、鍵付きの棚にしまわれていた。これまでにお前たちが無力化した『風別ツ劔』、『竜殺ノ魔笛』、『地烈ノ大槌』に纏わる報告。そして……三年前に回収した、『炎神ノ槍』の分析結果」
そこで、エリスが少し反応したことにクレアは気付く。
その理由は明白だ。『炎神ノ槍』は……エリスの父であり、クレアの恩人であるジェフリーの命を奪った"武器"だから。
「ここまでなら王子の机にしまわれていても不思議でない内容だ。何せ、"禁呪の武器"に興味を持ち、魔法研究所を頻繁に出入りしているのだからな。単なる研究資料としてイザベラ所長から借りている可能性もある。だが……この資料には、違和感を覚えた」
と、レナードが一番上に重ねた資料は……
保有の事実が公になっていない"武器"に関するものだった。
「これは……」
「十七年前、お前の手から回収された『天穿ツ雷弓』に関する書類だ。王子の立場を考えれば、こうした国の秘匿情報を知っていてもおかしくはないが……内容をよく見てほしい」
「『仮称・雷鳴の弓、適合者検証のための実験結果』……?」
「つまり……『天穿ツ雷弓』を使った人体実験が、十七年前におこなわれていたってこと?!」
驚愕するエリスに、レナードが重々しく頷く。
「実験の責任者の名は、ライリー・ブライアン。当時の魔法研究所の所長だ」
「『この弓は雷の矢を際限なく放つことができるが、触れた者を凶暴化させるため、制御が困難である。正常な精神のまま使用できる"適性者"を見出すための実験について、ここに記録する』……"禁呪の武器"という概念はなかったものの、当時の魔法研はその強大な力を利用しようと画策していたのですね」
「あぁ。実験の被験対象となったのは老若男女様々だが……この結果を見るに、ほとんどが狂戦士化し、精神に異常を来したようだ。その危険性ゆえ、実験は中止された。ただ……弓に触れてもなお、正気を保っていられた"適性者"もいた」
「それって……もしかしなくても、幼い子供よね?」
「恐らくな。しかし生憎、その"適性者"のリストは見当たらなかった。抹消されたのか、王子が別の場所に保管しているのかは定かでないが……手掛かりになりそうなものを見つけた」
言って、レナードは別のメモを差し出す。
それは、彼が書き写した図――人間の瞳の中に六芒星が描かれた、不気味な紋様だった。
「弓を扱える"適性者"の身体には、この紋様の焼き印が押されたらしい。この事実をルカドルフ王子が知っているということは……」
「この烙印を押された"禁呪の武器"の適性者探している、ってこと……?」
「恐らくそうだろう。そして、その"適性者"たちの共通点から、呪いの耐性に纏わる条件を探ろうとしているのかもしれない。あるいは、既に見つけているのか……」
……と、エリスとレナードが推論を交わす中。
クレアは『六芒星の瞳』の紋様を、じっと見つめていた。
「……どうした、クレアルド」
不審に思い、レナードが投げかける。
クレアはハッとなり、「いえ」と答え、
「この紋様……どこかで見覚えがあるような……」
「ほ、ほんと? いつ? どこで?」
「それが思い出せなくて……いえ、もしかすると思い違いかもしれません。犯罪組織の中には、こうした記号を使って情報のやり取りをする者もいます。潜入捜査の際、似たような暗号を見て、記憶に残っているだけかも……」
「そうか。もし思い出したことがあればすぐに共有してくれ」
「わかりました。すみません、続けてください」
クレアの言葉を受け、レナードは次の資料を捲る。
「他にも、"禁呪の武器"に纏わる研究資料や、お前たちからの報告書を抜粋したようなものも見つけた。そして、ここからが肝心だが……それら資料には、何者かのメモや指示書きが記されていた。すべて、ルカドルフ王子とは異なる筆跡だ」
「それが食べる前にお兄ちゃんの言いかけた、『王子に指示している人物がいる』って話?」
「そうだ。メモの中には、オゼルトン人の適性を調べるため、アクサナを『地烈ノ大槌』に触れさせる計画についても記されていた」
「では、やはりあの命令は、王子が自発的に下したものではなく……別の誰かが企み、王子を介して下した命令だった」
「そういうことだ。これら資料も、人目に触れぬようあえて王子に預けているのだろう」
「じゃあ、その『誰か』って誰なのよ? や、待って。当てるわ。十七年前に実験をおこなっていた当時の所長じゃない? 中止された実験の続きをするために、王子を利用しているとか!」
名推理と言わんばかりに指を立てるエリスに、しかしレナードは首を振る。
「悪くない推理だが、残念ながらライリー・ブライアンは既に死んでいる。当時の実験で自らも被験者となり、『雷弓』の狂気に飲まれ自害したらしい。そのことが最大の要因となり、実験は中止になったようだ」
「そんなぁ……」
「ならば、次に怪しいのは……現所長のイザベラでしょうか。彼女は二十年以上前から研究所に所属しているので、当時の実験のことも知っているはずです」
「あぁ。何より彼女は、ルカドルフ王子を大層可愛がっていると聞く。王子が国の最高権力者となる未来を見越し、"禁呪の武器"の実用化を今から刷り込んでいるのかもしれない」
「でも、何のために? "武器"の危険性は所長が一番よく知っているはずだけど?」
「それはわからない。この国の武力強化のためか、研究者として歴史に名を残すためか……或いは、別の目論見があるのか」
「何にせよ、"禁呪の武器"の適性者を国が量産するようなことだけは回避しなければなりません。そうなれば……どれだけの子供たちが犠牲になるか」
言いながら、クレアは想像する。
国の兵器として、"禁呪の武器"が実用化された未来を。
犠牲となるのは、『箱庭』の子供たちやオゼルトンの孤児など、身寄りのない幼子だろう。
自我や悪意の芽生えぬ内に"禁呪の武器"へ触れさせ、大切な感情を抜き取られ……
殺戮を振り撒く兵器の使い手として、生涯酷使される。
すぐに狂戦士化することはなくとも、やがて人は悪意を覚える。
そうなれば"武器"の呪いに飲まれ、狂ってしまう。
だから、『笛』を家宝としたリンナエウス家の人々も、『槌』を受け継いできたオゼルトンの王家も、みな早くに亡くなってきた。
あれは、不幸を連鎖させる"呪われた武器"。
これまでの旅で、その事実を嫌というほど目の当たりにしてきた。
……止めなければ。
兵器として使われる前に、すべての"武器"を無力化しなくては。
エリスと生きる、平和な未来のためにも。
決意を新たにし、クレアは顔を上げる。
「今回の"水球"が『飛泉ノ水斧』とどう関わっているのかはわかりませんが……もし発見した場合は、確実に無力化します」
「あぁ。俺は引き続き、魔法研究所へ潜入して調査する。あの筆跡の主が誰なのか、特定する必要があるからな」
「なら、またチェロに頼むといいわ。研究所内の構造はチェロの方が詳しいだろうし」
「そうだな。確実に嫌な顔をするだろうが……高い酒でも買って頼んでみるとしよう」
と、面倒くさそうに答えると……
レナードは席を立ち、玄関へと歩き出す。
「話は以上だ。俺は行く」
「え、もう行っちゃうの? まだ時間あるのに」
「あまり長居をすれば誰かに見つかる危険性がある。お前たちも遅れないように出発しろ」
「待ってよ。何か言い残したこと、あるんじゃない?」
そう問われ、レナードは振り返る。
心当たりがなさそうなその表情に、エリスは口を尖らせ、
「もう。食べ終わったら何て言うの? わからないとは言わせないわよ?」
なんて、子供を叱るように言うので……
レナードはますます面倒くさそうに目を細める。
そのまま「なんとかしろ」という視線をクレアに送るが、クレアはクレアでにこにこと微笑むのみで、レナードの言葉を待っており……
……はぁ。
と、いつの間にか彼らに順応している自分にため息をつきながら、レナードは答える。
「……『ごちそうさまでした』。これで満足か?」
「うーん、もうひと声!」
「……悪くない味だった。お前のやかましいおしゃべりがなければ、もっと美味かったかもな」
「なにをーっ?!」
「あはは。今日はありがとうございました、レナードさん。あの頃に戻ったようで楽しかったです。任務が終わったら……また一緒に食事をしましょう」
そう言って、柔らかに笑う後輩を見つめ……
レナードはもう一度、小さく息を吐きながら背を向けて、
「……あぁ。気が向いたらな」
短く言い残し、家を後にした。